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最適解を疑うということ

iPhone、Youtube、Amazon、Spotify、Nintendo Switch
最近、私がよく使う機器やコンテンツの一例だ。

気づくと、日常は限られたものの使用に集中している。

これらのものは、大変便利なもので私の生活を豊かにしてくれる。

私の知らない誰かが作ってくれた、言わば最適解のようなものたち。

私はその作られたものを消費し続けている。

果たして、これでいいのだろうか。

見知らぬ誰かが創造したものを何の疑いもなく使用する日々。

この受動的な消費行為は、発展を生み出さないのではないか。

iPhoneという凄い発明品になってくると、これこそが最適解で欠点など疑いようもなく無条件に受け入れてしまう人がほとんどではないだろうか。

もし、これが携帯電話ではなく、別のものではどうだろうかと疑うことが大切なのではないかと思う。

その別のものが自分が心からワクワクするものであれば、自分で作ってしまうでもいいし、仲間と作るのでもいいかもしれない。

つまりは、自分で好奇心を生み出せるか、楽しめるか、味わえるか。
一方的な受動ではなく、能動に転換する行為が求められるのではないか。

そんなことを考えている。

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