見捨てられたものを、もう一度世の中に /スペースマーケット Host Story
わたしたちが物を手放すのは、どんなときでしょうか。
古くなったとき?
使わなくなったとき?
それとも、飽きてしまったときでしょうか。
手放した人にとって価値のなくなった物にも、そこには丁寧に作り出されたストーリーや大切に使われてきた時間が潜んでいるのかもしれません。
古びた物、見捨てられた物にも価値を見出し、良い物は残さなくてはいけないと情熱を傾ける人がいます。
建物の再生に取り組む、佐藤正樹さんにお話を伺いました。
・・・
都営大江戸線の牛込柳町駅。
大通りから一歩路地に入ると、昔ながらの住宅地。猫になったような気分で裏路地をくねくね歩いていきます。
ますます道が細くなってきたところで…
ん?この建物?
アパートのようですね。本当にスタジオがあるの?
こんにちは、おじゃましまーす。
中は別世界。
白い床と大きな窓の広々とした空間。
センスよく並べられたこだわりのアンティーク家具。
スタイリッシュなのに、よそよそしくないのはどうしてだろう。
しばらくキョロキョロしていると、部屋の中に不思議なものを発見。
これ、なんですか?
「これは笹野一刀彫といって、山形の米沢市に伝わる民芸品なんです。
こっちがプロの作品、こっちが僕が絵付けしたもの。小学校5年生の時に修学旅行で体験したんですが、今見てもなかなか良いデザインをしてると思うんですよ。すごくないですか?」
佐藤さん、次から次へと“不思議グッズ”を紹介してくれます。
蔵やお寺から出てきた物、オークションで買った物など、佐藤さんの思い出の品々。
なんとなく感じる親しみの正体は、これだったんですね。
「部屋を家の外にもつ」を賃貸暮らしの新たな解に
現在、不動産関係のWEBメディアの運営に関わっている佐藤さん。
「家を紹介するからには自分も暮らしを探究していきたい」という思いで、日常生活の中で「くらしの探求」にも取り組んでいます。
現在はフルリモートで勤務。アユミスタジオを拠点としつつ、全国各地でワーケーションを試しているんだそう。
どうして、この場所に仕事場を持つようになったんですか?
「5年ぐらい前かな。趣味がバイクなんですが、台数が増えてしまって。
家の駐輪場に何台か停めていたら、管理会社さんから注意を受けたんです。
それで台数を減らすか、他で駐車場借りなきゃいけなくなって。」
ちなみに何台?
「動かない部品取り用のバイクを含めて、4台から5台ですね。」
それは多い…!
「迷惑をかけているのは良くないなと駐輪場や駐車場を探したんですが、バイク用の駐車場がこの辺になくて。普通の駐車場を借りようと思っても、バイクはダメとか。
そこで不動産屋さんに相談して、アパート・事務所・店舗の1階部分で、バイクを停められるところがないかとお話したところ『ちょうどいい所がある!』と、この建物を案内されたんですよ。 結果、入口に階段と段差があってバイクは入れられなかったんですけれども(笑)」
あれ、それじゃ意味がないような…?
「傾斜をつけて、そこにターンテーブル…とか考えたんですけれども、バイクを置くのはまあ厳しいなと。」
ええー!
バイクを置けないのに、どうしてこの建物を借りようと思ったんですか?
「結局、この空間があまりにも勿体ないなと思ったんですね。僕だったら活かせる可能性があるぞという予感があって。 」
「僕は、暮らしや家のことを考えるのがとても好きなんです。
近くの賃貸物件に住んでるんですけど、賃貸って部屋を増やすことができないじゃないですか。なので自分の書斎を家の外に出したらどうなるのかなという実験をしてみたかったんですよ。
あまり離れると別荘的な感じになってしまうんですけど、歩いて行ける範囲で、ひとつ自分の部屋があった時に暮らしがどう変わっていくのかということに興味があって。
『自宅は賃貸物件で、書斎を家の外にもつ』という実験ができるチャンスだと思い、プロジェクトをスタートしました。」
部屋数を増やすために大きな家に引っ越すのではなく、ひと部屋を外にもつ。一見突飛な考えに思えるけど、ライフスタイルに合わせて柔軟に住居を広げたり狭めたりできるのは、かなり合理的かも。
「以前から、子ども部屋でそういうことができたら面白いなと思っていたんです。子ども部屋って、一時的にしか必要がない。それなのに、わざわざ4LDKの部屋を借りたり購入したりするでしょう。
家の近くにひと部屋借りて、そこを子供部屋にしてみるとか、そういう感じだったら環境を変えないでずっと住み続けることができるはず。そんな未来の参考になればという気持ちで、今の生活を試しているんです。」
実際に、書斎を外に持ってみて、生活はどんなふうに変わりましたか?
「自宅だと仕事に集中できないのですが、ここでは快適に仕事ができています。あと、今の家は家族の人数に対して、そこまで広くないんですね。両親や友人が遊びに来た時は、リビングに泊まってもらっていました。
でも、この空間があれば複数名で遊びにきてもホテルのように泊まれるし、気兼ねなく過ごしてもらえます。心の持ちようではあるんですが、自分だけの部屋ってあった方が良いじゃないですか。僕にとって、ひとりの時間はとても大切なんです。」
廃墟から書斎に。ひとりで取り組んだ建物再生
現在のアユミスタジオがある空間は、実は10年ほど空室だったのだそう。
廃墟のような状態で建物オーナーも貸すことを諦めていたといいます。
佐藤さんは、かなりハードなコンディションだったこの部屋を、1年に渡る交渉の末ついに契約します。
「もともと、家に自分で手を入れて住むことにすごく興味があるんです。
結婚する前は、自分で改修した家に住んでいたこともありました。今ならDIY可能な物件って結構ありますよね。でも当時の『DIYして住める家』って『貸し出すには忍びない、直さないと快適には住めないぞ』という家だったんですよ(笑)
せっかくの機会なので、そのときに建物改修のあれこれを試しました。床の張り替えや塗装、クロスの張り替えなど色々練習できました。
そのあたりの知識もスキルもたまってきたので、この建物をぜひ活用したいと思い、不動産屋さんを通してオーナーに資料を提出してプレゼンを繰り返しました。廃墟のような賃貸なのに、契約に至るまで1年かかりました。」
そこから週末などを使い、さらに約1年をかけて少しずつ改修を進めた佐藤さん。
建物の地下1階部分のこの部屋は、床も畳もボロボロ。水回りも傷んで、天井なども自然崩壊しているという状態でした。過去に何度も建物の修繕や改修をやってきた佐藤さんでも「ここまで本格的に手を動かしたのは初めて」と言います。
「最初の解体は友人たちに手伝ってもらったんですが、素人の方にやってもらうのはやっぱり難しい。 実際の解体の時には、本当はこういう壊し方をしてもらいたいとか、ここを残してもらいたいとかいった意思を上手に伝えることができなくて、後からのリカバリーに手が掛かってしまいました。
なので、その後の作業は基本ひとりで。もちろん知らない技術が必要な時は大工さんに来てもらってお手本を見せてもらったり、電気工事などの法的な資格が必要だったり構造に関係する部分に関しては、プロの方にお願いしたんですが、後の細かな仕上げは自分でやりました。
Facebookで『過去の思い出』が出てくるじゃないですか。時々、当時の投稿が表示されると、よくやったなーとしみじみ思い出します。
実はここ、全然完成してないんですけれども、70%くらいできたあたりで、もうやる気が…(笑)。上階の入居者が決まったこともあって音を出すのも悪いなと。このまま未完成のまま最後を迎えるんじゃないかと思ってます。」
作品のなかで生き続ける部屋を
佐藤さんは、こうしてつくられた「書斎」をスペースマーケットに掲載。
数年前から「アユミスタジオ」として、撮影や会議などで使いたい人たちのために時間貸しをしています。
最初から、時間貸しを考えていたんですか?
「家から5分の距離であっても、1ヶ月間で1度もここに来ないことがあるんですよ。出張もありますし、家にいても『書斎、いらないんじゃない?』みたいな気分になるときもある(笑)それがあまりにも無駄だなと思って。」
あと、この建物は定期建物賃貸借契約で、借りられる期間が決まってるんですね。契約満了後は、どうしてもオーナーに戻さなきゃいけないんです。たとえオーナーの元に戻ったとしても、何かしらの形で記録なり記憶なりに残ってもらいたいなという気持ちが僕としてはあって。
ここには僕の情熱や思いが詰まっているんです。アーティストではないので直接作品を残せないのですが、何かの作品の一部として…たとえば、テレビとか映画とか写真とか、何でもいいんですけれど、その作品の一部としてこの部屋を使っていただきたいなと。そしたら、僕がやった成果というのが世にちゃんと見えるんじゃないか。それでスペースシェアということを考えたんです。」
「もともとAirbnbをホストとしてもゲストとしても利用していた経験があったので、空室の時間貸しにも興味があり、スペースマーケットというサービスについても、早い段階から知ってはいました。
当時から、投資目的なら『白っぽい空間を作り、ハウススタジオとして時間貸しをする』というようなテクニックはあったし、『そんな物件が今後必ず数を増やすだろうな』と思っていたんです。でも自分がやるからには、それとは全然違う路線で行きたいなと考えていて。
収益を最大化するための貸し方もあるけど、それではあまりにもつまらないじゃないか。そうじゃない物件もあるんだぞ。何か存在感みたいなものを出していきたいという思いがありました。」
現在は、だいたい月に数件のペースで予約が入っていて、普段はこの部屋で仕事をしながら無理のない範囲でスペースを貸し出しているそう。とくに撮影利用の方からは絶大な人気で、写真撮影やミュージックビデオ、ドラマロケと幅広く利用されています。
ちなみに、印象的だった利用はありますか?
「ここでミュージックビデオの撮影が行われたことがあったんです。しばらく後に、たまたま渋谷のタワレコ前で信号待ちをしていたんですよ。そうしたら、タワレコの大きいスクリーンに映ったのがこの部屋で『あ、僕の部屋だ!』って(笑)
いやぁ、すごいテンション上がりましたよ!なんせ僕は生まれも育ちも山形ですからね。ドキドキしました。 曲もいいし素晴らしいですね。」
▲実際にスペースで撮影されたミュージックビデオ
見捨てられたものを、もう一度世の中に戻すということ
アユミスタジオの改修が一段落した現在、佐藤さんはの能登半島にある古民家の再生に取り組んでいます。東京と石川ではずいぶんと離れていますが、どんな経緯だったんでしょうか?
「能登の古民家は、今から4年ほど前に購入したものです。
当時インターネットで、すごく立派な古民家が売りに出てたんですよ。30年ぐらい放置されていたそうで、『買い手がいなかったら壊します』というメッセージが書いてあったんですね。
掲載されている写真を見たら梁も柱も力強くて素材も良い。この家を一回壊したら、また建てるのに1億、2億でも足りないんじゃないかなというくらい。『買い手がいなかったら壊します』というなら、これは自分で維持するべきだという気持ちになりました。」
実際に見てみると思いがけず状態が良かった。
「最低限のメンテナンスがされていたため、天井なども腐らず綺麗で。少し直したり、ちゃんと掃除すれば普通に使えるような状態でした。今はだいたい月1くらいで通っています。先週も行ってきたんですよ。 」
佐藤さんが差し出した写真には、古民家のある志賀町赤崎の町並み。
能登半島に行くには、北陸新幹線で金沢へ行き、さらに車を使う必要があるそう。アクセスが悪いため開発が入らず、歴史的な背景もあり昔ながらの姿が残っているのだそうです。
佐藤さんも「こんなにきれいに当時のままを残している町並みなんて、他に見たことがないですよ」と言います。
ここではどんな過ごし方をしているんですか?
「能登には家族も一緒に行ったりしますね。夏は長期で滞在します。田舎で生まれ育ったのですが、こんなに自然と一緒という感じじゃなくて。住宅地で育ったので、この古民家では『昔の暮らしはこんなだったのかな』と感じることがあります。」
「緑に囲まれて、近くの海では魚を釣って、囲炉裏で焼いて食べるとか。
今、コロナの影響でリモートやワーケーションが盛んじゃないですか。この古民家なら、お昼休みの12時から13時のあいだに海に潜って魚を突いて、シャワーして、また濡れた髪で仕事ができるというね(笑)
海の近くで仕事をするとか、緑の多いところで仕事をするとか、そんなレベルではなく晩飯の調達ができる。そういう環境って素晴らしいですよ(笑)」
11LDK(!)の間取りに、客室が3部屋となるよう整備。
スペースシェアによって、ふたたび古民家に人が集うようになりました。
能登の古民家民泊 TOGISO
そんな古民家の再生とともに、もうひとつ、面白い取り組みが。
「以前、戦前の古いセメダインが発見されたというのをネットニュースや新聞でご覧になったことがありますか?
実は、この家から出てきたんですよ。僕が見つけて。
この家から80年前のセメダインが出てきて『うわー!戦前のセメダインだ!』ということで、セメダイン本社に届けてみたんです。
古い消耗品って、もうあまり世の中に残ってないんですが、この古民家は空き家になって30年ほど時間が止まっていたので、戦前やもっと古いモノがそこそこ残ってるんですよ。
そういった古いモノを、企業に寄贈する流れも作っていきたいと取り組んでいます。先日、さらに古いモノが出てきたので、今度はそれを違う会社にお届けに行こうかななんて(笑)」
面白い!まさに宝の山ですね。
飄々と話す佐藤さんですが、その途方も無い情熱には驚かされるばかりです。佐藤さんのバイタリティの出どころって何でしょうか?
「見捨てられたものを、もう一度世の中に戻すというのが多分好きなんだと思います。アユミスタジオも、セメダインもですね。普通は捨てられるようなモノをなんとか有効活用する、そういうことを今後もしていくんだろうと思います。」
佐藤さんお話を聞いていると、モノや建物の再生って、なんて豊かなことかと驚く。古びたモノや壊れかけた建物のひとつひとつにも、じつは、丁寧に作り出され、大切に使われていた時間が潜んでいるんですね。
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最後にもう一度、アユミスタジオに集められた佐藤さんのコレクションを見せてもらいました。
世界各国のビーチで集めて試験管に保存している砂コレクション、10数年前に奥多摩で採取したという蜘蛛の巣(額入り)。エジプトで購入した水タバコに、ヒマラヤトレッキングに行った際に拾ってきたンゴズンバ氷河の砂。
国もさまざま、時代もバラバラですね。
「古いモノとか汚いモノとか、いっぱいありますよ」と照れ笑いしながらも、ひとつひとつ、手に入れた経緯やモノにまつわる思い出を話す佐藤さん。なんだか、ここに来るとモノの新たな価値が見えてくる気がします。
「そうですね、そういう風になってくれたら嬉しいですね。」
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インタビュー:スペースマーケット 吉田由梨
文:スペースマーケット 吉田由梨・山口優希