中編小説「押忍」(51)
「いや、作っていたよ、お互いにね」
その断定的な口調を黙って受け入れる自分を見つけるのは、かつてない経験でした。
「虫けら並みに弱かった俺たちだったのに、別の中学の連中も、向こうから喧嘩を売ってくることはなかった。ムラタくんがいたからだってことはよく分かってたよ、本当は。でも俺たちはそれを認めたくなかった。虫けらなりのプライドもあった。ムラタくんは憧れだったけど、同時にいつだって俺たちの弱さを浮き彫りにする存在でもあったんだよ。壁ができない方が不自然だろ」
ケンシロウー父親があの漫画の熱狂的なファンで、言うまでもなく妹の名前はユリアーがオランゲの言葉を引き取りました。
「中一の夏休み、俺たちが揃って空手道場に体験入門に行ったこと、覚えてる?」
「もちろん」
「あの時の岩みたいな体したおっさん、名前は確か…」
「岡本師範」
「そうそう、岡本。あの野郎。ちょっとは大人しくなった?」
「まだバリバリの現役だよ。つい最近も他所から出稽古に来た高校生を瞬殺した」
ケンシロウは呆れたように首を振りました。岡本もムラタくんも、空手バカじゃなくてただのバカだよ。
「オランゲが言うように、俺たちはみんなムラタくんにコンプレックスを持っていて、ムラタくんみたいになりたかった。だから雁首揃えて空手道場に足を向けた。そんな俺たちは体験入門でどんな目に遭わされた?」
「ー俺がボコった」
「そう、みんな倒され、岡本がそれを焚きつけた。そりゃ道場にしてみりゃ、俺たちみたいな連中に入門されたくはなかっただろうよ、明らかにイメージ悪くなるもんな。それにケンカ空手の極北館、厳しい稽古について来られない奴は来なくていいという方針もあったかもね。でもそれを差し引いてもあれはひどかった。甲子園経験者がバットを初めて握った茶道部員に本気で変化球を投げ込むようなもんだ。根性で何とかなるというレベルの話じゃない」
「それは認める」
「そこで俺たちは思ったんだ。ムラタくんは俺たちにつきまとわれたくないんだって。俺たちを必要としてないんだって」
「それは違う」僕は即座に否定しました。
「ケンシロウ、それは違う。あの時、一度でも負けたら俺は全て失ってたんだ。オマエらに認められるには勝ち続けるしかなくて、だから必死に空手の稽古を続けた。オマエらが一日でケツ捲った練習は、俺にとっては一週間で七日続く日常だったってこと、オマエらだって少しは分かろうとしたか?」
テーブルの向こうの同級生は笑顔のまま首を振りました。俺には想像できない。でも、
「一度負けようが二度負けようが、俺らにとってのムラタくんはムラタくんだよ。認めるも何もねえよ」
母さん。その言葉を聞いた時は辛かったです。
俺の中一時代は何だったのか、母さんは何のために幾度となく学校に呼ばれ、その度に会社を休まねばならなかったのか。
「ムラタくん、今でも道場に通ってんだってね」
「週末だけな」
「さすがに今はあの時のムラタくんとは違うよな?」
「そう願いたいよ」
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