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出勤前の音楽


海上自衛隊の制服とか板前の調理白衣を一度は着てみたかった。純潔なユニフォームに身を包めば、既に曇った内面と一瞬は中和できそうな気がしたから。そんな淡い期待を抱いて厨房でのアルバイトを始めたのは10代の時だった。

印刷が止まらないオーダー伝票。注文数と提供速度のバランスが崩壊する花火大会の夜。スタッフは次第にナチュラルハイになっていった。

揚げ物係から冷凍海老が空中パスされる。宙を舞う準備が整っていなかった海老は、辛うじて「し」の形状を保ちながら手のひらに着地した。

一方のグリーンピースは、北欧の野菜の如くパキパキに凍っており、解凍されたいのかされたくないのか分からなさそうな雰囲気だった。

牡蠣フライの注文が入る。牡蠣の貝殻の扉をバターナイフで開こうとしたら謎の抵抗に触れた。"永遠に開かれたくない"とでもいうような無言の声が内側から聴こえてきそうだった。貝にも秘密があるのだろう。

次は、蓮根チップスサラダに着手する。蓮根の厚さは薄ければ薄いほどいいらしい。均等に1mm幅以内に切れるように包丁とまな板へ祈った。夢の中にまで蓮根チップスサラダが出てくるかもしれない。

もともと器用ではない故、手際良さが求められる厨房内で弱音を吐きたくなった時に聞いてきた音楽が、「バイトしない」という曲だった。


いつのまにか出勤前に何度も聴くように。年月が経ち、改めて聴くと懐かしくなった。色褪せないHIPHOP、永遠に。



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