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山本清流の傑作ショートショート②『598GBのトラウマ』

 2020年7月22日、午後3時ごろ、埼玉県内の自宅内にひきこもっていた岩佐司さん(39)は悪夢から目が覚めた。違和感を感じて右の側頭部――右耳の上あたりを右手で触ると、そこに一センチほどの細長い穴が開いていることに気が付いた。USBケーブルの穴のようだと岩佐さんは思った。

 岩佐さんがその穴にUSBケーブルの一方の先端を持っていくと、ちょうど差し込むことができた。不思議に感じながらも、もう一方の先端をノートパソコンにつないだ。

 ノートパソコンのエクスプローラーのファイルに、『岩佐司の脳内メモリ』というメモリのアイコンが現れた。細長い棒のようなアイコンは警告するような赤色だった。全体で1.2TBと表示されているそのメモリはほぼ満タンになっており、そのうちの2分の1ほどにあたる598GBが『トラウマ』と表示されていた。

 岩佐さんは、『岩佐司の脳内メモリ』をクリックし、いくつか表示されたフォルダのうち『トラウマ』フォルダをクリックした。ロードするのに1時間ほどかかり、ようやく表示されたのは午後4時ごろのことだった。

 そこには岩佐さんがこれまで体験してきたトラウマの数々が映像として記録されていた。どれも恐ろしいトラウマであったため、岩佐さんは、それらを再生することができなかった。岩佐さんは、恐ろしい気持ちを抱いたまま、『トラウマ』フォルダを削除することにした。

 午後5時ごろ、岩佐さんの『トラウマ』フォルダをすべて削除された。そのときから岩佐さんは自分が引きこもっていることが理解できなくなった。部屋を出ると、リビングにいた60代の母に「こんばんは」と声をかけた。そのまま家を出ると、コンビニまで散歩した。コンビニ店内をぐるりと回り、また家に戻ってきた。

「速度が低下していたのは、記録されていた情報量が多すぎたからだったと思います。速度が遅くなったときは、要らない情報を削除した方がいいですね。こんなに軽くなったのは久しぶりです」

 岩佐さんの脳は現在600GB以上の空き容量を持っているため、「一念発起して、大学に通ってみるのもいいな」という気分なのだという。

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