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腑に落ちない宣教師たち

 この間授業が終わって教員室に戻ってくると、生徒から「外に先生宛にお客さんが来てます」と声をかけられた。特に来客の予定は無かったので、「?」と思って外を見てみると、笑顔の白人男性二人がこちらを見て手を振っている。パリッとした白いワイシャツにスラックスといういでたちで、まるで見覚えがない二人だ。
 わけが分からずに、そのまま「?」という顔のままでいると、声をかけてきた生徒が説明してくれた。彼女の話をまとめると、朝の授業に遅刻してきた彼女が(遅刻するなよな)道を歩いていた時に、困り顔の白人男性二人に英語で話しかけられたのだそうだ。彼女は親切なので彼らの話を聞いてあげると、どうやらこの辺りでご飯を食べる店を探しているとのことだった。彼女は近辺の飲食店事情に詳しくないので、「それならうちの学校に英語が話せる先生がいるから聞いてみればいい」ということで、その二人を引っ張ってきたのだということである。
 まあ別に構わないんだけど、僕も次の授業があったし、取り敢えず生徒を教室に行かせて外に出ていくと、その白人男性二人はにこやかに挨拶をしながら「実は僕らは教会の人間で……」と切り出してきた。「ここは学校ですよね? 僕たち、何か英語関連でお手伝いできればと思っているんですけど」
 そう言われても、こっちは美味しい焼き魚を出す定食屋のことを考えていたので、一体何のことやらである。「えーっと、確かにここは学校の一種ですけど……」と僕が状況を飲み込めないまま言うと、
「僕たちはボランティアでいろいろな所で英語を教えているんです。もしネイティブスピーカーと話す機会を作ったり、そういうこと考えているのであればお手伝いできると思うんです」
 と、ここまできて僕はようやくピンときた。要するに、この人たちは教会(おそらくアメリカのユタ州に本拠地があるあれだ)の宣教師で、その活動の一つとして日本で英語を教えたりしているのだろう。それで布教活動中にうちの生徒に声をかけ、彼女の親切心のおかげで僕と会話をしているのだ。
「んーと、つまりあなた方は教会の人間で、ここでボランティアの英語講師の需要がないか尋ねているということ?」
「ええ、ええ、そうです。でも授業中に教会や宗教の話はしませんし、気になるようだったらこれ(といって胸元のバッジを指した)も取ります。実は僕たちはこの近所に住んでて、この建物のことは気になってたんですよ」
 ということは、近所のご飯屋を探している話も嘘ということになる。釈然としない気分だったけれど、取り敢えず次の授業も迫っていたし、「ボスに聞いてみないとなんとも言えないから、今日のところは連絡先だけ教えて帰ってよ」という話をしてお引き取り願った。去り際に彼らは自分の名刺を差し出しながら、「僕たち、日本語も話せますから」と最後に一言だけ日本語で告げて帰っていった。なるほど、そりゃそうだ。日本で布教活動してる宣教師が日本語を全く話せないわけがない。
 という感じで、モヤモヤとした気持ちのまま僕は次の授業に向かったのでした。モヤモヤポイントをまとめると、

・なぜ日本語が話せるのに英語で生徒に話しかけたのだろう?
・宣教師がそんなに気軽に嘘をついて良いものなのだろうか?
・無用の長物となった僕の頭の中の「美味しいご飯屋リスト」が空しくはためく
・「どうです、困っていた外国人を英語で助けてあげたんですよ。良いことしたなぁ。むふん」と得意顔だったうちの生徒の親切心(と自尊心)を思うと何だかいたたまれない。

 というあたりである。特に実害は無かったんだけど、なんだか腑に落ちないまま日々が過ぎていきます。

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