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【私のアウトドア履歴書♯12】白鳥友里恵さん

スペースキーの小野(@tsugumi_o_camp)です。今回のアウトドア履歴書は、事業デザイナーとして数々のサービスデザインを手掛ける白鳥さん(スワンさん)にインタビューしました。タスク管理と時間術に関するライフハックでも有名なスワンさん。アウトドアが与える影響についても伺いました。


スワンさん(@shiratoriyurie)
サイバーエージェント、メルペイを経て独立。現在はフリーランスとして活動しつつ、2021年3月にリリースされたデザインスクール「Designship Do」の事業責任者。タスク管理と時間術に関するライフハックを発信するYouTubeチャンネル「スワン」が人気。2021年1月に初となる著書「あなたの24時間はどこへ消えるのか」が絶賛発売中。


スワンさんの壮絶な登山歴


-よろしくお願いいたします!まずは幼少期について、どのように過ごされてきたのですか?

出身は群馬で、自宅から谷川岳が眺められるような、山が身近にある環境で育ちました。周囲も自然がいっぱいで、山で枝を集めたり川に入って遊ぶなど、自然の中で遊ぶことが多かったですね。とはいえ登山はあまりすることはなく、学校行事での登山も「しんどいなぁ」と思った記憶があります。当時は家族でキャンプによく行っていました。

大学は多摩美術大学に通っていました。高尾山が近かったので友人たちと登りに行ったこともありましたが、やはり楽しいよりもしんどい気持ちのほうが強かった(笑)。

-まだまだアウトドアにハマるまでが遠いですね。

振り返ってみると、アウトドアの入口はキャンプですね。私のパートナーは音楽フェスに行くのが好きなのですが、彼がいつもよく遊んでいる友人らと共同でテントを購入して帰ってきたのがきっかけに。(管理は我が家だったので)せっかくテントがあるならとキャンプにも行くようになりました。少しずつ道具を揃えて経験を積んでいって。2019年には冬キャンプデビューも果たしました!こんな極寒の中でも人間は生きられるんだと、そう思ったらすごくおもしろかったです。

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-最近は登山を楽しまれているそうですが、登山はどのようなきっかけで?

登山をやってみようとなったのは、2019年のゴールデンウイークです。10連休というなかなかない超大型連休で、せっかくだから海外に行こうとパートナーと計画を立てていました。海外で登山するのもいいねとなり、いろいろ探した結果、エベレスト街道トレッキングに挑戦することにしました。

-すごい!あれ?それまで登山の経験は?

ほとんど0です。今思えば、すごいことをしていますね(笑)。登山に関する知識もほとんどない状態で、足慣らしに奥多摩を登る程度で決行しました。エベレスト街道トレッキングは、エベレストの麓のカラパタール(標高5550m)を目指して歩くロングトレイル。私たちは往復150kmを2週間かけて歩くスケジュールで行ってきました。

-行ってみて、どうでしたか?

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……やっぱり、しんどかった(笑)。150kmも歩いた経験がなかったのと、そもそも登山をしていないので、ネットで調べれば必要知識は手に入りますが、やはり気力や体力面を丸腰で挑んだのが要因だったなと思います。スタートの時点ですでに標高が2860mあり、景色は絶景!ただ、普通に歩くだけでも息が切れ、荷物も極限まで減らすことを余儀なくされました。今思えば、お菓子などは削らなければよかったなと。そのせいで、だいぶメンタルをやられました。

中盤の街では、チベットの名物でもあるヤクの肉を食したのですが、運悪くあたってしまって……。そこからは壮絶な登山となりました。歩きながら徐々に足が動かなくなり、悪寒がして。インフルエンザの時のような高熱と倦怠感で、その日の目的地までたどり着けずにダウンしてしまいました。

ガイドさんからも「予定通りのコースで行くのは無理だ」みたいなことを言われたのですが、せっかくここまで来たのに諦めたくない。うなされながら朝を迎えると、なんとか熱は下がったので行けそうだと。ただ、さすがに荷物は持てないので、ガイドさんに持ってもらうなどして出発することになりました。

-病み上がりでエベレスト街道って……(無謀すぎる)。

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高熱の病み上がりに、標高4000mを目指して10時間歩きました。今考えてもありえないですね。少し歩くだけで息も絶え絶えで、みんなに励まされながら「絶対行く!」と泣きながら登っていました。ただ、景色だけは最高で、景色以外は全部地獄みたいな(笑)。その頃から、晴れ間にエベレストが見えたりして、少しずつ元気を取り戻していきました。

-満身創痍とか全身全霊って、この時のためにある言葉ですね。結局、予定のルートは行けたのですか?

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はい、なんとか歩くことができました。往路のゴールであるカラパタールでは空が真っ赤に染まる朝焼けを見ることができましたが、あの絶景は今でも忘れられません。(その朝焼けをバックに、パートナーからプロポーズされたのもいい思い出です。)

-ステキすぎる!(そしてその前が過酷すぎる)

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そこから復路は降りるだけなので、早かったですね。だんだんと酸素も増えて楽になるし、ご飯もおいしくなるし、楽しかったです。道中はいろいろありましたが、結果的に貴重な経験ができてよかったなと思っています。

-そのような壮絶登山から、また山に登ろうと思ったのはなぜなのでしょうか。

エベレストから帰国後は、さすがに「登山はもういいや」となったのですが、半月くらいゆっくり過ごしたらなんだか物足りなさを感じるようになったんです。軽めの登山と思って奥多摩の山に行ってみたところ、エベレストでの産物か、軽々と登れてしまって。「これはもっと高い山もいけるのでは?」と思い、北アルプスの燕岳のテント泊にも挑戦しました。これも楽に登れて、しかも天気がよかったのでとても気持ちがいい。登ってみて気づいたのは、日本の山もとてもキレイなこと。そこで完全に私の登山スイッチが入り、今に至ります。

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当時はメルペイに所属しており、登山部もありました。登山部には、雪山もガンガン行く部員もいて、彼らにいろいろな山に連れて行ってもらい、経験からの得た知識も教えてもらいました。個人の山行も合わせると月1くらいの頻度で登っていたんじゃないかな。

-スワンさんにとって、登山の魅力とはなんですか?

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生命の力強さを感じられるところでしょうか。山には森林限界と呼ばれる、環境により樹木が育ちにくく森林が形成できないエリアがあります。森林限界に足を踏み入れると、生命として歓迎されていないような、圧倒されるような感覚を覚えます。普段、PCを使って管理された環境で働いているときと正反対のギャップ。森林限界へ行くにはお金を払えば誰でも行けるわけではなく、技術と体力をもった人間しかたどり着けない。「こんな世界があったんだ」と思うと同時に、ここでしか得られないパワーをもらえるのが魅力だと思います。

また、登山をはじめて生き抜くための力がついたように感じます。ザックに詰め込める最低限の衣食住があれば生きていける。そう思ったら、気持ちが楽になりましたね。災害という観点でも、これさえあれば大丈夫と思えるのは大きな力になるなと。

-たしかに、登山もキャンプも、サバイバル力は身に付きますね。

登山は、自分が生きているという感覚を得られるのも好きですね。登っている最中はしんどいですが、呼吸の早さや深さ、暑さ寒さ、身体の痛みや「お腹すいたな」という感覚など、五感をフルに使っている感じがある。これらの感覚は普段の生活では感じにくいので、登山が定期的に呼び起こすきっかけになっています。ITの仕事をしているからこそ大事にしたいし、感覚を呼び起せる登山はありがたい存在となっています。

-ちなみに、お気に入りの登山ギアなどはありますか?

あまりこだわりはないですね。敢えて上げるなら、エベレストトレッキングの時に持っていったザックでしょうか。最近でも、テン泊するときはこれを使います。まさに、一緒に修羅場を乗り越えすべてを受け止めてくれた、私の相棒です。

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スワンさんの仕事と登山の関係


-登山は、スワンさんのお仕事にどのような影響がありますか?

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山に行けるように、仕事を調整するようになりました。以前は土日も働くワーカホリックだったのですが、今では仕事と同等に扱っています。山に行くと心身ともにリフレッシュでき、インスピレーションが高まるような気がします。結果的に仕事にプラスになって返ってくるので、後回しにしないできちんと時間を確保するようにしています。

また、いい影響としては、小さなことで悩まなくなりました。働いていると理不尽なことや対人関係で悩んだりすることもありますが、ご飯がおいしければそれだけで人生は最高!(エベレストでの体験が大きく影響していますね。)山に登って雄大な景色を見たら、悩みなんて気にならなくなる。そんなところもいいですね。

-このnoteでも書かれていますが、登山から得られる「生々しさ」がサービスデザインにいい影響を与えているのでしょうか。

そうですね、影響しています。これまで様々なサービスデザインをしてきましたが、人間が使うものなので、“人間らしさ”をデザインすることは意識しています。無機質にしすぎず、ウェットな部分とか。「人間ってこうだよね」をサービスに反映させるために、その感覚を呼び起させるのに一役買っているのが登山。

登山と仕事、どちらかだけではだめで、バランスがとれていることが大事。それにより機能性や操作性を重視しつつ、「本当にこんな便利にする必要があるのか?」という“人間らしさ”もデザインすることが可能になっているのではと。山に登りながら、仕事の成果に対する振り返りをすることもありますね。

-山でサービスのことを考えるっておもしろいですね!

登山部で行ったときも、サービスの話をしたりします。サービスの話をすることもあれば、「IT企業が山小屋をバックアップしたらどうなるか」を本気で議論することも。山が好きだからこそ真剣に議論して白熱することもあります。そこが会社でする会話とはちがう部分で、深い話ができるのは楽しいですね。

-それを横で聞いていたいです(笑)。


アウトドア業界に思うこと


-アウトドア業界に思うことはありますか?

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日本の登山は環境がいいと思います。登山道も確保されていて、比較的安全に登ることができる。万が一があっても救助手段があるという点も、安心して登山を楽しめるのではないでしょうか。また、登山の多様な楽しみ方が広まっているのもいいなと。かつては山岳会の厳しいイメージしかなかったのに対して、今は女性1人でも登りやすい。ギアも安く選べるようになりました。いろいろなレベルの人、幅広い楽しみ方が受け入れられ、登山への敷居が下がっているのは大変嬉しいことだと思います。

一方で、懸念しているのは山でのキャパシティ問題。幸いにも登山ブームで多くの人が山に登ることで、山の人口密度が増えてきているように感じます。登山道が混んでいると、例えば予約ができないテント場に泊まろうと思うと「急いで登らなきゃ」という気持ちになり、それが事故につながる恐れもあります。なるべく早めに出発するなど工夫はもちろんですが、みんながより安全に登れるようになったらいいですね。本来、登山はゆっくりするために行くもの。桜の花見の場所取りのように焦って行くものではなく、ゆっくりとした気持ちを各自が持つことも必要かと思います。

-その通りですね。事業者の1社であるスペースキーに期待することはありますか?

『YAMA HACK』さんでも様々な山の情報を出されていますが、フラットに情報を発信してくれると個人としてはありがたいです。有名どころはSNS等ですぐ知ることができますが、知られていない穴場的な山やルート、楽しみ方も紹介してくれると分散にもつながるのでいいのではないかと。知らないと検索することもできないので、「こんな山もあったんだ!」と気づかせてくれるようなフラットな情報を期待しています。

-普段、登山に関する情報収集はどのように入手していますか?

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主にインターネットで調べますね。最近はYouTubeでの登山動画も増えてきたので、初めて行く山はYouTubeで調べることが多いです。動画だと、登山道の雰囲気や歩いている様子が掴めるので、事前準備には参考になります。

あとは登山仲間の情報は頼りになりますね。私たちはSlackで情報共有をしていて、「あの山よかったよー」という情報だけでなく、登山計画も共有します。登山届はもちろん提出しますが、なにかあったときの備えとしても活用しています。

-YouTubeやSlackなどを駆使しているのが、さすがスワンさん!参考になります。


今後のアウトドアについて


-やってみたいアウトドアなどはありますか?

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また海外の山に行ってみたいですね。あと、エベレストトレッキングに再挑戦したいです。前回は知識・経験0で行ったので、それから積み重ねた経験でどれだけ快適に登れるかを検証してみたいです。

国内では雲ノ平とか、奥地は行ったことがないので行ってみたいですね。最近はボルダリングもはじめたので、クライミングにも挑戦してみたいし。国内・海外含め、たくさんの山を登って多くの楽しさを体験してみたいです。

-アウトドア×ビジネスでは、イメージされていることはあったりしますか?

そうですね……、登山仲間たちとは「いつか山小屋経営してみたいね」などと話すことはあります。ギアを作ってみたりとか、いろいろな形でアウトドアと関われるといいですね。趣味以外の部分で山と関われることができたらいいなと思います。

-IT登山部が経営する山小屋、見てみたい!これからも多様な活動を期待しています。ありがとうございました!



■ おしらせ ■

2021年1月に初となる著書「あなたの24時間はどこへ消えるのか」を発売しました。日々の仕事も好きな一方で、登山の時間を作るためにはやはり日頃から時間を作る工夫が必要です。この書籍では私が日々実践している「時間術」をまとめています。仕事も登山もどちらも大切にしたい方の参考になれば嬉しいです。

noteやYouTubeでも情報を発信中、こちらもぜひ。


■ 編集後記 ■

壮絶な登山体験記を語ってくれたスワンさん。アウトドアは十人十色の原体験がありますが、ここまでインパクトの強い経験はなかなかないのではと、素直に驚きました。その体験が引き金となって、今では仕事とのバランスを保つ大事な存在に。登山で“人間らしさを取り戻す”というスワンさんならではの独特な関わり方に、登山の奥深い魅力を感じたひと時でもありました。(小野)