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一週遅れの映画評:『レミニセンス』この過去を、反転させる強さで。

 なるべく毎週火曜日に映画を観て、一週間寝かしてツイキャスで喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『レミニセンス』です。

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 なんか思ってたよりもエンタメ映画でしたね。予告段階だとノーランの、えーと『インセプション』か、あれみたいな作品なのかなー?って感じで。複雑な作品ってこうやって喋りにくいからw見る前はヤベーかもなぁ……と思ってたんですけど、ホントかなりシンプルな作品でした。うーんと、情報の与え方がすごく上手いって表現するのが正しいかな?
 
 主人公は依頼人を催眠状態にして、お?エロ同人かな?って感じがするな、こう言うとwどちらかって言うと精神分析的な催眠療法みたいな感じで依頼人の過去を記憶の中から探り出して問題解決したり、幸福だった時期の記憶を再生することで楽しませたり……っていうのを生業としてるのね。
 ある日「家の鍵どこやったか忘れた」って女がやってくる、そいつの記憶を探って無意識化にある「鍵の記憶」から失くしものを見つける……個人的にはこの導入がめちゃくちゃ良いと思っていて。「あ、この技術ってこのぐらいカジュアルなんだ」ってわかるじゃない。要は「鍵の110番」を依頼するよりハードルが低いわけですよ「記憶を見てもらって鍵を探す」方が。
 
 で主人公はその依頼人の女に惚れて、なんだかんだで懇ろになるんだけど……ある日突然、姿をくらます。行方を探す主人公は彼女がどこに行ったか知るために、断片的な情報からその過去を探っていくのね。ここでいったん提示されるのが「過去の延長に現在がある」ってことで。
 いま行方不明になった人物を探すのに、その過去を調べるのが有効なのってなんとなく理解できる。点と点を結ぶと直線になるし、もっと多くの点を結べば図形があらわれる。そうやって形を作っていくと「次の点がどこにあるのか?」が、ある程度予測できるじゃない?だから主人公は自分の能力を生かして、彼女を探そうとする。
 
 ところがどーにもその女の過去が怪しい。主人公はその能力を買われて警察の尋問に協力してたりもするんだけど、ある麻薬バイヤーの記憶を探っているところに件の行方不明になっている彼女が登場する。もしかして自分と出会う前、そういった反社と繋がりがあったりしたのだろうか?みたいな、思ってもいなかった過去が暴かれていく。果たしてその真相は……って話。
 
 それでさっきいった「情報の与え方が上手い」っていうのは、その女が隠していた過去を探るからどうしても時間軸が行ったり来たりする構成になってるわけ、だから複雑っちゃあ複雑ではあるんだけど。「いま探っているのはこのポイントです」→「それは判明しましたが、新たな謎がひとつ増えました」→「それはここを調べればわかるっぽいです」って数珠つなぎに物語が進行していて、各場面の探索内容/方法/結果が基本的には「ひとつ」しかない
 だから話の複雑さに比べてシーンごとに描かれているものはすっごくシンプルで、それがこの作品をしっかりと「エンタメ」として成立させているんですよ。そして彼女の過去が明らかになったところで「いま女はどこにいるのか?」っていう最終目的の答えが浮かびあがってくる構造はミステリとしても満足度の高い感じで、良かったですね。
 
 だから宣伝で受ける印象よりも素直に楽しい作品だったので、構えずに「なんか適度に面白い映画をサッと見たいわ~」みたいな人にオススメできる、おおむね良作って感じでした。
 
 で、で、で、ここから結末のネタバレ入るからね。ここまで聞いて「この作品、見ようかな」って思った人はブラウザを閉じていただいて。OK?いいね?
 



 私の好きな菊地成孔ってミュージシャン/文筆家が「裏事情を知りたがるのは、弱者の欲望」って言っていて、これにすごい共感するのね。背景に何があったか知りたい、っていうのは「現状の説明」を求める行為で、それってつまりは不安を解消したいって欲望なのよ。そして不安に耐えられないことを「弱い」と表現するのって間違ってはいない。
 だからこの作品で過去を探ったり、過去の幸せだったりする記憶を反芻したりするのは、不安を解消したかったり現状から逃避しようとしている。だからほぼ全員が「弱者」として扱われてるわけよ。
 それは女の過去、つまり裏事情を探索する主人公もそうで……というか主人公主人公って言ってるけど、私のなかでコイツは主人公ではないのよ。舞台設定に翻弄される弱者であって話の進行のために主人公(仮)になってるだけ、物語の主人公は別に存在していると思ってんのね。
 
 じゃあ誰が主人公なのよ?って言うと、二人いて。一人は過去を追われてる行方不明の女、もうひとりは主人公(仮)……わかりずれぇなwここからは「男」って呼称しようか。その男のアシスタントをしているアル中の女。この二人が私は主役だと思っているんです。
 アル中女は記憶を探る仕事のアシスタントをしてるんだけど、自分はほぼその装置を使わないの。子供がいるんだけど、その子とは会えていなくて結構しんどい感じなんだけど、過去の甘い記憶を反芻して耽溺しようとはしない……まぁ代わりに酒へと走ってるんだけどw
 このアル中女、最終的には酒を断って娘と一緒に暮らすようになることが示唆されるのね。もうこれって「過去なんか乗り越えろ、いまを生きて未来に進むんだ」って姿勢がめちゃくちゃあらわれている。主人公(仮)の男と正反対の存在なわけ、アシスタントなのに。
 
 で行方不明女も……男は探索途中で「彼女の居所を知ってるらしきハゲ」の記憶を探る、そこに彼女は確かにいて、ハゲと会話をしてるんだけど。
 その会話が明らかにハゲに向けてないの、愛の告白と「こうするしかなかった」みたいなことを語ったあとに男の名前を呼ぶのね。つまりこれって「男がこのハゲの記憶を見てくれる」ことを信じて、そのハゲの記憶を利用して男にメッセージを伝えてるわけなのんですよ。これもう「過去」をまったく過去として扱っていない、過去になされたことなんだけど不確定な、本当に男がこれを見るかもわからないけどその可能性に賭けた「あるかもしれない未来」として存在していて
 過去を探って弱者の欲望を見たそうとする相手に「未来を、強者の行いを」示して見せる、っていうめちゃくちゃカッコいいことをやってるんですよ!この行方不明女は!
 
 でも結局、男は弱者であることをやめられないのね。だから私は「あ、こいつは物語の進行役であって主人公ではないんだな」って感じたわけですよ。
 
 じゃあその姿勢を引き継ぐのは、っていうと子供なんですよね。過去じゃなくて未来を見る存在としての子供たち、そこに希望を託す結末になっていて、それがね物語に一貫性のある終わりを与えているから後味がすごく良い。そこも含めて、良いエンタメ作品だと思いました。

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 次回は『マイ・ダディ』評を予定しております。

 この話をしたツイキャスはこちらの16分ぐらいからです。


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