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互い咎の処方2話

作品情報

https://note.mu/sowano/m/m45bec0c01b32

1話

https://note.mu/sowano/n/nf8615209be2f

***
 スリ事件を解決したことにより、薫は人々から取り囲まれた。犬をつれた女性――江能みちる、が隣に座り、薫に訊く。
「いったい何やってる人なんですか?」
「ぷーちゃんです」
「ぷーちゃん?」
「フリーターなの」薫はほほえむ。薫は垂れ目なので、口元だけの変化だ。
「へ~」江能さんが大きくうなずく。まるで、なにか深遠なる理由があるに違いない、と確信している様子だった。
 薫に対し、次々に質問を浴びせる人々。
「……」ぼくはその輪から外れて、持参したビーフジャーキーをかじりながらその様子を横目で見る。奥歯でかみしめてもジャーキーはなかなかちぎれない。
「今回はどうしてこのツアーに?」
「……江能さんは?」
――さてはめんどくさくなったな。
「私?私は、この子――ビックっていうんだけど、この子を自由に遊ばせたくて。泊まるところ以外は無人だって聞いたから」江能さんは傍らで『お座り』をしているゴールデンレトリバーの下あごを撫でる。
「彼が、江能さんのパートナー?」
「そうなの。立派でしょう?なのに主催者の人ったら、人間じゃないとかいろいろ文句つけてくるんだから。酷いと思わない?」
「ええ、そうですね」薫が目を閉じ、うなずく。
「ねー?いざとなったら守ってくれるもんねー」江能さんは、ビックの両頬を手で挟みながら言う。
「しかし、こうして見ると、皆印象がバラバラだな」江能さんとは反対側、薫の隣に座っていた中年男性が割り込む。「ああ、私は、西村。西村秀次という、よろしく」
「……」
「ん?聞こえなかったか、私は――」
「聞こえてるに決まってるじゃないの」西村さんとペアの女性が西村さんの太ももを叩く。痩せぎすで化粧が濃い。名前は悦子さんというらしい。
 年の頃は二人とも五十くらいだろう。どちらもむやみに胸元が開いている服装をしている。胸毛や染みが嫌でも目に入る。ぼくは視線を移す。
 悦子さんの隣では、財布を取り戻した女子高生風の美紀と、サラリーマンか公務員だろう相手の男性――マスオさんがいる。美紀は不機嫌そうにスマートフォンをいじっていて、マスオさんがそれをなだめるという構図。年の差のあるこの二人を見ていると、思わず、後ろ暗いものを想像してしまう。
 と、そこで、ぼくの向かいの席に誰かが座る。目を向けると、最後の二人――さっきからずっと大人しくしていたカップルがいた。
「よろしいですか」
「どうぞ」二人は、ぼくの向かいに腰を下ろす。どことなく疲れているという印象を受ける二人だった。
「すごいですね、彼女」女性の方が言う。
「まあ、そうですね」
「二人とも、ずっと上にいらっしゃったので、なかなか話しかけられませんでした」
「それは、もうしわけありません」
「村田絵美と言います。彼は、武広」
 武広さんは、頭を下げる。
「彼、無口なんです」
「かまいません。少なくともおしゃべりよりは好ましいです」
 武広さんはほほえむ。
 無口だが、決して無愛想というわけではないようだ。
「もうすぐ、着くみたいですね」恵美さんが時計を見ていう。「あっちに行ったら、私たち以外、誰もいないんですよね」
「主催者の方は、いるみたいですが」
「あ、そっか――食事とか、どうするんでしょう?」
「こちらで用意することになるみたいですよ」
「そうなんですか」
「原材料はあって――まあ、キャンプみたいなものですね」
「それも悪く無いかも、ね?」絵美さんが武広さんを見あげて言う。武広さんがうなずく。二人の仲むつまじさが伝わってくるようだった。
「ひょっとして、飛び入り参加だったんですか?」ぼくは尋ねる。
「そうなんです。ちょっと前に、妹から教えてもらって……」「ふうん。なんでしょうね。ぼくらもそうですけど、皆さん、誰かに紹介されて来ているようですね」
「そうなんですか?奇遇……?ですね」絵美さんは笑う。
 やがて、船のエンジン音が止む。着いたようだ。
「到着っす」先ほどスリを行った若者が、階段の上からぼくらに言う。悪びれていないように見えるのは、大したものだと思う。
「それじゃあ、あちらに着いたら、よろしくお願いします
「こちらこそ」頭を下げ合う。
 そしてぼくらは船を下り、その無人島の港に降り立った。

***
 ぼくらが参加したのは、ある男性が主宰する、無人島の宿泊ツアーだった。参加条件は、男女ペアの二人組であること。あとは、格安の参加料金を支払えばよかった。
 無人島は、九州南部の沖合にあって、ひょうたん型の、端から端が見通せるほど狭く小さなものだった。主催者はこの島を買い取り、ホテルのようなものを建て、今回のツアーを企画したというわけだった。はっきりいって、金を儲けるのは難しいだろう。無人島を売りにしてるのに、生活インフラは整えられ、しかも、他の参加者までいるのである。もはや、単に不便で、周りになにも無い田舎に宿泊するのに等しかった。これならリゾート地にでも行った方が良い、とふつうの人なら考えるに違いない。まあ、そんな半端な企画だったから、ぼくらのような者に話が巡ってきたのだろう。
 積み下ろされた中から自分の荷物を選び出していると、薫がこちらにやってきた。
「執一ブーちゃん」
「なんだよ、その呼び方」
「私、ぷー太郎のぷーちゃん。で、さっきブーたれてたから、ブーちゃん」
「誰がブーたれているというのか」
「執一君」
「ブーたれてない」
「ぶー」薫がぼくの頬を両手で挟み込んでくる。
ぼくは払いのけて、
「やめなさい!」
「ふふ……」
「ったく……」
「お二人とも、仲がよろしいんですね」と江能さんが犬のビックを連れてやってくる。
「あー……ごめん。なつかれちゃった」
「だから指さすなってのに、本人を」ぼくは薫に人さし指を下ろさせる。「それで、なにかご用ですか?」
「あの……、良かったら、一緒にホテルまで――」
「一人で行って。疲れるから」
「え?」江能さんはぎょっとする。
「一人で行ってちょうだい、ってお願いしたんだけど?」
「あ……、えっと、はい、ごめんなさいっ」江能さんは、逃げるように、ビックと共にホテルの方に去っていった。
「……」ぼくの視線に応じて、薫は、
「あーいう寂しい人って、いくらでもつけあがるから。適切に調節しておかないと」
……もう少しやり方があるとは思うが、仕方がない。薫はこういう奴だ。
 ぼくら参加者九名と一匹は島唯一の建物に向かった。それは、意外に高級感のある、真っ白なコンクリート造の、二階建てだった。へえ、やるぅ、と隣で薫がつぶやく。
 観音開きの門の前に、一人の老人が立っていた。禿頭で年齢から来る紫斑がだぶついた頬に沢山浮かんでいる。今回の主催者だろう。
 主催者である老人は、藤山留二と名乗った。丸眼鏡をかけた彼は、目の乾きが気になるのか、絶えず目を閉じては開ける。
「本日は、このような場所にはるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」藤山老人は、部屋番号が記された鍵と、島の地図をぼくらに配った。「当ホテルは、私一人で運営しておりますので、誠に恐縮ではございますが、お荷物は各自、お運びいただけますよう、よろしくお願いいたします」と、言葉を切る藤山老人。
 ぼくたち参加者は、互いに目を見合わせる。
 運営をしているのが目の前にいる小さな老人一人であること、渡された地図の粗末さに、不安を覚える。
 ぼくは、気になったことを藤山老人に訊くため、手を上げる。
「はい、なんでしょうか?」
「ここと、本土を行き来する船は、どのくらいの頻度で?」
「三日ごとに来ることになっております。天候次第で、後にずれこむこともございますが」
「なるほど」
 元々ぼくらは二泊三日の予定だったから、ツアーが終わるまではどうあがこうとも抜け出すことはできない、ということだ。誰にも邪魔をされない、とも言えるが。
「ビーチはどこにあるんですか」マスオさんが訊く。
「このホテルの裏、すぐにございます。」
「そうですか。良かった」
 彼の隣では、美紀が顔をしかめて彼をにらんでいる。
 彼女を見て、ぼくは訊くべきことを思い出す。
「ここは、携帯の電波が入らないようですけど、本土との連絡手段は」
「私の部屋に、設備がございます。必要なときにはお声がけください……よろしいですか?」
 ぼくらはうなずく。
「では、ようこそ、私のホテルへ――」藤山老人がホテルの扉を開けた。



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