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天地返しとモグラの革命


<天地返しとモグラの革命>

1年目からいきなり自然農ができる畑はほとんどない。
それは団粒構造の土が作土層にほとんどできていないためだ。
深さ30cmほどまで黒っぽい豊かな土が広がっていれば、ほとんどの野菜が問題なく成長できる。
しかし過去に慣行栽培や有機栽培がされていた畑やトラクターなどの重機が入っていた場合、期待ができない。
そればかりか深さ30cmよりも浅いところに硬盤層ができている可能性も高い。
自然農では最低でも作土層が30cm、これが深ければ深いほどありがたい。

そういった畑でも1年目からある程度の収量を得たい場合、オススメしているのが天地返しだ。
上部20cmの土と下部20cmの土を入れ替えてしまうのだが、その際に籾殻薫炭と有機物(雑草や藁など)、米ぬかを投入する。
こうやって自然界ではなかなか肥沃になりづらい深いところを、短期間で一気に団粒構造の土を作ってしまう。
もちろん、これら有機物を団粒構造にしてくれるのはミミズなどの土壌生物たちである。

自然農の先駆者たちは堆肥や補いを土の上にまくことはあっても、土の中には絶対に入れない人たちが多い。川口由一さんの本によると、草を刈っては敷くを繰り返すだけなのだが、それでは最初の三年間はほとんど収穫がなく、その後少しずつできはじめ、7年目にほとんどの野菜が育ったという。
しかし、家庭菜園初心者にとって1年目から収量が得られないのは継続するためのモチベーションが下がってしまう。だからこそ、穴を掘ってみて団粒構造の土ができていなければ天地返しをして、そこから少しずつ自然農に切り替えていって継続的に収穫し続けてもらいたい。

天地返しした畝で約1ヶ月後に定植をしようと移植ゴテで掘ってみると、ボコッと大きな穴に出くわすことがある。モグラの穴だ。
天地返しで入れた有機物を分解しにミミズが多く現れると、それを狙ってモグラがやってきたのだ。

モグラは野生の哺乳類の中で、もっとも人間に近い場所で暮らしている。
畑をしている人たちからモグラは厄介者扱いを受ける。地面のいたるところに穴を掘っていくからだ。
彼らは畑を荒らす害獣扱いを受けているが、高山地帯にも森林にも都会の公園にもいる。なぜか北海道には生息していないのだが、それは研究者の中でも謎のままだ。

東日本にはアズマモグラが、西日本にはコウベモグラが生息している。
その分布は太平洋側富士山から日本海側の石川県金沢市を結ぶ線でせめぎあっているが、西日本の山地に飛び地でアズマモグラがいる。ほかにサドモグラ、越後モグラ、センカクモグラは限られた地域にだけ生息している。
日本のモグラを初めて世界に紹介したのはシーボルトで、オランダのライデンにある自然史博物館に剥製を送っており、今でも展示されている。

モグラは完全な地中生活を営む珍しい哺乳類であり、モグラはネズミとは全然違う生き物。
ミミズを中心にセミやコガネムシの幼虫、蛾の幼虫など肉食で実は益獣である。モグラの穴を利用した草食ネズミが野菜を食べてしまうことがある。しかし、モグラは縄張り意識が強いため使っているトンネルにネズミが入ってくると追い出してしまう。ネズミが利用しているのはモグラがいなくなったトンネルだけだ。

モグラは漢字で土竜と書く。
通常は地表から深さ10cmくらいにトンネルを掘って暮らし、冬の間に過ごす地下20~30cmあたりにトンネルを掘る。モグラ塚はトンネルを掘った時に出る土の塊で、これで蓋をしてトンネル内に雨水が入ってくるのを防いでいる。
モグラは地表にある落ち葉をトンネル内に持ち込み、寝床のベッドを敷くばかりか、そこにやってきたミミズを食べることがある。
その際に時地表上部の土と下部の土は落ち葉とともに入れ替わる。こうして土壌の攪拌を行なっているのだ。モグラは作土葬の均質化をしてくれているのである。また、モグラ自身の排泄物が土の中に蓄えられる。
モグラの糞とブナの樹木が揃うと育つナガエノスギタケというキノコがあり、糞に含まれるアンモニア成分を分解してくれるトイレ掃除役だ。

モグラの毛は垂直に生えていて、前にも後ろにも進みやすいようになっている。何度も利用するトンネルは壁がその毛で磨かれて、つるつるの硬い壁となり、簡単に崩れなくなる。
モグラの穴によって通気性が良くなるばかりか土壌崩壊を防ぎ、さらに土の均質化と排泄物によって、深く根をおろす植物にとって最高の場が整えられていく。
確かに田んぼのように水を蓄えたいところでは困ったものだが、畑や果樹園、森林地帯では最高の益獣なのだ。

モグラのイラストには必ずと言っていいほどサングラスがかけられているが、そもそもほとんど光を感じることができない
たいていの動物は胎内ではじめは目を閉じているが、成長の過程で目が開いていく。しかし、モグラは目が開くことはない。
モグラにも光を感じるためのレンズや光細胞があって構造も残っているにも関わらず、なぜか機能していないようだ。

耳たぶのようなものはないが耳は良いし、人間には聞こえない超音波も使っていると考えられている。
鼻の先にはアイマー器官という微小な感覚装置が備わっていて、微弱な振動を感知する。そのためモグラを捕まえるためにはじっと止まっていなくてはならない。
短い尻尾には感覚毛という特殊な毛が備わっていて、トンネルの天井に触れて何かを探っているようだ。その毛は手足にもあり視覚に頼らずにトンネルを自在に移動し、餌を捕まえることができる。全身がするどいセンサーのような身体をしている。

モグラは1日の半分を寝て過ごし、半分を餌を探してトンネルを巡回する。ときに新しいトンネルをゆっくりと掘る。
縄張り意識が強く、孤独を好み、交尾するときだけ他のモグラ(異性)と交流する。
そのため、まったくその様子がわかっていないし、もちろん育児についても不明だらけだ。
ただし、子供が成長して大きくなると自分のテリトリーから追い出す。
その5~6月の間の朝や夕方に見かけることがある。モグラの生涯で唯一地上に出るときだが、そのときが天敵に狙われる唯一の時でもある。
こうして増えすぎたモグラは猛禽類や肉食獣を養う側に変わる。
独特の体臭があるため犬や猫は襲ってもあまり食べない。ヘビや猛禽類に食べられる。

モグラにとって温帯地域のような掘れる土と落ち葉があれば、どこでも生きていける。そのため落ち葉の分解が早い熱帯地域にはほとんど生息していない。世界中にモグラのように土を耕し、土壌を攪拌する生物が確認されている。アメリカ西部では大人気のプレーリードッグ、熱帯では鋭い鋸歯を持つネズミ、他にもリスやヒミズがいる。

モグラとよく似ているヒミズは半地中生活者だ。堆積した落ち葉の層の下に溝を掘って通り道にしている。地表面に少し浮き上がった土のトンネルがあれば、それはモグラではなくヒミズのものである。ヒミズはモグラほど深く掘らない。
「ひみず」という言葉には広辞苑によると「いつも閉じこもって、けっして前に出ない人」という意味もあるという。
このヒミズは里山などの田舎の方に行けば珍しくない。姫ヒミズという少し小型のヒミズは比較的高山に生息していて、落ち葉の堆積が乏しい岩場に生息している。

一番原始的なモグラのヒメヒミズが150万年以上前の更新世中期にはすでに日本列島に渡来していたことから、日本列島は全部地下でつながっているはず。モグラとヒミズのトンネルだらけのはずだ。

たとえ大規模の山火事や火山噴火があっても熱は上に行くので、地中はそこまで熱くならないため影響は少ない。反対に大雪でも地下深くはそれほど冷えないため、土の中は結構快適だ。それを知ってか冬はアカネズミ、トガリネズミ、ハタネズミたちもその穴を利用する。
そう、だから白亜期末に起きた恐竜絶滅の地球寒冷化の時に生き延びた原始モグラから樹上生活に適応したのが哺乳類がいた。そう、われわれサルの祖先である。

川口由一さんは著書のなかでこう語っている。
『「自然農の米づくり」が世に出たのは農耕一万年の歴史における革命であり、文字で示されてる静かな裏革命です。革命は表に出ては成就しない。裏から徐々に浸透して人々の意識は変革する者です。』

そう、モグラは今もあなたの足元でゆっくりトンネルを掘りながら、天地返しをして大地を整えているのである。たとえ、人間が硬盤層を作ってしまったとしても、モグラがいる限り大地は森林に蘇ることになる。
それは確かにゆっくり静かだが、自然遷移のリズムそのものだろう。だから私たちは彼らの餌となる落ち葉をそっと敷くだけでも良い。


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