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シュレディンガーさんちの猫ちゃん

 みなさん「シュレディンガーの猫」をご存知ですか? 量子力学の不確定性を説明するのによく持ち出される、箱の中に入った半分生きてて半分死んでいる猫のことです。文章にして説明してみるとなんのこっちゃだけど、要するに、とある理論の説明のための概念上の猫さん、ということです。
 なぜこんな話をしているのかというと、先日ある女子高校生の授業中にこの猫ちゃんが出現したから。たしか"based on"というフレーズを説明するのに、「シュレディンガーの猫の話は量子力学の不確定性に基づいている」みたいな例文を出したんだったと思う。取り敢えずふと思いついた例文を言ってみただけなんだけど、その時の彼女のリアクションが面白かったので、思い出しながら文章にしているわけです。
「シュレディンガーの猫は知ってる?」
「いえ、知らないです。(でも猫ちゃんですよね! ふんす)」
 という具合に猫好きな(だと推測する)彼女の琴線に触れてしまったようでずっとニコニコしているので、思わずちょっとたじろいでしまった。実際には人間の残酷な実験に使われる(仮想上とは言え)可哀想な運命の猫なんだけど、彼女の中では「シュレディンガーさんちの可愛い猫ちゃん」みたいなイメージになっていそうで、本当の所を説明するのが申し訳なかった。
 でも確かに、何も知らずに「シュレディンガーの猫」と聞けば「シュレディンガーさんちの猫ちゃん」や「シュレディンガーという地の猫たち」を連想しても(「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のように)無理はないかもしれないとも思う。
 シュレディンガーさんちの猫は、年老いたメスの猫である。足腰はだいぶ弱くなったけれど、目や耳はまだしっかりしていて、家の窓の前を街の野良猫が通り過ぎると、シュレディンガーさんに警告の声を「なおん」と挙げる。その他にはシュレディンガーさんちの猫はあまり動かない。日当たりのいい台所の、窓が見える椅子に座って、白い手袋をはめたような前足に顔を埋めてじっとしている。彼女の脳裏には、巣立っていったシュレディンガーさんちの子供たちや、自分を通り過ぎていった何匹かのオス猫の顔が浮かんでは消えしている。彼女は路地裏で生まれ、目も開かないうちにシュレディンガーさんに拾われたので、実の母親の顔は知らない……
 とかあほなことを考えていると、時間ってあっという間に過ぎていきます。僕もいつかシュレディンガーさんちの猫さんのような猫を飼いたい。

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