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ロケット徹底解説! ULA社ヴァルカンとは?

アメリカの衛星打上げロケット企業の最大手 ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)社が開発中の次世代主力ロケットがヴァルカン(Vulcan)です。今回その開発の背景、特徴、ライバルとなるスペースX社のファルコン9などの他社ロケットとの違いなど解説します。

ULAとは?

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ULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)社は、2006年米航空宇宙産業で最大手であるボーイング(Boeing)ロッキード・マーチン(Lockheed Martin)2社の政府向け衛星打上げ事業を統合した合弁会社です。現行の主力ロケットはアトラスV(ロッキード・マーチン製デルタIVヘビー(ボーイング製)で、その後継機となるヴァルカンULA社として自社開発する初めてのロケットとなります。

開発の背景

■SpaceXの台頭
近年の商業衛星打上げ市場において、圧倒的に低コストのSpaceX社の再使用ロケットFalcon9(約6,200万ドル)が急速にシェアを拡大して来ました。
※ULA社のアトラスVは約1.1億ドル
一方、軍事衛星やNASA惑星・深宇宙探査機の打上げ市場は長い間ULAの独占状態にありましたが、SpaceX社の反トラスト法の申し立てを経て、2015年以降この分野にもFalcon9/Heavy が参入してきたことで、深刻なシェア低下の危機に直面していました。

2019年の打上げ実績
●Falcon9(Spacex):13回 ※Heavy形態含む
●DeltaIV(ULA)  :3回 ※Heavy形態含む
●AtlasV(ULA)  :2回

アトラスVの累計打上げ回数は83回(2020年6月現在)と、実績と信頼性は高いものの価格競争力の低い ULA社にとって、価格と能力で SpaceX社に対抗しうる新型次世代ロケットの開発が急務となっています。

■ロシア製メインエンジンの問題
現行の主力ロケットであるアトラスVのメインエンジンには 「RD-180」という非常に高出力で安価なロシア製エンジンが採用されて来ました。しかし2014年に発生したウクライナ危機で米ロ関係が急激に悪化したことで、ロシアからRD-180の供給不安が高まったことに加え、安全保障上の観点から米国議会より米国製エンジンへの切り替えを迫られていました。

このような背景のもと、2015年4月 ULA社CEOトーリ・ブルーノ氏より、現行アトラスVに比べ費用の半減と性能向上を目指した ヴァルカンロケットを新規開発することが発表されました。

ヴァルカンとはどんなロケット?

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ヴァルカンロケットの最大サイズは 全長約62m直径5.4mで、打上げ能力は地球低軌道(LEO)27,2トン静止トランスファ軌道(GTO)14.4トンとされています。

最大のライバルであるSpaceX社Falcon9は、最も複雑なエンジンや機体本体のハードウェアから、アビオニクス(航法誘導プログラム)等を含むソフトウェアにいたるまで、主要部品の約9割を自社で開発・製造していますが、ULA社ヴァルカンでは対照的なアプローチで開発が進められています。

現行の主力ロケットであるアトラスVのモジュール化された基本構成を踏襲するかたちで、必須要件であった新型メインエンジンを含め実績のある外部企業のコンポーネントを多数採用して、開発期間の短縮と早期の市場投入を図っています。

■第1段ロケット

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第1段のメインエンジンにはブルーオリジン社製「BE-4」が搭載されます。ブルーオリジン社はAmazonの創始者ジェフ・ベゾスが2000年に設立した宇宙ベンチャーで、ロケットエンジン最大手エアロジェット・ロケットダイン社製「AR-1」とのコンペに勝って採用され話題となりました。

このBE-4エンジンでは現在主流となりつつある3Dプリンターの活用で、複雑なエンジン内部の流路構造を実現するのと同時に製造コストも抑えられています。推進剤に液化天然ガス(LNG)液体酸素(LOX)を使用する酸化剤リッチの二段燃焼サイクルを採用し、最大推力2,400 kNと非常に強力です。燃料のLNG(成分の約98%がメタン)は燃焼効率の高さだけでなく、安価でススの発生が少なく、将来のエンジンの再使用にも適しているとされています。

各推進剤のタンク素材にはアトラスVと同様にアルミニウム合金が使用されますが、従来の三角形を組み合わせたアイソグリッド構造から、新たに四角形を組み合わせたオーソグリッド構造を採用し、構造強化と製造工程の短縮(=低コスト化)を図っています。

■固体ロケットブースター(SRB)
推力を強化するため 第1段の側面にノースロップ・グラマン(旧オービタルATK)社製「GEM-63XL」という固体燃料の補助ロケット(SRB)が取り付けられます。衛星等のぺーロード(荷物)の重量によって 0個~6個のSRBが設置可能ですが、個数に応じて打上げ費用も高くなります。

■第2段ロケット(Centaur
惑星ミッションなどで高い軌道投入精度が求められる第2段では大きな開発は見送られ、現行のアトラスVで豊富な実績を誇るセントールの改良バージョンである「Centaur V」という上段専用のロケットが使われます。エアロジェット・ロケットダイン社製「RL-10Cという推進剤に液体水素(LH2)液体酸素(LOX)を使用した、比推力に非常に優れたエンジンが搭載されます。またアビオニクス(航法誘導制御システム)にはLC3社が提供するヴァルカン用に改良されたコンポーネントが搭載されます。

■開発参加企業の多彩な顔ぶれ
ヴァルカンの開発・製造にはULA社以外にも、米航空宇宙産業の名立たるメーカーが多数参加しています。(以下はULAのカンファレンスで各メーカーのCEOが集合した際の写真です。)

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開発参加企業
●Aerojet Rocketdyne: 第2段エンジン「RL-110C」
●Blue Origin: 第1段エンジン「BE-4」
●Northrop Grumman: 固体ロケットブースター「GEM-64XL」
●Dynetics: 各種テスト施設
●RUAG: フェアリング、インターステージ(段間部)、耐熱シールド
●LC3: アビオニクス(航法誘導制御)

上記のDynetices社とスイスのRUAG社は、米アラバマ州のULA社の広大な敷地内に新たに生産や試験施設を建設し一体となって開発を進めています。
今後、メインエンジンのBE-4を除く各種コンポーネントは、現行のアトラスVの打上げで個別に先行実証を進め、ヴァルカンの初打ち上げ前に信頼性を高めていく方針です。

今後の発展性と注目の新機能

■メインエンジンの回収・再使用(SMART)

「SMART Resusability」 と名付けられたこの取り組みは、ヴァルカンロケットの構成要素の中で一番コストの高いメインエンジン部(BE-4×2基)のみを回収・再利用することで、打上げコストを低減することが計画されています。

SMARTの回収シーケンス
(1)上段ロケット分離後エンジン部を第1段本体から切り離し
(2)耐熱シールドを展開し降下時の圧縮熱からエンジン部を保護
(3)パラフォイルを展開して速度を落として降下
(4)ヘリコプターを使って空中でエンジン回収

再使用の実績で先行するFlacon9では、垂直着陸時のエンジン噴射ため上段ロケット分離後に推進剤の一部(約10%~30%)を残しておく必要がありますが、このヴァルカンの部分的な再使用方式(SMART)では推進剤をフルに打上げ用途で使用できる(=ペイロード重量が犠牲にならない)というメリットが強調されています。

■先進極低温改良段(ACES)

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第2段ロケットは2023年以降、Centaur Vから 先進極低温改良段(ACES:Advanced Cryogenic Evolved Stage)へと置き換わる予定です。このACESは第2段ロケットでありながら宇宙船の様な機能をあわせ持つ、ヴァルカンロケットの最大の特徴となります。

エンジンにはエアロジェット・ロケットダイン社製「RL-10かブルーオリジン社製「BE-3」、いずれかの改良バージョンを1~4基搭載する予定です。(どちらのエンジンも比推力に優れる液体水素を採用)
新開発の推進剤タンクは容量が3倍で、液体水素の蒸発問題を大幅に抑制する断熱機構が設けられます。また燃料電池のように推進剤から電力や圧力を自ら供給できるピストンエンジンを搭載することでバッテリーやヘリウムガスの搭載が不要となり、軌道上で数週間待機しての再噴射や別で打上げられた輸送機から軌道上での推進剤の再充填などが計画されています。このACESが実現すれば、輸送能力の向上だけでなく宇宙空間での再使用など自由度を格段に向上させることが可能となります。このACESは世界中どのロケットにも搭載されていないユニークな機能として注目されています。

初打上げは2021年前半!

現在ヴァルカンの初打ち上げは、2021年前半を目指してロケットの開発と打上げ施設(フロリダ州ケープカナベラル空軍基地カリフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地)の整備が進められています。当面はアトラスVとの並行運用が続く予定ですが、信頼性が確認でき次第でヴァルカンに置き替えていく計画です。

また2023年以降に第2段にACESを使った強化型ヴァルカンの運用開始を予定しています。このタイミングでデルタIVヘビーも退役しヴァルカンに置き換わる予定です。

激化する大型ロケット市場

現状ULA社は、既に2021年以降で2社から計7回分のヴァルカンでの打上げを受注しており滑り出しは順調といえます。

Astrobotic Technology社 - Peregrine Lander(月面着陸機)
Sierra Nevada Corporation社 - Dream Chaser(ISS補給機)× 6回

しかしSpaceXの急速なシェア拡大の影響で、世界的にも2020年以降でヨーロッパ(ESA)の「アリアン6」日本(JAXA)の「H3」など、各国の大型主力ロケットはコスト低減を目指した次世代機にリプレースされる予定です。また打上げコストの安いインド(ISRO)など、第3勢力の台頭も顕著になっています。

アメリカ国内においても、ヴァルカンロケットの開発に参加していながらも、ブルーオリジン社は「ニュー・グレン」、ノースロップ・グラマン社は「オメガ」と、それぞれ競合となりうる大型ロケットを独自に開発を進めています。そして最大のライバルとなる SpaceX社スターシップという史上最大級(全長118m)の次世代機の開発を急ピッチで進めています。

ヴァルカンロケットの勝算は?

このようにロケット競争が激化するなか、ヴァルカンは最小構成でも約8,000万ドルはすると見られており、また性能面においてもFalcon9やその他競合ロケットに対する明確なアドバンテージは見えてきていません。

ULAのブルーノCEOは ”ターゲットとする市場での棲み分けが出来ている”との発言をしていますが、早期の市場投入を果たし、得意とする軍事衛星やNASA衛星・探査機の打上げ市場でシェアを維持できるか、また第2段ロケットの強化バージョンであるACESをいつまでに導入できるか、今後のヴァルカンロケットの動向が注目されます。

【追記2020年8月】

2020年8月 アメリカ空軍は次期軍事衛星の打上契約について、契約企業をULAスペースXの2社を選定したと発表しました。この契約は 2022年から 2026年の5年間に約30回の打上げを予定し、約50億ドルもの巨額の軍事予算が投じられる大型契約で、ULAのヴァルカンに60%、スペースXのファルコン9に40% の打上げを割り振るという内容のものでした。
この発表を受け、ULA社と旧来の軍事ロケット産業を基盤にもつアラバマ州やコロラド州の議員達が次々と歓迎の声明を出す一方、スペースX CEOのイーロン・マスクは、ファルコン9の打上実績や低コスト性が契約内容に十分反映されておらず ”アメリカ国民の税金を無駄にする” と不満を漏らしていたのが対照的でした。

尚、この契約で選定から漏れた2社のうち、ブルーオリジン社はニューグレンの開発を継続していますが、ノースロップ・グラマン社はオメガの開発中止を発表しています。

この契約によりULA社は当面 十分な資金を確保でき、引き続きヴァルカン開発・製造に注力していけることとなりましが、当初2021年前半に予定していた初打上げは開発の遅れにより2022年に延期されています。




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