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マンゴーマスタニを知っていますか?

マラタ王国は、17世紀後半から19世紀初頭まで、現在のマハラシュトラを中心にインド北中部に形成されていた王国です。1647年に初代王(王はChhatrapatiといいます)Shivaji Bhosale I による建国から1818年に12代宰相(宰相はPeshwaといいます)Baji Rao IIが東インド会社の手にかかり滅亡するまでをその歴史としています。

マラタ王国は王国なので王が一番偉いはずですが、18世紀初頭に王位継承を巡る内乱やムガール帝国(Mughal Empire)との戦いを機に軍を掌握していたBhat一族がPeshwa(宰相)の座を掌握して以降は、Chhatrapati(王)は名目的な存在となり、国の実体はPeshwa(宰相)により動かされるようになっていました。なので王の妃でなくてもPeshwaの夫人もQueenと呼ばれます。

現在のマハラシュトラ第二の都市Puneは、晩年のマラタ王国の首都でした。1720年から五代目国王Shafu Iの宰相となったBaji Rao Iの第二夫人Mastani(Queen Mastani)は人生の晩年をPune近郊で過ごしましたが、彼女が愛した飲み物がMango Mastaniとして今に伝わるPune発祥の飲み物で、いわばフルーツ、ナッツをトッピングしたマンゴーミルクシェークです。今のPuneの人たちはこの飲み物を郷土の誇りとしています。またMango Mastaniは、インドでマンゴーを最も美味しく食す方法の一つとして知られています。

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ここまでの情報だと「あ、そうなのね、Mastani王妃に由来するのね、増谷さんていう人がいるのかと思ってた(笑)、美味しいデザートでした」という味も素っ気もない感想で終わってしまいますが、この宰相Baji Rao Iとその夫人Mastani(Queen Mastani)の馴初めから死別までがなかなかの歴史メロドラマで、一人の勇猛かつ愛に生きた宰相Baji Rao Iをめぐる第一夫人Kashibai(演ずるはPriyanka Chopra)、第二夫人Mastani(演ずるはDeepika Padukone)、両家の家族とインド社会の葛藤を描いた、戦乱の時代の歴史織り成す大叙事詩スペクタクルとして映画化されています。

Baji Rao Iは銀行家の娘Kashibaiを最初の妻に迎えました。時にBaji Rao Iが二十歳、Kashibaiは17歳です。年齢や双方の職業から結婚は政略的な意味合いを強く帯びていたと想像できますが、二人はすぐに3人の子供を授かっていますから、政略とはいえ公人としての国の運営に加え、私人として愛ある家庭を育んでいたと想像できます。

Baji Rao Iの結婚から8年後、ラージプート王Maharaja Chhatrasalは、北方からの侵略に対抗するための援軍を28歳のBaji Rao Iに要請しました。しかし事情あってBaji Rao Iがラージプートに到着したのは1年後でした。Baji Rao Iはこのとき密偵として訪ねてきたChhatrasalの娘Mastaniに出会います(共に29歳の同い年)。29歳のBaji Rao Iの援軍が敵を倒すとラージプート王は見返りに領土の幾分かとMastaniをBaji Raoへ差し出したのでした。

詳細は映画を是非ご覧いただくとして、私がこのエピソードを聞いて興奮してしまうのはBaji RaoとMastaniの「気持」を想像するときです。

Baji RaoがMastaniに出会ったのは28~29歳のとき、男としても父親としても血気盛んだった時です。Baji Raoにとって同い年のMastaniは、妻Kashibaiとは正反対の勇猛な女性でした。また母のイランの血を引くムスリムでもあった彼女はとてもエキゾチックな顔立ちだったのではないかと思われます(肖像画は東アジア人ぽいですが)。若くして宰相になり、政略結婚して、公私に忙殺されていたBaji Rao Iは、おそらく人生で初めて恋に落ちたのではないでしょうか。

Mastaniもまた、それまで自分の周りにいた男性にはなかった何かを勇猛なリーダーBaji Rao Iに感じたのではないでしょうか。自らのムスリムとしてのアイデンティティーを意識していながらも、ヒンドゥーの王(宰相なので正しくは実質的な王)Baji Raoとの婚姻を選びマラタ王国へ嫁いできたのは、政略を超えたBaji Raoへの愛と信頼があったからではないかと想像します。

Baji Raoの家族はムスリムのMastaniを快く思わず、あの手この手で嫌がらせをしますが、 Baji Raoは全力で彼女を庇います。詳細は映画に譲り、飛んで最期だけ記しますと、Baji Raoは40歳で急死します(戦地での病死)。ほどなくしてMastaniも世を去るのですが、後追い自殺なのかBaji Raoの家族側による他殺なのか、どちらにしてもドラマです。二人とも今際の際の最期どんな気持ちだったのか、色恋沙汰に縁の薄い私には想像もできません。一つだけ忘れずに記しておきますと、Baji RaoとMastaniの間の子供はムスリムとして育てられましたが、第一夫人Kashibaiが引き取り育てました。

そんなMastaniの生涯に思いを馳せながら飲むと、Mango Mastaniの甘さもまた格別の意味を持つんじゃないかと思いますがいかがでしょう?へ?胃もたれするって… ^^;

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