見出し画像

〝お好み焼き〟という宇宙

主食でもなく、おかずでもなく、そのどちらでもある。野菜、肉、たまご、小麦粉や麺、ソース・・・・・丸い一枚に食事に必要な要素がたくさん揃っている。そして、ただおいしく食べるだけではなく、鉄板を囲み焼き上がるまでの時間も楽しめるエンターテインメント性も持つ。〝お好み焼き〟の魅力は、あらゆる物と時間を無限に包み込む宇宙のようだ。 

文・撮影/長尾謙一 

オタフク「お好みソース」
(素材のちから第46号より)

〝お好み焼き〟と聞いて、まず浮かんでくるのはソースの香り。

〝お好み焼き〟という食べ物の不思議

唐突だが、〝お好み焼き〟を見ていると、まるで宇宙のように感じることがある。小麦粉、キャベツ、もやし、豚肉、麺、天かす、たまごなどの素材はまるでカオスのようで、これを揃えて焼き上げ宇宙を完成させる。焼き上がりをワクワクした気持ちで待ち、目の前に出されたあつあつのお好み焼きからは、〝お好み焼き〟を育んだ時間と、歴史という時間までもが懐かしく立ち上がってくるから不思議だ。

薄い生地にキャベツともやし、豚肉、麺、たまごが美しく層をなす

〝お好み焼き〟は地域によって違いがあって、〝広島お好み焼き〟〝関西お好み焼き〟〝べた焼き〟〝ねぎ焼き〟などをはじめとする多くのメニューは、それぞれ具材や焼き方にこだわりを持っている。そして、そのこだわりには地域の歴史と時間があらわれている。

〝広島お好み焼き〟は、戦後焼け野原になった広島で、アメリカ軍から配給されるメリケン粉を薄く溶き、わずかに手に入る野菜をのせて焼いたのがはじまりと聞く。当時はもちろん、麺も、たまごも、豚肉も入らないシンプルなものだったが、復興を目指す広島人にとってはなくてはならない食べ物となり独自の進化を遂げた。

すべてをまとめてくれるのがオタフクの「お好みソース」

〝広島お好み焼き〟の進化になくてはならなかったのがオタフクの「お好みソース」だ。広島のお好み焼き店の悩みを聞き、それを解決すべく開発された。

やがて復興が進むとキャベツ、豚肉、麺、たまごなどの具材が徐々に加わり今のスタイルが完成されたが、こうした変化にも寄り添いすべてをおいしくまとめていったのがオタフクの「お好みソース」だ。まさに〝ソウルソース〟と言える。

広島お好み焼き
生地1に対してキャベツは3とキャベツの量が多く、高温で蒸したキャベツの甘みと他の具材とのバランスを「お好みソース」で味わう。

用途は〝お好み焼き〟だけではない

オタフクの「お好みソース」は〝広島お好み焼き〟専用につくられたが、お好み焼き以外にもハヤシライスのような洋食をはじめ、揚げ物メニューなどに広く使われている。

ソースは「お好みソース」2・水1・赤ワイン1
フルーティーなハヤシライスに仕上がる

なぜそんなに汎用性があるのか? その秘密は〝健康志向〟にこだわる商品づくりにあった。

人々に喜びと幸せを届ける〝お多福〟を目指して100周年。

生産本部 本社工場 製造部 部長
廣畠 陽一郎 さん

「オタフクソース株式会社」 広島市西区商工センター7丁目
1922年11月、醤油類の卸と酒の小売業「佐々木商店」として創業、1938年に醸造酢「お多福酢」の製造販売、1950年にはウスターソースの製造販売をはじめる。ソースにとろみがなく鉄板に流れ落ちてしまうというお好み焼き店の悩みを、とろみのある「お好みソース」を生み出すことで解決した。以来、「お好みソース」は日本全国へ広まり、トップブランドとなった。

オタフクソース(株)の業務用「お好みソース」になんと8種類もの味の品揃えがある。お好み焼き用のソースにそんなにアイテムが必要なのだろうか? お好み焼きの世界も奥が深そうだ。そこで、創業100周年を迎えるオタフクソース(株)本社を訪ね「お好みソース」の歴史とそのおいしさの秘密を伺ってみることにした。


利益だけを考えるのではなく、お客様が求められているものをつくる

今回、「お好みソース」になぜ業務用だけで8種類もの味の品揃えがあるのかを伺うべく、オタフクソース(株)の生産本部の廣畠製造部部長を訪ねた。

まずは、ものづくりの考え方をお伺いした。オタフクソースといえば商品にレイアウトされている〝お多福〟のマークを思い出すが、このマークも、そしてオタフクソース(株)の社名も創業者・佐々木清一氏が1938年に作った醸造酢〝お多福酢〟に由来している。〝お多福〟には多くの人に福を広めるという意味が込められている。

〝お多福〟の、いつも笑顔を絶やさない〝細い目〟、謙虚な姿勢〝低い鼻〟、控えめで無駄口を言わない〝小さな口〟、聞く耳を持つ〝大きな耳〟、心身ともに健康な〝ふくよかな頬〟、そして聡明で賢い〝広い額〟は心の美しさを表していて、世の中の平和と幸せを望む象徴として、心の美人である〝お多福〟を自らがつくる商品の名前に選んだ。

こうして〝お多福〟のものづくりは〝人々に喜びと幸せを広めることを自らの喜びとする〟という佐々木氏の考えのもとにはじまった。

そして、企業として利益だけを考えるのではなくお客様が求められているものをつくるという愚直で真面目な姿勢は、創業100周年を迎える今も営業・生産活動の揺るぎない基盤になっている。

広島のお好み焼き店と一緒につくり上げたソース

さて、「お好みソース」はいつできたのだろうか。次に「お好みソース」の歴史について伺った。

オタフクソース(株)は、今でこそお好み焼き用ソースのトップブランドだが、ソースメーカーとして後発だったために、〝お多福ウスターソース〟を製造販売しはじめた頃はとても苦戦したという。

そこで、屋台や飲食店を一店一店直接訪問し、自社の商品について意見を聞いて回った。当時広島のお好み焼き店はウスターソースを使っていたのだが、サラサラと鉄板に流れ落ちるため、おいしい香りは立つのだが蒸発して残らなかった。どのお店もお好み焼きに合うソースが無くて困っていたのだ。

そこで、お客様が困っているのならそれを解決するものをつくるのが自分の使命と、何度もお客様の店に足を運び、「これは甘い。」「まだ酸っぱい。」「もっと粘度が欲しい。」などと指摘を受けながら試行錯誤を重ねた。

そして1952年に今までになかった、とろみのあるお好み焼き用の「お好みソース」が誕生した。

「お好み焼き用」ソースを1952年に発売

こうしてでき上がった「お好みソース」は、受けつがれるものづくりへの情熱と、広島のお好み焼き店が一緒につくり上げた「広島のお好みソース」といっていいだろう。

「お好みソース」のおいしさの秘密

それでは「お好みソース」のおいしさの秘密を教えていただこう。

秘密の一つ目は圧倒的にたくさんの野菜・果実を使っていることだ。原材料表示を見るとトマト、デーツ、玉ねぎの名が最初に並ぶ。トマトは数種類をブレンドし、使用するデーツの一部は自社で洗浄してピューレに加工するという手間のかけようだ。天然原料由来の自然な甘みや、まろやかなコクとうま味が溢れている。

貫かれているコンセプトは、〝健康志向〟。原料は天然のものを基本的に使う。天然の原料は毎年とれる時期や品質も変わってくるが、微調整をかけて商品の品質を安定させる。

次の秘密は、塩分が低く、酸味がまろやかなことにある。もともと醸造酢のメーカーであることをいかし、湧き出る軟水を使って自社工場で専用の酢をつくり使用する。

さらに香辛料だ。シナモン、生姜、クローブなど約20種類の香辛料をブレンドして豊かな味と香りを付与している。

最後の秘密が粘度である。この粘度こそ「お好みソース」を生み出すための最大の難関だった。

野菜・果実のパルプも使うことで、お好み焼きに最適のとろみを出している。具材へののりがよく、染み込みにくいため、時間が経ってもおいしさはそのままだ。


「お好みソース」おいしさの秘密

①豊富な野菜果実 トマト・デーツ(なつめやしの実)・玉ねぎ・りんごなどの野菜・果実主体のソース。原料由来のまろやかさとコク、うま味がお好み焼きを引き立てる。

②低塩・低酸 塩分値が低く、やさしい味で素材本来のうま味を壊さない。塩分は食塩相当量4.8g(100g中)で、酸味がきつくなく、口当たりがマイルド。また、お好みソースの原料であるお酢は、日本三大酒どころである「西条」にほど近い広島県三原市大和町にある自社工場で製造しており、この地に湧き出る水はまろやかな軟水として知られている。でき上がったお酢は、ツンとこないまろやかな味わい。
③香辛料 シナモン・生姜・クローブなど約20種の香辛料をブレンドすることで、豊かな味と香りを生み出している。

④適度な粘度 具材に対して染み込みにくく、のりやすくしている。そのため経時変化に強く、フライの衣などにもしっかりと残り、料理を引き立てる。


「お好みソース」の用途がお好み焼きだけではないことはすでにご説明したが、ハヤシライスを食べた時に感じるフルーティーなおいしさは、たくさんの野菜・果実を使っているからであり、揚げ物などに使われるのは、ソースがフライなどの衣の表面にしっかりと残るからだ。なるほど合点がいく。

この汎用性の高さは〝健康志向〟にこだわる商品づくりに秘密があるのだ。

「お好みソース」に8種類もの味がある理由とは。

ソースが何種類もあるのは、それだけいろいろなお好み焼きや料理の形があるからだ

実は業務用として発売されている8種類の「お好みソース」の他に、家庭用商品などを加えると、オタフクソース(株)にはお好みソースだけで何十種類もあるのだそうだ。このバリエーションの豊富さはオタフクソース(株)がお客様の要望に応える形で成長してきた証と言える。

たとえば辛口のものが欲しい、凄く辛いものが欲しい、もっとコクのあるものが欲しい、こうした要望に応えて試作を繰り返して商品をつくっていく。70年前に「お好みソース」をつくり上げた頃と少しも変わらない。

お好み焼きの決め手はソース。うま味、酸味、辛味、甘味のバランスが違う8種類の「お好みソース」のラインナップから自店に合ったアイテムが選べる。あらためて自店のソースのポジションを確認して、おいしいメニューづくりに役立てたい。

ソースが何種類もあるのは、それだけいろいろなお好み焼きや料理の形があるからで、一つ一つのお好み焼きをおいしくするためにはどんなソースがいいのかを考え抜いた結果、生まれたのが8種類ということなのだ。さらに今後どういうお好み焼きが流行るかによってまたそれも変わっていくという。

たとえば関西のお好み焼きは生地にだしがたくさん入り、広島のものに比べて生地の量もかなり多い。さらにかつお節をふり、マヨネーズもかけるため、こうした強い味に負けないように使用するソースにもだしを効かせてちょっと酸味を強めにする傾向が一般的なようだ。

関西お好み焼き

また、「お好み焼たべたいソース」は、関西のお好み焼き好き1000人に大阪ドームに集まってもらって、どのソースがおいしいですか? どのソースが関西のお好み焼きに合いますか? と共同開発した商品だ。こうした徹底した顧客志向には頭が下がる思いだ。

さらに、「お好み焼関連商品」も充実している。豊富なお好み焼粉や天かす・いか天などを見ていると、その商品の先にさまざまなお好み焼き店の様子が見えるような気がする。

世界中の人々に〝福〟を広める

オタフクソース(株)は〝小さな幸せを、地球の幸せに。〟をコーポレートスローガンに掲げている。おいしいお好み焼きがあることで、人が集まり団らんが楽しく、やさしく、そして心地よくなる〝小さな幸せのありがたさ〟を世界中に広げていこうとしているのだ。

これからの世界状況は予測することができない。しかし、おいしいものがあれば、人々の心が和むことは間違いない。広島で育った食文化が人々の心をつなぐエネルギーとなり、世界中に元気と笑顔を生み出していく未来に期待したい。


協力/お問い合わせ:オタフクソース株式会社

(2022年9月30日発行「素材のちから」第46号掲載記事)

※「素材のちから」本誌をPDFでご覧になりたい方はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?