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「平壌へ至る道 潜入編」(10)

一九九四年五月 平壌
 
 息を深く、しかし静かに吐きながら、周囲を見渡す。
 他の地方都市ではあまり見られなかった自転車は、ここでは決して珍しいものではなく、それでも多くの自転車は錆の浮いた、デザインも垢抜けないもので、乗っているのは男性だけだった。金正日が一九九〇年に、女性の自転車使用を全面的に禁止したからだ。
 スカートをひるがえして女がサドルにまたがる光景は退廃的で革命精神に反する、と己の性欲処理を主目的の一つとして「喜び組」と呼ばれる若い女性の接待組織まで編成した次期指導者はのたまった。
 工作員は、まず平壌駅方面へと第一歩を向けた。
 道路は平壌市の南ゲートとなる「忠誠橋」で検問が実施されていた。鉄道駅も同じような措置が講じられているものと考えるべきだろう。状況の確認はしておきたかったが、同時に慎重な行動も求められていた。
 
「朝の平壌駅は、他地域からの列車で駅に着き、そこから市街各地へと通勤通学のため散らばっていく者による利用で占められる。逆に平壌駅から別の場所に赴く者は、その時間帯には殆どおらん」
 金老人は朝食時、首都の実情を披露してくれた。
「つまり、駅から外に向かう人流に乗る分には森に隠れた一枚の木の葉となれるが、外から駅に向かって進むのはその時間、余りに目立ち過ぎる。折角ここまで来たんだ、検問の様子は気になるだろうが、どうしても様子を確認したいというのなら、平壌駅の真下を通る地下鉄の『栄光』駅を利用するフリをして、横目で眺めるに留めておけ」
 ですが、と相慶は反論した。
「平壌駅はこの国で唯一と言ってもいい、荘厳な駅舎を持った駅です。ニューヨークでも東京でもロンドンでも、駅そのものが観光の目的地となる所もある。私がお上りさんを装って平壌駅に近づくのは不自然なことではないのでは?」
「大いに不自然よ」チャンスクが横からぴしゃりと撥ねつけた。
「今の時代、ただ見学のために駅舎を訪問するバカなお上りがどこにいるのよ。そもそもこの国では鉄道駅を観光資産として捉える文化はないし、駅はあくまでも移動のため手段で、それ以上の存在ではないわよ」
 そして今、相慶は平壌駅を北に望む巨大な橋梁を超えながら、彼らの指摘の正しさを感じていた。
 駅からは人波が溢れ出てくる。しかし確かにこの時間、駅へと消え行く者の姿は全く見受けられない。
 地方へと食料確保に出かける者は、もっと早い時刻の下り便を利用するとのことだった。
 工作員はそれ以上の近接を諦め、駅前ロータリーを右に折れ、予め金老人から勧められていた経路に沿って栄光通りへと入り、東へ進んだ。
 十分程度歩くと、栄光通りは大同江(川)沿いの小さな公園にぶつかる。この平壌にあって数少ない緑地だ。
 公園を抜け、川沿いの道を歩く。外国人旅行客の観光ルートと重なるその小径は、安全部や保衛部の犬どもに捕まる心配は皆無だ。
 広大な金日成広場の向こうに横たわる巨大な建築物は、蔵書の内容はともかく、器だけなら世界最大級の図書館である人民大学習堂だ。四冊の「身分の確かな」公民登録証と天下無敵のバッジ、そして金時計を持つ若者は、臆することなく建物内へと足を運んだ。
 玄関を入るといきなり幅の広い階段があり、見上げれば荘厳なシャンデリアがぶら下がっている。この制作費用だけで何百人のコッチェビに飯を食わせてやれるだろうかと思わずにはいられなかった。
 階段を上り切ったホールには、ソファに座した金日成の、大理石でできた真っ白な像が安置されていた。周囲に護衛兵の姿は見えなかった。水鉄砲に粘度を薄めた黒ペンキを流し込めば、今ここで目的を達せられるのではないかという思いも頭に過ぎる。相慶はそのまま中へと入っていった。
 持参していた公民登録証で、図書館内部へはすんなりと入れた。二時間をそこで過ごし、紙質の悪い新聞を読む。偉大なる首領があんな所へ行った、こんな有用な指示を出した…十年間毎日同じ版下で刷っているのではないかと思われるような内容で、工作に際して有用な情報は皆無だった。
 学習堂を出て、川沿いを再び北上する。主体思想塔が常に歩行者の視界に入り込むよう都市計画されていることに、十年前は当然気づかなかった。
 万寿台が近づいてきた。川面からも眺められるようにデザインされた丘の斜面を覆う階段の向こうに、赤銅でできた高さ二十五メートルの像が、網膜を刺してくるかのように飛び込んできた。
 待ってろ。エラそうな顔をしていられるのも今のうちだ。
 丘に上るのは、その時は回避した。万寿台の丘では銅像への献花が強制的に求められる。そちらへの下見は明日チャンスクを連れて行う予定だった。使い回しの花束に二度も出費してやる義理はない。
 地下鉄の「統一」駅で地下道を下る。電力不足のはずだが、エスカレーターは落下速度のようなスピードで、遥か遠くの一点へと移動し続ける。平壌地下鉄駅は全てが核シェルターの役割を担うため、世界中の地下鉄で最も深い場所に建設されており、有事の際には駅ごとに平均三万人が収容される。出身成分の低い者の命は蝿より軽いが、金王朝の支持層には高い水準で安全が提供されるという、最も露骨な具体例の一つだ。
 岩盤が固く、有史以来大地震の記録がないとされる平壌で、これだけの地下工事を完遂するだけの土木技術が、事実この国には備わっているのだ。
 宮殿のようなホームに降り立ち、千里馬線に乗って次の「凱旋」駅で下車し、またも地上を目指す。
 牡丹峰区域に出た。凱旋門から左に旋回し、朴泰平の教えを思い出しながら牡丹峰通りを経由、仁興通りとの交差点を右折した。駅から十五分程度歩き、党幹部の居住区へとやってきた。さすがに鼓動が早まったが、焦燥は歩き方に現れる。相慶はゆっくり進んだ。
 前もって朴から聞いていた建物があり、迷わずその内部へ進んだ。本当に動くかどうかも定かではないエレベーターは使わず、階段を上り、八階にある目当ての部屋の前までやってきた。
 乱れ太鼓のように胸腔内で鳴り響く動悸を、ここまで階段を上がってきたからと自らに言い聞かせながら、そのままの勢いで鍵を挿し、そのままの勢いで鍵を回した。
 ドアは本当に開いた。

 乾燥した街の高層階の部屋だが、それでも微かな黴臭さが鼻を突き、久しくここに人が立ち入ってないことを示している。洗面所に、すっかり固くなった日本製歯磨き粉のチューブが残されており、この部屋が依然として訪朝する総連幹部用のものであることは察せられた。
 とりあえず明日から、この首都での隠れ家として活用することに問題はなさそうだ。但し今日にでも日本からこの部屋に誰かがやってくる蓋然性とてゼロではない。相慶は音を立てずに移動しながら、念のため包丁などの刃物の数、収納場所を確認した。
 寝床として選んだ、北向き三畳程度の小部屋だけは徹底して中をチェックした。電灯の裏、カーペットの裏。壁紙も全て剥がした。次にこの部屋を利用する者が見たら大騒ぎするだろうが、知ったことではなかった。盗聴器は見当たらなかった。
 部屋の隅に積まれていた、朝鮮民主主義人民共和国による拉致は創作と当時繰り返し主張し続けていた、日本の某革新政党の党首のチラシ。彼女もまた在日朝鮮人で、党費の一部を北に還流しているという噂が根強くあった。
 チラシを一枚ピックアップし、その裏にソウルのボランティア団体メンバー、李昌徳宛のメッセージを記し、テーブルの上に残しておく。
『マラドーナがイングランド戦で取った二得点の映像を久々にビデオ鑑賞。やっぱり凄い選手だ』
 それは二人で決めた符牒だった。
 脱出経路の提供者となる李が、予定では明日、丹東から中朝国境ルートで平壌入りするはずだった。もちろん予定は未定だが、この地にあって互いに緊急連絡の手段など望むべくもなく、この部屋を情報のドロップポイントとした。
 サッカー好きの李昌徳に合わせて、マラドーナ、クライフ、ベッケンバウアーといったかつての名選手の国代表における背番号と、メッセージに含んだ得点数をある計算方式に当てはめれば、相慶もしくは李昌徳が最後にこの部屋を訪問した日や、この国を再脱出する日時が相手に伝わる措置を講じていた。『凄い選手』は順調に進行中であることを示し、まずまずであれば『良い選手』、ある程度問題が起こっている時は『現代ではもう通用しない』。
 計画は中止、俺に構わず逃げろ、は『酷いプレーヤーだ』。
 一方或いは両方の身に何かあった場合-メッセージはなし。
 建物を出て、町の中心に戻る。職質は受けず、尾行者もいなかった。
 十八時に帰路のバスに乗った。行きと同様、車中では誰一人口を開くことはなかった。平壌を出る時は、忠誠橋の検問はフリーパスだった。

「万寿台の灯を含めた平壌の全ての公共照明は、確かに深夜一時から消灯される。だがこの措置がいつまで続くかは分らない。金日成本人は市民感情に配慮し、このままでも構わない意向らしいが、馬鹿息子が早く夜間照明を戻したがっているようだ」
 金一峰が会議の口火を切る。
 工作の舞台となる首都の下見を終えて戻ってきた祥原の党幹部向けアパートで、相慶は今夜も控え目な声量で作戦会議を練った。
「銅像の清掃は夜の十一時頃に開始し、足場を組んで片付けるまで、二時間の行程だ。磨き要員は平壌防御司令部の砲兵各部隊から、下っ端がローテーションで毎晩担当しておるそうだ」
 そして、元諜報部員としての技量を今日も発揮した老人からの続報。
「連中はあくまでもこの国の東北部にある羅津や先峰の経済特区を要警戒地区の第一候補として考えているようだが、一点気になる情報もある。趙秀賢という元山で評判の良い保衛部の捜査官が、朝鮮人民軍中尉を引き連れて昨日から平壌入りしているようだ。張仁錫いう名に記憶は?」
 相慶は溜息をついた。元山で俺をまず僑胞と呼び、フィンモリ野郎と蔑んだ、朝鮮人民軍覚醒剤製造部門の長。
「-おおいにありますよ」
「彼らがどこで君を探しているかは分らない。駅か、空港か、金日成広場周辺か。今日は誰からも尾行されなかったか?」
「相手が本物のプロなら分りませんが、張中尉程度の男が尾行者であるとするなら、答えはノーです」
「分かった。まあそんな小物は置いておいても、趙秀賢は全国津々浦々に散らばる保衛部員の中でただ一人、わしですら好意を抱いている男だ。ゆめゆめ油断はするな」

 翌朝、出発のときが来た。

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