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アンダンテ・カンダンテ

【これは、2015年に高校演劇部の上演用に書いた演劇台本です】

とある高校の演劇部。コンクールに向けて作品作りに励んでいる。戦後70年を意識して、「戦争と平和」をテーマにした作品にしようとしているが、ただ、過去の悲劇を回顧するだけの芝居にはしたくない。現代に通じる作品にしようと作者は苦悶するのだが‥‥。


    《登場人物》
     サキ・ユミ・ナナ・カナエ(新聞部部員)
     ユウナ・ヤヨイ・サチコ・シオリ・ノゾミ(演劇部部員)
     西池・高島(演劇部・新聞部部員)
     橋本(新聞部顧問)
     山下宏美(演劇部顧問)
     野村(演劇部OB)


  舞台上に、十四人がバラバラに立っている。
  全員がスマホを持っている。

男1  今晩何? ‥‥えー、またカレー? オレ、昼も学食でカツカレーだったんだよ。‥‥だからさぁ、そんなこと言わないでさぁ、そこんところ何とかならないの? かわいい息子のためにさぁ。ねぇ、お母様。‥‥え? ‥‥え? ‥‥わかったよ。わかったよ。何だよ! クソババア!

  BGM。(坂本龍一「THATNESS AND THERNESS」)

女1  あれね、どうも優子がさあ、裏で動いてたみたいなのよね。ほんとむかつくよね、あいつ。あたしたちに文句があるんだったら、堂々と言えばいいじゃない? そう思わない? ‥‥ダメよ。そんな甘いこと言ってるからつけ上がるのよ。‥‥うん‥‥うん‥‥そうそ、そういうこと。
女2  もう眠いんでしょ? じゃ、寝たら? ‥‥え、そんなのわかるって。‥‥いや、そうじゃなくってさあ。別にあたし気にしてないから。‥‥え? 怒ってなんかないじゃん。ていうか、怒ったってしょうがないじゃん。‥‥だからさあ、マジで言ってんのよ。

  呼び出し音とかベルの音とか、いろいろと混ざる。

男2  わしなあ、今飲んどるから、行けんわ。そやから、そっちの方でやっといて。‥‥え? タカシとヒロボン。‥‥ははは、そんなん知るかいな。そんなんわしらの勝手やろ? おまえはおまえで自分のことだけやっとればええんや。‥‥なんやねん?腹決める時は決めんとあかんで。男やろ? ‥‥ほな、そういうことやさかいに。
女3  どうして死にたいかって? そんなのわかりません。ただ、何となく。‥‥消えてしまいたいというか。初めっからなかったことにしたいんですよね。消しゴムでゴシゴシ消しちゃうみたいに。‥‥そうです。私です。。‥‥そういうのって変ですか? そうかもしれませんね。変なんです。私。
女4  ですから、弊社の方でもですね、最善を尽くさせていただくと申し上げているわけです。ご理解いただけませんでしょうか? ‥‥いや、ですから、お客様のご要望は担当の方にしっかりと伝えさせていただきますので。‥‥え? 私ですか? カスタマーセンターの藤木と申します。
女5  これはね、単なる数とか力の問題じゃないのよ。民主主義というシステムの本質的な危機なわけ。‥‥そりゃそうじゃない? 立憲主義というのを無視しちゃったら、もう憲法改正もクソもないわけよ。だから、リベラルとか保守とか、そういう思想以前の手続き論の問題なのよね。
男3  オレ、頭悪いから、そーゆー難しいのはわかんねぇけどさ、そんなのより、なんつーか、やっぱ気持だと思うわけ。理屈よりやっぱハートだよね。‥‥うん、うん、そうそう、だから、オレがどんだけマリのことを大事に思ってるか、愛してるかってのをわかってほしいんだよ。
女6  えー、そんなんうち知らんわ。いややって。お兄ちゃんの方から言うてよ。‥‥あかん。ダメ。ぜーったいイヤ。‥‥だから、何やかや言うても、結局パパはお兄ちゃんを頼りにしてるんやさかい。うちにはわかってんねん。
女7  微分とか積分とか全然わかんないのよ。まるで宇宙人の呪文みたいなの。‥‥いやいやいやそんなのムリムリ。絶対ムリ。そりゃあんたは数学得意だからそんな風に言えるのよ。一度あたしみたいなできない子の気持ちにもなってみてよ。
女8  ヒロシ、それ本気で言ってるの? ‥‥そう。‥‥そうなのね。‥‥だったら、あたし死ぬから。‥‥冗談なんかじゃないわよ。ほんとに死んじゃうから。‥‥死んでやるから。‥‥そんなのやめて。慰めなんかいらないわ。
女9  二十日って空いてる?‥‥うん、土曜日。‥‥ディズニーランド行こうって。‥‥えーっとね、ヒロコとアユミとミホと、それからカナはちょっと考え中だって。‥‥うん。朝イチでバスで行ってさ‥‥えっと七時ぐらいかな? ‥‥いいよ、いいよ、誘ってくれたら。‥‥うん。うん。
男4  だから、あの曲、ダウンチューニングでやった方がいいと思うんだよね。‥‥うん。一音半かな? ‥‥いやいや、やるんだったらそれぐらいにしないと。そしたらさ、断然グルーヴ感が変わってくると思うんだよ。‥‥いや、ほんとほんと。‥‥じゃあ、今度スタジオ入る時、いっぺん音出して試してみようよ。
女10  おかけになった電話番号は現在使われておりません。お確かめになってもう一度おかけ直し下さい。‥‥おかけになった電話番号は現在使われておりません。お確かめになって。

  BGMストップ。
  全員、前を向く。

全員  立ち止まる。考える。‥‥そして、歩き出す。

  ブリッジ。
  暗転


  高校の新聞部の部室。
  女子四人が、新聞を読んでたり、スマホをいじったりしている。

サキ  (新聞を読み上げる)進む青少年の絶食化。‥‥ええっと‥‥今年の「児童・生徒の性に関する調査」によると、中学三年生の生徒への「あなたは今まで性的接触をしたいと思ったことがありますか」との質問に対して、「ある」と回答した人数は、男子二五・七%、女子一〇・九%となった。思春期まっただ中の十五歳男子の四人に三人は、「異性への性的興味」がないのである。
おっ、これ、おもしろいんじゃない? すっごくタイムリーじゃない?
ユミ  あんた、ほんとにそういうの好きねぇ。年がら年中そういうことばっか考えてんじゃない?
ナナ  飢えてんのよ。発情期とか?
カナエ そういうお下品なネタは、どうもねぇ。
サキ  飢えてるとか、お下品とか、そういうんじゃないわよ。ちゃんとした調査なんだから。‥‥それにさ、こういうのもあるよ。‥‥ええっとね、一九八七年の調査では男子生徒八六%、女子生徒三六%が「ある」と答えていた。‥‥これ、すごくない? 昔の男子は九割はやりたかったのに、今じゃたったの二割五分なんだよ。
ナナ  またあ。「やりたい」とか、そういうストレートな表現は禁止。
カナエ だから、下ネタはやめてよ。
サキ  下ネタなんかじゃないわよ。これって国家的な超重要な問題じゃない? 男子が女子に興味持たなくなってんのよ。これじゃ少子化が進むわけだわ。このままじゃ、日本は滅びちゃうわ。
ユミ  まあ、確かに、私たちの婚活も難しくはなるわね。
ナナ  ええー! ユミ、もう婚活とか考えてんの?
ユミ  いやいや、一般論よ。一般論。
カナエ まあ、確かにね。受験が終わったら、すぐに就活で、その次は婚活で、まあ、そんな遠い未来の話ではないかもしれない。
ナナ  そんな夢のない話はやめてよ。私たち、まだピチピチのJKなんだからさあ。
ユミ  「ピチピチのJK」って、なんかおじさんみたいな言い方よね。
ナナ  うるさい!
サキ  じゃあ、今年の文化祭のテーマはこれでいいわね。‥‥ええっと、「草食化から絶食化へ 青少年の性意識を考える」。
ナナ  ダメよ。そんなの。新聞部は発情期だとか言われちゃう。
サキ  メディアはそれくらいのセンセーショナリズムが必要なのよ。タダでさえ、新聞部は絶滅危惧種で影薄いんだから。インパクトがなくっちゃ。
ユミ  それはそうだけど‥‥。
サキ  でしょ?
ユミ  でもねぇ‥‥。
カナエ 却下。
サキ  ええー!
カナエ だから、前から言ってるでしょ? 今年は戦後七十年なんだから、戦争と平和のテーマで行こうって。
サキ  だから、そういうお堅いテーマばっかだと、ますます絶滅危惧種になるって言うのよ。もうとっくにレッドデータに入ってんだから。ここは、起死回生の一発逆転満塁ホームランでさ。栄西高校に新聞部あり!って全校に知らしめなくっちゃ。私たち、メダカにはなりたくないのよ。
ユミ  メダカって何よ?
サキ  ええ? あんた知らないの? メダカは絶滅危惧種なのよ。
ユミ  メダカって、あのメダカ? お魚の?
サキ  そう。あのメダカ。
ユミ  ♪メダカーの学校は、のメダカ?
サキ  そう。♪メダカーの学校は、のメダカ。
ユミ  うっそーん。
サキ  うっそーんじゃないわよ。もう! これだからイマドキのワカイモンは。

  男子二人が入って来る。

西池  遅くなりましたー。
高島  ごめんなさーい。
サキ  来たよ。来たよ。絶食青少年。
西池  え?
高島  何、それ?
ユミ  いやいや、何でもないから。‥‥で、できたの? 演劇部の台本。
西池  ‥‥それがさあ。
高島  ‥‥一応、題名だけはね。
ユミ  え、どんな題名。
西池・高島  「ある日、ある時、ある場所で」。
ユミ  何それ?
ナナ  どんな話?
高島  どんなって‥‥まあ、一応、テーマだけは決まってるみたいなんだけど。
ナナ  まだできてないの?
西池  まあ‥‥みたい。
ナナ  合宿、もうすぐなんでしょ?
高島  まあ、そうなんだけど‥‥。
ナナ  どのくらいできてんの?
西池  それが‥‥よくわかんなくて。
ナナ  え? どういうこと?
高島  先輩、家に引きこもっちゃって。
カナエ え? ノゾミちゃん?
高島  うん。
ユミ  家で缶詰で書いてんの?
西池  ‥‥かなあ?
高島  何か、降りてこないと書けないんだって。
ユミ  で、その降りてくるのを待ってるの?
高島  ‥‥みたい。
サキ  降りてくるって、何か、霊媒師みたいだね。
ユミ  で、その決まったテーマって何?
西池・高島  戦争と平和。
サキ  おおー、ブルータス、お前もか?
西池  え? 何それ?
ユミ  いやいや、何でもないから。
西池  ふーん。
ナナ  それで、今、何してんの? 台本なしで。
高島  柔軟とか。
西池  発声練習とか。
ナナ  とか?
高島  あと、時々昔の台本を読んだりとか‥‥。
ナナ  それって、退屈じゃない?
西池  ‥‥んー、まあ。
高島  まあ。
ナナ  そっかあ。大変なんだ。
西池  ‥‥んー、まあ。
高島  まあ。
西池  でさ、ちょっと時間があるもんだからさ、こっちの方ものぞいとこうとか思って。
ユミ  ほおー、新聞部は、その程度の扱いなんですかい?
西池  いや、そういう意味じゃないんだけどさ。
高島  ごめん。
サキ  ま、どうせ、あたしらメダカですからね。
西池  え? メダカ?
ユミ  いやいや、何でもないから。
西池  ふーん。
高島  それで、文化祭のテーマ決まったの?
サキ  お、いよいよ核心を突いてきましたな。‥‥モチのロンです。
高島  で、何?
サキ  青少年の性意識を考える。
カナエ (同時に)戦争と平和。
高島  え?
ユミ  いやいや、何でもないから。
高島  え?
サキ  何でもないって、何よ!
ユミ  いや。
カナエ そうよ。失礼じゃない?
ユミ  いや。
高島  どうなってんの?
ナナ  いやあ、こっちも大変なんすよ。

  教師(橋本)がやって来る。

橋本  おはよう。
生徒達 おはようございます。
橋本  で、どうだ? テーマは決まったか?
カナエ ‥‥それが。
橋本  何だ? まだなのか?
カナエ いや‥‥少しもめてまして。
橋本  もめてる?
カナエ 案が二つあって‥‥。
橋本  二つ? どういう案だ?
カナエ 一つは、戦争と平和です。今年が戦後七十年の年ですから、第二次世界大戦について考えてみようかと。
橋本  ふーん。それで、もう一つは?
サキ  青少年の性意識について考える、です。若者の絶食化と少子化問題について考えてみようって。
橋本  絶食化?
サキ  最近、特に草食男子がますます進行して、性の関心がほとんどなくなりかけてるんです。それを絶食化って言うんです。
橋本  ほおー。絶食化ねぇ。なかなかうまいことを言うな。
サキ  でしょ?
橋本  でも、性の問題は、ちょっと微妙だな。
サキ  え? 微妙?
橋本  うん。扱い方を慎重にしないと。
サキ  そうですか?
橋本  ああ。興味本位と思われないようにしないとな。
サキ  はあ。
橋本  それから、佐々木。
カナエ はい。
橋本  戦争の話はいいが、それも扱いを慎重にしないとな。
カナエ はあ。
橋本  ほら、最近の安保法制の話とかもあるから、その辺の扱いをな。
カナエ はあ。
橋本  まあ、どちらにしても、けっこうデリケートな問題を含んでいるから、作業を進めるにあたっては、こまめに報告をしてくれ。
カナエ・サキ  はあ。
橋本  頼むよ。‥‥じゃ、先生は、保護者面談があるから。
カナエ・サキ  はあ。
橋本  じゃ。
生徒達 ありがとうございました。

  顔を見合わせる生徒達。

  ブリッジ。
  暗転。


  ホリゾント、青空(流れ雲)。
  暗い舞台上に五人が浮かび上がる。
  女五人の歌(「さとうきび畑」)

♪ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ
今日も見わたすかぎりに 緑の波がうねる
夏の陽ざしの中で

  女たちは、歌をバックに語り始める。

ユウナ  昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ヤヨイ  おじいさんは遠い遠い国に出かけて行き、おばあさんは家で子供を育てていました。
サチコ  おじいさんは遠い国で、家族を守り、ふるさとを守り、国を守るために一生懸命に働いていました。
シオリ  おじいさんは悪い敵をやっつけるために、鉄砲をかついで、野を歩き、川を渡り、山に登りました。
ユウナ  おじいさんは悪い敵をいっぱいいっぱいやっつけました。正義のためにやっつけました。
サチコ  おじいさんは、悪い敵をいっぱいつかまえました。そして、悪い敵がこっそり隠れている家も町も焼きました。
シオリ しかし、悪い敵にも家族がいました。おじいさんにやっつけられた悪い敵の家族は泣きました。
ノゾミ そして、悪い敵の家族はおじいさんを憎みました。とてもとても憎みました。
ユウナ  悪い敵はそれでも戦いをやめませんでした。悪い敵の家族を守り、悪い敵のふるさとを守り、悪い敵の国を守るために一生懸命戦いました。
ヤヨイ  やがておじいさんは悪い敵にやっつけられてしまいました。悪い敵の正義のためにやっつけられました。
サチコ  おばあさんは何も知らないでおじいさんを待っていました。子供を守りながらずっとずっと待っていました。
シオリ  やがて悪い敵がおじいさんとおばあさんの国に攻めてきました。家もお寺も神社もみんなみんな焼けてしまいました。
ユウナ  それでもおばあさんは信じていました。正義は必ず勝つと信じていました。震えながら信じていました。
ヤユイ やがていくさは終わりました。ふるさとも国も正義も家もおじいさんもみんなみんななくなってしまいました。
サチコ おばあさんは子供を抱きしめながら遠くを見つめていました。太陽がギラギラと照りつける夏の空を見つめていました。
シオリ  おばあさんはふとおじいさんの声を聞いたような気がしました。でもそれは木の葉を揺らす風の音だったのかもしれません。
ノゾミ ある日、ある時、ある場所で、本当にあったお話です。

♪ざわわ ざわわ ざわわ 風に涙はかわいても
ざわわ ざわわ ざわわ この悲しみは消えない

  男(野村)が出てくる。

野村  ハイッ!(と手をたたく。)

  舞台は、教室の明かりに変わる。
  大黒下りる。

ノゾミ 先輩、どうでした?
野村  そうだねぇ‥‥やっぱ、歌とセリフの切り替えかなあ。難しいのかなあ? もうちょっとスムーズにできたらねぇ。できれば、まるでBGMを流しながらしゃべってるみたいな感じで聞こえたらいいんだけど。
ノゾミ はい。
野村  それから、歌。そんなに悪くはないんだけどさ、できればもっと透き通った天使の歌声みたいな感じでさ。ほら、♪ざわわ、ざわわ、ざわわ 広いさとうきび畑は‥‥。

  女子たちクスクス笑う。

野村  だから、イメージだよ、イメージ! 別にオレが歌うんじゃないんだからさあ。キミらが歌うんだよ。キミらが。そこんとこわかってる?
女子達  はーい。
サチコ 歌を録音して流したらダメなんですか?
野村  それはダメだよ。映画やテレビじゃないんだからさあ。あのさ、わかってる? 演劇ってナマモノなわけよ? 録音と生声じゃ、リアリティっていうか、その、何だ? 存在感みたいなのが全然違ってくるわけ。そこんとこわかんないと‥‥な、作者、そうだろ?
ノゾミ はい。そうですね。
野村  な。キミらももっともっとナマの芝居を見て勉強しなくちゃ。
女子達 はーい。

  教師(山下)が入って来る。

山下  お疲れ様。
女子達 おはようございまーす。
野村  あ、先生、おはようございます。
山下  その、おはようございますって、何とかならない?
野村  え?
山下  いや、その、朝はいいけど、夕方でも夜でもおはようございますって言うのはねぇ。
野村  はあ。‥‥でも‥‥
山下  いや、業界の習慣だというのはわかってるのよ。でも、私みたいな専門外の人間からすると、やっぱり何度聞いても慣れないのよねぇ。
野村  そうですか?
山下  それだけじゃなくってさ、何か演劇って、そういう業界用語みたいなのが多いじゃない? なぐるとか、殺すとか、飛ばすとか。
野村  そう言えば、そうですね。
山下  ナグリじゃないとダメなわけ? トンカチでよくなくない?
野村  はあ。
山下  別にね、そういう「形から入る」みたいなのが全然無意味だとは言わないけど、ヘタすると、なんか変な業界人気取りみたいな人がよくいるじゃない? 形ばっかりの。あれってどうかと思わない?
野村  ああ、確かにいますね。そういう人。
山下  大学のサークルとか多いんじゃない?
野村  まあ、そう言われれば、そう‥‥かな?
山下  あ、ごめん、ごめん。こんな文句を言うつもりじゃなかったのよ。‥‥野村君、いつもいつもありがとう。まあ、これでも飲んで。

  山下、ジュースを差し出す。

野村  ああ、ありがとうございます。
山下  それで、もう試験は終わったの?
野村  はい。こないだ。
山下  じゃあ、晴れて夏休みね。
野村  はい。
山下  でも、いいの? サークルとかバイトとか忙しいんじゃない?
野村  まあ、その辺は、自分で調整してますから。
山下  ほんと頼りない顧問でごめんなさいね。私がもうちょっと演劇がわかる人間だったらよかったんだけど。
野村  いやいや、そんなことないっすよ。先生がいなけりゃ、とっくの昔に演劇部はつぶれてますよ。なあ、キミらもそう思うだろ?
女子達 はい!
山下  ほんと? もう、みんな口がうまいんだから。
野村  いやいや、マジでそう思ってますよ。
ユウナ ほんと、思ってますよ。
シオリ そうよ、マジですよ。
ヤヨイ ヒロミンは、演劇部の宝です!
サチコ 国宝です。世界遺産です!
山下  世界遺産って‥‥そんなヒトを遺跡か仏像みたいに言うのはやめてよ。あんまりうれしくないわよ。

  女子達、笑う。

山下  練習、ちょっと一段落ついたの?
野村  ああ、そうですね。
山下  それじゃ、ちょっと休憩しましょうか? これだけ暑いと、休み休みやらないと熱中症になっちゃうから。
女子達  はーい。
山下  みんな、ちゃんとお水飲んでね。
女子達 はーい。
野村  先生。クーラーって入れられないんですか?
山下  それがダメなのよ。部活動では使えないの。
野村  えー。せっかくあるのに。
山下  確かにそうよねぇ。
野村  ガンガン入れてやってる学校もあるって聞きましたよ。
山下  それは私学でしょ? うちは公立だから‥‥。
野村  いわゆる大人の事情ってやつですか?
山下  まあ‥‥そういうこと。‥‥それじゃ、十五分休憩!
女子達 はーい。

  女子達、去り始める。

山下  あ、桐原さん、ちょっと残ってくれる? 悪いけど。
ノゾミ あ、はい。
山下  それから野村君も。
野村  はい。

  残りの女子達、退場。
  山下、野村、ノゾミが残る。

山下  ‥‥それで、プランの方は最後まで完成してるのかな?
ノゾミ はい、だいたい。
山下  後半は、どういう風に展開して行くわけ?
ノゾミ 沖縄戦とか原爆の話とかをモチーフにして構成していこうかなって。
山下  ふーん。そっか。
ノゾミ はい。‥‥でも。
山下  でも?
ノゾミ 沖縄戦とか原爆の話はいろいろ調べたんです。でも、それをセリフにするとなると、方言がよくわかんなくて。
山下  ああ、方言ねぇ。‥‥それって、方言じゃないとダメなのかな? 標準語でもよくなくない?
ノゾミ いや‥‥でも。
野村  リアリティの問題だね。
ノゾミ ああ、それです。
野村  確かに、方言が入るとグッと来るものがあるもんねぇ。
ノゾミ ですよね!
野村  「お母さん、私、死にたくないよー」より「おっかあ、オラ、死にたくねぇずら」の方が説得力があるよねぇ!
ノゾミ はい!

  野村にピン。
  BGM。(「与作」カラオケ)

野村  「お、おっかあ‥‥おら、もうダメずら‥‥。」
「節子、何そげな弱気なこつ言ってるだべ。ぜってぇ治るずら。」
「いんや、わかるずら。‥‥おら、もうダメたべ。」
「そげなこつねぇって!」
「おっかあ‥‥人は死んだらお星様になるって聞いたべが、あれってほんとずらか?」
「何言っとるだべ。このたわけが!」
「おら、お星様になって、空からみんなの幸せ願ってるだべ。‥‥おっかあ、ほんとにあんがとな。‥‥ガク。」
「節子? 節子ー!」
「神様‥‥助けてくんろ。助けてくんろー!」

  音楽。(「瞳をとじて」平井堅)
  ミラーボール。

  ピン、ミラーボール、消える。

野村  ね。
ノゾミ (拍手)ですよねー!
山下  あんた、一人で何やってんのよ? それ、どこの方言?
野村  いや、適当ですよ。適当。‥‥でも、雰囲気わかるでしょ?
山下  まあ、それはわかるけど‥‥ええっと、そうすると、琉球語と広島弁と長崎弁?
ノゾミ まあ、広島と長崎はどっちかでいいと思いますが‥‥。
山下  沖縄と広島と長崎ねぇ‥‥。そっち方の出身の人って誰か知ってる?
ノゾミ それが‥‥。
野村  ああ、いるよ。確か、大学のサークルに広島出身のヤツがいたよ。
山下  じゃ、沖縄は?
野村  それは‥‥。
山下  やっぱり標準語でいいんじゃない? 無理矢理作った方言って、どうしてもウソくさくなるし、それに、特定の地域の話でもないんだから。
ノゾミ はあ‥‥。
山下  戦争と平和全般を扱った話なんでしょ?
ノゾミ ええ、そうです。
山下  だったら、無理して地方色を入れなくてもいいじゃん。
ノゾミ ですかねぇ?
山下  私はそう思うな。
ノゾミ はい、わかりました。
山下  じゃ、そういうことで、よろしくね。ごめんね。時間取らせたわね。じゃ、休憩して。

  山下、野村、去ろうとする。
  ノゾミ、立ち止まっている。

山下  え? 桐原さん、どうかしたの?
ノゾミ あの‥‥ちょっといいですか?
山下  え? ああ、いいけど。‥‥何か込み入った話?
ノゾミ 込み入ったってほどじゃないんですけど‥‥。
山下  じゃ、まあ、座りましょうか?
ノゾミ あ、はい。
山下  野村君もいていい?
ノゾミ はい。

  三人、イスに座る。

山下  で、何なのかな?
ノゾミ あの‥‥今回の芝居のことなんですけど。
山下  うん。
ノゾミ 戦争と平和の話なんですけど。
山下  うん。
ノゾミ 単なる昔話にはしたくないんです。
山下  え? それ、どういうこと?
ノゾミ だから、今年が終戦から七十年ということで、このテーマを考えたんですけど、昔戦争があって、とても悲しいことがいっぱいあって、平和な時代の私たちもそういう経験を忘れずにいましょうね、みたいなのはイヤなんです。
山下  ‥‥というと?
ノゾミ 戦争って、単に過去の話じゃないと思うんです。第二次世界大戦が終わってからも、ずうっと絶え間なく戦争は続いてますよね。朝鮮戦争とか、ベトナム戦争とか、中東戦争とか、イラク戦争とか‥‥今、私たちがこうやって演劇の稽古なんかをしてるこの時間にも、世界のどこかで戦争をやっていて、誰かが死んでるんですよね。
山下  ‥‥うん。
ノゾミ だから、戦争と平和の話っていうのは、現在進行形の話だと思うんです。
山下  たしかに、そうよね。
ノゾミ そして、それは、現在だけではなくって、未来にも進行していく話だと思うんです。
山下  うん。
ノゾミ そして、それは遠いどこかの国の話でもなくって、私たちの日本にも可能性のある話だと思うんです。
山下  ‥‥そうね。
ノゾミ まだ、よくわかんないけど、たぶん将来、私も結婚して、子供を産むかもしれない。私だけじゃなくって、この国に子供たちは確実に生まれますよね。その子供たちが、今みたいな平和な暮らしができるって保証はあるでしょうか? 戦争に巻き込まれないって保証はあるでしょうか?
山下  保証ね‥‥。
ノゾミ だから、この戦争と平和って問題を、現在形の、あるいは未来形の話で考えたいんです。
山下  未来形‥‥。
ノゾミ でも、そうすると、かなり政治的なメッセージなんかも入ってくると思うんです。戦争反対とか。そういうのを入れてもいいんでしょうか?
山下  ‥‥そっか。それで悩んでるんだ。
ノゾミ はい。
山下  そうねぇ。‥‥いいんじゃない?
ノゾミ え?
山下  いや、それは、あなたの素直な気持ちなんでしょ?
ノゾミ え? ええ。
山下  桐原さんが、自分の頭と心で一生懸命考えた結論が、たとえば戦争反対だったら、それを主張することに何の問題もないと思うけど?
ノゾミ ‥‥ほんとに‥‥そうでしょうか?
山下  それは、そうでしょう?
ノゾミ ああ‥‥そうですよね。
山下  そうよ。むしろ、自分の意見をしっかり主張できるなんて、素晴らしいことよ。自信を持ちなさい。
ノゾミ ですよね。‥‥ああ、よかった。
山下  これで安心した?
ノゾミ はい!
山下  じゃ、がんばって。締め切りはとっくに過ぎてるゾ。お尻にボーボー火がついてるんだから。
ノゾミ はーい。
山下  話はそれだけ?
ノゾミ はい。
山下  じゃ、とりあえず、お水だけは飲んでね。
ノゾミ はーい。

  ノゾミ、去る。

野村  ふーん。なかなかよく考えてますねぇ。
山下  ほんとねぇ。イマドキの高校生も、捨てたもんじゃないわね。どこかのボンクラ大学生より、よっぽどしっかりしてるわ。
野村  どこかのボンクラ大学生って、ひょっとして?
山下  さあ、どうでしょう? 一般論よ。一般論。
野村  ホントですかあ?
山下  さあねぇ?
野村  ひでぇなあ。
山下  さあ、私たちもお水は飲んどかなくっちゃね。トシ取ってる分だけ、あの子たちより熱中症のリスクは高いんだから。
野村  トシって、先生、まだ若いじゃないっすか?
山下  あら、ちゃんとお世辞も言えるようになったのね。ちょっとは成長してるじゃない?
野村  お世辞じゃないっすよ。
山下  あ、そうだ。職員室の冷蔵庫にポカリがあったわ。
野村  お、いいっすね。
山下  クーラーも入ってるし。
野村  うわあ、天国だあ!
山下  じゃ、行こう。
野村  はーい。

  山下、野村、去る。

  ブリッジ。
  暗転。


  新聞部の部室。
  女子四人が、雑誌を読んだり、スマホをいじったりしている。

サキ  ‥‥あのさあ、部長。
カナエ 何?
サキ  ちょっと提案があるんだけどさあ。
カナエ 提案って何よ?
サキ  その、文化祭のテーマ、戦争と平和でもいいんだけどさあ。
カナエ いいんだけどさあじゃなくて、もう決定事項よ。
サキ  それはそうなんだけどさあ。
カナエ だったら何よ?
サキ  戦争中って、ほら、食糧不足だったわけでしょ?
カナエ うん。
サキ  お米が食べられなくて、イモとかイナゴとかカエルなんかも食べてたわけじゃない?
カナエ うん。あんたにしては、勉強してるじゃない?
サキ  そういうのって、コラボできなくない?
カナエ 何よ? コラボって?
サキ  だから、戦争中の食糧難と、現代の絶食化。
カナエ はあ?
ユミ  出ました!
ナナ  絶食男子!
サキ  何かグッドアイディーアだと思わない?
カナエ 何がグッドアイディーアよ!
サキ  ほら、現代の我々にも訴える力のある発表にしなければって、あんたも言ってたじゃん。
カナエ それが何の関係があるのよ?
サキ  わかんない子だねぇ。だから、昔の食糧難と現代の絶食化!
カナエ 全然関係ないわよ。
サキ  あるって!
カナエ それは単なるこじつけ! そういうの何て言うか知ってる?
サキ  何よ?
カナエ 我田引水。牽強付会。
サキ  え? それ、何語?
カナエ 日本語。
サキ  そんなの知るかよ! あんたは四字熟語辞典かよ? ちょーっと難しい言葉知ってるからって調子に乗ってんじゃねぇぜよ。ねえ、みんなもそう思わない?
ユミ  ガデンインスイは知ってる。
サキ  あ、そう。あんたも四字熟語協会に入ってな。
ナナ  ケンキョーフカイ? それは聞いたことない。
サキ  ナナちゃーん。あんたはホントにいい子ねぇ。
ナナ  でも、その企画はやっぱり無理矢理だと思うな。
サキ  おおー、ブルータス、お前もか! ロミオよ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?
カナエ 何一人芝居やってるの? そんなのが好きだったら、あんたも演劇部に入ったら?
サキ  うるちゃいな!
カナエ ほんとあきらめの悪い子ね。もう多数決で決まったんだから、あきらめな。
サキ  おお、カエサルよ、もはやサイは投げられたか!
カナエ またあ。だから演劇部に入れって。
サキ  入りませーん。
カナエ とにかく、そんなに時間はないんだから、みんなで分担して取材を始めてよね。
サキ・ユミ・ナナ はーい。
カナエ ゲームばっかやってないで。
ユミ  はーい。
ナナ  取材って、ネットでググってきて、適当にまとめたらよくなくない?
カナエ それはそうだけど、それじゃ、新聞部の意味ないと思わない?
ナナ  じゃあ、どうすんの?
カナエ ほら、昔から言うじゃない? 新聞記者は、足で稼ぐのよ。
ナナ  足で稼ぐって?
カナエ ナマの声を取材すんのよ。たとえば、近所のおじいさんとかおばあさんの話を聞くとか。
ナナ  なるほどー。
サキ  確か戦後七十年って言ってたよね。それじゃ、相当トシ食ったジジババ捕まえなきゃなんないよ。当時高校生だったとしても、十五たす七十で‥‥八十五歳じゃん? そんなジジババっている?
ユミ  探せばいるだろうけど‥‥。
カナエ あんたたち、ちょっとは頭使いなさいよ。ほら、たとえば老人ホームとか。
ユミ  あっ、そっかー。
ナナ  なーるほどねー。
サキ  さすが、腐っても部長ね。
カナエ 誰が腐ってるって?
サキ  ほめてんのよ!
カナエ うそつけ!

  西池、高島が入って来る。

西池  おはようございまーす。
高島  おはようございまーす。
サキ  もう! だから、その気持ち悪いあいさつはやめてよ!
西池  チョットイイデスカ?
高島  チョットイイデスカ?
サキ  ダメ! 今、作戦会議中。
カナエ もう終わったから、いいよ。
サキ  カナエ、こいつら甘やかしたら‥‥
カナエ で、何なの?
西池  お客様でーす。
カナエ え? お客様?
高島  演劇部のみなさんでーす。

  演劇部の女子たちが入って来る。
  全員が「おはようこざいまーす」のあいさつ。

サキ  うわっ、おはようございます軍団が攻めてきた!
カナエ まあまあ、みなさん、にぎにぎしくもおそろいで。‥‥で、何の御用ですか?
演劇部 ちょっとご相談がありまして。
ユミ  わ、何で声そろえる?
ナナ  ほんと、無駄な労力よね。
カナエ 相談って何ですか?
ユウナ 新聞部は今年の文化祭で、
ヤヨイ 戦争と平和をテーマにするそうですね。
カナエ あ、はい。
ヤヨイ 実は、演劇部も、
サチコ 戦争と平和の劇をやるんです。
カナエ ああ‥‥そう‥‥なんですか?
シオリ つきましては、
ノゾミ いい機会だから、演劇部と新聞部でタイアップしないかと、そういう話が出てるんです。
カナエ タ・イ・ア・ッ・プ?
ユウナ いわば、コラボ企画です。
ユミ  出ました!
ナナ  コラボ企画!
カナエ コラボって、いったい何をやるの?
ノゾミ 実は、私が台本を書いてるんだけど、戦争のことって、知ってるようであんまり知らないじゃない? その辺について、新聞部の豊富な知識で助けてもらえないかなあって‥‥。ほら、時代考証とか、いろいろあるし‥‥。
カナエ ああ‥‥そういうことね。
ノゾミ うん。‥‥それと‥‥。
カナエ それと?
ノゾミ もしよかったら、劇にも出てもらえないかなあって‥‥。
ユミ  えええ、私たちが出演するの?
ナナ  それは、ちょっと‥‥。
カナエ そうよね。それはちょっと無理じゃない?
ユウナ でも、うちの男子、いや、お宅の男子でもあるんだけど、彼等に聞いたら、けっこうできる人がいるとか。
カナエ できる人? できる人って、もしかして‥‥。
西池  山崎
高島  サキさん?
サキ  え? 私? ムリムリムリムリムリムリ。
ユミ  ああ、それは、たしかに。
ナナ  できるかも?
サキ  あんたら、ドサクサに何言ってんのよ!
ユミ  だって、さっきもやってたじゃん。
ナナ  ブルータス、お前もか!
カナエ ロミオよロミオ、どうしてあなたはロミオなの?
ヤヨイ やっぱり、できるじゃん。
サチコ だよね。
サキ  え? ムリムリ。
シオリ いや、あなただけじゃなくて、全員。
新聞部 えええー!
ノゾミ じゃあ、決まりね。
演劇部 よろしくお願いしまーす。
カナエ ちょちょちょっと待ってよ。私たち、全員素人よ。そんなの無理よ。
ノゾミ そんなことないわよ。あのね、お芝居っていうのは、経験はもちろん大切だけど、素質っていうのがあるのよ。できる人はできる。できない人はできない。そういうシビアな世界なの。
カナエ 何かわかったようなわかんないような理屈で何が言いたいの?
ノゾミ ちょっと見れば、わかる人にはわかるの。あなたたちはできる人だわ。だから、
演劇部 よろしくお願いしまーす。
カナエ そんな無茶苦茶な‥‥。

  橋本が出てくる。

橋本  まあ、大変だとは思うが、これも後になればいい経験になると思うぞ。
カナエ 先生! 先生まで何言ってるんですか?

  山下が出てくる。

山下  ほんと、難しい提案だとは思ったんだけど、橋本先生が快く引き受けて下さったので助かったわ。
カナエ えええ、そ、そうだったんですか? 先生?
橋本  若いうちの苦労は買ってでもしろって言うからな。
ユミ  ‥‥私たち‥‥売られちゃったのね。
ナナ  ♪ドナドナドナドーナ子牛を載せて ドナドナドナドーナ荷馬車は揺れる
サキ  おおおおおー、ブルータス! お前もかあー!

  橋本と山下、にっこり目を合わせる。

  ブリッジ。
  暗転。


  暗闇の中、「海ゆかば」が荘重に鳴り響く。
  舞台がゆっくりと明るくなる。
  中央に自衛隊の制服姿の西池の大きな顔写真がつり下がっている。
  その下に、喪服を着たユウナ。
  脇に、制服姿の自衛官、吉田(高島)が、直立不動で立っている。
  花道の上手、下手に、それぞれ4人ずつ制服の女子高生達が並び、直立不動で立っている。

首相の声  故・小林和也陸曹の非業の死を悼み、衷心より哀悼の誠を捧げます。シリアの復興支援と治安の維持に尽力された将来ある有為の自衛官を失ったことは、大きな悲しみであると共に、卑劣なテロリズムに対する強い憤りを禁じ得ません。御家族の胸中を察するに、申し上げる言葉もありません。心からお悔やみ申し上げます。
小林陸曹は、我が日本国、日本国民の誇りであります。我々は、あなたの国を思い、平和を願う高い志と熱い思いを決して忘れることはありません。日本政府と日本国民は、平和の礎として散った尊い英霊の遺志に応えるべく、敢然としてシリアの復興と平和維持に精励することをここにお誓い申し上げます。
どうか安らかにお眠り下さい。
                内閣総理大臣、猿渡繁樹。

    高島と女子高生が一斉に敬礼する。
    ユウナが会釈する。

    照明が薄暗くなり、ユウナにエリア明かり。
    高島が上手に退場する。

    ユウナにカメラのストロボが連射される。

    ボイスレコーダーをかざして女子高生たちがユウナの周りに集まってくる。

ヤヨイ 亡くなられたご主人に、何かおっしゃりたいことは?
ユウナ え‥‥。
サチコ 猿渡首相に対して、何かおっしゃりたいことは?
ユウナ あの‥‥。
シオリ お腹にお子さんがいらっしゃるんですよね。
ユウナ ああ‥‥はい。
ノゾミ 今、何ヶ月ですか?
ユウナ えーと、六ヶ月です。
サキ  自衛隊史上、初の戦死者ということになりますが、それについてはどう思われますか?
ユウナ そういうことは、私の立場では‥‥。
ユミ  ご主人は、お子さんの名前は考えていらっしゃったのでしょうか?
ユウナ いえ‥‥それは、まだ‥‥。
ナナ  首相が「英霊」という言葉を使いましたが、それについては?
ユウナ さあ‥‥それは‥‥。
カナエ 小林陸曹に国民栄誉賞を与えるべきだという声がありますが?
ユウナ ああ‥‥そうなんですか。
ヤヨイ 自衛隊は、シリアから撤退すべきだとは思いませんか?
ユウナ さあ‥‥。
サチコ ご主人と最後にお話しされたのはいつですか?
ユウナ たしか‥‥一週間前だったと思います。
シオリ それは、電話ですか?
ユウナ はい。
ノゾミ 自衛隊がPKF活動に加わったことで今回の事件が起こったわけですが、そのことについては?
ユウナ はあ‥‥そういう難しい話は‥‥。
サキ  その最後の電話で、どのようなお話をされたんですか?
ユウナ えーっと‥‥インフルエンザに気をつけるように、と。
ユミ  それは、奥さんが妊娠されているからですか?
ユウナ はあ‥‥そういうこともあったかもしれません。
ナナ  今後、第二、第三の犠牲者が出ることも予想されますが?
ユウナ そういうことが起こらないことを祈っています。
カナエ これから政策の転換が議論されると思うんですが、政府に対して何か一言。
ユウナ え‥‥そんなことを言われても‥‥。
ヤヨイ 国民の皆さんに何かおっしゃいたいことは?
サチコ 日本国民にあなたが訴えたいことは?

    高島が上手に現れる。(サス)

高島  貴様ら!

    全員、高島を見る。

高島  ‥‥。もう‥‥もう、いいかげんにして下さい。

    しばしの沈黙。
    女子高生たち去る。
    高島が、ユウナに歩み寄る。

ユウナ 吉田さん‥‥。
高島  奥さん‥‥。このたびは‥‥誠にご愁傷様です。
ユウナ (黙って会釈)
高島  小林君には、本当に申し訳ないことをしました。
ユウナ そんなことは‥‥。
高島  本当は‥‥本当は、自分が死ぬべきだったのです。
ユウナ え?
高島  小林のトラックには、初めは自分が乗車することになっていました。それが出発の直前に変更になって‥‥。
ユウナ ‥‥そうだったんですか。
高島  だから、自爆テロで死ななければいけなかったのは、小林ではなく、自分だったんです。あのトラックに自分が乗ってさえいれば‥‥。本当にどうもすみませんでした。
ユウナ そんな‥‥別にあなたのせいでは‥‥。
高島  小林は、子供が生まれるのを本当に楽しみにしていました。奥さんの写真をいつもポケットに入れていました。そんな小林が死んで、自分が生き残ってしまって‥‥。
ユウナ ‥‥‥。
高島  自分が死んでさえいれば‥‥。
ユウナ そんな‥‥。
高島  本当に申し訳ありません。
ユウナ ‥‥吉田さん。お願いですから、お顔を上げて下さい。
高島  ‥‥‥。
ユウナ 吉田さん。どうか、そんな風に自分を責めないで下さい。主人もそんなことを望んではいないと思いますよ。
高島  しかし‥‥。
ユウナ それに‥‥死んでいい人間なんて、いませんよ。‥‥あなたにも、ご両親や兄弟がいらっしゃるでしょう?
高島  ‥‥‥。
ユウナ そうなんです。死んでいい人間なんていないんです。たとえ、自衛官でも軍人でも。
高島  ‥‥‥。
ユウナ だから‥‥だから、あなたも命を大切にして下さい。
高島  ‥‥‥。
ユウナ 約束してくれますね?
高島  はっ!(敬礼)

  野村が出てくる。

野村  ハイッ!(と手をたたく。)

  舞台は、教室の明かりに変わる。
  女子高生たちが出てくる。

ノゾミ 先輩、どうでした?
野村  かなりまとまってはきたけど、やっぱ、新聞部の子。がんばってはいるんだけど、その分ちょっと固いかなあ? それと滑舌もね。
新聞部 はーい。
野村  まあ、本番まではまだ時間はあるし、まあ、素人にしてはわりとできてる方だとは思うよ。
新聞部 ありがとうございまーす。
野村  まあ、後はひたすら基礎練あるのみだね。
新聞部 はーい。
野村  そこんとこ、部長、よろしく頼むわ。
ノゾミ はい。‥‥他には?
野村  そうだねぇ。‥‥やっぱさあ、マスコミってのは、かなり下品で荒っぽい連中なわけよ。その辺のワイルドさっていうか、迫力みたいなのが圧倒的に足りないよなあ。特に女の子ばっかだからさあ、もっと意識して野蛮な感じにしないと。見てる人がちょっといらつくぐらいにさ。‥‥それで、初めて吉田の「貴様ら!」に共感ができるって仕掛けだから。
女子高生たち  はーい。
野村  みんなで怒鳴り合う練習でもしてみる?
ヤヨイ 怒鳴り合うって、ケンカするんですか?
野村  いや、女の子がケンカすると、甲高い声でキーキーってなっちゃうじゃん? そういうんじゃなくて‥‥。
西池  あのぅ‥‥。
野村  え? 何?
西池  あの、オレって、いきなり死んでますよね。
野村  ああ、そうだな。
西池  セリフもないですよね。
野村  ああ、ないな。‥‥そら、死んでるからな。
西池  それはわかってるんですけど‥‥吉田は、かっこいいですよね。セリフもかっこいいし。
野村  え? 何? ひょっとして、お前、嫉妬してるわけ?
西池  いや、そういうわけじゃ‥‥
野村  そういうのは芝居には付きもんじゃん。平等主義でやってたら、お芝居になんないよ。演劇部やってんだからわかるだろ?
西池  はあ、それはそうなんですが‥‥。
野村  それにさ、あれ見てみろよ。(と、遺影を指さす)あんなにでっかく登場できるなんて、滅多にないよ。インパクトありまくりじゃん。家の人にさ、オレ一番ビッグな役だからって、そう自慢しといたらいいぜ。‥‥なあ、みんなそう思うだろ?

  女子たち、クスクスと笑う。

西池  はあ‥‥。
野村  それにさ、高島には、本番では丸刈りにしてもらうからさ。
高島  えっ、マジっすか!
野村  マジだよ。マジ。
高島  そんなー!
野村  自衛官が丸刈りじゃなきゃリアリティないっしょ? それが役者魂ってもんだよ。
高島  えええー。(頭を押さえる)

  女子たち、クスクスと笑う。

  橋本が入って来る。

橋本  こんにちは。
部員たち  おはようございまーす。
橋本  何か、さっき、大きな音で音楽流してたよね? 何か陰気な音楽。

  山下が出てくる。

山下  こんにちは。‥‥うるさかったですか?
橋本  あれ、もしかして「海ゆかば」じゃないですか?
山下  ええ、そうですけど。
橋本  先生、どういう芝居やってるんですか?
山下  いや、シリアで自衛官が戦死して、その追悼式のシーンなんです。
橋本  え、自衛官が戦死? それってまずいですよ。やっぱり。
山下  まずい‥‥ですか?
橋本  戦後七十年の話だったら、第二次大戦の話でいいじゃないですか? そんな、現代の生々しい話を入れなくても‥‥。
山下  いや、だから、戦争と平和について考える芝居ですから。
橋本  だから、平和が大切だって言うんだったら、戦争の悲惨さを描けば十分でしょ?
山下  だから、これも戦争の悲惨さじゃないんですか?
橋本  わかってもらえないかなあ? 昔の悲惨さと現代の悲惨さじゃね、質が違ってくる。問題が違ってくるんですよ。
山下  どう‥‥違うんですか?
橋本  だからね、人によっては、政治的なメッセージみたいに受け取る人は受け取るでしょ?
山下  政治的かどうかはわかりませんけど、表現って、何らかのメッセージを含んでるもんじゃないんですか?

  橋本、部員達の視線を感じる。

橋本  とにかく、ちょっと職員室に来て下さいよ。そこでゆっくり話しましょう。
山下  はあ‥‥いいですけど。

  橋本、去る。

山下  ‥‥じゃ、ちょっと職員室に行ってくるから‥‥そうねぇ、後は野村君指示しといて。
野村  ‥‥はい。

  山下、去る。

  全員、気まずい雰囲気。
  しばしの間。

サチコ ‥‥大丈夫かなあ?
シオリ ‥‥さあ?
ヤヨイ 大丈夫よ。
サチコ え?
ヤヨイ ああ見えて、ヒロミンは強いから。
サチコ ああ‥‥そだね。
ユウナ だよねー。

  女子高生たち、少し笑う。

野村  桐原。
ノゾミ え‥‥あ、はい。
野村  気にすることないって。
ノゾミ あ、はい。
野村  オレ、ヒロミンの言う通りだと思うよ。メッセージ性のない表現なんてないんだから。
ノゾミ ‥‥はい。

  スマホの呼び出し音。

野村  誰だ? 練習中は切っとけって言っただろ!
ヤヨイ す、すみませーん。

  ヤヨイ、スマホを手に取る。

ヤヨイ ママ、今練習中なの! 練習中はしないでって言ったでしょ! ‥‥え? 何時って? そうねぇ、本番近いから、ちょっと遅くなるかな? ‥‥うん、とにかく、終わったら連絡するから。‥‥え? 牛乳? もう、そんなのどうだっていいじゃん。‥‥え?‥‥ああ、わかった。それも後で連絡するから。‥‥うん‥‥うん‥‥

  スマホの呼び出し音。

野村  おい! また!
西池  あ、オレだ! すんませーん。

  西池、スマホを手に取る。

西池  だから、本番が終わるまではムリだって言ってんじゃん。‥‥そこんとこわかってくれよ。‥‥ああ‥‥ああ‥‥だからさ、いろいろあんだよ。‥‥ああ‥‥ああ‥‥

  女子たち、「え?彼女?」「リア充?」「まさか?」など。

  スマホの呼び出し音。

野村  お前ら、いい加減に‥‥あ、オレだ!

  野村、スマホを手に取る。

野村  はい、野村です。‥‥ああ、今さ、手が離せなくってさ‥‥そうそ、高校の部活の指導に来ててさ‥‥だから、夜に連絡するから。‥‥ああ‥‥ああ‥‥そうだな、八時には動けるかな?

  BGM。(坂本龍一「THATNESS AND THERNESS」)
  大黒飛ぶ。ホリゾントに波。

  次々に呼び出し音が鳴り始める。
  各自がスマホを手に取る。

ユミ  ああ、そうなのよ、もう大変なの。マジやってらんないわ。‥‥だから、フロアのチーフがさ、むかつくヤツなのよね。‥‥うん‥‥うん‥‥それでさあ‥‥
サキ  ごめんなさい。全部私が悪いんです。昨日一晩考えて、自分の愚かさに気づきました。‥‥そうです。だから、今までのことはなかったことにしてもらえたら‥‥はい‥‥はい‥‥そうですね‥‥
ナナ  だからねー、いきなり大学はムリだって言われちゃって‥‥うん、ショック。‥‥そりゃあそうよ。レベル下げたら何とかなるだろうって思ってたのにさあ‥‥
カナエ いや、決して勧誘なんかじゃないんでよ。‥‥そうなんです。一度集会に来て下さるだけでいいですから。‥‥いや、集会って言っても、パーティーみたいなもので、お茶とかして、気楽にお話をしてですね‥‥はい‥‥
ユウナ あいつさあ、ちょっと調子に乗ってるって思わない?‥‥そうそ、いっぺんヤキ入れてやんなきゃって思うわけ。‥‥でしょ? だから、男の子たちにも連絡しといてよ‥‥
高島  母さん、オレだけど、実は大変なことになっちゃったんだ。会社の小切手の入ったカバンを電車に忘れてしまって。‥‥うん、一五〇〇万。今日中に何とかしないと不渡りが出ちゃうんだ。‥‥だから‥‥。
ヤヨイ いや、別に用事があるわけじゃないんだけど‥‥ヒマって言うか、ちょっと声聞きたくなったもんだからさあ‥‥いや、それはそうなんだけど‥‥いや、だから、昨日は昨日じゃん。今日はまた違うわけ‥‥
ノゾミ わかった。それでお父さんの具合はどうなの? ‥‥うん‥‥うん‥‥それってかなり大がかりな手術になるのかな?‥‥うん‥‥とにかく、すぐにタクシーで病院に行くから‥‥うん‥‥うん‥‥
サチコ ちょっと待って下さいねー。今、メモ取りますから。‥‥はい、いいですよ。‥‥ええっと、〇一二〇の九四の八二二六ですね。確認しますよ。〇一二〇の九四の‥‥
シオリ  おかけになった電話番号は現在使われておりません。お確かめになってもう一度おかけ直し下さい。‥‥おかけになった電話番号は現在使われておりません。お確かめになって。

  BGMストップ。
  全員、前を向く。

全員  昔々、あるところに私が住んでいました。
昔々、あるところで私は歩いていました。
私は、ふと立ち止まり、考えていました。
もしかしたら考えてもどうしようもないかもしれないことを考えていました。
そして、
やがて私はゆっくりと歩き出しました。
自分の足でゆっくりと歩き出しました。
ゆっくりと、とてもゆっくりと。
ゆっくりと、とてもゆっくりと。

  全員、ゆっくりと歩き出す。
  そして、ストップモーション。

全員  ある日、ある時、ある場所で。

  音楽。(ホルスト「木星」オルゴール)
  シルエット。(ホリゾント白色)
  幕。

                          おわり                                                         

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