宵と夕焼け【ショートショート】
「夕焼けはなぜ赤いんだい?」
男がそう言うと、横で一緒に歩いていたひょろ長い男が答える。
「なぜだと思う?俺は答えを知っているが、ただ教えるだけじゃつまらない。オメェが考えてみな」
夕焼け空の下、2人の男は酒の酔いと共に家に向かって歩いていた。
「夕焼けが赤い理由か…。うーん…。お前さんは知ってるんだよな?」
「知ってる」
「難しいかい?」
「どうってことはないさ」
「…わかった。子どもが空に赤い絵の具を撒いたんだ」
「なんだって?」
「いや、だから、子どもが空に赤い絵の具を撒いたって」
「…本気で言ってるのかオメェ?」
「お前さんが『どうってことない』って言ったから、1番最初に思い浮かんだのを言ったのさ」
「なら、本気でオメェはそうだと思ってるのか?」
「いんや、全く、これっぽっちも思ってないよ?」
「なんでそれを堂々と繰り返して言えたのよ?」
「『どうって事ない』って言うからさぁ。子どもでも思いつくのかな?と思って考えてると『…あー、絵の具だ。子どもでも思いつく色関連のものって言ったら絵の具だ』ってなったんだよ」
「『どうってことない』からそこまでいくのか?しかも、“子どもでも思いつく色関連のもの”なら、クレヨンでもいいだろ」
「お前さんはバカだねぇ。クレヨンなら空に撒いても落ちてくるだろ?」
「絵の具でも落ちてくるんだよ!」
「あぁ、そうか」
「『あぁ、そうか』じゃないよ。いいか?大自然のことなんだからそこにはちゃんとした原理があるんだ。」
「なるほど?」
「俺たちが立てているのは地球に重力があるからだろ?何にしたって理由がある。その現象が理由となって、また他の現象が発生している。要するに連なっているんだよ」
「連なってるねぇ…」
「そう。だけどオメェの『子どもが空に絵の具を撒いた説』はどう連なっていく?」
「落ちておわる」
「落ちておわるだろ?」
「連なるとしても、撒いた絵の具が自分に落ちてきて母親に怒られるくらいか」
「そうなっちまうなぁ。だから、連なりを考慮しながら考えてみな?」
「連なり…うーん…夕焼けは赤くてそれが終わると夜になる」
「ほう、どうつなげる?」
「夜になると暗い空に星が輝く…あっ!」
「お!思いついたか?」
「星が輝くためじゃないかい?」
「なんで夕焼けが赤い必要があるんだ?」
「空を焦がす必要があるんだよ」
「なるほど!それは面白い考えだ!本当の理由よりも夢があっていいじゃないか」
話が盛り上がり、結局「夕焼けが赤い本当の理由」を聞けずにその日は分かれてしまった。だが、男は自分の思いついた理由に満足していたのでそれでよかった。ほろ酔い気分で妻の待つ家の扉を開けた。
「ただいまー!」
「おかえりなさ…あら!昼間からお酒を飲んでたのですか?!お医者様から控えるように言われていたのをもう忘れたの!」
「いや…これはだね、夕焼けが赤いもんだから…」
「夕焼けは関係ありません!」
少なくとも「夕焼けが赤い理由」は酔っ払いの口実になるためではないようだ。
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