洗濯に司られし女
午前7時10分。
最初のアラームが鳴った。夢との狭間にいる私は夢の延長線上でスヌーズボタンを押し、またすぐ寝た。
午前7時18分。
最初のアラームのスヌーズが鳴る。懲りずにスヌーズボタンを押して寝る。
午前7時20分
続けざまにアラームの妬ましい音が寝室に響く。2回目のアラームだ。苛立ちながらまた、スヌーズボタンを押す。
午前7時42分
何度目かのスヌーズボタンを押し、もう何のスヌーズなのかも定かではなかった。
午前7時45分
夫のアラームが鳴る。「もう起きないとまずい」と頭では分かっているものの、ここで起きることもできず、もぞもぞする。
午前7時48分
やっと起きた。起きる時はのそっとではなく、ごそごそこぞっと勢いよくである。
こんな風にバイトの日の朝はアラームの応酬で始まる。
朝が苦手な私にとってこの時間が1日の中で1番苦痛だ。
だが最も恐ろしいのは、洗濯物が溜まっている日とバイトの日がぶち当たっている時だ。
天気の良い日に早起きをして、ベランダに洗濯物を干すのは気持ちがいい。それは知っている。
とはいえ、そもそも早起きが苦手な私にとって「朝洗濯物を干す」という日常的な行動は、なかなかハードルが高い。
いや、したい気持ちはある。だから天気の良い日に、洗濯物を干せずに家を出ると、ものすごく後ろ髪を引かれる気持ちになる。
友人たちからは、「洗濯に司られている女」と揶揄されたりもする。
現にそうだし、洗濯を理由に約束に遅れる私が何より悪いのだが、なかなかなワードセンスだと感心してしまう。
そう、私は実家を出てから今日までずっと、洗濯に司られている。
昨日の夜に遡る。
朝寝坊を拗らせて14時に起きた昨日の私は、夜パンパンになった洗濯カゴを見て大きなため息をついていた。どう考えても早起きして洗濯すべきだった。
仕方がないので洗濯物の仕分けをして、朝起きてすぐ洗濯物が干せるように洗濯機の予約をセットした。
もちろん同時に翌日の天気予報もチェック。よし、晴れるかどうかは別として雨は降らなそうだ。
あとは明日の朝の私、頼んだよ。
そして今朝、私は昨夜の自分を恨みながら、でももう回り終わった洗濯物を夜まで放置することもできず、ごそごそっと勢いよく洗濯機から洗濯物を取り出した。
家を出るまで30分もない。洗濯物の量から考えて干すのに15分はかかる。
逆算して10分で身なりを整えなくてはならない。
「化粧する時間あるかな…」
とりあえず洗濯物を干さない選択肢はない。まずは洗濯物を干し終えることが最優先だ。
冷え切った洗濯物をバサバサとベランダに干す。寒い、冷たい、痛い、時間ない。苛立つ心をなんとか抑えながら無心で干す。
「いってきま〜す」夫の呑気な声が聞こえる。
うざい、普通にうざい。なぜお前は洗濯に司られないんだよ。男と女の違いか?
沸々とした怒りをなんとか抑え、素っ気なくいってらっしゃいと返す。
怖いからスマホは見ない。今何時か見たら終わりだ。とにかく手を動かすんだ!
(特に夫のものを)雑さマックスで干し終え、勢いよくベランダの窓を閉めた。
「8:13」
スマホに表示された数字を見て少しホッとする。家を出るまであと2分。
化粧は……諦めよう。
このバイトを始めてから、洗濯ゆえに化粧を諦めたのはこれで3回目。化粧下地すら塗れなかったのは今日が初めてだ。
「多分つけないだろうけど…」
申し訳程度に化粧下地を鞄に放り込み、家を出る。
洗濯で悴んだ手はまだ少し痛みを残していた。
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