学校の帰りに、本当はテスト勉強しなければいけない時間なのにぶらぶらと歩き回っていた道があるのだけれど…どこの道を通ったのか、何を目指して角を折れたのか覚えていない。覚えていないような何の変哲もない日常の行動だったし、道自体が特に印象的な珍しさがあったわけではない。誰かの暮らしの道、道というより路地?

 高校入学したての頃、昭和レトロな学校生活とか暮らし、に憧れていた。憧れてはうっとりしているだけで、それが楽しかった。手本としたのは、映画『always3丁目の夕日』とアプリゲームの『昭和駄菓子屋物語』である。つまり当時のワタシ的昭和レトロ大事ポイントは、ズバリ「駄菓子屋さん」的なものだった。
 昭和っぽい!古い!=なんかいいねえ、という公式に当てはめて物事を見ていた。学校の机に彫られた言葉(例えば、まゆみ、とか)から勝手に話をでっち上げるというような、私にしかわからない昭和からの伝言を受け取った気になれるものに特に興奮した。正解つまりは実際の当時の様子は、私にとってはどうでも良くて(そりゃ知れる機会があったら楽しいけれど)、指先にしか乗らないような小さな想像の世界の中だけでタイムスリップできればそれが楽しかったのだ。色々、映画とか歌とか知れば想像の材料になる、たしかにそうだったかも知れないが、自ら求めていかないで拾ったかけらでつくる、そんな感じの面倒臭がりな姿勢。
 それでも、昭和の歌は好きだった。しかしこれまたむずがゆくなるような甘い自己設定なのだが、憧れている高度経済成長期の時代の曲ではなく、1970、80年代の曲の、おんなじものばかりを聞いていた。天地真理の『恋する夏の日』、キャンディーズ、百恵ちゃんの『プレイバックpart2』、斉藤由貴の『卒業』、榊原郁恵の『夏のお嬢さん』、明菜ちゃんの『少女A』、ガロの『学生街の喫茶店』、桜田淳子、舟木一夫『高校三年生』。同じ曲ばかり何回も何回も聴いた。だから、私がその歌手が好きだときいて「その人のこの曲いいよね」と話を広げてくれるお友方には怯えていた。だってその曲聞いたことねんだもの。同じ曲を何度も聴く、そして同じ情景を繰り返し想像する。新しいものには手をつけなかった。
 というわけで、その曲を聴くとそれを聞いていた時のことが思い出せる。私の中にもヒットチャートがあって、その曲にも私との出会い流行り廃りがあった。高校何年のこの時期はこの曲、とイメージがつく。私の中の昭和時代の年表が広げられると…、例えばキャンディーズは高2の冬に特に聞いたのを覚えている。自分は顔体型共にスーちゃん似(自称)だが髪型はランちゃん風にして学校に行っていた。先生に少し褒められて上機嫌になった職員室でのアタシ……。
 …今思うと技術が未熟で、美しきモッサモッサ内巻きスタイルだった…

 本宮駅前の路地をイヤホンで曲を聴きながらぐるぐる歩いた。(事実、高校卒業後もやっていた行為なのでどの時期での印象なのかは混同しているが、そんなことはどうでもいい。高校時代の私レポートを書いているわけではない。) 昭和の曲は、どうしてこうどれもこれも慕う気持ちばかりを歌うんだろう。少女漫画はあまり読まなかった分(?) 私にとっての恋の教科書は昭和の歌だった。こんな素敵な経験、この道を行く(ゆく)と素敵なイケメン男子がいて…という妄想というよりむしろ目標を携えて、音楽を道に撫でつけるようにして歩き回った。学校に好きな子というより注目株男?そういう人は数人設定していたのに、こういう妄想に耽る時はあったこともない昭和レトロ味のあるイケメンを自分の恋人にしていた。ずいぶん都合がいい!そして古い民家や昔お店だったのかなと思われる魅力的な建物を通り過ぎながら一瞬だけその建物でのストーリーを投影する。創造する、というより何か映画のシーンにありそうなのをそこの場所に移して再生すると言った方がいいかも知れない。勝手にロケ地・物語の舞台、に仕立て上げるのだ。
 …アイスを売っていた冷蔵庫とか、市外局番の描かれていない手のひらサイズの電話番号の乗った看板。確か「甘党」とオレンジっぽい丸の中にかかれた大きなマークがコンクリ壁の二階部分に書かれている建物があったけれど、お菓子屋さんだったのかしら。花街の路地裏はこんなかなと思われるような斜めの細い道の片脇は木造のおうちがあって、隙間のあるように組まれたこげ茶色の木の柵が奥へと私を誘った。上から樹がのぞいていた。洗剤のいい匂いのしそうな洗い立てのランニングを干してあるどなたかのおうちの魅力的なベランダ。手前が空き地だったのか何故だかすごく見えやすくて、錆を素敵な感じに纏わせた赤い鉄製のベランダだった。すごく魅力的だった。
 大抵の場合、私は「ああ!収めたい!この建物を」と思っていたが、もし自分の家がスケッチやカメラの被写体になったら恥ずかしいので、という倫理観のようなものを持って記憶の中だけにとどめたのみだった。そして同時に、いつの日か中にお邪魔できる日が来るのではないかという期待を、何の根拠もなく抱いて眺めていた。本当になんの根拠もない!

 私にとって、道路・路地・歩道はいつも音楽が流れているものだ。五線譜のようなものだ。スマホにいつイヤホンをつけて、道のどこでYouTubeを開いて、何を基準に選曲して再生していたのかは全く思い出せない。きっと、おんなじ悩みをかすれるくらい反芻しながら自分だけの昭和の街の設計をしていたのだ。今そこに立つ建築物を大きな頼みの綱にして。

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