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三月下旬の夜は、

わけもわからずに僕はただ
夜のキッチンでパンが焼きたくなった
甘く切ない、春の匂いの酵母
ミモザ色のコーンミール
パセリにセージ、ローズマリー、タイム

トタンの屋根には雨音
遠く、丘の下からは
車が走り去る おぼろげな音が聞こえる

三月は驚くくらいに
足早に去っていくのだと、僕は思った
アリスが追いかけた三月うさぎみたいに
そっけなく・・・

できるかぎり
ゆっくりと、時間をかけて
この夜を過ごそうと、
耳たぶみたいにやわらかな生地を
ゆっくりとねかせて
膨らむ時を待つ

オーブンに生地を入れ、
焼けるのを待つ間、
コーヒー豆を挽いてハンドドリップ
こんな春の夜には琥珀色したコーヒーの香りが
眠りを誘うとっておき

雨がやんだ
にわかな静寂

やがて焼きあがった
香ばしいコーンブレッドは、
群青色の雲を散らして顔をのぞかせた
満月のような色をしていた

心地よい、心地よい、
三月うさぎが通りすぎた雨上がりの空
それは三月下旬の長い夜

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