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【不良品、注意】異界駅の先へ【途中で執筆をやめた異界駅に関するホラー小説】

 ※この作品は完結せず、途中で終わります。

 2020年1月24日、東京都渋谷駅前のスクランブル交差点付近を彼女と一緒に散策していた浅田さん(25)が、正午を過ぎたころに、「トイレに行ってくる」と言ったきりいなくなってしまった彼女と連絡がつかなくなる事件が発生した。

 浅田さんによると、昼食としてもんじゃ焼きを食べたあと、浅田さんの彼女は腹痛を訴えて近場のビルのトイレへ駆け込んだのだという。

 いつまで経ってもトイレから出てこないため、心配になった浅田さんは、LINEにて彼女に対して『大丈夫か?』とメッセージを送信した。既読にはなったものの、返信が来ない。LINE電話にも出ない。

 ますます心配になった浅田さんは、近くにいた女性客に女子トイレの様子を確認してくるように頼んだ。しかし、その女性客は女子トイレから戻ってくるなり、不審な顔をして「誰もいませんでしたけれど」と告げたのである。

 「いや、なにが起こってんのかわかんなくて、マジで、心配で、心配で、でも、どうすればいいか、わかんなくて」と浅田さんは困惑する。今現在も、浅田さんの彼女の安否はわかっていない。

 たしかなことは、彼女が女子トイレへ入っていくところを浅田さんが見ていたこと、それからずっと浅田さんは女子トイレの出入り口前にいたことである。行方不明届の提出もおこなったという。

 この不可思議な事件について、警察に打つ手はあるのだろうか。浅田さんの彼女の無事を、願ってやまない。


 2020年1月24日、浅田さん(25)の彼女は、東京都渋谷区内の公衆トイレで忽然と姿を消した。トイレに行くと言ったきり、トイレから出てくることなく、そのまま消失したのである。

 あの日から3か月以上もの間、浅田さんは、彼女のことを捜し続けていた。

「絶対に見つけ出す」

 その気持ちで、浅田さんは、彼女の行った場所を飛び回っていたのだ。

 2020年5月13日の午後7時ごろ、そんな浅田さんは、彼女と一緒に旅行したことがある京都を目指して、JR東海道線の京都行きの電車に乗車していた。すでに山科駅を過ぎて、数分で京都駅に着くところだった。

 あたりは、夕焼けが消えて、暗く沈み、夜の静寂に包まれている。響くのは、電車のガタンゴトンという重い音だけだった。車窓を見ると、無精ひげが伸びて、やつれてしまった自分の顔が映っていた。ぼんやりとした車内灯の中、浅田さんの頭にあるのは彼女のことだけだった。

 「いつも、俺は、彼女の声を聞くだけで、職場での疲れを感じなくなったんです。それくらい好きだったんですよ、マジで」という。

 浅田さんは、勤務先である都内の会社を、無断欠勤し続けたせいでクビになっていた。将来の見えない、不安定な、わずかな貯金を切り崩しての旅だったのである。数々の不安はあるが、それもすべて彼女と再会できればなんでもないことだった。

 陰鬱で酒臭い電車の中、浅田さんは彼女のことを考え続けていたのだが、ふと気が付いて、腕時計に目を落とした。

 午後7時18分。もう、山科駅を出てから20分ほど経過している。おかしい。すでに京都駅に到着しているはずだったが、電車はガタンゴトンと夜の闇を進んでいる。

 不可解に思って車窓の向こうを見ると、闇の中に、江戸時代のような木造平屋が並んでいるのが見えた。


 窓の向こうに見える木造平屋を眺めているうちに、浅田さんは、そこが京都ではないことを知ることになった。

 小学生のころの修学旅行で京都には訪れたことがあったが、市内には点々と名所があるだけで、あとは近代的な都市だったからだ。このように江戸時代のような木造平屋の群れではなかった。

 なおも、電車は速度を落とさずに進んでいた。車両の出入り口の真上にある電光掲示板には、『次は、戦場の駅です』という文字が繰り返し流れていた。

「戦場の駅ってなんだ。次は京都駅のはずだ」

 そう、わけがわからずに困惑するばかりの浅田さん。彼は、ひとまず車内を見回してみたが、同じ車両には一人として利用客がいなかった。夜を走る車両に独りでいることは不気味だった。

 他の車両はどうか、と他の車両へと進んだが、どの車両にも人の姿は確認できなかった。その時間帯、京都駅に向かう電車は多くの人が利用しているはずだったし、実際、浅田さんは、その前の駅の山科駅を出発するときに車内に人が多くいたことをはっきりと覚えていた。にもかかわらず、電車の中に人がいない。

 ガタンゴトン、という重い音が響くだけで、人の気配は少しもしなかった。

 浅田さんは車両を進んで先頭の車両まで行ったが、運転席はもぬけの殻だった。ますますおかしい。なにが起こっているかわからず、先頭車両でおろおろしていると、『まもなく、戦場の駅です』と男性の声でアナウンスが入った。

「戦場の駅ってなんだ、と思いながら、前方を見ると、電車のフロントライトに照らされて、駅舎みたいなものが見えてきたんです」

 浅田さんは、そのときの寒気をまだ忘れていない。アナウンスの通り、まもなくして、電車はふるびた木造の倉庫のような駅に到着したのだった。


 その駅舎に停車したとき、浅田さんは、下車するのを躊躇った。駅舎に取り残されるような気がしたせいだ。しかし、一方で、誰かに見られているような気配を感じて、「煌々と光る車内より、暗いプラットホームの方が目立たないのでは」と思って、恐る恐る下車することにした。

 氷のような冷たい空気が肌にあたった。

 そこは、田舎にある古びた駅舎のように、錆びついたトタン屋根が頼りなくついているだけの小さな駅だった。周りは、森と山が七割。あとは、小さな木造平屋の町だった。胸が締め付けられるような青春の切なさと孤独を不意に感じて、それが誰かの悲しみを帯びているように思えた。「駅舎が泣いているようだった」という。

 寂寥感に包まれた駅舎が不気味だった。浅田さんは、目の前で展開していることが恐ろしくて、足が竦むような思いにとらわれた。寒いのに、汗が流れた。

 周りをみると、電車から降りる人は他におらず、駅員もいなかった。照明もなかった。駅舎の上空にある大きな月が、白い照明の役割を果たしていた。

 浅田さんは、「困惑のあまり正常な思考が働いていなかった」と振り返る。『戦場の駅』のプラットホームにひたすら佇むだけで、足が竦んだまま、動くことができなかった。

 電車が発車したのはその中でのことだった。『発車します。ご注意ください』という男性のアナウンスが入り、扉が閉まり、行ってしまった。浅田さんは、独り、どこかもわからない駅舎に取り残されたのである。

「どうすればいいか、わからなかったですよ。降りるべきではなかったと思うんですけど、そのときは降りてしまったし、電車は行ってしまったのだから、どうしようもなくて」

 浅田さんは、駅舎のプラットホームから北に広がっている町を見た。北端にある山際まで延々と木造平屋が立ち並んでおり、いちばん奥の山の麓には城のようなものもあった。道路はコンクリートではなく、未舗装だった。外灯などはひとつもなく、闇に包まれている。本当に江戸時代に来たのではないか、とも思ったが、人の気配がしない。

 浅田さんは、恐ろしくて動きたくなかった。急激に咽喉が渇いていた。ただ、そのとき、駅舎を出てすぐのところにある未舗装の暗い道に、一人の女性の背中を見つけた。その横顔を見て、浅田さんは、はっとした。

 それは浅田さんの彼女だったのである。


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