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《トルコ情報》 メルジメッキ・チョルバス

トルコの人達の不安な心と体を温めるためのスープ 
親日国家トルコを襲った大地震、日本とトルコの強い絆 

文・撮影/市川路美 

地震大国のトルコ、そして被害状況 

2023年2月6日の午前4時すぎ、シリア国境に近いトルコ南東部をマグニチュード7.8の巨大地震が襲いました。その約9時間後、付近で再びマグニチュード7.5規模の大地震が発生し、被害は更に拡大してしまいます。

地震のエネルギー量は1995年に発生した阪神淡路大震災の30倍、内陸で起きた地震としては最大級です。長さ100キロ以上にわたる断層線に沿って地震が発生したため、広い範囲の建物に大きな被害をおよぼしました。

確認された死者の数は、トルコで4万5千人近く、隣国のシリアで6千人近く、2つの国で5万人以上となってしまいました。

これほど多大な犠牲者が出てしまったのは、巨大地震が人口の密集した生活圏を襲ったからです。古く弱い構造の建物が密接していた地域では、多くの建物が連鎖的に横倒しになってしまいました。

トルコは地震が全くない国ではありません。ユーラシア、アラビア、アフリカ、アナトリアの4つのプレートが複雑に入り組んだ場所に国があります。加えて国の北部を東西約1200キロメートルにわたって横断する北アナトリア断層を筆頭に、数多くの断層が存在します。日本と同様、いつ地震が起きてもおかしくない国で、実際に幾度も大地震に見舞われています。マグニチュード5.5以上の地震が発生する確率が世界で6番目に高い(ちなみに日本は4番目)、地震大国の一つなのです。

トルコの市場バザール
トルコの喧騒

1999年にトルコ北西部イズミットで起きたマグニチュード7.6の大地震では、およそ2万棟の建物が被害を受け1万7000人の尊い命が失われてしまいました。この悲しい過去の震災の経験から、トルコ政府は建築基準を改め、鉄骨・鉄筋で補強した高品質コンクリートの使用や、建物が揺れの衝撃を吸収する柱や梁をめぐらせることを義務付けするようになりました。

今回の地震では16万棟を超える建物が全壊、または半壊しています。そして、崩壊した建物の中には、新築の集合住宅や最新の耐震基準に沿って最高の建築材料で建てられた高級住宅団地も含まれていました。法で定められた耐震規制を全て順守していれば、今回のような巨大地震でもかろうじて耐えられたはずの建築物でした。

トルコ政府は建築請負業者や開発業者600人以上を建築規制法違反の疑いで捜査し、180人以上を逮捕しました。同時に経済成長を優先し、その原動力として建築ブームを推進するために、適正な建築基準を徹底させなかったレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領率いる政府にも、大きな不満の声が高まっています。

しかし、今必要なのは責任がどこにあるのかを追求することではありません。重傷者に対する医療体制や家を失った人達への支援物資が十分ではないと報じられています。

今後避難生活が長引けば、被災者の方達がうつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するおそれもあります。

何よりもトルコ南部の2月から4月の気候は、寒さも厳しく雨が多いのです。多くの人達が不安な気持ちを抱えたまま、寒さに耐えていかなければなりません。

被災地の人達の心と体を温めるスープ

メルジメッキ・チョルバス

今、トルコの人達に一番必要なのは、温かいスープなのではないでしょうか。特にトルコの人達はスープが本当に大好きです。毎日必ずスープを飲むので、トルコには色々なタイプのスープが存在します。

数あるスープの中で、トルコ全土で食されていて、一番人気を誇るのがメルジメッキ・チョルバス、レンズ豆のスープです。家庭料理の定番中の定番で、どのレストランのメニューにも必ずあります。材料や作り方はシンプルなのですが、作る人の数だけレシピがあるとされています。

確かにトルコ滞在中に何度も色々な場所でメルジメッキ・チョルバスを食しましたが、似てはいても全く同じ味のスープはありませんでした。

赤または黄色のレンズ豆を野菜と一緒にコトコト煮込んで作るスープです。入れる野菜は人それぞれ。基本的には玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモでしょうか。レンズ豆を使用したスープは世界各国に存在しますが、トルコのメルジメッキ・チョルバスはとても独特です。肉類を全く使わず野菜だけで作り、煮込んだ最後にハンドブレンダーで攪拌しポタージュ状にするのです。

味付けは作る人次第で、基本的には塩、コショウ、クミンくらいでとてもシンプル。コンソメなどを入れて作る人もいますが、出汁類を入れなくても深い味わいが出ます。

そのまま食べても十分美味しいのですが、トルコの人達は食べる直前にレモンを絞る人が多いです。唐辛子パウダーを入れたオリーブオイルや焦がしバターをかけて食べると風味が増して更に美味しくなります。

食べる前にレモンを絞って
唐辛子パウダー入りオイル

メルジメッキ・チョルバスはトルコの人達にとって家庭の味そのもの。幸せの象徴なので、口にすると何だか心がほっこりします。優しい味のする味噌汁のようなスープなので、毎日食べても飽きません。メインとなるのがレンズ豆なので、栄養価も抜群。だからこそ今、寒さに凍え、不安で押しつぶされそうになっているトルコの人達に一番届けたい料理なのです。

国全体が親日家のトルコ

トルコはとても親日的な国であることで有名です。

私がトルコを訪れた時も、多くの人達から「日本が大好き」と声をかけられました。

近年の日本料理、そしてマンガやアニメブームの他に、明治時代のエルトゥールル号事件の影響が大きいです。

1890年、オスマン帝国が日本に派遣した親善使節団が乗船する軍艦が、台風による強風で和歌山県の紀伊大島沖合で沈没してしまいました。

島の住民達が総出で協力し、捜索と救助、生存者の介抱にあたりました。乗船していた587人は亡くなってしまったのですが、69人を助けることができました。この出来事はトルコの教科書に掲載されているので、多くのトルコ国民がこれをきっかけに親日家になったといいます。

1985年、イラクのフセイン元大統領が「48時間後、イラン上空を飛ぶ航空機を、無差別に攻撃する」との声明を突然発表しました。当時、イランに滞在していた外国人たちは慌てて出国するのですが、各航空会社は自国民を優先して搭乗させたため、215名の日本人が取り残されてしまいました。そんな絶望的な状況下で、トルコ政府は直ぐに2機の救済機を送り日本人全員を救済してくれました。

明治天皇からエルトゥールル号の救済活動の費用を申し出るようにいわれた時、島民達は当たり前のことをしたまでとして断ったといいます。そしてトルコ政府もまた、日本人救済のために航空機を出した理由を問われると、「エルトゥールル号の借りを返したまで」と答えました。

2011年の東日本大震災の時にも、いち早く救助隊を派遣し、各国の中で最長となる3週間の救助活動を行ったのもトルコです。そんな親日国家のトルコが今、大きな苦境に立たされています。

トルコの全ての人達に、この温かく優しい味のスープが行き渡り、トルコらしい喧騒と賑わいを一日も早く取り戻せることを心から切に願うばかりです。

トルコの奪われた日常
お茶を楽しむトルコ人達
ショッピングを楽しむトルコ人


(2023年3月31日発行「素材のちから」第48号掲載記事)

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