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彼と彼をめぐる彼女と

【これは、劇団「かんから館」が、2008年10月に上演した演劇の台本です】


     〈登場人物〉
      男  女  女  女


1 さよなら


      男と女が向かい合って座っている。
      長い沈黙。

男   ‥‥もう終わりだね。
女   ‥‥ええ。
男   君が小さく見える。
女   ‥‥‥。
男   僕は思わず君を‥‥。
女   ‥‥‥。
男   抱きしめたくなる。
女   ‥‥‥。え?

      しばしの沈黙。

男   ‥‥歌だよ。歌。
女   歌?
男   オフコースの「さよなら」。
女   ‥‥知らない。
男   え?
女   そんな古い歌。
男   そんな古い‥‥って‥‥ことは知ってるんじゃん。
女   オフコースは知ってるけど‥‥小田和正でしょ? キンキン声の。
男   そう。その中でも、一番キンキン声の歌だよ。
女   そうなの?
男   そう。
女   でも、知らない。その歌は。
男   え? 一番有名な歌だよ。
女   そうなの?
男   じゃ、じゃあさ、何知ってるの?
女   何?
男   オフコース。
女   そうねぇ‥‥。
    ♪僕が照れるから誰も見ていない道を
    寄り添い歩ける寒い日が
    君は好きだった(無表情に上手に歌う)
男   それ、それ、それだよ!
女   え?
男   「さよなら」。さっきのが一番で、それが二番。
女   え、そうなの?
男   それでサビが ♪さよなら さよなら さよなら(必死で高音で歌う)‥‥わかっただろ?
女   ‥‥知らない。
男   ええー! そんなバナナ!
女   ‥‥それ、ひょっとして「馬鹿な」と「バナナ」をかけてんの?
男   ‥‥‥。
女   つまんなーい。
男   だから、問題はそういうことじゃなくて‥‥。
男   オフコース。
女   世界の終わり。(2人同時に言う)

      しばしの沈黙。

男   ‥‥ああ、そうだったね。
女   でしょ?
男   うん。
女   ‥‥なんでこうなっちゃうのかなあ?(独り言風に)
男   ‥‥それ、どういう意味?
女   修学旅行の旅館とかで、いろいろコイバナとかして盛り上がって、それで夜中になって眠たくなって盛り下がって来ると、必ず出てくる話題じゃない?
男   え?
女   あなたが無人島に一人だけで行くとします。一つだけ持って行くことができるとしたら、何を持って行きますか?
男   え? ‥‥そうだなあ‥‥。(真面目に考え出す)
女   そんな、つまんないクイズとかするじゃない? そういう時に必ず出てくる永遠のテーマ。
男   え?
女   世界の終わりに男一人、女一人だけが生き残ります。その時、相手はどんな人がいいですか?
男   え?
女   まあ、クイズなら、どうとでも答えられんじゃん。お遊びだから‥‥。
男   ああ‥‥。
女   でも、それがまさか現実になるとはねぇ‥‥。
男   はあ‥‥。
女   少なくとも、こんな男じゃなかったよね。ゼッタイ!
男   ‥‥‥。
女   私、そんなにメンクイでも、理想が高いわけでもないし、恋愛運とか男運とかがよかったわけでもないから、贅沢言うつもりは全然ないんだけどさあ‥‥。
でも、なんでこうなっちゃうのかなあ‥‥。
男   ‥‥‥。
女   「そんなバナナ」とか‥‥。
男   まだ言うか!
女   シクシクシクシク。
男   ふん‥‥勝手に泣いとけよ。こっちだって‥‥。

      女、真剣に泣き出す。

男   おい‥‥おいって‥‥。マジで泣いてんの?

      女、泣いている。

男   そんな‥‥バナナ、おっと、そんな深刻になることないじゃないか? ねぇ‥‥。
女   (泣きながら)このままじゃ、人類は滅びちゃうから‥‥とにかく子孫を残さないと‥‥だから‥‥僕たちが新しいアダムとイブになって‥‥新しい人類を産まなければ‥‥とか、‥‥絶対‥‥そんな結論になってるのよ。‥‥そんなの‥‥悪質な詐欺商法みたいなもんじゃないの‥‥。ううっ。
男   ‥‥そ、そんなこと言ってないだろ?
女   いいえ、今は言ってなくても、必ず言うのよ。
男   言わないよ。
女   じゃ、じゃあ、あなたは人類が滅びてもいいって言うの?
男   え‥‥それは‥‥。
女   ほーら、やっぱり言うんじゃないの? ‥‥男なんてね、男なんてねぇ、みんなそうなのよ!(激しく泣く)
男   もう‥‥だから‥‥。

      女、泣き続ける。

男   おい‥‥おいって。

      女、泣き続ける。

男   ねぇ‥‥頼むから、泣かないでくれよ。
女   世界のため‥‥平和のため‥‥って、そうやって、女は泣かされ続けてきたのよ。‥‥あなただって、そうに決まってるわ。‥‥人類のためって‥‥きれいごと言っても‥‥結局は、私のカラダが目当てなのよ。‥‥私、もう‥‥だまされないから‥‥。

      女、泣き続ける。

男   わかった。
女   ‥‥え?
男   わかったって言ってるんだ。
女   え。
男   じゃあ、こうしよう。僕は待ち続ける。君が僕のことを理解してくれる日まで。君が僕という男をを信頼してくれる日まで。ずっと、いつまでも待ち続けよう。何日でも。何年でも。‥‥それまでは、僕は君に指一本触れはしない。‥‥それは約束するよ。
女   ‥‥‥。
男   そして、もし、不幸にしてその日が訪れることがなく、人類が滅びてしまったとしても、それは、それでいいじゃないか。それが我々人類の寿命だったんだと笑って諦めよう。
女   ‥‥あなた。
男   約束する。
女   あなたは‥‥それでいいの?
男   いいさ。
女   本当に?
男   本当に。
女   あなたは、それでいいかもしれない。でも、そうしたら、わたしはどうなるの? 恋をすることもなく、老いさらばえて、ただひたすら死ぬのを待つしかないの?
男   え?
女   そんなの残酷よ。女にとって、恋は命と同じなのよ。恋を失って生き続けるくらいなら、死んだ方がましだわ。どうして、男はそんなに勝手なの!
男   え? え?
女   もう、人類なんか滅びちゃえばいいんだわ。全部あなたのせいよ!

      女、ナイフを取り出し、自分の胸を刺す。

女   あべし!

      女、死ぬ。
      呆然と立ちつくす男。

男   そんな‥‥バナナ。

ナレーション   こうして、人類は滅びた。

      暗転。


2 同窓会


      同窓会のパーティ。
      女の恩師と、元生徒二人がいる。

小百合   先生、お久しぶりです。
恩師   ええーっと‥‥あなた、小百合ちゃんよね。誰かと思ったわ。ほんと、すっかりレディになっちゃって。昔はあんなにおてんばさんだったのに。
小百合   はい。
恩師   真っ黒に日焼けして、いつも男の子を追いかけ回してたのにねぇ。
小百合   やだ。それは言わないで下さいよ。
恩師   ほーんと、女の子は化けるんだから。
小百合   はい、化けてます。えへへ。
恩師   ほーんとに。‥‥今、何してんの?
小百合   銀行員やってます。
恩師   どこ?
小百合   UFO銀行です。
恩師   あら、大手じゃない。すごいのねぇ。
小百合   いえ、そんなことないですよ。
優子   センセ、こんにちわ。全然変わらないですねー。
恩師   あら、優子ちゃん。あなたも、そんなお世辞が言えるようになったのねぇ。
優子   お世辞じゃないですよぅ。ほんと、昔と全然変わってないですよ。
恩師   やだ。もう、すっかりおばあちゃんよ。‥‥あなたの方が変わってないわよ。
優子   そんなことないですよ。このごろは、小じわが隠せなくなってきたし‥‥。ほら、この目尻のあたりなんか‥‥。
恩師   何贅沢言ってるのよ、そのトシで。そんなこと言ったら、わたしなんか、もうしわくちゃばばあよ。
優子   センセのオトシでそのお肌だったら、全然若いですよ。ねぇ?
小百合   うん、若い、若い。
恩師   もう、みんなお上手なんだから。
優子   センセは、今どちらなんですか?
恩師   この春定年退職したのよ。
優子   え、もう、そんなオトシなんですか?
恩師   何よ。あなた。いくつだと思ってたのよ?
優子   まだ五十くらいかなあって。ねぇ?
小百合   うん。私もそう思ってた。
恩師   あなたたちには負けるわ。ほんとお上手なんだから。
優子   いや、マジですよ。
小百合   ほんと、そうですよ。
優子   じゃあ、私たちが小学生の時は、ええっと‥‥。
恩師   四十代よ。
優子   ええ、そうだったんですかあ!
小百合   うっそー! まだ三十代だと思ってた。
恩師   まあ、お世辞でも、そう言ってもらえるとうれしいわね。私も女だから。
優子   だから、お世辞じゃないって。
小百合   そうそう。
恩師   はい、ありがとう。‥‥ところで、みんな、結婚の方は?
小百合   私は、去年しました。
恩師   あら、それじゃ新婚さんなのね。おめでとう。
小百合   ありがとうございます。
優子   小百合のだんなさん、すごいイケメンなんですよ。
小百合   そんなことないって。
優子   キムタクみたいなんです。
小百合   それは、言い過ぎ。
優子   言い過ぎじゃないって。
恩師   あら、あら、それは、うらやましいこと。
優子   でしょう?
恩師   そう言う優子さんは?
優子   私は、まだ独身なんです。
恩師   彼氏とかいないの?
優子   それがねぇ‥‥。ああ‥‥もう完全に負け組よねぇ。
恩師   何言ってんの? まだ若いじゃない?
優子   だって、もう、来年はミソジですよ。
恩師   最近は、ミソジで独身の人なんかいっぱいいるわよ。
小百合   そう、そう、いるわよ。
優子   勝ち組に慰めてほしくなんかないわ。
恩師   何、すねてんのよ。
優子   すねてませーん。‥‥あ、そうそう、ヒロコのとこの下の子。ええっと‥‥そう、アヤちゃん。あの子、もう来年、小学校なんだって。
小百合   え、そうなの? じゃあ上の子は?
優子   たぶん、三年生ぐらい。
小百合   まあ、ヒロコは学生結婚だからねぇ。
恩師   ヒロコって、高橋さん?
小百合   そうです。‥‥できちゃった結婚なんですよ。
恩師   あら、そうなの。最近、そういうの多いわねぇ。
優子   ミサエもそうでしょ?
小百合   え、そうなの?
優子   らしいよ。
小百合   ふーん。
優子   そういうの聞くたび、ますます落ち込むのよねぇ。‥‥私もできちゃおうかな? 行きずりの男なんかと。
恩師   そんな、早まっちゃダメよ。
優子   冗談ですよ。冗談。
恩師   なら、いいけど‥‥。‥‥ところで、男の子の方はどうなの?
優子   男子ねぇ‥‥。
小百合   あんまり付き合いがないからねぇ‥‥。
優子   たしか、ササヤンは結婚したんじゃない?
小百合   佐々木君?
優子   うん。友達がね、おんなじ大学だったの。
小百合   そうなんだ。
優子   うん。‥‥後はねぇ‥‥。
小百合   そうだねぇ。今日会うのが中学以来って人もけっこういるしねぇ。
優子   だよねぇ。

      男(山本)がやってくる。
      女、三人、山本を見る。

恩師   あら?
優子   あ。
小百合   あ。

      しばしの間。

山本   え。

      しばしの間。

優子   たっちゃん。
小百合   達之君。
恩師   山本君?
山本   ‥‥え? ‥‥ええ。
小百合   来てくれたんだ。
優子   たっちゃん。
恩師   どうもありがとう。‥‥お久しぶり。
山本   え‥‥ええ、どうも。ごぶさたしてます。
恩師   あなたには会いたかったのよ。
優子   私も。
小百合   私も。
山本   ああ‥‥そうですか。‥‥それは、どうも。
優子   幹事の子もね、連絡しようかどうか迷ってたらしいわよ。
山本   ああ‥‥そうですね。ご迷惑かけてすみません。
優子   いや、迷惑なんてことは、全然ないわよ。
小百合   ほんと、もう来てくれないんじゃないかって思ってた。‥‥ほんとうれしいわ。
恩師   ほんとね。私も来た甲斐があったわ。
山本   いや、僕もかなり迷ったんですけど‥‥。
恩師   いいのよ。来てくれてよかったのよ。
優子   そうよ。同級生なんだから。
小百合   ほんとに。
山本   そう言ってもらうと、僕もうれしいです。
優子   何か、他人行儀ね。緊張してるの?
山本   ‥‥そんなことはないけど。
小百合   遠慮なんかしない。しない。
山本   だよね。
優子   そうそう。
山本   うん。
優子   たっちゃん、全然変わんないねぇ。
小百合   ほんと、ほんと。
山本   え‥‥そうかな?
優子   若い、若い。
山本   え‥‥そうかな?
優子   何年ぶり?
小百合   もう‥‥十年前?
山本   そうだね。ちょうど十年だね。
優子   そっか、もう十年かあ‥‥。時のたつのは早いもんね。私もトシをとるはずだ。
恩師   こら。何年寄りみたいなこと言ってんの。それは私のセリフよ。
小百合   それは言えてる。

      全員笑う。

小百合   私ね、昔から、達之君は、ああいうことをする人だと思ってたんだ。
優子   あら、ほんと? あんたたち、どっちかと言うと仲が悪かったんじゃない?
小百合   あれは、照れてただけ。小学校高学年って、だいたい男女の仲が悪いじゃない? 男の子が女の子をいじめたりしてさ。
優子   それは、そうだ。だいたい、男って不器用だからね。‥‥たっちゃんもそうだったの?
山本   え‥‥どうだったかな? 忘れちゃった。
優子   でも、たっちゃんは特に小百合をいじめてなかった? あれってひょっとして、好意の裏返し?
山本   え‥‥そんなことないって。
小百合   そうよ。そんなことないわよ。
優子   あ、照れてる。照れてる。‥‥よっ、ご両人!
小百合   優子!
恩師   山本君。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、でも、教え子があんな立派なことをしてくれたなんて、どこかでうれしい気持ちもあったのよ。これは私の教え子ですって、自慢したかった。
優子   そうよねぇ。‥‥同級生で新聞に載ったのって、たっちゃんだけだもんね。
小百合   ほんと、ほんと。新聞見た時、何度も何度も読み返して、それでもしばらく信じられなかった。
山本   ‥‥‥。

      山本、頭をかく。

優子   あ、照れてる、照れてる。
小百合   ほんと、ほんと。
山本   ‥‥‥。
優子   ヨシミなんか、お葬式で大泣きしてたもんねぇ。
小百合   みんなよ。あんたも泣いてたじゃん。
優子   だよねぇ。
恩師   山本君。助けてもらった子のご両親、毎月お墓参りしてらっしゃるそうよ。知ってる?
山本   はあ‥‥まあ。
優子   それにしても、カナヅチなのに池に飛び込むなんて、ちょっとおっちょこちょいと言えば、おっちょこちょいよね。
小百合   こら。それを言っちゃおしまいよ。ねぇ?
山本   はあ‥‥。

      山本、頭をかく。

山本   あの。
女三人   え?
山本   どうして、どうして見えるんですか?

      暗転。


3 喫茶店


      喫茶店。
      男と女向かい合って座っている。
      ウエイトレスがやってくる。

女給   いらっしゃいませ。

      ウエイトレス、水を置く。

女給   お決まりになられましたら‥‥
男   アメリカン。
女   私、紅茶。
女給   紅茶はいかがいたしましょうか? ミルクかレモンか‥‥
女   ストレート。
女給   あ、ストレートティでございますね。
男・女   ‥‥‥。
女給   ‥‥‥。

      ウエイトレス去る。
      男と女、それぞれにテレビゲームを取り出して始め      る。
      ウエイトレスがやって来る。

女給   お待たせしました。
男・女   ‥‥‥。(ゲームをしている)
女給   こちらがアメリカンになります。

      置く。

女給   こちらがストレート・ティになります。
男・女   ‥‥‥。(ゲームをしている)

      ウエイトレス、盆をもったまま、男女の傍らに立っ      ている。
      男が、ゲームをしたまま、コーヒーに手を伸ばす。

女給   まだや。
男   え?

      男、カップを手に取る。

女給   まだや、て言うてるやろ!
男   え?
女給   アメリカンになります、って言うたやろ!
男   え?

      女、カップに手を伸ばす。

女給   そっちもまだや!
女   え?
女給   ストレート・ティになります、て言うたやろ! まだなってへん!
女   え?
女給   もう、イマドキの若いもんは、しんぼうがなさすぎるわ。
男   ‥‥ふん、くっだらねぇ。

      突然、ウエイトレス、カップからティーバッグを取      り出す。

男・女   え?
女給   なったで。
男・女   え?
女給   こっちはアメリカンになった。こっちもストレート・ティになった。
男・女   ‥‥‥。
女給   飲みぃな。
男・女   え‥‥は、はい。

      男と女、飲む。
      ウエイトレスは、傍らに立ち続ける。
      男と女、再びゲームを始める。

女給   ‥‥‥。
男・女   ‥‥‥。(ゲームをしている)
女給   ‥‥自分ら。
男・女   ‥‥‥。(ゲームをしている)
女給   自分ら、って言うてるやろ!
男・女   え?
女給   自分ら、何してるんや?
男・女   え?
女給   何してるんや、ってきいてるんや!
男   ‥‥テ、テトリス。
女   私は‥‥ドラクエ。
女給   あほ。そんなことはきいてへん。
男・女   え?
女給   ここはどこや? この店は何や?
男・女   え? ‥‥喫茶店。
女給   自分らアベックか?
男・女   え?
女給   自分らはアベックか、ってきいてるんや!
男・女   え? ‥‥はあ、まあ。
女給   それやったら、喫茶店にいるアベックらしくせんかい。何かしゃべるとか、いちゃいちゃするとか。
男・女   ‥‥‥。
女給   ほれ、早よ!
男   あ‥‥はあ‥‥ああ、もう秋なのにけっこう暑いですね。
女   え‥‥ええ、そうですね。
女給   自分ら、ほんまにアベックか?
男・女   ええ‥‥まあ。
女給   それやったら、もっとしっかりアベックらしい会話をせんかい! そんなんやったら、まるでお見合いやないか。
男   アベックらしい会話?
女給   よけいな挨拶なんかいらん。いきなりドドーンと核心を突かんかい!
男   核心を‥‥ドドーン‥‥ですか?
女給   そや。ほれ、ドドーンと行ったれ!
男   ドドーンねぇ‥‥。
もう、終わりだね。
女   え? ‥‥ええ。
女給   ♪君が小さく見える 僕は思わず君を抱きしめたくなる 私は泣かないから このまま一人にして 君の頬を涙が‥‥
男   あのぅ。
女給   ‥‥何や?
男   それ、何ですか?
女給   自分はあほか? 歌に決まってるやろ!
男   いや‥‥だから‥‥どうして歌うんですか?
女給   サービスや。
男・女   サービス?
女給   そや、うちの店のサービスや。
男   サービスねぇ‥‥。あの、もうサービスはいいですから。
女給   遠慮はいらんで。
女   いや、ほんとにいいですから。
女給   え? ‥‥そうか? ‥‥ほんまにいらんのか?
男・女   ええ!
女給   人がせっかく雰囲気を盛り上げたろと思ったったのになあ‥‥もうイマドキの若いもんは、人の気持ちちゅうんがわからんさかいに‥‥。
男   あのぅ。
女給   何や?
男   それも、ひょっとして何かのサービスですか?
女給   何が?
男   その、ブツブツ言ってるの。
女給   ちゃう。
男   あ‥‥そうですか。
女給   そや。
男・女   ‥‥‥。
女給   なんや、なんや、世話のかかるやつらやなあ。あかん、あかん。自分ら湿っぽいで。もっとカラっとドドーンとさっさと行ったらんかい!
男   カラっとドドーンって言われても‥‥。
女給   わかってる、わかってる。おばちゃんは全部わかってるで。自分ら、別れ話するんやろ? そんなんはおばちゃんはとっくにお見通しや。そやけどな、別れ話ゆうたら湿っぽくせなあかんちゅうのんはな、ほれ、あれや、ほら、なんちゅうんやったっけ?
男   思いこみ?
女給   近い! 近いけど、ちょっとちゃう! たしか漢字のやつや。ほれ!
女   先入観?
女給   ピンポーン! それや! バッチシカンカンや! ねえちゃん、若いのに、なかなかかゆいところに手が届くやないか?
女   いえ‥‥まぐれですよ。
女給   おっ、その謙虚なところがイマドキのわかいもんにしてはできてるやない? 自分、トシいくつや?
女   十九です。
女給   おっ、まだティーンエージャーかいな! ほんま、おばちゃんも、こういうできた娘がほしかったわ。
女   ありがとうございます。
女給   おねえちゃん、気にいったわ。気にいったさかいに、もう、さっさとこんなボケナスとは別れてしまい。(男に)ほんま、自分みたいなんがこんな娘と付き合おうなんちゅうのが、百年早いんや! ほれ、ボケナスはボケナスなりに、せめて別れ際ぐらいはビシッと決めよし! ほな行くで!
男   ボ‥‥ボケナス。
女給   なんやなんや、ボケナスをボケナスゆうて悪いんか? ゴタゴタぬかしとらんで、さっさと行ったらんかい! はい、よーいドン!
男   え? ‥‥じゃ、じゃあ‥‥
僕たち、出会った頃はこんな日が‥‥
女給   ♪来るとは思わずにいた making good thing better
いいえ済んだこと 時を重ねただけ 疲れ果てたあなた 私の幻を愛したの
男   ‥‥また、サービスですか?
女給   そや。
男   この店の?
女給   そや。
男   何なんですか? この店?
女給   何や? 自分ら、知らんで入って来たんかいな? 聞いて驚け、見て笑え。この店はな、メイド喫茶や執事喫茶を超えた、最先端のニューウェーブ喫茶。名付けて、
男・女   名付けて?
女給   コジュート喫茶!
男・女   ギャフン。(倒れる)

      暗転。


4 出会いの園


      主(ぬし)が出てくる。

主   これはこのあたりに住まう者でござる。こたびは、用あって息子を召し出だして申しつくることがござる。太郎冠者、おるか。

      誰も出てこない。

主   やい。太郎冠者おるか。やい。

      誰も出てこない。

主   さてさて、異な事でござる。太郎冠者はいづこにあるぞ。

      誰も出てこない。

主   やいやい、太郎冠者おるか。太郎冠者。

      太郎があくびをしながら出てくる。

太郎   ふあああ‥‥。
主   やい、太郎冠者、いかにも遅いではあるまいか。
太郎   何だよ? 人がせっかく気持ちよく寝てたのに。‥‥朝っぱらからうっせーな。
主   やい、太郎冠者。汝は何をしておったのじゃ?
太郎   だから、レポート。‥‥三時まで書いてたんだから、もっとゆっくり寝かせてよ。
主   さてさて、はたまた異な事を申す。そのレポートとは何じゃ?
太郎   何だよ。レポートも知らねぇのかよ。レポートはレポートだよ。
主   これは要領を得ぬやつじゃ。してからに、それは何じゃと聞いておる。
太郎   社会学の宿題だよ。
主   はて、また異な事を申す。その社会学とは何じゃ?
太郎   もう、またこれだ。‥‥おっさんに説明してもわかんねぇよ。
主   これは聞き捨てならぬことじゃて。やい、汝、親をおっさん呼ばわりとはいかなる了見ぞ。
太郎   はいはいはいはい、わかりました。お父様。
主   わかればよい。
太郎   で‥‥朝っぱらから何だよ? 用事がないんなら、オレ寝るよ。
主   汝を呼び出だしたのは別のことでもない。思い起こせば今を去ること十年前。よんどころなきところによって汝の母君が出奔せられたのは、汝も心得ていよう。
太郎   よんどころないって‥‥あんたが愛想尽かされて逃げられただけじゃない?
主   してからに、この十年の長きにわたり、てて親一人、子一人で、汝に難儀をさせてきたによっては、某とて不憫に思うておるところじゃ。
太郎   ‥‥‥。それで?
主   それについては、折り入って汝に申しつくるところがある。
太郎   ‥‥‥。何だよ?
主   それについては‥‥。
太郎   それについては?
主   それについては‥‥‥。
太郎   何だよ? はっきり言えよ。
主   それについては別のことでもない。この期に及んで後添えを取ろうかと思う。
太郎   後添え?
主   しかり。
太郎   ふーん。後添えねぇ‥‥。
主   されば、それにあたって汝の思うところを忌憚なく申し述ぶるがよい。
太郎   ‥‥‥。聞いてどうすんの?
主   一応、それが道理というものじゃて。
太郎   ふーん。‥‥‥。好きにしたら?
主   ‥‥それは、誠か?
太郎   え?
主   それは汝の本意かと聞いておるのじゃ。
太郎   本意も何も、オレには関係ないじゃん。おっさんの再婚の話だろ?
主   これはまた聞き捨てならぬことを申す。
太郎   はいはいはいはい。お父様。
主   それを聞いて安堵したぞ。
太郎   安堵って、‥‥でも、こんなウチってゆーか、あんたのところなんかに好きこのんで来るヨメさんなんかいるわけ?
主   あんたと申したか?
太郎   はいはいはいはい。お父様。
主   それについては心配は無用じゃ。某は、先般、出会いの園という所に入会致した。心置きなく相談出来得る所じゃて。
太郎   え? それって、もしかして出会い系サイトじゃないの?
主   いかにも。
太郎   親父、それってヤバイよ。
主   心配は無用じゃ。料金完全無料、出会い完全保証じゃて。
太郎   そういうのが一番怪しいんだよ。
主   心配には及ばぬ。入会するやいなや、次から次から、若いおなごが秋波を送って来るによって、選ぶに迷うくらいじゃて。はっはっはっはっ。あーはっはっはっはっ。
太郎   おっさん、いや、お父様。出会い系ってそういうもんなんだよ。ああいうのは、九九・九九九パーセントがサクラで、後で不当請求とかしてくるんだから‥‥。
主   それについては、今日も、一人、逢瀬の約束を致しておるによって。
太郎   え?
主   苦しゅうない。出て参れ。

      女が一人しずしずと出てくる。
      女、深々とお辞儀。

太郎   ‥‥‥。
主   こやつが愚息の太郎冠者じゃ。
女   お初にお目にかかります。定奴と申します。
太郎   ‥‥‥。
主   無骨者じゃが、よろしゅうに頼む。
女   心得ておりまする。(太郎に)うちが新しきかか様でありんすえぇ。太郎様のことは、主様より、ように聞き及んでおりまするゆえ、ご安心召されよ。
太郎   か、かか様?
女   あいー。
主   これで、我が家も安泰じゃて。一件落着。
女   御意にござります。
主   さても、さても、愉快、愉快。
女   誠に、誠に。
太郎   ‥‥‥。
主   あーはっはっはっはっはっはっ。
女   おーほっほっほっほっほっほっ。
太郎   ‥‥‥。もう、もう、こんな家いやだ!
主   あーはっはっはっはっはっはっ。
女   おーほっほっほっほっほっほっ。

      暗転。


5 後藤を待ちながら


      百姓女が二人、道ばたに座っている。

およね   ああ、もう日が暮れるな。
おしん   ほんに。
およね   今日も来なかったねぇ。
おしん   ほんに。
およね   いつになったら来るんかねぇ。
おしん   ほんに。
およね   昨日も来んかった。おとといも来んかった。その前の日も来んかった。その前の前の日も来んかった。その前の前の前の日も来んかった。
おしん   ほんに。
およね   いったい来る気があるんかねぇ。
おしん   ほんに。
およね   あんた、さっきから「ほんに」しか言わんがね。
おしん   ほんに。
およね   だから、そればっかりではらちがあかんがね。
おしん   ほんに。
およね   あんた、おちょくっとるのかね。
おしん   ほんに。
およね   もう、ほんとに怒るよ。
おしん   ほんに。
およね   もう、このばあさんは!

      しばしの沈黙。

おしん   ‥‥後藤さん。遅いねぇ。
およね   だから、さっきからその話をしとるんじゃ!
おしん   ほんに。
およね   また、もう!
おしん   ほんに。

      しばしの沈黙。

およね   ‥‥もしかして、ひょっとしたら‥‥。
おしん   ‥‥ひょっとしたら?
およね   ‥‥あんたが、後藤さんじゃないかね?
おしん   ‥‥え?
およね   そういう話はよくあるんじゃて。あんたが後藤さんで、とっくに来てるのに、気づかないで待ってるみたいな、まぬけな話。
おしん   はて、そんな話は聞いたことがないで。
およね   あるんじゃて。‥‥あんた、ひょっとして後藤さんじゃろ?
おしん   さて? わしは近藤じゃて。
およね   ほんとか? 後藤の覚え違いではないか?
おしん   いや、近藤じゃ。‥‥たぶん。
およね   たぶん? ‥‥たぶんとは何じゃね? やっぱり覚え違いじゃろ?
おしん   いや、近藤じゃと思うがなあ。‥‥けんど、そう言われると自信がのうなってきた。
およね   やっぱり、あんたが後藤さんじゃて。そうに決まりじゃ。
おしん   いや‥‥そこんところは、嫁に聞かんと、ようわからん。
およね   それじゃ、今から嫁に聞きに行こう。
おしん   いや‥‥それは、無理じゃて。
およね   なして無理じゃね?
おしん   十五でねえやは嫁に行ったがね。
およね   はあ?
おしん   だから、もう、ウチにはおらんがね。
およね   あんた、ようわからんことを言うな。
おしん   おらんものはおらんのじゃ。
およね   ‥‥あんた、少しぼけとるんじゃないかね?
おしん   あんたも失敬なことを言う人じゃな。わしはまだぼけとらんて。
およね   いや、ぼけとるやつに限ってそう言うもんじゃて。
おしん   ぼけとらん。ぼけとらん。しゃきんとしとる。
およね   いや、いや、ちょっとぼけとる。‥‥そいじゃ、もう一度聞くが、あんたは後藤さんかね? 近藤さんかね?
おしん   近藤じゃ‥‥と思う。
およね   「と思う」とは何じゃね? 自分の名前もはっきり覚えとらんのじゃろうが。‥‥これはやっぱりぼけとるな。
おしん   ぼけとらん。
およね   いや、ぼけとる。
おしん   ぼけとらん。
およね   ぼけとる。
おしん   しつこいばあさんじゃな。ぼけとらんと言うたら、ぼけとらんのじゃ!
およね   ‥‥‥。

      しばしの沈黙。

おしん   ‥‥昔聞いたことがある。
およね   何ね?
おしん   人をうそつき呼ばわりにするやつが、うそつきなんじゃと。
およね   それは何ね?
おしん   ぼけとると言うやつがぼけとるんじゃ。
およね   何を言うかと思ったら‥‥それはどういう理屈じゃ?
おしん   あんたこそ‥‥ぼけとるんじゃないかね?
およね   このばあさんは‥‥。苦し紛れに何をぬかす。
おしん   ‥‥もしかして、ひょっとしたら‥‥。
およね   ‥‥ひょっとしたら?
おしん   あんたが、後藤さんじゃないかね?
およね   え?
おしん   そんな話があるそうじゃて。後藤さんが来んな、後藤さんが来んなと言うとったら、あ、わしが後藤さんじゃったって。
およね   そんな話は聞いたことがない。
おしん   あるんじゃ、あるんじゃ、そういう話が。
およね   ないない。
おしん   あるんじゃ、あるんじゃ。‥‥あんた、ひょっとして後藤さんじゃろ?
およね   いんや。残念ながら、わしは権藤じゃ。
おしん   権藤も後藤も同じじゃ。
およね   何を無茶苦茶ぬかしとる。それじゃ、何か? ウコンもウンコもおんなじか?
おしん   おんなじじゃ。
およね   もう! このぼけばばあが。
おしん   お前こそ、ぼけばばあじゃて。
およね   ふん。あんたとはもう話さん。
おしん   わしのほうこそ、願い下げじゃ。

      二人、そっぽを向く。
      長い沈黙。
      カラスの声。

およね   ‥‥ああ、もう日が暮れたなあ。
おしん   ‥‥‥。
およね   今日も来んかったなあ。
おしん   ‥‥‥。
およね   いつになったら来るんかのう、後藤さん。
おしん   ‥‥‥。
およね   ‥‥‥。

      長い沈黙。

およね   ‥‥風が出てきたな。
おしん   ‥‥‥。
およね   ‥‥急に冷えてきたのう。
おしん   ‥‥‥。
およね   こりゃ、雪が降るかもしれんのう。
おしん   ‥‥‥。
およね   ‥‥‥。

      長い沈黙。

およね   ‥‥あんた、いつまで意地を張るつもりじゃ?
おしん   ‥‥‥。
およね   ‥‥時に、あんた、腹が減らんか?
おしん   ‥‥‥。
およね   ‥‥メシはまだかのう?
おしん   ‥‥ほれ。
およね   ‥‥何じゃ?
おしん   ほれ、やっぱりじゃ。
およね   何がじゃ?
おしん   「メシはまだか」というんが、ぼけの始まりなんじゃて。
およね   あんたもしつこいな。まだ言うとるんか。
おしん   ああ、言うさ。
およね   それじゃ、言わしてもらうが、しつこいのもぼけの始まりなんじゃよ。
おしん   わしはぼけとらん。
およね   わかった。わかった。そういうことにしておこう。
おしん   何じゃ、投げやりな言い方じゃな。
およね   それより、ほんに腹は減っとらんか?
おしん   腹か?
およね   ああ、腹じゃ。
おしん   ‥‥わからん。
およね   え? ‥‥あんた、自分の腹が減っているかどうかがわからんのか?
おしん   強いて言えば減っておるのかもしれん。
およね   な、そうじゃろう?
おしん   じゃが、わしの腹はいつも減っておる。
およね   え?
おしん   わしは、だいこんめししか食わんでな。‥‥あれは腹持ちがせん。
およね   ああ、あんたはそうじゃったな。おしんさん。
おしん   ああ。‥‥じゃから、食うても食わいでも、あんまり変わらん。
およね   そうか?
おしん   そうじゃ。
およね   ‥‥メシはまだかのう?
おしん   違うじゃろ?
およね   え?
おしん   わしらはメシを待っとるのではないのじゃて。
およね   ああ、そうじゃったな。
おしん   まだかのう?
およね   まだかのう?

      男がやって来る。

男   やあ、待たせたな。
およね   あんたは誰じゃ?
おしん   もしかして後藤さんか?
男   わしは、ゴッドじゃ。
おしん   何じゃ、後藤さんじゃないのか。
男   わしは、ゴッドじゃ。
およね   ゴッドさんというのか?
男   そうじゃ。
おしん   ゴッドさんというのは、のっぽさんに似ておるな。
男   え?
およね   ゴン太君はどこじゃ?
男   ゴン太君?
およね   何じゃ、ゴン太君はおらんのか。つまらん。
おしん   ほんに、つまらん。
男   あんたらは、わしを待っておったのだろう? いや、ここのところ、あちこちでわしを待つ者が非常に増えてな。せっかく待っていてくれると、話の一つもせんと愛想なしじゃて、ついつい長居してしもうて、こんなに遅くなったのじゃ。すまん。すまん。
およね   いや、わしらはあんたなんか待っておらん。
おしん   わしらは後藤さんを待っておるのじゃて。
男   いや、だから‥‥。
およね   ゴッドさんとやら。
男   はあ?
およね   まあ、ここに座りんしゃい。
男   でも‥‥しかし‥‥。
およね   座りんしゃい!
男   ああ‥‥はあ‥‥。失礼します。

      男、座る。

おしん   あんたも、ここで後藤さんを待ちなされ。
男   え?
およね   二人で待つより、三人が賑やかでええて。
男   え‥‥はあ‥‥。
おしん   ‥‥時に、あんたはどこから来なすった?
男   え? はあ‥‥あっちです。

      男、空を指さす。

およね   ああ、あっちか。あっちは寒かろうて。もうじき雪も降りそうじゃし。
おしん   ほんに。ほんに。
男   ああ‥‥はあ。

      しばしの間。

男   時に‥‥。
およね・おしん   え?
男   どのくらい待っていなさった?
およね   さあ‥‥もうずいぶんになるからのう‥‥。
おしん   ほんに。ほんに。
およね   もう十年になるか‥‥。
おしん   五十年になるか‥‥。
およね   百年になるか‥‥。
おしん   二百年になるか‥‥。
およね   とんとわからん。
おしん   ほんに。ほんに。
男   え‥‥。
およね・おしん   あっはっはっはっ。
男   あっはっはっはっ‥‥。

      暗転。


6 雨


      女が座っている。
      電話帳を広げている。

女   えーと、磯野、磯野、磯野‥‥。あ、あった。ふーん、けっこういるもんだねぇ。

      女、携帯を取り出す。

女   えーと、非通知にして‥‥と。

      携帯をいじっている。

女   えーっと、〇三三の六四七一‥‥。‥‥あ、もしもし、磯野さんのお宅ですか? あのぅ、カツオ君いらっしゃいますか? え? ‥‥じゃあワカメちゃんは? ‥‥それじゃ、サザエさんは? ‥‥え? あっ。

      女、携帯を切る。

女   小学生だな。‥‥おかあさーんだって。

      女、少し笑う。

女   〇三三四三七一八‥‥。‥‥あ、もしもし‥‥何だ、留守番電話か。
えーっと、次は、〇三六八‥‥。‥‥あ、もしもし、あのぅ、カツオ君いらっしゃいますか? あっ。
何だよ。いきなり切ることないじゃないの? ‥‥ひょっとして、こーゆーのしょっちゅうかかって来るのかな?
ええーっと、〇三三六‥‥。‥‥‥。何? おかけになった電話はお客様の都合によりかかりません? ‥‥ああ、聞いたことある。料金滞納すると、そう言うんだよね。‥‥お客様の都合って、どういう都合だよ? 武富士? アットローン? 東京三菱キャッシュワン? ‥‥ご利用は計画的にね、磯野さん。
次は‥‥〇三三七‥‥。‥‥‥。何? おかけになった電話番号は現在使われておりません? ‥‥使われてないって、電話帳に書いてあるじゃん。‥‥これ、ひょっとして古いのかな?

      女、電話帳を裏返して見る。

女   最新版だよねぇ。‥‥もう、しっかりしてよ、NTT。
えーっと、今度はねぇ、‥‥金田一で行こうかな?

      女、電話帳をめくり始めるが、突然、電話帳を投げ      出して、ひっくり返る。

女   あー、つまんない。これ、つまんないよ。もう、あきちゃったあ。

      しばしの沈黙。
      やがて、女、ゆっくりと座り直す。
      窓の外を眺める。

女   あーあ、よく降るねぇ。‥‥さすがに梅雨ですねぇ。

      女、外を見ている。

女   こんな梅雨らしい梅雨も久しぶりだねぇ。最近カラ梅雨が多かったから‥‥。‥‥地球温暖化?

      女、仰向けにひっくり返る。
      天井を見ている。
      しばしの沈黙。

女   最近のマンションは面白くないねぇ。‥‥昔の家の天井だったら、板が張ってあってさ、それがいろんな模様に見えてさ‥‥外人の顔になったり、犬みたいになったり、雲みたいになったり、‥‥おばけ。‥‥そうそう鎌倉のおじいちゃんのうちの天井は、しみがいっぱいあってさ、おばけがいっぱい見えたよなあ。‥‥それで、恐くて寝られなくて、おばあちゃんに一緒に寝てもらったっけ。‥‥あの家、まだあるのかなあ‥‥。

      しばしの沈黙。

女   ほんとに、よく降るねぇ。

      しばしの沈黙。

女   ♪雨が降ります 雨が降る 遊びに行きたし 傘はなし

女   ♪あめあめ降れ降れかあさんが 蛇の目でお迎えうれしいな ピチピチチャプチャプランランラン

      女、突然立ち上がる。
      マイクを持つしぐさ。

女   ♪あめあめ降れ降れもっと降れ 私のいい人連れてこい あめあめ降れ降れもっと降れ 私のいい人連れてこい

女   ‥‥私のいい人かあ‥‥ほんと、連れて来てよね。

女   ♪こぬか雨降る御堂筋 ジャジャンジャン こころ変わりな夜の雨 あなた あなたはどこよ あなたをたずねて 南へ歩く ああ 降る雨に 泣きながら 身をよせて 傘もささず 濡れて夜の‥‥

      女、座る。

女   あほくさ。

      しばしの間。

女   ほんと、歌の歌詞って変なのが多いよね。‥‥こぬか雨ってどんな雨よ? 蛇の目ってどんな傘よ? こら、責任者出て来い!

      沈黙。

女   はーあ、退屈だなあ‥‥。もう寝ちゃおうかなあ‥‥。

      女、寝そべる。

女   (小さな声で)♪でーんでーんむしむしかたつむり おまえのめだまはどこにある つのだせやりだせあたまだせ

      女、目をつむる。
      長い沈黙。

女   おっきな都会の真ん中の 高層ビルの下 自殺者の身体は朝露にぬれるよ 山のふもとの鳥居の下では 自殺者の身体中 でんでんむし這うよ
‥‥どんな歌やねん。気持ちわりぃー。‥‥あ、そうだ。

      女、座り直して、携帯を取り出す。

女   ‥‥〇九〇七六三一四五五八‥‥。もしもし‥‥あっ。

      女、携帯を切る。

女   何だ、女か。

      女、再び携帯をかける。
      しばらく待って、すぐに切る。

女   また、女だ。

      女、また携帯をかける。

女   あ、もしもし‥‥今、ちょっといいかなあ? ‥‥え? いや、そういう電話じゃないから‥‥。ほんと、ほんと。‥‥え? 私? 私、高橋和美、二七歳。‥‥ほんと、ほんとよ。そういう仕事じゃないから。信じて。‥‥何? 何って、特に用事はないんだけど‥‥私ね、さみしいの。‥‥ほんとよ。‥‥私、一人ぼっちなの。で、さみしいから、誰かとお話したかったの。ただそれだけ。‥‥うん。‥‥信じてくれるの? ありがとう。‥‥あのね、ちょっとお話してもいいかな? 聞いてくれる? ‥‥そう、ありがとう。‥‥私はね、今、ふかーい水の底にいます。まわりにお魚が泳いでいます。小さなカニもいます。私の身体には青い藻がまとわりついています。‥‥いや、怪談じゃないのよ。ただの作り話だから。‥‥そう‥‥。それでね、まわりからクプクプ泡が浮かんでいます。ゆらゆらとゆらめく水面から時々月の光がこぼれてきます。‥‥私は、むかしむかーしのお姫様です。足をなくして泡になった人魚姫です。‥‥泡になって、水になって、それでもずーっと待っているのです。誰って? もちろんそれは王子様です。そしてね、それがもしかしたら、あなたなんです。‥‥どうか目をつぶって聞いてね。‥‥だんだん風景が見えてきたでしょう? だんだんその気になってきたでしょう? ‥‥それでね、私はあなたを待っているの。だから、あちこちに電話したのよ。きっといつかあなたに出会えるだろうって。もう百万回は電話したわ。‥‥そう、だから、これは百万一回目の電話なの。‥‥私、ほんとは、もうあきらめかけていたんだけど、でも、もう一回だけ電話しようと思って‥‥。信じられない? それは当然よね。でも、これは事実なの。‥‥あなた奇跡って信じる? 運命って信じる? ‥‥これはねぇ、その奇跡のお話なの。運命のお話なのよ。‥‥だから、あなたは、もうその運命から逃げられないの。‥‥わかる? ‥‥だって、これは奇跡のお話なんですもの。‥‥だからね、あなたもここに来てちょうだい。‥‥水の底はつめたいの。でも、それ以上にさみしいの。‥‥だから、あなたとわたしで抱きしめあって、暖め合いましょう。‥‥そうしたら、きっと二人は幸せになれるわ。‥‥そう。あなたは私を知らないかもしれない。でも、私は、あなたを知っているのよ。そう。ずっとずっと前から、あなたのことを見つめていたんだから。遠い深い水の底から‥‥。じゃ、待ってるからね。

      女、携帯を切る。
      しばしの沈黙。
      女、窓の外を見る。

女   ‥‥あーあ、よく降るねぇ。

      間。

女   (静かに淡々と)♪あめあめ降れ降れもっと降れ 私のいい人連れてこい あめあめ降れ降れもっと降れ 私のいい人連れてこい

      女は窓の外を見ている。
      長い沈黙。

      暗転。


7 うばすて


      女三人が立っている。

女1   とめどなくあふれる涙の海に、あなたの夕陽が落ちて行きます。
女2   あなたはどこから来たのですか? どこへ行こうとしているのですか?
女3   私はあなたを知りません。あなたは私を知りません。そんな二人が、いつかどこかで出会います。
女1   とめどなく流れる涙の川に、あなたの影が流れて行きます。
女2   あなたは私ですか? 私はあなたですか?
女3   あなたがあなたであるために。私が私であるために。
女1   遠い遠い昔々、まだこの世がこの世でなかった時に。
女2   私とあなたは出会い、そして別れた。
女3   私たちは何度も何度も生まれて、死んで、そうして今ここにいる。
女1   そんな奇跡。
女2   そんな偶然。
女3   そんな日常。
女1   あなたは誰ですか?
女2   あなたは誰ですか?
女3   あなたはあなたですか?
女1   風がピューピュー吹いています。
女2   雨がザーザー降っています。
女3   女がシクシク泣いています。
女1   昔々、この世の始まりに、もしもアダムがイブを姦淫しなければ。
女2   昔々、あめつちひらけし時、もしもイザナギとイザナミがまぐあわなければ。
女3   あなたと私は決して出会うことはなかったのです。
女1   そんな奇跡。
女2   そんな偶然。
女3   そんな日常。
女1   男は女に「愛してるよ」と言いました。
女2   女は男に「愛してるわ」と言いました。
女3   だけど、言葉はしょせん言葉です。それ以上でも、それ以下でもありません。
女1   男は女を強く強く抱きしめました。
女2   女は男を強く強く求めました。
女3   だけど、身体はしょせん身体です。いつかは朽ち果てて行くもの。
女1   男は「僕は君を一生離さないよ」と言いました。
女2   女は「私は一生あなたのものよ」と言いました。
女3   だけど、命はしょせん命です。誰でもいつか必ず死が訪れます。
女1   暗く長い闇夜がどこまでも続くのか。
女2   明るくこがね色の極楽が待っているのか。
女3   それはあの世のお楽しみ。
女1   それでは、そろそろ始めましょうか?
女2   そろそろ始めましょう。
女3   それがいい、それがいいと言いました。マル。

      女三人、ジャンケンをする。

女三人   最初はグー。ジャンケンポン。
女1   勝った。私はお母さん。

      女2と女3がジャンケンする。

女2・3   最初はグー。ジャンケンポン。
女2   勝った。私は娘。
女3   ‥‥じゃあ、私は?
女1・2   おばあさん!
女3   えー!
女1   えーもおーもないのよ。さ、始めましょ。
女2   始めましょ。始めましょ。
女3   えー。

      女、三人、位置につく。
      男がやってくる。

男   おはよう。
女1・2   おはよう。
女3   え‥‥ああ?
女1   ‥‥おかあさん、いつも言ってるじゃないですか? 朝の挨拶は、みんなで一緒にしようって。
女3   ええ‥‥ああ?
女2   ダメダメ、ぼけてるのよ。
女1   (大声で)だからタカシさんが、おはようって。
女3   ああ‥‥メシはまだかいのう? ユミコさん。
女1   (大声で)おかあさん、そんなこと言ってません。だから、おはようって。
女3   ああ‥‥なんか食ったような気がせんのじゃが。
女2   ママ、だからぼけてるんだって。
男   マキ、ちゃんとエサはやったのか?
女2   昨日の晩やったよ。ビーフジャーキー。
男   だから、もうトシなんだから、そんな堅いのはダメだって言ってるだろ。‥‥たしかツナ缶が冷蔵庫にあっただろ?
女2   だって、めんどくさいもん。
男   何が?
女2   缶詰開けるの。
男   そんなぐらい、どこがめんどうなんだ?
女2   だって、缶切りがいるじゃん。
男   持ってくればいいじゃないか?
女2   だから、それがめんどくさいの。
女1   わかった、わかったわ。ママがツナ缶切るから。
男   ユミコ、こういうことは自分で責任もってやらさなくちゃ。‥‥だいたいお前が甘やかすから‥‥。
女2   うっさいなあ。
男   うっさいとは何だ? それが親に向かって言う言葉か?
女1   もう、朝っぱらからケンカしないで下さいよ。ご近所にも聞こえちゃうでしょ?
男   聞こえて何が悪い! 家庭教育がしっかりしてない方が、よっぽど恥ずかしいぞ。‥‥だいたいお前が甘やかすから‥‥。
女3   ユミコさん、メシはまだかいのう?
女1   おかあさん、今はそれどころじゃないんですから。
女2   ほらほら、やっぱりぼけてる。ぼけてる。
男   何を喜んでるんだ! マキ、エサやりはお前の仕事だろう!
女2   だからやったって言ってるじゃん。
男   だから、ビーフジャーキーなんか食わないんだよ!
女2   食わなきゃ、食わないでいいじゃん。
男   そんな調子じゃ、散歩も連れて行ってないんだろ?
女2   行ってるよ。‥‥たまには。
男   たまには?
女1   ああ、それで、最近そこらにおしっことかうんことかするのね。‥‥マキちゃん、お願いだから、散歩だけは連れてってちょうだい。部屋の中がくさくなって困るのよ。ね、お願い。ごはんはママがやるから。
男   だから、それがダメなんだよ。お前が甘やかすから‥‥。
女2   うっさいなあ。
男   何だと!
女3   ユミコさん、メシはまだかいのう?
男   ああ、もううるさい! うるさい!
女1   うるさいのはあなたでしょ? 朝からどなりちらしたり、わたしにやつあたりしたり‥‥だいたい、おかあさんをそんなに邪険に扱っていいの? あなたは知らないでしょうけど、近所でうわさになってるのよ。こないだだって、倉田さんの奥さんに嫌味言われたんだから‥‥。
男   何でオレが文句言われなきゃならないんだよ? だいたいマキが世話をするって言うから‥‥。
女1   あなたはそうやって、いつもマキやわたしを悪者扱いするけど、そういうあなたは何をしてくれたって言うの? おかあさんの面倒は全部私たちに押しつけて、あなたはなんにもしてくれないじゃない?
男   オレには仕事があるんだから。
女1   仕事、仕事って、何でも仕事のせいにして。男はそうやって仕事を隠れ蓑にできていいわね。
男   何だと!
女2   二人とも、もう、ケンカしないでよ!
男   何を言ってるんだ? そもそもお前がおばあちゃんの面倒をみないから‥‥。
女3   ユミコさん、メシはまだかいのう?
男   うるさーい!

      しばしの沈黙。

男   よし。わかった。
女1・2   え?
男   もう、捨てよう。
女1・2   え?
男   誰も面倒が見られないんなら、捨てるしかない。
女1   ‥‥そんな、あなた。
女2   ‥‥パパ。
男   もう、パパは決めたから。
女3   メシはまだかいのう?

      しばしの沈黙。

女1   ‥‥でも、あなた。
男   何だ?
女1   今日は火曜日だから、生ゴミは捨てられませんよ。
男   何?
女1   この頃、ゴミの分別がうるさいんですから。こないだも山下さんが生ゴミの中に燃えないゴミを混ぜていて、当番の人にさんざん嫌味を言われてたのよ。
男   ‥‥‥。
女1   だから‥‥。
男   だから、何だ?
女1   だから、あなたが仕事の帰りに保健所に持って行って下さいよ。
男   ば、馬鹿言え。職場にばあさんなんか連れて行けるかよ。
女1   だって。
男   ‥‥‥。じゃ、じゃあ、マキ。
女2   あ、もうこんな時間だ。遅刻しちゃう。それじゃ、行ってきまーす。
男   あ、おい、マキ。待ちなさい!

      女2、去る。

男   もう‥‥。

      しばしの沈黙。

男   ‥‥あのさ、じゃあ、悪いけど、お前、電話してくれないか?
女1   どこに? 保健所?
男   ああ。
女1   いやよ。‥‥こないだ、テレビでも言ってたでしょ? 最近は、無責任な飼い主が増えてるって。‥‥だから、いろいろ文句言われるのよ。わたし、そんなのいやだわ。
男   そこんところをさ‥‥頼むからさあ‥‥。
女1   どうして、いつもそうなの? 肝心なところになると、男は全部責任を女に押しつけるんだから‥‥。
男   そんなこと言わないでさあ‥‥。オレもいろいろあんだよ。また、今度埋め合わせするからさあ‥‥。
女1   ‥‥今度っていつよ?
男   それは‥‥また、今度だよ。
女1   いつも‥‥いつもそうなんだから。‥‥貧乏くじを引かされるのはいつも女なんだから‥‥。
男   な。

      男、女1を拝む。

女3   ユミコさん、メシはまだかいのう?

      女1、手をたたく。

女1   はい!

      女2が戻ってくる。
      女三人、ジャンケンを始める。

女三人   最初はグー。ジャンケンポン。
女2   勝った。私はピチピチの新入社員。

      女1と女3がジャンケンする。

女1・3   最初はグー。ジャンケンポン。
女1   勝った。私は先輩OL。
女3   ‥‥じゃあ、じゃあ私は?
女1・2   お局さん!
女3   えー!
女1   えーもびーもないのよ。さ、始めましょ。
女2   始めましょ。始めましょ。
女3   えー。
男   ‥‥あのぅ。
女三人   え?
男   あの、僕は?
女三人   窓際族!
男   えー!
女三人   さ、始めましょ。始めましょ。

      全員、位置につく。

女1   さあ、いくわよ! 準備はいい?
女2・3   オー!

      女1、手をたたく。

女1   はい!

      暗転。


8 胎内回帰


      男と女が向かい合って座っている。
      長い沈黙。

女   ‥‥君のあの人は今はもういない。
男   ‥‥ああ。
女   だのになぜ、何を探して‥‥。
男   ‥‥‥。
女   君はゆくのか?
男   ‥‥‥。
女   あてもないのに。
男   ‥‥‥。そうだな‥‥男っていうのはそういうものなのさ。全く愚かな生き物だぜ。フフフ‥‥。
女   ‥‥歌だよ。歌。
男   歌?
女   「若者たち」。
男   ‥‥知らない。
女   え?
男   そんな古い歌。
女   そんな古い‥‥って‥‥ことは知ってるんじゃん。
男   うーん、どっかで聞いたような気もするんだよな。‥‥音楽の教科書に載ってたのかな? ‥‥ねぇ、歌ってみて。
女   えー。よく知らないよ。そんな歌。
男   そんな歌って‥‥そもそもお前が言い出したんだぜ。
女   そうだけど‥‥。歌詞だけならわかるよ。
男   何だよ、それ? ‥‥じゃ、歌詞でいいから言ってみて。
女   うーんとね‥‥確かね‥‥君のゆく道は果てしなく遠い。
男   (鼻歌で)♪君のゆく道は果てしなく遠い
女   そうそう、そんな感じ。
男   それで?
女   だのになぜ歯を食いしばり。
男   ♪だのになぜ歯を食いしばり
女   そうそう‥‥思い出した?
男   だから‥‥次。
女   君はゆくのか、そんなにしてまで。
男   ♪君はゆくのか そんなにしてまで
女   そう、そう、そうだよ! 完璧だよ! ‥‥やればできんじゃん。
男   何が、やればできんじゃんだよ! ふざけんのもいいかげんにしろよ!
女   あ、怒った?
男   ‥‥‥。
女   それって‥‥怒ってるよね。
男   ‥‥‥。
女   えーん。えーん。えーん。
男   ‥‥泣くなら、本気で泣けよな。
女   あら? バレてた?
男   当たり前だ。
女   そっかー。バレてたか。‥‥エヘヘヘ。
男   ‥‥‥。女は得だよな。そうやって、泣くか、笑うかすれば許されるんだから。
女   そんなことないよ。女だって、いろいろつらいのよ。
男   たとえば?
女   ‥‥たとえばって‥‥そんな急に言われてもねぇ。
男   ほーら、やっぱり女は得なんだよ。
女   そんなことない。
男   そんなことある。‥‥あーあ、オレ、男に生まれて損したなあ。
女   じゃあ、女になれば?
男   そんなの、なれるか!
女   ニューハーフとか?
男   バカ言え!
女   あたし、あんたのニューハーフ姿見たいなあ。
男   冗談はヨシ子さん。
女   何それ? それってシャレなの? わあ、おじさんみたいー。
男   ふん、勝手に言ってろ。
女   はい、勝手に言ってます。

      しばしの間。

女   ‥‥あのさ。
男   ‥‥‥。
女   ねぇ。
男   ‥‥‥。
女   ねぇって言ってるでしょ!
男   ‥‥勝手に言ってるんだろ?
女   何よ、それ? 冗談のわからない男はもてないぞー。
男   ダジャレのわからない女はもてないぞー。
女   そんなの聞いたことないぞー。
男   ふん。
女   そんなこと言ってるんじゃないのよ。ちょっと聞いてよ。‥‥あのさ。
男   ‥‥何だよ?
女   男って、どうして旅に出るの?
男   え?
女   そういうパターンって多いじゃない? さっきの歌にしてもさ、小説にしてもさ、映画にしてもさ、さすらいの一人旅みたいなの多いじゃない? ‥‥たとえばスナフキンみたいなの。‥‥ねぇ、あれ、どうして?
男   男が、どうして旅に出るのかってかい?
女   うん。
男   それはね‥‥。
女   うん、それは?
男   そこに旅があるからさ。

      しばしの間。

女   ‥‥‥。それって、ちょっと違わなくない?
男   違わなくない。
女   だって、旅があるからって何よ? そんなの、どこにあるのよ? どこに落ちてんのよ?
男   ‥‥‥。
女   ねぇ。
男   ‥‥‥。
女   ほーら。
男   ‥‥‥。
女   答え、教えてあげようか?
男   ‥‥何だよ? 答えがあるのかよ?
女   答えっていうか‥‥人に聞いた話なんだけどね‥‥。
男   ああ。
女   男は、お母さんを求めてさすらってるんだって。
男   え? ‥‥何だよ?‥‥それって、「母を訪ねて三千里」?
女   茶化さないでよ。真面目に言ってるんだから。
男   だって、世の中みなしごばっかじゃないだろ?
女   もっと正確に言うとね、お母さんのおなかの中に帰りたがってるんだって。
男   え? ‥‥何だよ、それ?
女   胎内回帰って言うのよ。
男   タイナイカイキ? 身体の中に帰るの?
女   ううん。胎内の胎は、胎児とか母胎の胎。お母さんのおなかの中よ。
男   へぇ。
女   人はね、お母さんのおなかの中から生まれ出て、そして、お母さんのおなかの中に帰って行くんだって。
男   へぇ。
女   ほら、老人になると、ぼけてきて、だんだん赤ちゃんみたいになって行くでしょう? あれも胎内回帰らしいよ。
男   ふーん。
女   ね、わかった?
男   ‥‥でもさ。
女   でも、何?
男   それって変じゃん。‥‥お母さんのおなかから生まれてきたのは男だけじゃないだろ? 女だってそうじゃん。
女   ‥‥ウフフフ。‥‥言うと思った。
男   何だよ?
女   ほんと‥‥男ってバカよね。
男   何だよ?
女   ‥‥あのね‥‥女には自分の海があるのよ。
男   ‥‥うみ?
女   そう、海。‥‥女は海から生まれて、そして、新しい海に船出するの。
男   え‥‥。
女   だから‥‥だから、もう帰らなくていいのよ。
男   ‥‥‥。

      女、立ち上がる。

女   (静かに歌う)♪静かだな 海の底 静かだな 何もない
男   ‥‥なんだよ‥‥それ?
女   古い古い歌。むかーしむかしの歌。
男   ‥‥‥。
女   むかーし、むかし、人魚姫は王子様との恋に破れて、泡になってしまいました。自分の涙と一緒に泡になってしまいました。ふかーい、ふかい海の底で、たったひとりぼっちで泡になってしまいました。
静かな静かな海の底で泡になった人魚姫は、やがて小さな海になりました。大きくて深い海の底で、さみしくって小さな泡の海になりました。
そして、そのさみしさの海の中で、ずっと待っているのです。あなたがやって来るのを。あなたが長い旅に疲れて身体と心とを休めに帰ってくるのを。
遠い遠い昔から、今も、そして明日も、十年後も、百年後も、ずーっと、ずーっと、待ち続けているのです。
男   ‥‥‥。

      女、笑っている。

男   ‥‥君は‥‥君は、誰なんだ?

      女、笑っている。

女   ‥‥お帰りなさい。

      女、笑っている。

      音楽。(「今日まで、そして明日から」吉田拓郎)

      暗転。


9 エピローグ


      音楽鳴り続けている。
      男、女三人が立っている。
      音楽が止まる。

男   初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
女1   八月十三日、晴れ。六時半に起きて、お姉ちゃんと一緒に公園に行きました。それからみんなと一緒にラジオ体操をしました。はんこを押してもらいました。ラジオ体操のおじさんが「今日からお盆なのでご先祖様を大切にしましょう」と言いました。家に帰ったら、アサガオが咲いていました。青いアサガオでした。それから朝ご飯を食べていると、八王子のおじいちゃんとおばあちゃんがやってきました。それからお父さんの車に乗って、みんなでお墓参りに行きました。お墓の前でお姉ちゃんが「心霊写真を撮るの」と言って、いっぱい写真を撮っていました。
女2   今田課長ってむかつくのよね。エレベーターの中なんかでも、「おう、元気にやっとるか」とか言って、頭とか、肩とかやたらとさわるのよね。あれって完全にセクハラよねぇ。それから、ちょっと髪の毛を切ってきたりすると、「おっ、失恋でもしたのか?」って。切りたかったら切るじゃん? いったい何十年前の感覚なのよ? それでさ、近づいたら匂いするじゃん? 変な匂い。ああ、これが加齢臭だと思ってたら、頭にチックをつけてるんだって。チックよ、チック。あなた知ってる?
女3   私はあなたを待ち続けていました。朝が過ぎ、昼が過ぎ、赤い夕日が落ちていきました。それでもあなたはやって来ません。そして、一日が過ぎ、二日が過ぎ、一週間が過ぎ、一月が過ぎ、もう何日待ち続けたのかわかりません。やがて夏が終わり、秋が過ぎ、寒い冬が過ぎ、そして春がやって来ました。私の手の上で小鳥たちがささやき、やがて私の頭の上で巣作りを始めました。それでも私は待ち続けました。卵からひなが生まれ、そして巣立って行きました。それでも私は待ち続けました。
男   俺を認めないやつらなんか、みんな死ねばいいんだ。俺の存在を認めない世界なんか、滅びてしまえばいいんだ。こんな俺だってね、生きてるんだよ。一生懸命生きてるんだよ。泣いたり笑ったり怒ったりして、こうして生きてるんだよ。どうして俺を無視するんだよ。どうして俺の声を聞かないんだよ。どうして‥‥どうして‥‥。だから、俺は復讐したんだ。それだけだよ。誰だってよかったんだ。俺を無視するやつらなんか、みんな同じなんだよ。だから‥‥だから、これは正当防衛なんだよ。
女1   八月十五日、晴れ。今日はみんなでお出かけです。おとうさんとおかあさんとおねえちゃんと私とおじいちゃんとおばあちゃんとで、お出かけです。私とおねえちゃんはディズニーランドに行こうと言いました。でも、おとうさんは、豊島園に行こうと言いました。それで、お父さんの車に乗って、豊島園に行きました。道はすごく混んでいました。豊島園もすごく混んでいました。私とおねえちゃんはプールで遊びました。とっても楽しかったです。おじいちゃんとおばあちゃんは、プールサイドで見ていました。三時頃、おじいちゃんが倒れました。救急車で運ばれて行きました。熱中症というのだそうです。私とお姉ちゃんはタクシーで帰ってきました。二人でピザを取って食べました。夜遅くみんな帰ってきました。明日はお通夜だそうです。
男   回れ! 右!

      女三人、回れ右。

男   左向け、左!

      女三人、左向け左。

男   前を向け! 気をつけ!

      女三人、気をつけ!

男   休め!

      女三人、休め。

男   始め! ニッポン!

      女三人手拍子。

男   ニッポン!

      女三人手拍子。

男   声を出せ!
全員   ニッポン!

      全員手拍子。

全員   ニッポン!

      全員手拍子。

全員   ニッポン!

      全員手拍子。

全員   ニッポン!

      全員手拍子。

全員   ニッポン!

      全員手拍子。

男   よーし、休め!

      女三人、休め。

女1   はい、ご苦労さん。それじゃ、始めましょう。

      全員、中央に集まる。

全員   最初はグー、ジャンケンポン! アイコでショ! アイコでショ!
女1   (女3に)はい、あなたは肺ガンで死亡。

      女3、退場。

全員   最初はグー、ジャンケンポン! アイコでショ!
女2   (女1に)はい、あなたは硫化水素で死亡。

      女1、退場。

全員   最初はグー、ジャンケンポン! アイコでショ!
男   (女2に)はい、あなたは、自爆テロで死亡。

      男が残る。
      長い沈黙。
      突然、ナイフで自分の胸を突き刺す。

男   あべし!

      男、倒れる。
      しばしの間。
      やがて、女たちが戻ってくる。
      男も立ち上がる。
      全員が、横に整列。

男   回れ! 右!

      女三人、回れ右。

男   左向け、左!

      女三人、左向け左。

男   前を向け! 気をつけ!

      女三人、気をつけ!

男   礼!
全員   ありがとうございました!

      全員、礼。

      音楽。(「今日まで、そして明日から」吉田拓郎)

      暗転。

                            おわり


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