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自然と共生する暮らし|やまとけいこ著『黒部源流山小屋暮らし』を読む

都会の喧騒を離れ、自然の懐に飛び込む。山小屋での生活は、そんな心の声に応える場所だ。都市生活がますます便利になる一方で、自然に身を置きたいという欲求も強まってくる。その在り方を示した体験記が、やまとけいこさん著『黒部源流山小屋暮らし』だ。

自然との向き合い方が記されているだけでなく、山小屋初心者への手引きとしても機能する。美大出身のイラストレーターということもあり、水彩イラストでの解説は、言葉よりも具体的なイメージを伝えてくれるのが嬉しい。

山小屋での暮らしは、単に緑に囲まれ、美味しい水と食事を楽しむだけではない。この特異なライフスタイルには、物資の補給、飲料水の確保、電気の供給、野生動物との共存、そして小屋の開業期間を考慮した生活設計が必要となる。

特に興味深いのは、風呂とトイレの事情だ。著者が夏期のみ常駐する薬師沢小屋には、客用の風呂がない。実際には五右衛門風呂があるが、これは従業員専用だ。山小屋の風呂事情は環境によって異なるため、各自で確認が必要とのことだ。

薬師沢小屋のトイレは、水洗式ではなく、おがくず方式のバイオトイレを採用している。便器の底にはおがくずが貯められており、糞尿を吸ってくれる。脇のボタンを押すとことで内部のスクリューが回転し、おがくずをかき混ぜて粉砕する。

さらにはヒーターで水分を飛ばし、臭気をダクトから排出。おがくず内の好気性微生物が、残った固形物を分解。分解されない成分がおがくずに残り、肥料用の土に使われる。この循環システムは、僻地で活躍するハイスペックな環境配慮型トイレの好例だ。

去年の秋、紅葉を写真に収めようと埼玉県の奥長瀞にある川又まで電車とバスで向かった。目的地へ歩いていると何やら作業中の男性に声をかけられた。自分のなかでは紅葉真っただ中とおもっていたのだが、とっくに終わってることをさらっと告げられしょんぼりしていた。

片道6時間程度の電車とバスを紡ぎ、車窓から眺めていた山々のカラーリングは有終の美だったのである。ようやくたどり着いた矢先の出来事だ。このおじさんとしばし四方山話をしていると、どうやら雁坂小屋という山小屋のオーナーだということが分かった。

山小屋オーナーとの出会いをはじめ、『黒部源流山小屋暮らし』という本を手にするあたり、心は山小屋へ向かいたがってるのだろう。カメラを趣味にしている手前、圧倒的な自然と向きあいたいのだろう。とはいうものの、別世界への第一歩はいつでも勇気がいるものだ。


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