ある女性の話をしようと思う。(27,157文字)

入社するまで

僕は工業高校を卒業し、就職した。就職組というやつだ。
就職する前の話になる。

まず初めに採用試験を受けたのは。富士重工業だ。
今でいうSUBARU。自動車メーカー。
群馬県に開発拠点、本工場がある。
そこで技術職を受けた。技術職というのは簡単に言うと設計だ。
試験は落ちる。不合格だ。
人事から技能職なら採用できるがどうだ?とお誘いを受ける。
技能職というのは工場の組み立てをする。
僕は設計関連がしたかったのでお誘いをお断りした。

次に採用試験を受けたのは、栃木県の会社だ。
簡単に説明すると、ホンダの下請けで、設計開発のお手伝いをする会社だ。
この会社に合格した。

当時、埼玉県に住んでいたので、引っ越しをして、寮に入ることになる。
初めての一人暮らしだ。

入った会社について

入社した会社は。ホンダの下請けだ。
主要取引先はホンダ関連しかない。

主要な事業はたくさんあったはずだが、
自分が関わるところ以外は何をしていたのがわからない。

CADソフトをつかって設計開発のお手伝いをする。
CADオペレーターというのが多い。
ほかにもシミュレーションソフトをつかってシミュレーションをしたりする。
それが主な事業だと思う。

仕事の受け方もたくさんあって、
・内部委託
・外部委託
・派遣
おもにこの3つだ。

内部委託は、仕事がある場所に自分たちの会社のチームが丸ごと入って、チームで仕事をする。
外部委託は、自分たちの会社の社屋で仕事をもらって仕事をする。
派遣は、仕事がある場所に個人が派遣される。

ホンダの中に入る場合、ホンダの部品を作ってる会社の中に入る場合など、さまざまだ。

正直、この記事の本題ではないので、かなり適当に説明したし、正直あまり覚えていない。そして、これを理解しなくても記事は理解できるはずだ。

入社

全体研修(総務部

4月、入社する。入社式にいた同期はたぶん30人くらいいたと思う。
大卒、専門卒、高卒、学歴も様々で、住んでる場所もバラバラ。
いろんな人がいて、コミュニケーションが苦手な僕はかなり戸惑った。

約1か月間全体で研修を行う。
この研修を行うのは総務部だ。いわゆる社会人の基礎を叩き込まれる。

大卒の人は、法律関係の人だ。
主に、特許関係の仕事を行う。知財という分野だ。
専門卒の人は、整備関係の人だ。
主に、サービスマニュアルという自動車を整備するために必要な説明書をつくる仕事をする。多分他の仕事もしている。
高卒の人は、基本、設計手伝いが多い。事務の人もいる。

全体研修の内容は、
会社概要を学んだり、お客様を学んだり、社会人マナーを学んだり…。
1泊2日のキャンプ研修があったり、埼玉の本社に出張したり、なんだかんだで楽しかった。

埼玉の本社に出張するとき、総務の人に相談して、前乗りさせてもらって、埼玉の実家から行かせてもらった。ああいうコミュニケーションは嬉しかった。

総務部の人とはかなりコミュニケーションをとった。
とても優しく対応してくれた。
そのときに、入社試験の学科試験の成績がトップだったと言われた。
これがほんとに嬉しかった。
天狗になる要因にもなった。

約1か月の全体研修後は、それぞれ職種によって飛ばされる。
そこからまた課ごとにに研修を行う。

もともと埼玉採用の人がいて、その人たちは研修中、毎回ホテルに泊まってそこから出社していた。

僕は埼玉県出身だが、職種が違うので埼玉採用ではなく、栃木採用だった。

正直、全体研修中も自分がトップなんだと調子に乗り、たくさん発言をしたり、行動をしたりしていた。とにかく、悪目立ちしていたと、今は思う。
そのせいか、同期と休日に一緒に遊ぶとかは一切できていなかった。

遊びに来たんじゃない。そう本気で思っていた。
だから休日も一人で過ごしていた。

どうでもいいが、このときの所属は開発0課だ。

開発部研修

開発部は20人くらいいた。
開発部は全員CAD関係の仕事をする。

使用するソフトはCATIAというものだ。
自動車関係ではよく使われている。

この開発部研修では、2つの班に分かれたと思う。(多分)
レクリエーションや課題、プレゼンの練習として発表をしたりする座学の研修。
そして一番重要なのはCADソフトの研修だ。
CADソフトのライセンスの数の問題で、一気に研修を行うことができないから2つの班に分かれたはずだ。

CADソフトの研修は何よりも楽しかった。
工業高校の機械科でCADを学んだが、そのとき楽しくてこの仕事をしたいと思ったのだ。

CAD研修はもちろんすごい速さで研修を終えた。同期に教えられるレベルにまでなった。研修を担当してくれている先輩にも特別に課題をもらったりするなど積極的に研修を受けた。

事業所にいる中で、一番歴の長い主任級の先輩が研修を担当していた。そしてその先輩と一緒の課の先輩たちが担当する。

レクリエーション等の座学はそれぞれの課長が担当したり、開発0課が担当していたとおもう。


出会い

開発部の概要説明

開発部の研修中に、開発部の概要の説明を受ける。
各課がどんなお客様からどんな仕事を受けて、どんなことをしているのか。
それを具体的に説明を受ける。説明をするのは各課長だ。

当時、開発部は開発0課から開発6課まであった。

開発0課は、開発部新人の研修や営業、各課のとりまとめ、事務作業をしている。この課は正直、開発部のなかの営業部、総務部といっても過言ではない。たぶんCADすら使わない。

ほかの、開発1課から開発6課は、仕事内容や仕事をもらう会社ごとにわかれていたりする。ここでの説明は省く。

各課でどんなことをしているかは、研修で課長から説明を受ける。そしてどんな人がいるのかは正直わからない。
なぜならほとんどの人がホンダの中で仕事をしているからだ。
事業所に居たら出会えない。

顔合わせ

各課の説明を受けるとき、当時、事業所にいる先輩は少し顔を合わせることになる。
課長が、先輩方を新人の前に連れてくるのだ。

開発1課は事業所に先輩がいなかった。
開発2課は男性の方が1人いた。
開発3課は男性が数名。
開発4課はいなかった。
開発5課は男性が3人と女性が4人いた。(多分)
開発6課はいなかった。

開発部で事業所にいるのはそれくらい少ないということだ。
開発5課が多いのは、部品メーカーを担当しているからだ。
部品メーカーに内部委託として入ってるチーム、派遣されている人が所属している。
外部委託もしている。外部委託もしているから事業所にいる人がほかの課よりも多い。

開発5課の女性は4人。その中に「ある女性」はいた。
そのある女性は、とても綺麗だ。
19歳の新人の男たちの中では、もっぱら話題になった。
綺麗だ綺麗だ。あの人に教わりたいと。
当然、僕も一瞬で見とれてしまった。

そのある女性は、av女優の「水戸かな」さんに似ている。
なので、今後は水戸さんと言おう。

新人歓迎会

事業所では普段働いている先輩方には会えない。

そこで、終業時間外に開発部の新人歓迎会というのが行われる。
まぁ飲み会でもある。開発部の先輩方が一堂に会するのだ。
ちなみに水戸さんは来なかった。水戸さんは飲み会に来ないで有名だった。

新人関係会ではまず初めに新人が自己紹介をする。

この記事を書きながら思い出したが、僕はそこで、
「いつか開発部の部長になります。」と大口をたたいたと思う。
ものすごく恥ずかしい。そして多分これが多くの人に名前を憶えてもらうきっかけになったと思う。

この新人歓迎会では、新人の紹介とは別にもう一つの目的がある。新人が先輩方にお酒を注ぎに行くのだ。そしてコミュニケーションをとり、どんな人がいるのかを感じ取るのだ。
普段会えない人と会う貴重な機会だからだ。そしてどんなことをしているのか直接聞くことができる。
ここで将来自分がどんなことをしたいのかイメージする。これがのちの配属希望にかかわってくる。

開発5課

新人歓迎会での飲み会で、課長たちが集まっている席で、情報収集をする。

当時、僕はバイク関連に行きたかった。
しかし、栃木県にバイクの開発拠点はない。
当時の事業所にバイク関連の仕事をやっている人たちはいなかった。

ホンダ関連のバイク開発は、埼玉県にある。朝霞市だ。
その開発拠点でCAD関連の仕事の人はいなかった。

各課長に「自分、バイクやりたいんです。」と言って回る。
そのたびに「バイクかぁ…厳しいなぁ…」と渋い顔をされる。
そりゃそうだ。新しい仕事を取ってこなければいけない。

その時に、課長たちがボソッと言った。
「そういえば、5課に浜松で2輪のヘッドランプやってるやついるよな」
「はい、一人だけ。でもあれは現地採用ですよ。」
「そうか、仕事ありきの話だもんな。」
と、課長たちが話している。

それで僕に対して
「とりあえず、5課に入ればチャンスあるんじゃない。」
「でも、成績優秀じゃないと希望の部署入れないからね。」
「頑張るんだよ」
と言われた。

これで、僕の希望の部署は決まった。
開発5課だ。

開発5課長との話。

新人歓迎会のあと、会社で開発5課長とお話する機会があった。
たぶん、名前は星野さんだったとおもう。(覚えていないから仮名)

「先日はありがとうございました。ところで、浜松でヘッドランプってどういうことですか?」と聞くと、詳しく説明してくれた。

静岡県浜松市に、スタンレー電気という会社がある。
スタンレー電気は自動車用のヘッドランプを4輪、2輪問わず生産している。もちろんヘッドランプだけではない。
浜松以外にも自動車工場の近くに開発拠点があったりする。

ちなみにの話だが、
日本のバイクの始まりの地は、静岡県浜松市なのである。


開発5課では、スタンレー電気の仕事を受けていた。
派遣、内部委託、外部委託。

その中でも浜松の開発拠点に派遣されている人が過去10年で一人だけいるらしい。
でもそれは、すでに浜松に仕事があって、その仕事をやるために現地の人を採用したらしい。

流れはおそらくこうだ。
栃木での実績→浜松でも人が欲しい→じゃぁ浜松の人を採用しよう→派遣
なので、栃木前提で採用された新人が一番初めに浜松に行くことはない。
そして、10年間それが変わらなかった。

と、説明を受けた。
それでも僕は、チャンスがあると思ったので開発5課に入りたいと決意した。

希望の部署

このころ、すでに開発部の新人研修は終わりに近づいており、先輩方との顔合わせ、課長の説明を受け、自分たちがこれからどんな仕事をするのか想像して、希望の部署を決める時期に入っていた。

そうなると新人たちはもっぱらどの部署に入りたいのかという話題になる。
それぞれの新人がそれぞれの思いで、どの部署に入りたいと言いあったり、自分はどこでもいいやという人もいたりして様々だ。

僕の周りにいた人間は、19歳の男たちなので、綺麗な先輩がいるところ、可愛い先輩がいるところに行きたいとふざけながら言う。

そうなると当然、水戸さんがいる開発5課も選択肢に入ってくる。
僕は、星野課長との話もあったので、当然5課に入りたいと思っていた。
しかし、僕も男なので水戸さんに仕事を教わりたいという下心も含めて開発5課に入りたいと思ってしまっていた。

女性の好みが同期で違うのでふざけあいながら言い合う希望の部署は人それぞれだったが、開発5課は水戸さんがいたから人気だった。

ちなみにここまで希望の部署と言っていたが、新人に希望の部署の聞き取りをするわけではない。
課長たちが勝手に決める。
だから新人が希望の部署に入りたいと思ったら、課長たちにアピールするしかない。

そこで僕は星野課長がお手すきの時に、毎回、話に行くようにした。
「また、お前か(笑)」「そうです、またつかもとです。」
そんな会話ができるレベルになるほどアピールしていた。

配属決定

新人研修がおわり、最終日になる。
そこで各課長から、配属を発表される。
開発1課から順番に。

発表されるたびに、新人たちが目を合わせてしまう。
驚きの連続で。

開発1課で呼ばれず…2課で呼ばれず…3課…4課…で呼ばれず…
開発5課で呼ばれる。
僕の希望の部署だ。

本当に良かった。

その後の昼休憩では、みんなどうだったどうだったという話でもちきりで。
僕の周りの同期は、僕の希望の部署が開発5課ということを知っていたので「よかったな、水戸さんと一緒で」とからかいながらも祝ってくれた。
嬉しかった。

配属決定した日の次の日に、研修の修了と配属決定の辞令が言い渡される。
そしてそこから、新人は飛ばされる。
内部委託の場合は、チームに入ることになるので、すぐ配属となる。
派遣が多いような部署では、派遣契約が結ばれるまで事業所で待機となる。
外部委託がある部署では、事業所で先輩に仕事を教わりながら、配属を待ったり、そのままその仕事を続けたりする。

なので、ここで同期たちとはおさらばになる。
たくさん一緒にいた同期たちともお別れになる。
僕の周りにいた同期はほかの部署に配属になったのですこし寂しかった。

僕と一緒の課になったのは、
ちび(女)、めがね(男)、のっぽ(男)の3人。
僕含めて4人が新人として開発5課に入る。

水戸さんと一緒の課になるということで
下心と、バイクの開発に携わるという夢を持ってこれからの生活が始まる。

鈴鹿採用

一番よくしゃべる同期が、鈴鹿採用ということを知ったのがこの時だった。
三重県鈴鹿市にも開発拠点がある。
仲いい同期が鈴鹿採用なので、最初っから部署はほぼ決まっていたらしい。

ちょっと寂しかった。
いつも喋っていたので、あえなくなるのは寂しい。
連絡先は知っているけど、なんかうまく連絡取れなかった。

たぶん、根っからのコミュ障なんだと思う。
スイッチを入れれば喋ることができるが、プライベートでなにか喋るのが苦手なのだ。
遊びに誘ったり、ご飯に誘ったりするのが無理なのだ。

でも会社では喋ることができる。そんな関係の同期しかいなかった。

社会の厳しさを知る。

グループが決まる。

4月に入社して、1か月の全体研修、1か月の開発部研修を終えて、7月に配属になる。

僕は開発5課に3人の同期と一緒に配属になった。
開発5課に入ったからと言って、必ず美人の水戸さんと一緒に仕事ができるわけではない。
なぜなら、開発5課の中にもグループがある。

開発5課に入った新人は、すぐにお客様のところで働くことはない。
なので、全員、事業所に残り、外部委託の仕事を少しずつ預けてもらいながら先輩と一緒に仕事をして学んでいく。
OJTだ。

そしてお客様ごと、内容ごとにグループが分かれている。
そこで水戸さんと一緒にならなければ一緒に仕事ができない。

このころはもうバイクがどうとか、正直考えていなかった。下心が大きすぎて、なんとか水戸さんと一緒にならないかと思っていた。

そしてグループが決まる。
俺と、ちび(女)はランプ関係(スタンレー電気)。眼鏡はルーフ関係、のっぽはシミュレーション関係に決まった。

ランプ関係(スタンレー電気)は、
水戸さん(10年目、28歳?)、佐藤さん(女、3年目、21歳?)と
ちび(女)、そして僕となった。
僕以外、女性だけの職場となった。
佐藤さんは普通に可愛いし、優しい。
ちび(女)は身長が低い。あとシビックのマニュアルに乗ってた。

そんなメンバーで仕事することになった。

水戸さんと一緒になったことで、僕は心の底から嬉しかった。
毎日会社に行くのが楽しくなるとおもった。

席順は

席順

女3人が固まって、男一人がつまみ出された感じだ。
まぁ挟まれなかったただけ安心だ。

初めての仕事

グループの中の体制は
水戸さんが、最初に仕事の流れを教えてくれて、作業の方法や細かいところを佐藤さんが教えてくれる。

初めて仕事を任される。
とはいっても、ほとんど先輩方にやり方を教わったので、自分で仕事を完結したわけではない。

ここで、一つ学んだことがある。

あるとき、水戸さんに質問をして、教えを乞う時、
僕が、メモを取るものを一切持たずに水戸さんのもとに行ってしまった。
そして、作業の流れを一通り説明受けた後、水戸さんにこう言われた。
「メモ、取らなくていいの?作業の流れ全部言える?」
このとき、新人の答えの正解は、
「すみません、わかりません。メモを持ってくるのでもう一度教えてください。」
しかない。
なのに、僕は、作業の流れを全部正確に答えた。
これがいけない。水戸さんの先輩面が丸つぶれだ。

メモの必要性を教わるタイミングで、先輩の顔をつぶしてはいけない。
そして、次回から、メモを持ってきたとしても、
メモいらないんでしょ?答えられるもんね?と言われかねない。
そしてこの文言は実際にそのまま水戸さんに言われたことがある。
その時、僕は苦笑いするしかなかった。

後輩モーション、後輩の動きをするというのが大事なんだと。学んだ。
先輩の前では、後輩らしくいること、これが何より大事だ。

仕事をなんとかこなせるようになる。

水戸さんにビシバシ教わりながら、佐藤さんというオアシスで癒されながら仕事をしていた。
佐藤さんは、何回も同じことを聞いても優しく教えてくれて、ちゃんと雑談もしてくれる。
本当に優しくて涙が出そうになるほどだ。
でも佐藤さんは彼氏がいる。そこだけが残念だった。

仕事に関しては、要領もよくすぐにこなせるようになる。
開発5課の中の主任級の先輩にも評価がよく、星野課長の評価もよかった。
ちびとも席が隣で、一緒に教えあいながら仕事をして、和気あいあいとこなせるようになった。

地獄の始まり

開発5課の新人が毎週月曜日に発表を行うことになった。
毎週月曜日は課内ミーティングがある。その課内ミーティングの最後に発表を行う。
4人の新人が、2人ずつ発表する。
つまり、僕は隔週ごとに発表することになる。

発表の内容は、ojtでやっている仕事について。
どんなことをしているのか、どんなことでつまずいたのか、どう改善するのか、どう対策するのか。
内容は人それぞれだ。
新人の研修発表の目的は、グループ別にどんなことをしているのか理解するためでもあり、新人がどんなことで困っているのかを把握するためでもある。
発表の練習ということもある。

最初は、みんなしどろもどろになりながらも発表をしていく。
星野課長もほかの先輩方も発表する新人に対してどんな質問をしたほうがいいのかわかっていなかった。
そしてこの研修発表の流れもうまく形ができていなかった。
しかし、回数が増えるたびに形になっていった。

地獄①

研修発表の最後に質問タイムがある。これが地獄なのだ。
覚えている範囲で事例を紹介しよう。

ある仕事を任された時、実際の業務と同じように工数を意識しようということになった。
工数というのは一つの依頼に対してどれだけの時間がかかったかということだ。
予算に対して、どれだけの人件費を使えるのかによって工数が変わったり、納期ベースで工数が変わったりする。

あるとき、作業中に星野課長が声をかけてくれた。
どんなことをしているのか僕から説明をしたり、雑談をしたりした。
そのときに「つかもとは作業が早く、要領がいいから、もう工数を意識して作業してみたらどうか」と言われたので、素直にそうしてみますといって、課題として意識し始めた。

ある仕事に対しての予測工数、これは先輩たちが作業した場合の予測工数なので、新人は絶対に届かない。
これを星野課長に相談した。工数がクリアできないと。そうしたら、
「まずは、仕事をする前に、よーく考えて、自分なりの予測工数を立ててみたら?それに対して、どうだったのか、間に合うのか、間に合わなかったのか、なぜ間に合わなかったのかを考えてみるといい。」
そういわれたのでそうした。素直にそうした。

そして、新人の研修発表で、発表した。
まず、ある仕事に対しての、予測工数、これは先輩方が試算したものでこの予測工数に収まることが何よりも大事だ。
そして、自分なりの予測工数。これは自分が仕事を見たうえでよく考えて予測した工数だ。
最後に、実績工数。これは実際にかかった時間だ。

この時僕は、実績工数が予測工数内に収まらなかった。当然だ。数か月で先輩方と同じような仕事ができるわけがない。
しかし、自分が予測した工数には収まった。なのでその自分が予測した工数と、先輩方の予測工数の差から、どこに問題があるのかを追求し、そこを改善すれば先輩方と同じように仕事ができるようになると考えた。

実際にそのように発表した。
自分が予測した工数内に収まったので、予測する精度は悪くなく、自分でどこに時間がかかるのか理解できている。そしてそこを改善すれば予測工数内に収めることができるから、そこの改善に努めていきたい。

そして質問タイムだ。
水戸さんだ。


水戸さん「自分の予測工数って何?」
僕「作業前に業務を見て、自分でどれくらいかかりそうなのか予測したものです。」
水戸さん「その予測工数に入ったから、オッケーとはならないでしょ。実際に実績工数は超えてるんだから、なぜ超えたのかのほうが重要でしょ。」
僕「なので、さっきも言いましたが、改善するべき点を追求はできていてそこを改善すればいいと思っています。」
水戸さん「てか、なんで自分で工数を予測しようと思ったの?」

僕、星野課長を見る

星野課長「ごめんごめん、俺が言った。つかもとは要領いいから、もう工数意識してもらおうと思って。でもいきなり工数内に収めろってのは無理だろうから、自分で予測してそれに対してどうだったか考えてもらった。」
水戸さん「はぁ…」

この時ほど時間が長く感じた時はない。
水戸さんは後輩のやっていることが把握できていないということが、ほかの課員たちに丸見え。
水戸さんの顔がたたないのだ。

そして何より、星野課長の顔もたっていない。
僕が星野課長に言われたことを発表した。そのことに対して水戸さんから突っ込まれているという状況を作り出してしまったからだ。

地獄②

あるときはこんな質問をされた。いや、質問ではない。
水戸さん「今日の発表は最初っから何を言っているのか、まったくわかりませんでした。」
水戸さん「ねぇ、みなさん?わかった人いましたか?(笑)」

嘲笑うかのような問いかけをされたのだ。
そのとき、周りの先輩たちは水戸さんの顔色をうかがい、同調した。
声に出さなかったが、女性の先輩たちがうなずいたのだ。

僕は、ムカついてしまったので、
僕「どこがわかりませんでしたか?教えます。」
といって、最初のページから全部一つ一つ教えようとした。
そしたら、
星野課長「いや、いい大丈夫。わかったから。時間ないから次回にしよう。」
と、止めに入られた。

終わりなき地獄

地獄の事例は正直言い始めたらきりがない。
僕の研修発表では、水戸さんが必ず質問する。
そして水戸さんはほかの同期には質問しない。
ほかの同期の発表ではほとんどだれも質問しない。
もう僕の研修発表で水戸さんが質問する。
これが見世物のようになっていた。

そして質問は的確なものではない。
表面的なところを揚げ足を取るように嘲笑いながら質問をしたり、そもそも論を吹っかけてきたり、話を聞くことなく最初っからやり直せと言われたりすることが多くなった。

僕だけがこの攻撃を受ける。そして理由がわからない。
そして終わりが見えない。
このころから会社に行くのがつらくなった。

相談しても解決されない

僕と水戸さんとの関係をいろんな人に相談した。

まずは星野課長。
僕「僕はどうしてあそこまで詰められるのでしょうか。」
星野課長「資料がうまくできてないのもあるけど、それは同期全員同じレベル。つかもとだけっていうのがおかしいね。」
僕「そうなんですよ、僕だけ言われるっていうのが理解できなくて…。」
星野課長「お前がなんかしたんじゃないのか、心当たりないのか」
僕「ないですよ、あんまり喋ってくれないし。」
星野課長「そうか…俺も探ってみるけど、あんま変なことするなよ。」

次に主任級の先輩。男性だ。
僕「水戸さんってああいう人なんですか。」
先輩「いや、違うと思う。なんかつかもとだけあたりおかしいね。」
僕「ですよね。」
先輩「でも俺、そっちの仕事やったことないからわからないなぁ。ごめんな。」
僕「はぁ…」

別の課の仲良くしていた男の同期たち
僕「水戸さんに詰められてるんだよねぇ…執拗に…」
同期たち「なんだよそれ、ご褒美じゃんか」
僕「いや、そういうレベルの話じゃない。ガチ」
同期たち「でもその現場見てないから何とも言えないなぁ…」
僕「まじかよ、つらいわぁ。会社行きたくねぇもん」
同期たち「拝めるだけでも最高じゃねーか。行けよ」

こんな感じだ。
原因が誰にもわからない。解決方法もわからない。
わからないまま研修発表は続いていく。

ストレス解消(愚痴

このころすでに、水戸さんに対しての愚痴を吐くようになった。
作業のチェックを受ける時にイライラしていると、
「くそっ生理かよ」と思っていた。良くない思想だ。

水戸さんの白い作業着が赤く染まっていた時、ざまぁと思っていた。
下半身だけ私服に着替えて、上だけ作業着になっていた。
着替え終わって、席に着いた水戸さんは違和感があって、みんななんで着替えたのかわからなかったと思う。
しかし、俺は気づいていた。

正直、女性ばかりの職場にいると、大体の生理周期がわかるようになる。
水戸さん、佐藤さん、ちびの生理周期は大体わかるようになっていた。
というか露骨にイライラするので、なんでイライラすんねんと思うとだいたい生理だ。

当たらないでほしい。そうおもっても当たられてしまうのだ。そしてその矛先は唯一の男である僕にむかってしまう。
あの優しい佐藤さんでさえ、作業のチェックをしてもらうとき、顔が全然笑っていなかった。

そういうものなのだ。

ストレス解消(微エロ

ここまでで半端なくたまったストレスの解消方法を探していた。
そこで出会ったのが、AV女優の「水戸かな」さんだ。
女優の水戸さんによく似ている。だからこの記事では水戸さんと呼んでいる。
先輩に対してのイライラや、ストレスをすべて性欲に変えて、水戸さんで発散していた。

このころから女上司もの、女先輩もの、年上ものを中心に見るようになった。
そうでなければストレスが解消できなかった。
それほど追い込まれていた。

本当にこの時期は、女優の水戸さんにお世話になった。

打ち合わせ

初めてのお留守番

ある日、水戸さんと佐藤さんが、スタンレー電気の事業所で打ち合わせをすることになった。
グループでは僕とちびの2人でお留守番をしなければいけない。
初めてのお留守番で、正直何が起こるかわからない。

さらに、お留守番中にも仕事はやらなければいけない。
水戸さん、佐藤さんあてに何かほかの先輩から問い合わせが来るかもしれない。
その時に対応しなければいけないのが新人2人となる。

そんな新人2人に、水戸さんは、水戸さんの個人の携帯の番号を託した。
「なにか不安なことあったら、ここに電話してきていいから。寂しくなったら電話してきな。いたずらはやめてね。」
こういう時の水戸さんはとても綺麗で優しく、すぐにでも惚れてしまいそうになる。

ここで、僕は水戸さんの電話番号を知ることになる。
プライベートで電話しちゃおうかなぁって思ったりもした。
そんな勇気もなかったんだけど。

そんなこんなで、お留守番は特に何もなく、水戸さんと佐藤さんが帰ってきた。2人のスーツ姿はとても綺麗で、何かそそるものがあった。
お留守番中は、水戸さんがいないから、僕は優雅に仕事することができた。

初めての外出

お留守番から数週間後、打ち合わせという名の顔合わせをすると、新人2人に話が来た。
スタンレー電気のところでご挨拶をする。
新人2人で行くのは危なっかしいので、先輩とペアで行くことになる。

ここで悲報だ。
僕は水戸さんとペアになる。
水戸さんと2人で外出しなければいけない。社用車で。

当時、僕は普通自動車免許を持っていなかった。だから水戸さんに運転してもらわなければいけない。その時点からキツイ。
何より、2人っきりで密室空間にいるのがつらい。

だからこそ、ここで想像力や妄想力を駆使して、エロい展開が起きねーかなぁと思うのに必死だった。

行き、帰りの道中でのお話では水戸さんのことについてちょっとだけ知れた。
栃木出身で、高根沢高校出身で、商業系だったと。10年くらいいると。
ホンダの中に入ってたこともあるらしいと。
プライベートのことは一切教えてくれなかった。彼氏とか、一人暮らしなのかとか、休日何をしているとか。
教えてくれたのは吹奏楽をやっていて、フルートを吹いている。
宇都宮音楽集団というのに所属しているらしい。

そんなことを教えてくれた。
道中での話が続かなくて沈黙があったり、正直気まずかった。
それでも、「ちょっと寄り道しちゃう?なーんてね」といったようなことも言ってくれたりした。こういうときは可愛いのになぁと思った。

2人でのお留守番

僕と水戸さんが打ち合わせにいったあとは、
ちびと佐藤さんが打ち合わせに行く。

そうすると、僕と水戸さんでお留守番だ。
お留守番中は、仕事もあるし、普通に目の前にパソコンがあるのでパソコンをやっていれば喋らなくて済む。
なので、あまりしゃべらなかったと思う。

どうにもならなかった。

希望の見えない日々

打ち合わせがあろうが、なにがあろうが、地獄の研修発表は続いていく。
僕自身、どうせ、突っ込まれるなら手を抜いた資料にしようと思った。
みるからに手を抜いた資料にした。

そうすると水戸さん以外の先輩からも突っ込まれるようになるが、
突っ込まれた質問をしても、しっかりと答えずに
「はい、すいません…」しか言えなくなっていった。

研修発表の目的がもうわからなくなっていた。

突発で休む

あるとき、もう駄目だと思った。
今思えば、抑うつ状態になったのだ。

病院に行こうと思った。
でも、心療内科や精神科の初診は1か月先、2か月先になることが多い。
いろんな病院に電話した。
初診の予約が必要ない病院が見つかったので、そこに行くことにした。

一般常識じゃありえないのだが、星野課長に
「すみません、明日休みます。私事都合のためです。」
といって、休むことにした。
理由は聞かずに許可してくれた。

水戸さんにはすごい突っ込まれた。
ありえないからね。一般常識じゃ。仕事どうするのよ。と言われたが、仕事はすでに終わっていた。
佐藤さんは何も言わずに了解してくれた。
ちびは心配してくれた。

受診

突発で休んでまでいった病院は、女医だった。
ここまでも女かとおもった。

言われたのは、
「あなたがここに来たのは、元気になりたいからでしょ。そうしたらあなたは病気じゃないの。まだまだ元気じゃない。またつらくなったら来なよ。」

すでにもう死にたいくらいに追い詰められていたのに、
休職の診断書が出ないことが確定した。病気じゃないと言われたからだ。
この日、病院からの帰り道、また会社に行かなければいけないのかと思うとつらくて仕方なかった。
この世の終わりだとすら思えた。

逃げたくて逃げたくて仕方なかった。

休み明け

休み明けは、元気に出社した。いや、元気のように見せかけて出社した。
水戸さんは、いつも通りの対応だった。
佐藤さんは、優しく声をかけてくれた。
ちびは、俺が休んでいた間の雰囲気を伝えてくれた。

ちびが言うには、一番心配してたのが水戸さんだという。
「つかもとくんが急に休むって何かあったの。なんも聞いてないの?」と言われたらしい。
実際、休む理由は誰にも何も言っていないので、何で休んだのか誰も知らない。

だけどなぜか水戸さんが自分のことを心配してくれたってことがうれしく思えたんだ。

水戸さんは100%嫌な人じゃないんだと思えた。

天変地異

ある一本の電話。

たとえ、突発で休んでも、地獄の研修発表は続いた。心は荒んでいくばかりだ。
この時、僕は初めての一人暮らしの真っ最中で、この状態では生活がままならない。
寝れない、食えないは普通にあった。
何も変わらないまま、このまま生活が続いていくんだと思っていた。

そんなときに、スマホをいじってると、ある電話番号が目に入った。
たぶん、金曜日か、土曜日の夜だったと思う。
水戸さんに電話をかけたんだ。


僕「もしもし、あ、つかもとです。水戸さんですか。」
水戸さん「なに、急にどうしたの」
僕「ちょっと話がありまして、お時間良いですか?」
水戸さん「いいけど、手短にね」
僕「はい。会社行きたくないんです。」
水戸さん「なんでよ」
僕「月曜にやってる、研修発表あるじゃないですか。あれがつらくて」
水戸さん「でも、いつも頑張ってるじゃん」
僕「え」
水戸さん「もしかして、私の質問が怖いとか?」
僕「はい、水戸さんが怖いです。」
水戸さん「そっかぁ。じゃぁ一つアドバイスするわ」
僕「はい?」
水戸さん「発表の前に私に相談しなさい。」
僕「え」
水戸さん「資料できなていなくてもいいから」
僕「どういうことですか」
水戸さん「資料を発表する前に私に相談するの。そうしたら私は内容把握できるでしょ?それに資料できていなくても、できていないことを相談すればどうやって資料作ればいいかアドバイスできるでしょ。」
僕「はい、でも水戸さん忙しそうじゃないですか。」
水戸さん「忙しくないよ、忙しそうにしてるのはネットサーフィンしてるだけよ」
僕「えっ…」
水戸さん「とにかく、相談するの。そうすれば一緒に資料作ってることになるから、発表の時に質問することはないわ。だって内容全部わかってるんだから。」
僕「たしかに、そうですね。」
水戸さん「まぁいいわ、とにかく相談しなさい。」
僕「わかりました。」
水戸さん「もういい?暇じゃないから、会社来なさいよ、待ってるから」
僕「はい。頑張ります。(忙しいんじゃん)」
水戸さん「じゃーねー」
僕「ありがとうございました。」


次の出社

ある一本の電話をしてから、電話の内容を水戸さんの口によっていろんな人に言いふらされて、いろんな人にからかわれると思っていた。
お前、水戸さんに電話したんだって?とか言われると思っていた。

そんな風に思っていたから、なおさら会社に行きたくなくなっていた。
でも、水戸さんに会社来なさいよって言われたから行くしかない。
すでに水戸さんへの下僕精神は出来上がっていて、言いなりだったから、会社に行くしかなかった。

そして、会社に行くと、普段通りだった。びっくりするほど普段通りで、僕と水戸さんだけ、秘密の共有みたいなのがあるように思えた。
水戸さんもいつも通りで、僕だけがそわそわしていた。

ちびだけが、
「なに、そわそわしてんの、気持ち悪いんだけど、ちゃんと仕事して」
と言ってきて、何も知らないんだなと思った。

相談

今まで、仕事や作業のことでわからないことがあったりしたら、質問や相談をしていた。
しかし、研修発表の資料については、一切相談せずに発表していた。
相談しないでいいもんだと思っていたし、本来は新人が資料を作り上げてそのことについて先輩が質問するとなっていたからだ。

だから初めて相談をしたのだ。水戸さんに。


僕「水戸さん、今お時間よろしいですか?」
水戸さん「お、きたね、いいよー(ニヤリ)」
…自分の席の近くに来てもらって
僕「次の研修発表の資料です。」
水戸さん「いま私の前で軽く発表してみて。」
僕「え、あ、はい。」
…発表する
水戸さん「んー、最初っから何伝えたいのかわかりづらいね。」
僕「えっ(変わってねぇー)」
水戸さん「これとこれ省いて、これを強調して…詳しく…」
僕「はい」
水戸さん「私の言ったことをその場で覚えることができたとしても、全部わかっていても、ちゃんとメモとってよ(笑)」
僕「あ、すいません…」
水戸さん「そういうところだからね」
僕「はい」
水戸さん「今言ったところ、直したらもう一回呼んで」
僕「わかりました。ありがとうございました。」


ちび「なに、どうしたの、まじで、なにがあった。」
僕「いや、なにも。研修発表の前に相談しようと思って。」
ちび「めちゃめちゃ柔らかくなってたなぁ、水戸さん。」
僕「それな。でも言ってる内容は変わってない。」
ちび「でもよかったじゃん。頑張って。私も相談しよーっと」

後日

ちび「水戸さん、私の発表資料見てもらってもいいですか?」
水戸さん「佐藤さんに見てもらいな」
ちび「えっ、はい」
水戸さん「一人見るのに、精いっぱいだからさ(笑)」
ちび「そうですか(笑)」

ちび「おいー、可愛がられてんじゃんか」
僕「何の話だよ」
ちび「資料見てもらえなかったよ、水戸さんに」
僕「え、なんで」
ちび「佐藤さんに見てもらってって言われた。」
僕「まじか」
ちび「あと、手のかかる後輩がいるらしくて」
僕「自分のことか…」
ちび「よかったな。」


そうして、発表前に何回か相談をして、発表に臨んだ。
発表では誰からも質問がなかった。
もちろん水戸さんからも。

課内の先輩たちが、驚いた顔をしていた。
当然だ。当たり前のようにキツイ質問をしていたからだ。

つかもとの発表で何も問題なく、すんなり終わることが初めてだったからだ。

地獄が終わったのだ。
きつくてしんどくて、つらくて逃げ出したい日々が
終わったのだ。

増えるコミュニケーション

それから、今まで以上に水戸さんとのコミュニケーションが増えた。
研修発表の資料の相談でかなり話をするようになったし、
雑談もできるようになった。

仕事がない時期に、水戸さんと佐藤さんの席の間にしゃがみ、雑談をすることもあった。

水戸さんのタバコ休憩をご一緒することもあった。
水戸さんが吸っているのはたぶんこれ

吸ってる姿が綺麗すぎて、見とれてしまい、会話ができなくなってしまっていた。
水戸さん「なに、ぼーっとして、考え事?」
僕「いや、なんでもありません」
そんなことを喋っていた。

また別日には
水戸さん「つかもとくん、これから私と佐藤さんとちびの3人で女子会するからさ、15分くらいしたら来てもいいよ、別に来なくてもいいけど。」
僕「いきます、いかせてください。」
水戸さん「わかった、じゃぁ15分後ねー」
そんなこんなで、お邪魔することがあった。
女子3人からいろんな質問攻めを食らった。
研修発表のあの時の質問とは大違いで、この時の質問はとにかく柔らかいものだった。
彼女いるのーとか、休日何してるのーとかだった。
とても楽しかった。
あぁこんな日々があるのかと、会社行くのが楽しみになっていた。

地獄の結末と、人事異動

11月ごろの話だったと思う。

あるとき、星野課長から
「新人の研修発表を辞めようと思う。なぜなら目的がずれてきてしまっているからだ。もう一度練り直してやるかどうか判断したい。」
とのことだった。

研修発表がなくなったのだ。
たしかに、この頃の研修発表は、もう誰も質問しなくなっていて、内容も代り映えのないものばっかりだったからだ。
そして時間だけがかかっていたから無駄だと思う。

しかし、もっと早く決断してくれれば、僕はつらい思いをしなかったのになと思う反面、
水戸さんとコミュニケーションがうまく取れてきたころに終わりになっちゃうと、研修発表の相談ができなくなるから寂しい気持ちでもいた。

いろんな複雑な思いを持ちながらも、肩の荷が下りた気がした。

オアシスの消滅

11月の課内ミーティングで
12月末で佐藤さんが辞めるということが発表された。
絶望した。

会社の中でのオアシスは佐藤さんだった。
いついかなるときも優しく接してくれた。

その佐藤さんが辞める…。信じられなかった。
地元に帰るらしい。

有給消化するので12月半ばくらいが最終出社になるらしい。

そして、佐藤さん、最後の日。
事業所全体で佐藤さん最後の挨拶があった。
涙を流していた。

正直、もらい泣きしそうになりながらも、ここで泣いたら意味が分からないと思ってなんとか我慢した。

佐藤さん、個人の連絡先も知らない。これで本当に会えなくなるんだなとおもったらすごく寂しい気持ちになった。

そうして、最後に個人的に挨拶をして、佐藤さんは退社した。

次の日、佐藤さんのいない机を見て、本当にやめてしまったんだなと実感し、寂しい気持ちでいっぱいになりながらも仕事をしていた。

内示

ある日、トイレから席に戻ってくると、ちびにこう言われた。

ちび「星野課長が会議室Aに来てくれって言ってたよ」
僕「え、まじ、俺何かやらかした?」
ちび「知らないよ、早くいきなよ」
僕「わかった、ありがとう」

そういって、会議室にいくと、そこには星野課長と水戸さんがいた。
ちょっと嫌な予感がした。
怒られるんじゃないか、詰められるんじゃないか。そう思っていた。

星野課長「おー、つかもと来たかぁ。」
水戸さん「どこいってたのよ」
僕「トイレです、遅くなりました、すみません。」
星野課長「いいの、いいの」

星野課長「世間話は水戸とたくさんしたから、つかもとは急に本題で大丈夫そう?」
僕「はい」

星野課長「えーと、2人とも1月1日付で開発1課に異動です。」
水戸さん、僕「えっ」
星野課長「理由はたくさんあります。一つ一つ説明します。」

水戸さんに対しては、
現状、開発5課の外部委託の仕事が少なくなっている。
そこに仕事ができる水戸さんがいるのはもったいない。
ただし、開発5課で内部委託の増員や派遣の仕事がくる予定がない。
そこで、開発1課で研修を受けてもらって、開発1課の委託にも対応できるようになってほしい。
そうすれば、開発1課、開発5課で仕事が来た時にどちらでも対応できるようになるからだ。

とのこと。

僕に対しては、
研修や仕事の取り組みを見て、もう現場に出ても問題ないのに、
現状、仕事が少ない開発5課にいるのはもったいない。
なので、より多くの経験ということで開発1課で研修を受けてもらう。
そうして、開発1課、開発5課の仕事が来たらどちらも対応できるようにしてほしい。

とのことだった。

開発1課というのは、ホンダ内でランプの仕事をしている。
開発5課とランプという部分は共通している。

とはいっても、開発1課のランプは、車に取り付ける側のランプで、
どのように取り付けるのか、どのような仕様のものを付けるのか、ほかの部品との干渉とかを考える。
ランプ本体のことを考える。

開発5課は、部品メーカーなのでランプの中身を考える。
ランプの中の部品同士の取り付けだったり、ランプの組立図を書いたりする。
同じランプでもやることが変わってくる。

水戸さんと一緒に異動して、一緒に研修を受ける。
これが嬉しかった。
このころにはもうコミュニケーションがうまく取れていて、
ほぼ好きだった。

課内ミーティング

課内ミーティングで2人の異動が発表された。
ちびが一人ぼっちになってしまった。
ちびは課内のほかのグループの研修を受ける。
そこで違うスキルを得てまた事業所で仕事をするらしい。

4月から12月までいたこの開発5課とお別れすることになって少し寂しいが、
働き場所は変わらない。

事業所の席も変わらないので、正直、所属とやることがかわるだけだ。
いつも通りの席で、開発1課の研修を受ける。

水戸さんと一緒に。

小話

12月になって、水戸さんが所属する、宇都宮音楽集団が、クリスマスコンサートをする。
ある日、水戸さんがクリスマスコンサートのチラシを持ってきて、佐藤さん(がまだいる時)と、ちびと、僕に渡してくれた。

水戸さん「ぜひきてねー、コスプレもするよー」
ちび「まじですか!いきます!同期連れて!」
僕「はぁ…」
水戸さん「来ないの?」
僕「週末、地元に帰ってるんですよねー。」
水戸さん「彼女と過ごすとか?」
僕「いないですよ」
水戸さん「じゃぁいいじゃん、来てよ」
僕「クリスマスは母親の誕生日なんで(笑)」
水戸さん「マザコンなの?(笑)」
僕「違いますって、地元の友達と遊ぶのが好きなんです」
水戸さん「そっかー」

そんな会話をしていた。

このころにはすでに免許を持っていて、
調子に乗ってフルローン契約したホンダのS660を乗り回していた時期だ。

正直、クリスマスコンサート行きたかった。
でも、仲が良い友達がいなかった。同期には。というか、以前いろんな相談をしたときに蔑ろにされて、すこし信用できていなかったんだと思う。

一人で行く勇気はなかった。恥ずかしいからだ。

後日、クリスマスコンサートに行ったちびから話を聞いたら、
ちび「水戸さん、コスプレしてめちゃめちゃはしゃいでたよ。楽しかったよ、くればよかったのに」
そんな話を聞いていいなぁとも思った。

開発1課

研修

年が明けて、僕と水戸さんは開発1課になった。
僕の同期の2人で初めから開発1課の芳賀と渋谷が事業所にいた。

開発1課の係長がたまに事業所に来て、指示を受ける。
メール等でも指示を受けて研修を受ける。

水戸さんと僕の研修内容は一緒だ。だから2人で協力することもある。
わからないことはまず、芳賀と渋谷に聞いてみて、それでもわからなかったら係長にメールを出す。

初めての共同作業

最初の研修は、ヘッドランプの理解だ。
事業所に、組み立てされたヘッドランプがある。
これをまずスケッチする。
手書きだ。

スケッチしたものをスキャンして係長あてにメール出して完了だ。

そうしたら、次は、ヘッドランプをすべてばらす。全バラシというやつだ。
全バラシして、中身の部品をすべてスケッチする。
そして、すべての部品の関係性を模したスケッチを描く。

スケッチした全部品の名称と、役割を調べて報告する。
これがかなり時間がかかる。1か月くらいかけて行う。

ヘッドランプは一つしかないので、僕と水戸さんが一緒にやることになる。
工具を使ってばらしたり、スケッチする。これの繰り返しだ。
そして、ばらしたまま事業所においておけないので、ある程度、仮に組んでおいて片づける。
そういう日々を一緒に過ごす。

ヘッドランプをばらすときに工具を使って作業をしていると、結構音がするので、事業所のほかの人の迷惑にならないように会議室をとったりする。
そうすると自然と水戸さんと2人きりになる。

ある日、会議室を取って、2人で作業した。


水戸さん「つかもとくん、工業出身でしょ?こういうの得意でしょ?」
僕「まぁ、できないことはないですけど」
水戸さん「じゃぁ、任せるわ」
僕「えっ」
水戸さん「よろしくね」
僕「水戸さんはなにするんですか」
水戸さん「見てる」
僕「わかりました」

ある程度、作業をしていると

水戸さん「わたしもやりたい」
僕「え」
水戸さん「(工具)貸して」
僕「はい」
水戸さん「どうやってやるの」
僕「これを…こうしたら外れると思います。」
水戸さん「外れたー」
僕「よかったです。スケッチしますか」

スケッチする。
外してはスケッチしての繰り返し。

一緒に作業をしていると身体的接触も増えるし、距離も近くなる。

正直、見た目綺麗な女性と2人っきりで作業していて、普通にコミュニケーションしていたら当然のように好きになる。
もうこの時点では大好きになっていたと思う。

この時期も、AV女優の水戸さんにもお世話になっていたから、こんな好条件で、エロいこと起こらないわけないだろ!!!と思っていた。
そんな妄想もむなしく、エロいことは何も起こらなかった。

サボり

開発1課のヘッドランプの研修が終わり、ほかの課題をもらってそれも終わってやることがない。
芳賀と渋谷もそういう時期を結構前から迎えていて、ネットサーフィンとかを事業所でしていた。

僕と、水戸さんもその時期に入った。
自習だ。
僕は当然のように、芳賀と渋谷に話しかけに行っていた。

水戸さんは何をしていたかわからない。

ある日、水戸さんが席に居なくて、どこにいったのか、隣の席のちびに聞いたら、一番デカい会議室で自習してるらしいと言っていた。

会議室の予約を見ると、一番デカい会議室に水戸さんが予約していた。
自習と書いてあったので、そのデカい会議室に行ってみることにした。

僕「水戸さん、何してるんですか。」
水戸さん「自習だよ。」
僕「自習って言ってもやることなさすぎじゃないですか。」
水戸さん「そうだね、だからここでスケッチをもう一回してる。」
僕「真面目ですね。」
水戸さん「建前よ。ここでサボってるだけ。」
僕「えっ」
水戸さん「私の席で、ずっとネットサーフィンしてたらやばいでしょ。」
僕「たしかに。」
水戸さん「暇だしね。」
僕「そうですね。」

すこし攻めてみることにした。
僕「水戸さんは、休日とかなにしてるんですか?」
水戸さん「何もしてない(笑)」
僕「何もしてないってなんですか、本当に何もしてないんですか?」
水戸さん「どうでしょう?」
僕「彼氏とかいるんですか?」
水戸さん「んー、どうでしょう?」
僕「えー、何も教えてくれないんですね(笑)」
水戸さん「そうね(笑)」
僕「俺のことは聞いてきたことあるのに(笑)」
水戸さん「ほら、はやく席戻って自習しなさい。」
僕「水戸さんサボってるのに?」
水戸さん「私はいいのよ、先輩だから。」
僕「全然理由になってないですね。」
水戸さん「いいから早くいきなさい。(笑)」
僕「はーい。またなんかあったら呼びに来ますね。」

水戸さんのプライベートはいつも謎めいていた。
休日何してるのか、彼氏がいるのか、知る由もなかった。

でもそんな会話ができるようになったこと、できたことが嬉しくて楽しくてたまらなかった。
2人だけの会話ができるのが嬉しかった。

返り咲き

内示

あるとき、開発5課の星野課長に呼び出された。水戸さんと一緒に。
水戸さんは席を外していたので、ちびに伝言を頼んでおいた。

会議室のいくと、星野課長と僕の2人きりになった。
開発1課での話だったり、水戸さんとの話だったり、世間話をした。

あとから、水戸さんが会議室に来て、
星野課長「じゃぁ本題に入ろうか。」
ということで話が始まった。

星野課長「えー、まず2人には4月1日付で開発5課に戻ってもらいます。」
水戸さん、僕「えっ」
星野課長「4月から実際に現場で働いてもらいます。仕事が来ました。」
水戸さん、僕「なるほど」
星野課長「つかもとは、浜松、水戸は、宇都宮です。」
僕「まじか」
星野課長「まずは、水戸から。宇都宮で内部委託です。なので、うちからあっちに行ってる人がいるので、そこで仕事を覚えて仕事をしてください。」
水戸さん「わかりました。」
星野課長「つかもとは、浜松です。転勤です。なので、1か月前の2月の今日に内示ということになります。行くか行かないかは決めてもらいたい。まぁ決まってると思うけど。」
僕「行きます。」
星野課長「助かる。仕事内容はあっちに行ってからじゃないとわからない。派遣ということになってて、4輪のヘッドランプになるかもしれないし、2輪になるかもしれない。そこはわからない。」
僕「ほう…」
星野課長「でも、あっちにいればチャンスはあるかもしれない。だから頑張ってほしい。10年間何もなかったところが動いたわけだから。」
僕「頑張ります。」
星野課長「寮だったよね?まぁ引っ越しとかは総務が担当するから、それに従ってもらって。段取りしてね。」
僕「わかりました。」
星野課長「ということです。何か質問とかあるかな。まぁ3月中にスタンレーで顔合わせするから、その時に聞いてくれ。」
水戸さん、僕「はい」
水戸さん「つかもとくん、よかったね。」
僕「ありがとうございます。」

開発5課に戻ることになった。

開発1課との別れと、開発5課との再会

異動が発表された。
同時に浜松に行くことも発表された。

開発1課の芳賀と渋谷に軽くお別れをして、祝福をされた。
浜松に行くことは、この会社に入ってからずっと念願だったからだ。

そして、ちびとの再会。
再会といっても、席は変わっていないので、所属が一緒になるだけだ。

異動は4月1日付だが、その前段階ですでに
開発5課のミーティングに参加するようになっていた。
いつもの光景だ。懐かしい気もする。
開発1課にいた時は参加していなかったので、久々の課内ミーティングだ。

顔合わせ

あるとき、外出をする。
星野課長が、スタンレー電気と打ち合わせをした後、
うちの会社からスタンレー電気のところで働いているメンバーと、水戸さんと僕が顔合わせすることになっていた。
星野課長は打ち合わせのため先に出ていて、あとから、水戸さんと僕が行くことになっていた。

久しぶりの水戸さんと2人きりの外出。
このときはもう大好きになっていたので普通にドキドキしていた。
コミュニケーションは普通に取れていたので、沈黙もなく楽しく道中を過ごせた。

顔合わせは、普段会えない、自分たちの会社の人とお話することがあった。
水戸さんはこれからこの人たちと一緒に仕事をするということで念入りにお話していた印象だった。
僕はというと、一応、同じ所属になって同じスタンレー電気の仕事をするが、浜松に行ってしまうので、顔を合わせて仕事することがない。なのでよそ者感覚だった。

帰りの道中で、水戸さんから、
水戸さん「念願だったんでしょ。おめでとう。よかったね。寂しくなるね。頑張るんだよ。」
と言われ、泣きそうになった。

水戸さん「ちょっと寄り道しちゃう?なーんてね」
と言われ、懐かしい気持ちにもなった。

この時、僕は免許を持っていたけど、水戸さんが運転してくれていた。

飲み会

歓送迎会があった。
水戸さんの歓迎会。僕の送迎会。
この時の飲み会ばかりは、水戸さんは来ていた。
水戸さんは飲み会来ないで有名だったのに。

事業所にいない先輩方もちらほら来ていた。
いろんな先輩方とお話させていただいた。
「お前か、開発部新人歓迎会の時に部長になるって言ってたやつは。」
と言われて、結構名が知れていたことに驚いていた。

僕は初めましてとご挨拶したのに、そのまま浜松に行ってしまう。
ここで話しても会うことはないんだろうなって思っていた。

水戸さんとたくさん喋りたかったっけど、水戸さんはほかの先輩と楽しく話していた。
僕はというと星野課長と話していたと思う。
研修の時の話や、開発部の新人歓迎会の話などしていた。

新天地

引っ越し

初めての転勤。何が何だかわからないまま引っ越しの準備をしていた。
スタッドレスタイヤをどうやって運ぼうか思っていたけど、めんどくさいから、同期に4本あげることにした。しかもホイール付きで。
売ればよかったのだが、浜松に行くのが楽しみで浮かれていたのだと思う。

寮で仲良くさせてもらっている女性の先輩にラインした。
僕「引っ越し準備してて、もう荷物全部しまっちゃったんです。暇なので遊びに行っていいですか?」
先輩「私、あなたの友達じゃないんだけど。そんなん知らんわ。」
僕「すいません。」
先輩「希望が通って浮かれてんじゃないよ」
僕「はい。」

そうやって怒られたこともある。

そんなこんなで、栃木の事業所の最終出社日を迎えて、挨拶をした。
僕は佐藤さんのように涙が流れることはなかった。

2017年3月31日金曜日。最終出社

4月1日、2日で引っ越し。

土日で引っ越しをして、月曜日は変則的な動きになる。

4月3日の午前中、市役所とか、銀行とかの手続きをする。
そして午後から、星野課長が来てくれて、あっちの課長とか係長とかと顔合わせする。

顔合わせ

自分の車でスタンレー電気の工場に入ることはできないので、
星野課長が、浜松まで来てくれて、星野課長のレンタカーの運転で、打ち合わせ名目で会社に入ることになる。

実際にお世話になる課長と係長と顔合わせする。そこからはすべて流れだ。
いろいろな申請をしたり、ロッカーだったり、パソコンだったり、自己紹介をしたり、通勤申請したり、初日にやることすべてやる。

そして終業時間を迎えたら、ほかの仕事をして待っていてくれた星野課長が迎えに来て帰ることになる。

生き帰りのの道中でたくさんお話させていただいた。
激励を受けた。

頑張ろうと思った。

浜松での仕事

火曜日、今日からは自分の車で出勤できる。
まず資料読みから始まった。
僕が所属した部署では、だれが僕を教えるのか決まっていなかった。
そしてやることも、研修内容も決まっていなかった。

だから、先輩たちの仕事の中で、任せられる部分を一部任せて教育していく、本当のOJTだった。

火曜日の午前中は、先輩方はみんな忙しく誰も教えてもらえる状況じゃなかった。資料をひたすら読んでいた。
わからないことがあったら言ってといわれるが、全部わからないし、先輩方が忙しすぎて聞いていいのかもわからない。

午後も資料読みのまま、終わり、そのまま帰った。

このままでいいのだろうかと思って、
水曜日からは先輩方に積極的に声をかけていった。
それでも午前中は資料読みばっかりだった。

午後も、資料読みをした。むしろ同じ資料を読んでいるので、読んでいるというよりは見ているふりをしていただけだ。

木曜日からは、すこし仕事を任された。
ヘッドランプの配光試験をするときに、
実際の車と同じ位置、同じ角度でヘッドランプを置くための治具を設計し、図面化するというものだった。

まず何が何だかわからない。
だから質問攻めだ。かといって先輩がつきっきりで教えてくれるほどやさしくないし、忙しいオーラを放ってるので聞きづらい。

木曜日の午後まで続いて、金曜日もそれを継続するだろうと思っていた。

金曜日の午前中も図面を書いていた。
なんとか午前中に書き終わったとき、報告した。

教えてくれていた先輩は、すでに同じものを図面化していた。
その図面を見て、自分の図面と答え合わせすることになった。

あぁ…単なる課題だったのか。
と思った。仕事だと思っていた。

答え合わせすると、自分の図面が全くできていなかった。
何もかもできていなかった。自信がすべてなくなった。

本物の現場はこんなに厳しいのかと思った。

金曜日の午後は再び資料読みに戻った。

こんなにも自分が力になれず、必要とされていないことに虚しさでいっぱいになった。

正直、月曜日からロクに寝れていないし、食えていない。
目の前にスーパーがあるが、ご飯を買いに行くことさえもめんどくさい。
そうなっていた。

新しい新天地で、同期も誰もいなく、知っている人も誰もいない。
ここは静岡の浜松で、地元は埼玉。知っている人は栃木にいて。
簡単に会えない。

あぁ、もう死んじゃおっかと思った。

人生終わり

金曜の夜

星野課長に電話した。つながってほしいと思った。

星野課長「どうした。なんかあったか。」
僕「来週、会社行きたくないです。」
星野課長「なにがあった。あいつ(浜松採用の先輩)に相談したのか。」
僕「してません。すごく死にたいんです。」
星野課長「わかった、わかった。まず、病院調べられるか?」
僕「はい」
星野課長「精神科、心療内科を受診しろ。」
僕「はい」
星野課長「話はそれからしよう、土日受診できるなら受診して、休日繋がらなくても電話かけていいから、結果教えてくれ。」
僕「土日受診できなかったらどうしましょう。」
星野課長「そのときもまた電話してくれていいから。」
僕「わかりました。」

この時、僕は、愛車のホンダのS660のドアポケットに包丁を入れていた。
家で死ぬのは、家に迷惑がかかると思っていたからだ。
そして、自分の家の駐車場で、車の中で死んでしまおうと思っていた。
その車の中で電話をかけたんだ。

4月8日。土曜日

神経科浜松病院、受診。
ここは、初診の予約が必要なかった。
いや、予約をすれば早く受診できるだけで、予約なしの自分は朝からいって順番が来るまで待っていた。
2時間くらい待っていたと思う。
僕は初診だから時間がかかったのだ。

状況を説明した。
医師に「仕事休む?」と聞かれたので、
素直に「はい、休みます。」といった。
診断書も書いてもらった。

「抑うつ状態を認めます。2週間の休養が必要です。」と。

その結果を星野課長に電話した。
僕「もしもし、お疲れ様です。休日にすみません。」
星野課長「いいのよ、どうだった?」
僕「抑うつ状態です。2週間の休職ということになりました。」
星野課長「わかった。じゃぁあっちには俺から話しとくから、しっかり休めよ。飯食って、ちゃんと寝るんだぞ。あと親御さんにも連絡しなさい。」
僕「わかりました。」
星野課長「2週間後にもっかい行って、診断書もらってきてね。あとから提出してもらうから。」
僕「わかりました。」


ここで一つ注意がある。
病気の発症は、会社だけが原因ではない。
遺伝、環境、生い立ち、トラウマ、性格…
いろんなものを含んでいる。
そして、何かが、トリガーとなって病的になる。
なので、会社が悪いとか、人が悪いとかを言いたいわけではない。
あくまでも事実を時系列順に述べているだけだ。


休養

次の日の日曜日から、薬を飲む生活が始まった。
薬を飲むためにご飯を食べなければいけない。

かといって食欲がないので、いつもおにぎり1つとかだった。カップラーメンを食べたり。

カーテンも明けずに、あさ、ご飯を食べて薬を飲み、そしてまた寝る。
ひる、ご飯を食べて、寝る。よる、ご飯を食べて薬を飲み、寝る。

そんな生活をしていた。当然、風呂は入らず、シャワーも浴びていなかった。
あるときは、ご飯も食べられていなかったので、薬も飲んでいなかった。

そんな生活をしていると自然とシャワー浴びたくなるものだ。
自分が臭すぎて耐えらえれないくらいになる。

すぐに2週間後になった。

再診

状況が変わっていないことを伝えた。そうしたら薬が強くなった。
診断は、うつ病に変わっていた。
次の診察は1か月後になった。
次の診察までの間、途中から実家に帰ることにした。

浜松にいる間は、ちゃんと薬を飲んでいた。
そうすると、めちゃくちゃテンションが上がって、ナンパをするようになっていた。
ご飯も食べれるようになって、しっかり寝れていた。

実家に帰ると、母親から、
「そんな薬飲むな。頭おかしくなるぞ。」
と言われてから飲んでいない。
そうすると普通にまた抑うつ状態になったり、テンションが上がったりするようになる。

テンション高いときに地元の友達と遊ぶと、とても楽しかった。
お酒飲んでいないのに、飲んだような状態になっていた。

再再診

埼玉から浜松に行って状況を伝えた。
双極性障害Ⅱ型に診断が変わった。
薬も変わった。でももう飲んでいなかった。

浜松の荷物をすべて埼玉の実家に移すことにした。
長期で休職することが目に見えていたからだ。

その際に、母親に実家の車で来てもらって、荷物を全部積んで帰ることになった。
浜松から、埼玉に帰るとき、自分が運転した。
節約のために下道で帰ることにした。
8時間くらいかかった。

8時間ずっと僕は母親に話しかけていた。異常だ。


退職。そして。

課長

あるとき、星野課長と話をすることになった。
そこで僕は、退職することにした。

当時は、テンションが高くなっていて、自分は病気じゃないと思っていた。だから地元で働きます。もう大丈夫です。そう言っていた。

そして何より、元の職場に戻れるほど度胸がなかったからだ。
水戸さんに合わせる顔もない。事業所の同期とかになんて言えばいいのかわからない。
あまりにもダサすぎると思っていたからだ。

何より今元気だし、大丈夫だからと思っていた。
記事を書いている今思えばそんなことはなかった。
テンション高すぎるのもまた、病気である。

医師

医師とは、もう元気なので、薬は大丈夫です。あと地元に帰ります。なのでもう病院には来ないです。と伝えた。
そんな簡単に治るものではない。
精神疾患は難しいものだ。そんなこともしらずにそんなことを言っていたのだ。

そして、治療拒否が始まる。

退職手続き

星野課長が、地元、川越に来てくれた。
そしてそこで、渡してなかった診断書と退職届を出す。

星野課長には優しい言葉をかけてもらった。
ゆっくり休みなよと…。
その言葉を聞いて、迷惑をかけた申し訳なさでいっぱいになってしまった。

休職のための診断書の日数と、在籍日数がちょっとずれているせいで、欠勤扱いになってる部分があった。
その欠勤分の給料を返済しなければいけなかった。

しかし、ボーナス査定があって、ボーナスがあったのでそれで相殺することになった。
そしてそのボーナスは、去年の半年分の評価なので、栃木にいた時の評価になる。
その評価はBだった。新人でBになるのはすごいことだった。ほとんど仕事していない新人でBはありえなかった。
Cが真ん中で標準だ。それよりもちょっと上だった。

そのおかげで、少ないかもしれないが、30万くらいボーナスがあった。
そのボーナスで欠勤分の給料を返済することができた。

星野課長の優しさだったのだと思っている。真実はわからないが。

6月末

6月末日付で退職となった。
当然、挨拶も何もない。
星野課長から、ショートメッセージが送られてきた。
今までお疲れさまでしたと。これからも頑張ってねと。
ありがたかった。

その数日後、携帯のすべての電話番号を消したり、ラインを消したり、していた。
リセット癖というやつだ。

同期のライン、先輩のライン、会社の番号とか、星野課長の携帯の番号とか。
そのなかに、水戸さんの番号があった。

それはなぜか消せなかった。

ある日、勢いで、水戸さんに電話をかけた。
出なかった。
折り返しもなかった。

別の日にも電話をかけた。
反応はなかった。

そうして、僕と水戸さん、会社のことはすべて終わった。
僕は水戸さんの電話番号を消した。あんなに大事にしていた番号なのに。

後日談

ホンダの期間工

無職になって、仕事を探していた。
地元の埼玉の狭山にはホンダの工場がある。
そこで、期間従業員、いわゆる期間工というものがある。
製造の仕事をしようと思った。

その面接をするときに僕以外に一人だけ女性がいた。
2人だけだった。
そしてこういう仕事に女性が来るのは珍しい。

そして、面接が通って実際に働くとき、
いろんな面接会場からきた人たちがまとまって説明を受ける。
そのなかに、その女性もいた。

昼ごはんを食べる時、その女性がいたので、話しかけに行った。
面接のときに少し話していたので、すぐに打ち解けた。

その女性は、年齢が30歳で、栃木出身で、
ワーキングホリデーにいきたいから、そのためにお金を貯める。
だから期間工をやると言っていた。

僕とその女性は、違う部署だったが、
昼ごはんで見かけたら僕が一方的に近くに行って話しかけていた。

そこで、僕が聞いた。
僕「すみません、栃木出身ですよね」
女性「うん」
僕「自分も栃木にいたことあるんですよ」
女性「そうなんだ」
僕「高校ってどこだったんですか?」
女性「高根沢高校ってとこ」
僕「えっ」
女性「知ってるの?」
僕「はい、お世話になった先輩がそこ出身で。」
女性「そうなんだ」
僕「あれ、すいません、これは本当に失礼なんですけど30歳ですよね?」
女性「ほんとに失礼だね。そうだけど(笑)」
僕「もしかして…水戸さんって知ってますか?」
女性「えっ」
僕「同い年ですよね」
女性「何で知ってるの」
僕「栃木にいた時、めちゃくちゃお世話になったので」
女性「そうなんだ」
僕「どういう人だったんですか?水戸さん」
女性「私はあんまり関わってないからわからないなぁ。」
僕「そうなんですね、変なこと聞いてすみません。」
女性「いーえー」

それから、忙しくなったり、部署が変わったりしてその女性と話すことはなかった。

ホンダの期間工は、ばね指のような症状や、腰痛がひどくなったり、交代制が耐えられなくなって2週間ほどで退職してしまった。

終わり

それから、水戸さんの話は聞いていない。
いまどこでどんなことをしているのかわからない。
できることならもう一度会いたい。

星野課長にもあって、今こんな状況ですと報告したい。
それもかなわない。

連絡先を消してしまったからだ。
またどこかで会えると信じたい。

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