20231030 日常
日常は圧縮される。
朝、出勤途中にちょうどビルの隙間から朝日が見える。今くらいの、秋から冬にかけての季節にその位置にぴたりと進行方向に向かって朝日を見ることができ、歩きながら、毎朝とても幸せな気分になる。
ただ、ふと、その風景を思い出そうとすると、それが今日の僕が見た朝日なのか、昨日の僕か1週間前の僕が見た朝日なのか判別がつかない。記憶の中の朝日が圧縮されて象徴的な朝日が想起されているのか、それとも、いつか見た朝日がランダムに思い出されているのかもわからない。
きっと、脳の容量を削減するため、日常的に見かけるものは脳の中で圧縮されるようになっているのだ。情報。
日常はどんどん圧縮される。きっと僕が40年会社勤めしても、きっとその時間は圧縮されて、1分間のスピーチにもなるまい。胡蝶の夢。
だからと言って日常を粗末にする気はない。日常が儚いのは、やはり尊いからだと思うので。
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