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《ベルギー情報》 ベルギーとチョコレートの甘い関係

カカオを生産しないベルギーが、チョコレートで世界的に有名になった理由 

文・撮影/市川路美 

チョコレートとヨーロッパそしてベルギーの関係 

チョコレートといえば、多くの人がベルギーを思い浮かべるのではないでしょうか。ベルギーはゴディバをはじめ、チョコレートの有名なトップブランドを数多く抱えます。カカオを生産しないベルギーが、なぜこんなにもチョコレートで有名なのでしょうか。

チョコレートのもととなるのがカカオ。発祥の地は南米のエクアドルで、今から5300年ほど前から栽培されていたといいます。

カカオの実

南米や中南米で親しまれていたカカオをヨーロッパに持ち込んだのは、スペイン人のコルテス将軍。1519年にメキシコに遠征したコルテス将軍が、戦利品と一緒にカカオをスペインに持ち帰り宮廷に広め、すぐにヨーロッパ全体へと広まりました。

時がたちチョコレートの人気がたかまると、ヨーロッパ列国は植民地支配していたアフリカの国々で、先住民や黒人奴隷などの安価な労働力を使ってカカオをプランテーション作物として栽培するようになります。こうしてカカオはヨーロッパ人のものとなり、ヨーロッパがチョコレートの本場となったのです。

現在、ヨーロッパは世界最大のチョコレート産地となっていて、カカオ豆の世界需要の半分を消費しています。スイスのネスレやイギリスのキャドバリーをはじめ、世界的規模の大手チョコレートメーカーがヨーロッパに集結しています。

ベルギーもしかりで、かつてのベルギー国王レオポルド2世は、他のヨーロッパ諸国が手をつけていなかったコンゴを個人の財産で購入して植民地化し、カカオの木のプランテーションを一気に進めました。世界最古、そして最大のチョコレートアカデミーも作られ、ベルギーにチョコレート産業が発展していきました。

チョコレート大国が揃うヨーロッパで、なぜ小国ベルギーがこれほどチョコレートで有名になったのでしょうか。ベルギーはチョコに対するこだわりが、どの国よりも強いんです。

ベルギーのチョコは、カカオバターを100%使用して作ることが決まりとなっています。カカオバターはカカオ豆を搾油して作る植物油脂で、チョコレートにとろけるような滑らかさを与えます。

1999年、EUにおける経済通貨が統合され単一通貨のユーロが誕生すると、EU圏内では通貨のみならず、色々なことが次々に統合されていきました。その中にはチョコレートの規格も含まれます。

ブルージュ市庁舎
美しいブルージュの街並み

チョコレートとは何なのか。ベルギーをはじめ、フランス、ドイツ、イタリアなどは、カカオバター以外の油脂を使用したものはチョコレートとは呼べないと主張しました。混ぜ物をしたチョコレートはまがいもので、それをチョコレートと呼ぶと商品全体のイメージが損なわれるとしたのです。

一方でイギリス、アイルランド、ポルトガル、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなどは、人々の好みに応じてカカオ以外の油脂が入っていてもチョコレートであることには変わりがないとし、自由がないのは自由貿易の理念に反すると意見が対立したのです。

世界で異なるチョコレートの定義

EUは世界最大のチョコレート生産地であると同時に、世界で一番チョコレートを消費している地域です。国民一人当たりの年間チョコレート消費量が世界一となっているドイツでは、1年に約5キロを消費しています。ドイツに限らずEU諸国はどこも似たような消費量で、平均的な日本人のチョコレート消費量の4〜5倍となります。

世界最大のチョコレート生産地で消費地域となれば、チョコレートの定義を決定することは、数あるEU決議の中でも経済的にかなり重要なことでした。投票の結果、EU全域でカカオ豆以外の油脂が含まれるものも、5%までの範囲内ならチョコレートの名を使ってよいと決定されました。このEUチョコレート規定が出来たことで、安価なパーム油を使ったチョコレートを生産するようになった国もあります。

それでもベルギーは、今でも頑なにカカオ以外の植物油脂を使用しないチョコレートを作り続けています。このこだわりの強さが信頼感につながり、チョコレートといえばベルギーとなったのではないでしょうか。

ベルギーのチョコレート専門店

2007年からは呼称が保護され、ベルギーで作られたチョコレート以外はベルギーチョコレートを名乗ることが出来なくなりました。今後もチョコレートと言えばベルギーの立ち位置は、変わらないのではないでしょうか。

ベルギー発祥チョコレートボンボン
色々なフレーバーの板チョコ

ちなみにEU諸国がチョコレートの定義をカカオバター分95%以上としているのに対し、日本では12.6%以上あればチョコレートと呼んでいいことになっています。それ以下のものはチョコレート菓子と呼んで区別していますが、いずれにせよEUに比べれば日本のチョコレートの基準はとてもゆるいもの。
ヨーロッパの基準と照らし合わせれば、日本のチョコレートはチョコレートには属さないのですが、それが反対にヨーロッパの人達には新鮮にうつるようで、お土産に日本のチョコレートを喜々として買って帰る人が結構多いです。

チョコレート存続の危機

ヨーロッパだけでなく世界中で愛されているチョコレート。しかし現在、チョコレートは危機的状況を迎えています。

チョコレートの元となるカカオの木は、アオギリ科の5メートルから10メートルほどの常緑樹。カカオはカカオベルトと呼ばれる赤道の南北20度、いわゆる亜熱帯の地域でしか栽培できません。カカオの木は限定された条件の元でしか発育しないからです。平均気温が27℃以上、年間を通じて気温の上下幅が狭く、高温多湿の気候。年間降水量は1500ミリから2500ミリ、湿度は70%から80%必要です。

カカオの難しさは、気温は最低でも18℃必要なのに暑さに弱い食物なので32℃以上あると腐ってしまうことです。日差しと乾燥はカカオにとって大敵。現在、ガーナとコートジボワールだけで地球上のカカオ生産量の50%以上を占めているのですが、この2か国、2050年までに気温が2℃近く上昇する見通しです。そうなると高温多湿を好み、乾燥や日差しに弱いカカオの栽培は壊滅的状況に置かれる可能性が高いです。

ガーナやコートジボワールに限らず、近年の地球温暖化の影響で干ばつと異常気温が続き、世界中のカカオ生産地に大きな影響を与えています。
近い将来チョコレートはキャビアなどの希少品と同様、高級食材になってしまうのかもしれません。

チョコレートの未来

チョコレートの未来を救うために、既に世界中で多くの対策がとられています。有名なチョコレート製造会社のマースはカリフォルニア大学と提携し、カカオの遺伝子編集による品質改良を目指しています。現在より乾燥し、気温の高い環境でもカカオの木が生き残れるように、DNAやゲノムを必要に応じて編集する技術を開発しているのです。

その他にも、同じカカオでも乾燥に強い特定の品種に植え替えたり、直射日光や風を遮るためにバナナなどの木を隣に植えたり、色々な試みが行われています。ブラジルでは熱帯雨林の木陰にカカオを植え、カカオに日陰を作る伝統的な農法も復活しました。

チョコレートを守るために世界中で色々な対策がとられているにもかかわらず、チョコレートの未来には暗雲が垂れ込めているのが現状です。2050年までにチョコレートが消失するという学者も多いです。カカオがなくなってしまえば、ベルギーのようなこだわりの強い純粋なチョコレートもなくなってしまいます。後悔のないように、今のうちに沢山食べておきましょう。

 

(2022年9月30日発行「素材のちから」第46号掲載記事)

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