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うどん

小学6年生の時の話です。
ある日私は母親と喧嘩をしました。
理由は当時大好きだった芸人さんの単独ライブに行きたいと言ったが許可してくれないからです。

その日は諦めたのですが、ライブ当日になってやっぱり行きたいという気持ちが沸々としてきます。

学校が終わって当時一番仲が良かった智美ちゃん(仮名)のおうちに行ってどうしてもライブに行きたいという話をします。
それに対して智美ちゃんが何と返してくれたかは覚えていません。

もう私の中では「行くんだ!」って気持ちが強いのです。
彼氏に対して「どっちが似合うと思う?」とか聞いときながら自分ではすでに定まってるみたいな感じです。

ライブに行きたい気持ちと、母と喧嘩をした事が重なり家出がてらに単独ライブを見に行くということを実行してしまいます。



大人しかいない街、それが銀座

ライブ会場は銀座にある銀座小劇場という劇場でした。※2010年に閉館しています。

田舎から一人で電車に乗って有楽町駅で降りて歩いて向かうのですが初めての銀座で怖くなったのを覚えています。

小6一人には早すぎました。でも、ここまで来て後戻りはできません。

周りは大人しかいなくて同い年くらいの子が一人もいない。

黄色い帽子をかぶってる子がいない。

半袖短パンに微妙な丈のソックスを履いた子どもがいない。

当時私は背が高くて老け顔だったこともあり小学生に見られる事はほぼ無く、見た目では浮いていないはずと思っていたのですが心臓はバクバクでした。

びびっていると視線を感じて余計に怖くなるので、ここは堂々としていなくてはと思ったのを覚えています。

そして歩いて7、8分ほどで劇場に到着しました。



銀座で初めて会話した優しいお姉さん

開場前でしたが数人の行列が出来ていました。

その列の一番後ろに並んでいたお姉さんに
「○○(単独ライブ名)の当日券ってこの先に売っていますか?」と聞きました。

すると

「私一枚余っているのでいりますか?」

と言われました。

え!めっちゃラッキー!と思い、当日券の200円引きの値段で売ってもらいました。(当日券無くてお姉さんもいなかったらどうしてたんだ・・・。)

そしてそのお姉さんの隣の席で見る事になるのですが、本当に優しくて初めての銀座にビクビクしていた身体の緊張がほぐれたのを覚えています。



現実に戻され事の重大さに気付く

ライブも本当に面白くてあっという間に時間が過ぎ、さて帰るか、お母さん怒ってるだろうなと席を立つと

「この中に○○○○さん(私のフルネーム)はいらっしゃいますか?」

と呼びかけるスタッフさんの声が聞こえました。

「はい。私です」と答えると

「○○さんからお電話が入っています」と
智美ちゃんのお母さんからの電話でした。

智美ちゃんがお母さんに話したんだなと思ったのと同時に、なんで劇場の電話番号まで知ってるのだろうと思いました。

そして怒られるんだろうなぁと電話に出ると

「むっくちゃん、智美から聞いたよ。ライブのチラシ持ってうちに来たでしょ。みんな心配してるから早く帰ってきなね。それと、携帯に繋がらなかったからお父さんお母さんに連絡してあげてね」

と優しく言われ、智美ちゃんのお母さんって優しいんだなぁと思いました。

どうやら私はそのライブのチラシを智美ちゃん家に持っていって、そのまま置いていったそうです。

そして携帯の電源は切っていないのに、連絡が来てる感覚も無かったので不思議に思い自分の携帯を見ると初めてここが圏外であることに気が付きました。

そりゃそうです。この劇場は地下です。
何度電話しても「おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりません」のアナウンス。

両親はかなり心配して気が気じゃ無かっただろうなぁと申し訳ない気持ちになりました。


しかもあのチラシを智美ちゃん家に置いてなかったらもしかしたら捜索願を出されていたかもしれないと思い、とんでもない事をしたなと思いました。



無事帰宅、一生忘れられないうどんの味

これはもう相当怒られるなぁと思いながら家に帰ると玄関の外で両親が待っていました。

そして私が着くなり母親が

「心配したよ。お腹空いてるでしょ。うどん作ったから食べなさい」

と優しく言ってくれました。

てっきり大激怒されると思ったので不気味で仕方なかったです。

そして家に入ると玄関に見慣れない靴がありました。

リビングに進むと当時の小学校の教頭先生が立っていました。

これは大ごとになったなと思いました。

教頭先生からは「一人で行ったの?すごいね!」と謎のお褒めをいただきました。


そして母親が作ってくれた温かいうどんを一口食べたら、

本当にいろんな人に迷惑をかけて申し訳なかった思いと、

銀座という怖い街から何事もなく無事に家に帰って来れた安心感、

お母さんの作るうどんがいろんな意味で温かくて美味しくて涙が溢れました。


あの時食べた愛情がいっぱい詰まったうどんの味は忘れられません。





おわりに

あれから十数年経っていますが一生忘れる事はありません。うどんを食べて泣くなんて多分一生に一度あるかないかだと思います。

そばでもラーメンでもなく温かいうどんというところに母の偉大さを感じます。つるっとした食感に、優しい味わいの和風だしのスープから、

「いつもなら怒るけど今回は怒らないよ。でも、反省しなさいよ」

そんなメッセージが込められていた気がする、忘れられないうどんの話でした。

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