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《スペイン情報》 素朴な景色とジビエ料理を楽しもう

週末は田舎を訪れて 
ヨーロッパで定着している美味しくて特別感のあるシビエ料理のすすめ 

文・撮影/市川路美 

週末は美しい景色と美味しい料理を求めてショートトリップ

スペイン最大のカスティージャ・ラ・マンチャ地方は、乾いた土地を意味します。その名の通りの景色が続く中、突如現れるベルモンテ城。

完全な形を今に残す

スペインで最も保存状態の良い城で、カスティージャ・ラ・マンチャ地方を代表する観光地です。

ベルモンテの町
由緒ある教会
古い建物をリフォームした郵便局

城は軍事施設なので難攻不落な自然条件の中に造られる事が多いのですが、ベルモンテ城は町外れのなだらかな丘の上にあります。

丘の上に佇むベルモンテ城

自然の要塞の代わりに町まで長く伸びる壁を作り、一番厚い部分で4メートルある頑丈な壁で城を囲み、城内にアクセス出来る3つの城門は二重にして防御性を高めました。

町まで続く城壁

ベルモンテ城を造ったのは、当時かなり力を持っていた豪族のフアン・パチェコ氏。城の建設中にカトリック両王が城や頑丈な家の建築を禁止したので、計画ではもっと高くなるはずだった6つの塔を22メートルに抑え、出来るだけ目立たない形で完成にこぎつけました。

城の中庭

そのせいかスペインの数ある他の城とは様子が異なり、城と豪邸の中間のような印象を持ちます。15世紀の建築当時と全く変わらない完全な形を今に残すので、スペイン映画の「女王フアナ」をはじめ、「エル・シド」や「グレート・ウォリアーズ」などの外国映画の撮影地にもなりました。

彫刻が美しい木の天井
全て本物のコレクション
天蓋付きのベッド

多くの人がこの美しい城を目当てにベルモンテを訪れるのですが、この町を訪れる理由はもう一つあります。ジビエ料理です。週末となると周辺の大きな町からやって来て、ジビエ料理を楽しむスペイン人達で賑わいます。

スペインは昔から狩猟が盛んな国です。狩猟はスポーツとして楽しむので、狩った動物の肉はその土地の人達に売却します。そのため狩りの盛んな地方では、ジビエ料理を提供するレストランが多いのです。山や野を駆け巡り、大空を舞っていた動物の肉は、養殖の肉とは比べようのない美味しさ。脂肪分が少なく、力強い生命力に溢れた野生の動物の肉の味は格別なものです。

本来ジビエ料理とは、自分の領地で狩猟を楽しむ一部の上流階級の人達しか味わえないものでした。その後一般市民にも浸透したのですが、19世紀後半になると乱獲によって野生動物の生息数が減少します。ジビエ料理は再び貴重なものとなり、元からある「高貴で特別な料理」のイメージが定着しました。

現在は狩猟規制が厳格化され、野生動物の数が増加傾向にあります。特に鹿の数が増えていて、鹿肉を扱うレストランが多くなってきました。スポーツとしての狩猟では、鹿は角を持つ雄に人気が集まります。鹿は一匹の強い雄が多くの雌を囲う性質を持つので、雄より雌が多いアンバランスな状態でも問題となりません。雌の鹿が捕獲される事が少なく、その雌の繁殖力が強く、更には天敵であったオオカミも絶滅した事で、近年鹿の個体数が大幅に増えてきているのです。

鹿肉を使った特別感のある美味しい料理

野生の鹿で一番美味しいのは若い雌の鹿。中でも一番美味しい部位はロースです。かなり希少価値があるので、高級レストランでしか食べられない最上級の食材。若い雌の鹿に限らず、ロースの部位はとても柔らかいので、ただ焼くだけで最高の美味しさです。

ベルモンテのレストランでも、かなりレア目にフライパンで焼き上げ、バルサミコとベリーを使ったソースがかけられていました。

若い雌の鹿肉のロースを使った一品

野生の肉は寄生虫や食中毒の問題があるので、中までしっかり焼いて食べるべき食材です。スペインは狩猟の肉にはかなり厳しいチェックがあるから大丈夫、と自身に言い聞かせながら食べました。新鮮だからこそレアに近い状態で食べさせてくれたのだと思いますが、気になる方は焼き加減を事前にしっかり強調した方が良いです。

獣臭さが皆無なので、ローズマリーは装飾に近い形で使われていました。年をとった鹿肉、特に雄の肉は固くてクセがありますが、しっかり血抜きすればかなり緩和されます。それにスペイン人はこのクセの強さを好む傾向にあります。チーズと同じで、クセがあればあるほど美味しいと思う人が多いのです。

固い肉も圧力鍋で調理すれば驚くほど柔らかくなります。ワインと一緒に月桂樹、タイム、ローズマリーなど香りの強いハーブをたっぷり加えて煮込みます。圧力鍋で煮込む前に、大量のオリーブオイルとニンニクでしっかり焼き目を付けるのが美味しさの秘訣なのだそう。基本的にはワイン、ニンニク、ハーブ、粗塩でシンプルに味付けして、鹿肉独特の風味を味わいます。塩分はジビエ肉のクセのある味に負けないよう、かなり濃い目。なのでフライドポテトとパン、地元のワインがどんどん進みます。

鹿肉の煮込みが入ったクリームコロッケも、とても美味しかったです。

鹿肉の煮込み入りクリームコロッケ

これらの料理は高級レストランではなく、町の食堂みたいな所で味わえて、お値段も安いです。安いとは言え、狩猟の肉は何処ででも食べられる訳ではないので特別感があり、同時にジビエ料理は高貴なイメージを持ちます。だからこそ遠くから車でわざわざ訪れて、ジビエ料理を楽しむスペイン人が多いのです。

ジビエ料理を日本で流行らせたい

鹿肉のカロリーは、牛肉や豚肉に比べて3分の1位しかないのに、タンパク質は2倍あります。脂質は10分の1以下、鉄分は3倍で、その鉄分はヘム鉄と呼ばれ人間の体に吸収されやすい特徴を持ちます。

糖尿病や高血圧などの生活習慣病の人、メタボリックシンドロームが気になる中年以降の人、育ち盛りの子供達や貧血気味の女性にも最適な食材です。

栄養価が高く、健康と美容に良い鹿肉はスペインだけでなく、全世界がもてはやすスーパーフード的な存在。なのに日本では鹿肉をはじめとしたジビエ料理のイメージがあまり良くないのが現状です。

日本では野生の鳥獣が増え過ぎてしまい、農林業や自然環境に大きな打撃を与えています。鹿やイノシシが田畑を荒らして農作物を食べ、杉やヒノキなどの樹皮も食べてしまいます。

2008年には鳥獣による農林水産業等の被害防止のため、特別措置をとる法律が制定されました。捕獲体制が強化され、今後も継続的に捕獲していく必要があります。

だからこそ日本人も鹿肉をはじめとしたジビエ料理をもっと食べるべきなのですが、害獣のマイナスイメージがあり、更にはジビエ料理は獣臭くて不味い、との認識があります。スペインやヨーロッパのようにジビエ料理が美味しくて特別なものとは捉えられていません。獣臭さはしっかりと血抜きする事、そして食肉に加工されるまでの時間が速いと大幅に緩和されます。

日本固有のニホンジカは、個体が小さい分肉質も繊細だと言います。日本の風土気候で育った鹿なので、外国で食べる鹿肉より断然日本人の舌に合うはず。今後日本のシェフの方達が、日本人の口に合う美味しいジビエ料理を流行らす事で、一石二鳥の素晴らしい結果となるのではないでしょうか。

更に欲を言えば、美しい田舎の風景とジビエ料理、この2つはセットとして売られるべきです。都会でジビエ料理を食べるのではなく、田舎へ足をのばしてジビエ料理を楽しむ。そうなれば地方も活性化されます。

ヨーロッパの人達はジビエ料理に特別な思いを持ちます。最終的に日本のジビエ料理を目当てに多くの外国人観光客が日本の田舎を訪れるようになったら最高だと思います。日本のシェフの皆さん、是非美味しいジビエ料理を開発して下さい。


(2021年6月30日発行「素材のちから」第41号掲載記事)

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