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手が綺麗な男

「ヤスダさんの手って本当に綺麗ですね」2杯目のクラフトビールをおいしそうに飲む姿をみながら自然と呟いてしまった。

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田町駅からちょっと歩いたところにある薄暗いバー。仕事終わりに軽く飲みましょうかという話になり、15歳くらい上のおじさんプロデューサーヤスダさんが連れて行ってくれたお店での話。

「このお店、よく来るんですか?」
「ここは半年ぶりくらいかな。この年になると山手線各駅にひとつふたつは好きな店があるもんだよ」
「すごーい。私は渋谷と恵比寿くらいしか分からないなぁ」

そこのバーは小さな音でジャズギターが流れていて、二人の店員さんの声も低く小さかった。「あ、ヤスダさん、ごぶさたしております」スツールもソファも高級ホテルのようだった。

テーブルの上にはキャンドル。周りからみたら不倫カップルにみえるかもなー、でも田町ではお忍びデートはしないかーと思いながら1杯1500円するくらいビールを注文した。

大きめのワイングラスに注がれたビール、きめ細かい泡。こりゃ私がふだん飲んでるビールより3倍の価値があるわ、と飲む前から喉が鳴りそうだった。

「今回はありがとうございました」
「こちらこそありがとう。おつかれさま」

ヤスダさんの低く渋い声はリリーフランキー的だった。面長の顔やくせっ毛もちょっと似てるかも。そしてそのとき初めて気づいたのだが手の長さ、太さ、大きさが大変セクシーだった。

今から口説かれたりして。

仕事終わりの解放感、おいしいビール、キャンドルの炎、壁にかかる美しい絵、BGMのジャズギター。なんだか恋愛ドラマのワンシーンみたいじゃん。

ヤスダさんとのキスを想像してみたら、ありっちゃありだった。ぼーっと想像してたらヤスダさんに聞かれた。

「おいしそうに飲むねぇ。ビール好きなの?」
「はい。一時期ハイボールばっかり飲んでたんですけど、今はひたすらビールです」
「じゃあ、このスタウトもおすすめだよ」
「スカウト?」
「スタウト。麦芽の焦げたような風味がする、度数強めの黒ビール」
「じゃあそれにします」

左利きのヤスダさんの薬指には指輪がなかった。あれ?前はしてたのにな。離婚したか?それともほんとに口説かれるのか?今までそんなこと想像もしてなかったけど、と思いながらスタウトに口をつける。おいしい。そして強いぞ。

「ヤスダさんの手って本当に綺麗ですね、写真撮らせてください」

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