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小説「秘書にだって主張はある。」第十三話

 十三 訪問

1月12日(木)1400
 店を出て、車に乗り込むと道彦は急におしゃべりを加速し始めた。
 これまでの短いながらの付き合いから、これは、道彦がペースを掴んだ時の態度の一つだと気づいた。
「さて、これから北海道統合軍司令部へ向かいます」
「よろしくお願いします」
 車に乗せてもらっていることを、また少々引け目に感じて、恭子は少し小声で返事をした。
「ちなみに案内場所は、さっきと同じで、旧常磐公園の敷地内になります」
「え、どういうこと・・・」
 もしかして、からかわれているのかしら?
 引け目なんてどこかへ消えてしまった。
 同じく10分ほどして、旧常磐公園へ到着した。ただし駐車場が違う場所だ。
「はい、司令部に着きました」
「ここが?」
 紹介された建物は、そこそこ大きいもの、まるで体育館のように解放的だ。
「もう一度聞きますが、本当にここが?」
「大改修したんだ。旧旭川市公会堂です」
 恭子には、どこが改修されているのかまったくわからなかった。そして、これも小さい頃は入ったことがない。
 道彦は、まるでバスガイドのようで、まったく軍人らしくない話しっぷりである。逆にうまい具合に目の前の建物の説明者として、ぴったりはまっている。
「道彦さんも建物も、まったく、らしくないですね。軍の、しかも司令部と言ったらもっと厳しくて頑丈で、堂々としてるイメージでしょう?」
 恭子は見たまんまを述べた。
「まったくひどい言われようだね。増改築や補強それから電磁シールドなんかを入れたりして、必要十分な機能は満たしてるし、このとおり警備も強化しているよ」
 ゲートの警衛所隊員に道彦は片手をあげて挨拶する。一人が恭子の手荷物等の確認をしている最中、もう一人は銃を構えていて、無表情で、じっとそれを見守っている。もちろん本物だし、弾も込められているのだろう。かれらの緊張感がビシビシ伝わってきて、やっぱり怖いし、こちらも当然とても緊張する。
 それが終わると道彦は恭子の手を取り、どんどん先に進み、エスコートする。
「でも、本当にいいんですか。私なんかを司令部の建屋の中に入れても」
 いまさらながら、恭子の態度はほんのちょっと腰が引けて見える。そして発言でさえも、おっかなびっくりだ。
「さっきも言ったでしょ。君については審査済みだよ。本当に大丈夫なの?今から僕の親分に会うっていうのにさ。さあ、ここだよ」
 そういいながら、道彦は足を止め、廊下突き当たりの部屋のドアノブに手をかけて、勢いよく回して押した。
「ちょっと待ってください。親分て一体・・・」
「柊中佐です。私服のままで申し訳ありません。例の方をお連れしました」
 部屋に先に入った道彦に促され、恭子も中へ入る。とても緊張しているのが、自分でもわかった。
 これから会う相手は道彦の上司のようだ。つまり柊社でいうところの本当の「相談役」なのだ。
「ご苦労さん・・・」と正面の大きな両袖机に座った、制服姿の50代半の男性が、道彦をねぎらった。それその目は静かに恭子を見つめていた。
 もちろん、礼儀にしたがって即座に、こちらからご挨拶した。
「初めまして、株式会社「柊」の総務部長付、秘書の伊藤恭子と申します」
「北海道統合軍司令部、監察官、陸軍大佐、佐伯正敏(さえきまさとし)です」と相手はゆったりと返した。
 階級は大佐。
 「将」の一歩手前の階級。間違いなく軍の中枢だ。
「浅草にある「鈴なり」というところの人形焼です。お納めください」
 恭子は、大きめな化粧箱の菓子折りを差し出した。今回の旅行荷物で一番大きかったものの一つだ。
「甘いものは好物です」
 菓子折りに目を落としつつ優しげな笑顔で、佐伯は礼を言った。
「さっそくですが、先ほど、犠牲者の方々のお墓にお参りさせていただきました。ありがとうございました」
「それは、こちらこそありがとう。彼らは本当に可哀想な人たちなんだ。なにしろ軍がもっと早く対処できていれば助かったかもしれないんだからね」
 これはおそらく例の治療薬のことだろう。話の持っていき方が巧みだ。
「さて、もう、柊中佐から聞いていると思います。常盤ラボの件です。我々軍の人間に便宜供与とも取れる発言があったのは承知しています」
 佐伯は落ち着き払って自分から打ち明ける。
「常盤ラボから柊社に対するクレームの件も、ご存じなのでしょうか?」
「もちろん聞いていますよ」
「我が社は、どういういきさつでこうなったのかを調査したのち、常盤ラボに対する方針を決めていきたいと考えています。従いまして、当然、軍の内部事情に影響を与えるつもりもございません」
「こちらとしては、ありがたいことですが。いいのですか。そんなことを簡単に君の立場で言ってしまっても」
 恭子には、この物言いがちょっと引っかかった。確かに恭子はただの秘書である。しかし今は柊社を代表して対応しているつもりだ。だからここはしっかり返したいと思った。
「『今は』構いません」
「強要はしないよ。指摘されれば、だだ弁明するだけだ」
 と、そのとき・・・。
「さっきも少し言ったけれど、軍は予算とそれによる分析能力の低下が深刻であることを、痛感していただけなんだ」と道彦が、口を挟んだ。
「・・・」恭子は口を出せなかった。
 道彦の発言は上司を補完しようしているものの、明らかに不適当。恭子は苦笑いしないよう我慢するのが苦しかったからだ。さすがにそれは道彦に悪い。
 ただ、我慢したのを佐伯に見破られてないかというと自信がなかった。
「柊中佐が、秘書の方を司令部に呼ぶと言った時にはどうかな、と思ったが。普通なら役員クラスと会うからね」
「しかし、あなたと直に会ってようやく理解できました。なかなかの人だ」
「恐れ入ります」
 恭子はおだてられ、ちょっと損ねていた機嫌を、現金にもあっという間に、直してしまった。
「私の見立てで恐縮なのだが、結局のところ、日本側も露西矢側も休戦協定の破棄だけは望んでいないのだよ」
「なぜなら、それは戦争の再開を意味するからだ」
「言い換えれば、状況は膠着しているとも、とれる」
「この状況を維持するにも、相応のお金がかかるのでしょうね」
「そう言うことです」
「以上で、こちらの用件は終わったんだが、そちらはどうかね?」
「柊社として、ありません、と言いたいところでですが、持ち帰って、後ほど、発言修正がない旨、ご連絡申し上げたいと思います。窓口は、柊中佐でよろしいでしようか?」
「もちろん」
「また、社を代表できるような立場でお会いできましたら幸いです」
「私は定年が見えて来たからなぁ。早めにお願いしますよ。君は面白い人みたいだからね、またお会いしたいものだ」
「では、失礼致します」
「はい、さようなら」
 恭子と道彦は静かに退室した。
 いくつか、社を代表する様な発言もあり、独断もあったかもしれないが、部長、相談役には、追認してもらえる自信が、恭子にはあった。
   *
 緊張から解放されつつ、司令部庁舎の階段を降りながら、話をしていた恭子は道彦に聞き返した。
「え、え、これで?・・・」
「そう、これで終わり」
 道彦は、歩きながらしれっと答える。
「じゃあ残りの出張1日半は?」
「もう何も用意してないよ。目的は既に達成したじゃない。双方の実状と今後の方針を確認しあったでしょう」
「それはそうですけど」
「全くヒヤヒヤしたよ。大佐にあんな調子でやり取りする人は、軍の中でもなかなかいないよ」
「そうなの?私は話しやすかったですよ。それは、ちょっとは緊張しましたけれど・・・。誰かさんが口を挟まなければもっと円滑にね」
「まあ、いいか」
「それじゃあ、残り丸1日使って、僕と旭川デートしよう!」
 まあ、この人はちょっと真面目だと思ってたら、すぐにおちゃらけてしまう。
「どうしてそうなるんですか?」
「えっ、したくないの?君は昔、旭川にいたんでしょ。思い出跡めぐりということでどう?その間に僕は母さん対策を考えるからさ」
「何回か会話して、真面目な方かと思えば、やはりただのお調子者ですか。それともやっぱりマザコン?」
「お調子者は少しなら認めるよ。でもマザコンはないでしょう。普通、母親が強烈な個性持ちだったら、そうじゃない人を選ぶはずだよね。僕も同じさ」
「はあ、そうなんですね」
「君が、母さんと同じ秘書だったからじゃない。別の面でも尊敬できる人だと思ったからだよ」
「わかりませんよ、私は相談役を上司として尊敬してますから・・・」
「あの人を尊敬かぁ・・・」
「それじゃあ、デートはともかくとして、これから一箇所だけ連れていって頂いてもいいですか?」
「しつこいのは多分、嫌われるからもちろんそれでいいよ。どこ?美瑛かな?」
「近いです。就実の丘」
「それはまた、地味だねぇ」
「小さい頃、父によく連れてきてもらいました。とても懐かしいです」
 恭子は、道彦も行ったことあるのかなと、ふと思った。


     つづき 第十四話 https://note.com/sozila001/n/n7299aecd4924

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