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看板猫はスマホのシャッター音を聞くたびにニャーと鳴いた

「ああ、あの路地のとこにある駄菓子屋さん?小学校の頃よく行ってました」

今でも来てもらっていいんですよという言葉をぐっと飲み込むのは何回目だろう。私は祖母がはじめた街の小さな文具店を引き継いでいる。文具コーナーよりも駄菓子コーナーのほうが大きく、いちばん場所をとっているのはアイス用の冷凍庫だ。

文具も駄菓子もちょっとしたおもちゃも、200m先のコンビニに行けば買える。うちの店にくるのは昭和から今までずうっと小学生がメインだ。平和で、レトロで、薄利少売。コロナ騒ぎの時に締めてしまおうかと思ったが、他にやりたいこともない。

看板猫のブンちゃん(こちらは6代目)を撫でながら、毎週おなじラジオ番組を聴き、図書館で借りてきた本を読み、たまに駄菓子や鉛筆を買いに来てくれる顔馴染みキッズとおしゃべりする。これ以上の仕事、これ以上の贅沢ってないのでは?と思う。

ある日、ブンちゃんがバズった。

インフルエンサーのびびちゃんという女の子がたまたまうちの店を訪れて、ブンちゃんを愛でてくれた。ぶさかわいい!なとど言いながらスマホカメラで撮影する。かしゃ、ニャー、かしゃ、ニャー、かしゃ、ニャー。

シャッター音のあとにタイミングよく鳴くのはブンちゃんの生まれつきの癖というか習性なので、私にとっては日常茶飯事だったが、びびちゃんにとってはいいネタだったらしい。「お店の位置情報がなかったから登録しておきましたよ」と言い残して颯爽と去っていった。

翌日からいろんな猫好きが店に来るようになった。県内だけでなく、静岡だの名古屋だのからわざわざうちの店に来て、ブンちゃんを撫でまくり撮りまくり、ついでに駄菓子をたくさん買ってくれた。

おかげで店始まって以来の薄利多売、今後破られることはないだろう大台大記録を達成。びびちゃんさまさま。ブンちゃんは何食わぬ顔。餌もあいかわらず安いカリカリ。私の毎日はすこし忙しくなり毎週聴いてるラジオにお便りメールが出せなくなった。

ある日、地元のテレビ局から電話がかかってきて「ぜひブンちゃんを紹介させてほしい、もし可能であればスタジオまで来てほしい」なんて言われたが丁重にお断りした。これ以上お客が増えると大切な常連キッズたちにも申し訳ない。

「ねぇブンちゃん、テレビ出たかった?」

そう聞いてみたがそっぽを向いている。ガラガラガラと引き戸があいてお客さんがくると面倒くさそうに立ち上がり、お客さんの足元にゆっくりと向かっていった。かしゃ、ニャー。かしゃ、ニャー。スマホの中でみていたことが目の前で起こって喜ぶご新規さん。

よ! 看板猫!

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