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優秀さのジレンマ、コンフォートゾーン、自分の子どもの未来を創ること

最近4周遅れくらいでキンコン西野の著作とサイトを確認した。この人のすごいところは極端に先見して形にする動きが早い事。一度動き出したら実践度が高い事。漫才はそんな上手くないから、やっぱり戦略変えて正解だったわけだ。
彼の主張の中でも「若い世代は上の世代の自分たちより優秀」というものがあり、これには100%同意する。即戦力というレベルの意味でなく、本当に優秀である。一応教育業界に15年以上身を置く者としては、そうなってもらわないと困る。優秀な10代20代に出会う事は15年の仕事の成果の確認でもある。
一方で、社会の仕組み、会社の仕組みはその状況に対応していない。年功序列がまさに象徴であり、それが崩れているという状況下でもなお「新人1年目が自分より優秀」という状況は起こらない。「自分が新入社員の頃に比べたら…」という意味で昔より優秀、というくらいのもの。中には根性論だけ切り取って、昔の方がホネがあるなどと表現する声も聞こえる。

知識の多寡がその人の価値の高低だった時代は前史からつい最近まで続いていた。それを前提にいかに効率よく均質なものやサービスを大量に作って売るか、規模を拡大するための横展開をいかにスピーディに行うかが極めて重要だったのが今までと言える。そういった会社では、会社で使う専門性の高い知識を多く持っている方が重用され、その知識をより多くの人材がより早く使えるように制度や教育や人材配置を整備する。そうやって仕組み化されて肥大化した組織の仕事は、マニュアル化され、その解読と習得の速さが優秀さと見做される。前述の「新人は自分が若い頃に比して優秀だ」となる会社である。その環境下では、会社での仕事経験が無い時点で、その経験が有る人材より優秀と見做される理屈は存在しない。そして若者を上層部より「優秀」と認める事は、今まで自分たちがやってきた事の自己否定に他ならない。ただこれは既存の商品やサービスを既存の仕組みで売り続ける限り、有効な仕組みとも言える。経験がモノを言うのは確かなのだから。困ったのは、今は消費の単位が小さくなり、嗜好が多様化し、技術革新はどんどん早くなっている事だ。既存の商品サービスとそれを作る仕組みで対応できなくなる業界が確実に出てきている。先日ミーティングしたAIベンチャーの話は興味深かった。営業に行っても相手企業(ここでの顧客はAIとは今まで無縁の企業)の部長クラス以上はAIを用いたサービスの価値や信頼性について何も判断できないそうだ。ここで導入しないと競合に負ける。しかし導入したら、いずれ社内で若者(もしくは技術に長けた人材)に負ける。もう隔世の感があるが、民主党政権時代の10年前から叫ばれていたリカレント教育は、今や個人の生存戦略として欠く事ができないと言っても良い。

その文脈において、私自身も経営大学院に入って学び直しを行ってみた。やってみて気づく事の一つは、学ぶ筋肉があるとすれば、当然ながら使わなければ衰えるという事。そして「学ぶ」という行為自体が能動的なものである以上、環境整備で持続性が決まるという事。2年通ったが、卒業後この筋肉を使わなければ衰えるし、使う環境に身を置かなければ持続的に使えないという事である。
人は本能的に、不安定を嫌う。未知のモノやコトは、生命の危機を孕むと判断してしまうからだ。しかしこれを乗り越えないと、学ぶ事自体が成立しない。私がリディラバ へ転職した理由の一つはここにある。

①不安定な世界に身を置き、修羅場を経験したかった

そして、ただ自分にとって未知の分野に踏み出すだけでなく、若い企業、どんどん環境が変わり、成長する業界に身を置きたいと考えた。冒頭で述べたように、若い世代がより優秀である事が許容される環境下でなければ、その企業自体の存続が危うくなる時代に突入したと考えたから。リディラバ は学生ボランティアからスタートした団体であり、設立から10年経った今でも代表の安部はインターンに大きな権限を渡して事業推進を行う。その発想自体が私の考えにあっていた。これがリディラバ に転職した理由の二つ目。

②より若い世代がその優秀さを発揮し、事業推進する環境下に身を置きたかった。

入社してみれば私が最年長だったわけだが(その下とは6才くらい開いており、よく採用決めたなとビビる。ただの変なおっさんだったらどうするつもりだったんだろう)、やる仕事は教育旅行事業。中高生と社会課題の現場を橋渡しする事業である。中高生の課題設定力を伸ばす事業は、そのまま私の子どもたちの未来を作る事業とも言える。若い世代の優秀さに学ぶ姿勢は、子どもたちに向き合う姿勢とも整合すべきである。仕事をする事自体が、家族と生きることにも繋がる。何より遅めに出来た子どもたちに、ワクワクしながら仕事する父親を分かりやすく見せていたい。Work Life Balance のコンセプトを実践してみて、しっくり来なかった自分としては、Work as Lifeにチャレンジしたくなったのも転職の理由である。

③自分の子どもたちの10年後の未来を作り、働く事の意義を今までより強く示せる仕事に就きたかった。

ちなみにうちの長男(4歳)は中学生で起業する。今の事業推進を通じて、それが当たり前の世界を作るのが長期目標となっている。

ちなみのちなみに前職の公文教育研究会は、これはこれですごい会社だと思う。全世界の社員数が4000にもなりながら、教育業界では未だにイノベーティブで、取り組みも先進的なところが多い(教育サービスで世界展開国が50を越えて未だ拡大し続けている事だけ取っても、あり得ないと思う)。一緒に仕事した方達も良い人ばかりで居心地良すぎてついつい15年もお邪魔してしまった感があるが、(今さらではあるが)私の気質的に「作るより創る」「大規模より小規模」「数より質で作るインパクト」の方が向いていたのが正直なところ。やってみないと自覚できないのでこればかりはしょうがない。判断が遅いのも自分の気質によるもの。自己成長への意識は確実に公文で培った。改めて感謝したい。

こんな感じでしばらくは、三児の父になった直後で40になってなおスタートアップベンチャーに飛び込んだ経緯を並べてみたいと思う。

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