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【小説】フォロー解除

 昨日までタカシのフォロワーは132人だったのが、たったの一日で110人まで減少していた。俺は気になり、タカシの直近のツイートを確認した。

『なんかだるくない? マジで化粧ケバイの、ムリ』

 前後の文脈がわからなかったが、化粧の濃い女性に対してわりと失礼なツイートをしている。こんなことでフォロワーが20人も減るわけないかと思い直し、だったらなんだ、と気になる。俺は散髪屋に行こうとアパートを出たまま、人間にハサミを向けられる気分ではなくなって、近場のカフェに逃げ込んだ。

 カフェの涼しい風って、神だと思う。熱さで溶けてしまいそうな身体をもういちど優しく固めてくれる。俺はかろうじて俺の輪郭を保ったまま、硬いスマホを握り締めていた。

 アイスティーを注文してから、ツイッターを立ちあげる。いつもどおりの俺のアイコンは、大好きなロックバンドのボーカルのイラスト。『〇〇大学二年、ミラミラガチ勢、無言フォローは勘弁してください よろしく』とプロフィールが載っている。俺のフォロワーは58人。知り合いもいるし、知らないやつもいる。

 なにか、ツイートしたくなった。俺の全身をツイートの潜在性がぐるぐると蠢いている。その得体のしれないものを網で捕まえるような気持ちで、文字を打ち込んでいく。意識よりも先に指が動く。まだツイートしていない文字が微熱をもったディスプレイに浮かんでいた。

『フォロー解除って、うざくね?』

 これじゃあ、さすがに過激だろうと思って、ツイートしてしまう前に慌てて削除した。解除するくらいなら、もともとフォローなんかすんなよ。そんな言葉が胸の中で流動する。気持ちが悪い。

 俺は、運ばれてきたアイスティーを喉に流し込んで、内側から冷たい改革を試みる。ユーモラスな発想のひとつくらいあれば気分が上向くはずだと思ったのに、頭に浮かんできたのは、ごつごつした凝固物だった。それを文字に落とし込んでみる。

『勝ち逃げにしか見えない』

 その言葉が俺の中に緩やかに落ちていって、胸の奥のほうで納得感が生まれる。ごつごつした凝固物が抜けていく。全身の凝りが解されていくような気持ちになる。その言葉は、俺にジャストフィットしていた。

 なんというか、戦いを一方的に打ち切られた気分だったのだ。それはまさに勝ち逃げされたようだった。しかも、勝ったのは、戦ってもいないくせに、あっちだということになっている。こんな目に遭ったら、タカシもちょっと凹んでいるかもしれない。

 俺は、タカシにラインを送った。

『なんで、フォロワー減ってんの?』

 既読がついた。返事が来るまで、30秒。

『ああ、そのこと? もうツイート消したけどさ、最低賃金制度って、経済学的に間違ってるよ、って書いちゃったんだよ。俺のフォロワー、勉強してないやつ多いから、わかんないんだろうな』

 俺は、それを見て安堵した。タカシはいつも、俺より超然としている。いちいち気にしないのが羨ましい。もしもタカシなら、いまごろ散髪屋で雑談に花を咲かせていただろう。

 タカシへの心配はなくなり、俺は、カフェ店内を見回した。スマホをいじっている人たちがいる。その指のちょっとした動きで文字を打ち込み、いつでも簡単にフォロー解除できる。何食わぬ顔で勝ち逃げし、正しいかもしれない意見に耳を塞ぐ。

 俺は、そういう彼らよりも自分が優れた視点を持っているように思えて、思わず、勝ってしまったように感じた。