フライトサージャン解体新書
FSとは
医学生の皆さんの中には、将来宇宙飛行士とまではいかなくても、臨床知識を活かし宇宙にかかわる仕事をしたいと考えている方も多いと思います。
皆さんはフライトサージャン(Flight Surgeon : FS、以下FS)をという言葉を聞いたことはありますか。航空宇宙医学の知識を持ち、パイロットや宇宙飛行士の健康管理や医学運用、航空宇宙医学に関連する研究開発を行う専門医のことです。フライトサージャンは当初、JAXAやNASAに限られた職業であったものの、現在アメリカでは民間の企業もNASA出身のFSを雇っています。今、学生の皆さんが医師として働き始める頃には、日本の民間企業でもFS採用が始まるかもしれないですし、よく知っておきたいですよね。
果たして、FSになるためには何が求められていて、具体的にどうすればいいのでしょうか。
JAXAにおけるFS
さて、JAXAにおけるFSに目を向けてみましょう。残念ながら正式なFSの募集は不定期であり、現在の日本ではわずか5名程にとどまっています。
ところで、FSの見習い的立ち位置であるフライトサージャン業務支援医師(以下FS業務支援医師)をご存知でしょうか。FSとは違い定期的に若干名募集があるところが嬉しいですね。
肝心の業務ですが、FS業務支援医師として採用された場合、FS業務のうち主に以下のFS業務
の支援を行うとともに、これらを通じて将来FSになることを見据え、総合診察能力の研鑽をすることになります。FS業務支援医師としてJAXAに委嘱されたからといって、FS候補者やFSとしての採用が約束されるわけではないのですが、確かにFSに近づけますよね。
実は先日、このFS業務支援医師の募集要項が公開されました。早速見ていきましょう。
※2023年8月31日をもってJAXAのFS業務支援医師の募集は終了しております。ご了承ください。
JAXAの募集要項
応募資格
求める人材像
選考方法
さて、ここで少し脱線します。
今応募資格で登場した「専門医」、果たして何年くらいで取れるのかご存知ですか。
2018年から導入された新専門医制度の下で、2年間の初期研修を修了した医師は、まず進みたい科を選択し、専門研修プログラムを持つ医療機関で3〜5年間の専門研修を受けます(基本領域)。その後認定試験に合格すると無事専門医となります(認定試験に合格した専門医はより専門性の高い診療科(サブスペシャリティ領域)の専門医を取得できますが、多くの科で基本領域とサブスペシャリティ領域の連動研修が認められています)。初期研修を含めると最短5年で取得できるということですね。但し、費用や時間、手続きの煩雑さから専門医を取得している医師は全体のおよそ半数にとどまっているということを申し添えておきましょう。
さて、専門医といっても様々な診療科がある中、具体的にどの専門医をとっていると有利かというところが気になるところかと思います。JAXAの要項では明言されていませんが、海外の募集要項ではスポーツ医学や極地医学の経験があると望ましい(詳細は以下で扱っています)とありますので、例えば
等を持っているといいかもしれません。(とはいえどんな専門医を持っていても目指せますので安心してくださいね)。
正式なFS認定を受けるまでの流れですが、FS業務支援医師としての経験を踏まえ、FS候補者として選考の上、JAXA常勤招聘職員(任期付職員)として採用された後、航空宇宙医学に関する専門的な知識及び経験を習得するため、国内及び米国にて1年間程度の研修を受けます。左記研修を経て、FSとして認定された後、FSとしての職務に就く、ということです。
海外民間企業(Axiom space)のFS募集要項
さて、海外で募集されているFSでは何が求められているのでしょうか。先述のように、海外では民間企業がフライトサージャンを募集していますが、今回は、アクシオム・スペース社に医療サポートを提供しているヘラクレスメディカルグループから出された募集要項を紹介していきます。以下は要項で示されている業務内容です。
基本的にJAXAで求められるフライトサージャンのように、宇宙飛行士の身体面・精神面サポートが主となるようです。打ち上げ前の健康状態の管理から、地球帰還後の重力環境再適応のためのリハビリテーションの実施に至るまで、包括的なケアを行います。
海外FSの応募資格
募集要項にて、求められる能力や職歴、人物像が具体的に記載されています。
アメリカ独特の記載としては、特に州指定の医師免許が求められることや、麻薬取締局の免許をもっていることが挙げられます。アメリカにおいて、規制薬物(麻薬、鎮静剤、向精神薬)を処方するには麻薬取締局の免許が求められ、州の医師免許とは別にとらなければなりません。
州指定の医師免許(ここでは特にテキサス州)の取得方法について軽く触れていきます。日本の医学部を卒業した医師の場合、試験資格を得るために
1.資格
「ABMSまたはBOSによる専門医認定を受けている」「テキサス州の認める医大を卒業している(東大、京大など25校)」「Zパックを提出して免許取得が承認されている」のいずれかが必要
2.米国内での医学教育
「LCMEまたはAOA認定医学校在学中に実施されたもの」「ACGMEまたはAOAが認定したレジデンシープログラムを有する病院または教育機関で実施されたもの」「クラークシップと同じ専門分野またはサブスペシャリティのレジデンシープログラムを有する病院または教育機関で実施されたもの、またはABMSまたはBOS理事会による専門医認定を受けたもの」のいずれかが必要
3.卒後臨床研修
米国またはカナダにおいて、ACGME または AOA 認定プログラム、または Board 承認のフェローシップにおいて、2 年間の継続的かつ意欲的な卒後研修を受けることが必要
の3点が求められます。
また、Basic Life Support、Advanced Cardiac Life Support、Advanced Trauma Life Supportについても補足しておきましょう。Basic Life Support(BLS)は一次救命処置(基本的には病院外で行われる処置)を指し、非医療従事者でも習得が可能な救命措置を指します。AHA(アメリカ心臓協会)がコースの提供をしています。
2つ目のAdvanced Cardiac Life Support(ACLS)ですが、二次救命処置(病院等医療施設において医師を含む医療従事者のチームによって行われる心肺蘇生法)で、こちらもAHAによって日本においてもコースの提供がなされています。
3つ目のAdvanced Trauma Life Support(ATLS)ですが、これはAmerican College of Surgeons, Committee on Trauma(ACSCOT)の展開する外傷初期診療の教育プログラムをさしています。アメリカでは外傷診察においてはpreventable trauma death を回避するため診療に携わるすべての医師に包括的な診察能力が求められるとされ、特に外傷センター勤務の医師に習得が義務付けられていますが、残念ながら日本での習得はできません。
最後に、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、そもそも日本の医師免許を持っていてもいきなりアメリカで働くことは出来ません。USMLEをパスし、ECFMG certificateの取得をしないとアメリカでの診療行為は行えませんし、その上で上述の資格を取るとなるとかなりの難関ですね。
最後に
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皆様が少しでも宇宙医学に興味を持っていただけたら嬉しいです!
Ad Astra.
(文責:京都府立医科大学医学部医学科3年 尾崎里夏)
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参考URL
サムネイル画像クレジット
JAXA/NASA/Mark Sowa
内容:
若田光一宇宙飛行士の船外活動(Extravehicular Activity: EVA)でCAPCOM(国際宇宙ステーション(ISS)との交信担当)を務める星出彰彦宇宙飛行士と支援する横田航志フライトサージャン / 船外活動(Extravehicular Activity: EVA)(U.S. EVA #84) / NASAジョンソン宇宙センター(JSC)ミッション管制センター(MCC)国際宇宙ステーション(ISS)フライトコントロールルーム / 撮影日:2023年1月21日(日本時間)(jsc2023e002422)
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