「澤」2024.03

「澤」2024年3月号の主宰作品、季語練習帖、潺潺集、澤集から特に惹かれた10句を選び、1~2文の鑑賞を付しました。

いかにしてもバケツの氷はづれずよ/小澤實「防人」
冷え込みの激しい朝の様でしょうか。上五の字余り含めぶきっちょな句形ですが、バケツから氷を外そうと一生懸命になっている主体が思われます。

馬駆つて祖母の逢引草萌ゆる/小日向美春
「馬駆つて」の勢いに感服。時間的にも空間的にもスケールの大きな逢引を、萌えだした若草が優しく包み込みます。

枯山にすれすれの虹太くあはし/小田まり
「すれすれの」「太くあはし」の畳みかけに虹への執念を感じます。美しい景ですが、かすかな禍々しさも。

青葱刻む手いつまでも青葱の香漂ふ/戸田いぬふぐり
一読、ビートのような独特のリズムに惹かれました。「いつまでも」という措辞も含め、日常生活の一コマから不思議な世界を立ち上げています。

きんつばを割れば豆照る小六月/馬場尚美
「割れば」の動詞により、きんつばの質感や断面のさまが思われます。小春の日差しに照っている小豆にも存在感があり、いかにもおいしそう。

タワマンはすなはち神で火事見ゆる/村越敦
「タワマン」の略語、上五中七の言い切りとすこし舌足らずな感じからは、現代を生きるシニカルな視線とかすかな諦念を感じます。

復員の父注連縄【しめ】綯ふや手に唾つけ/水谷り得子
下五で手を見せることでピントが一気に合うような感があります。久しく話すことができなかったであろう父との距離感が思われます。

サキソフォン股間に吹くや寒の内/大文字良
着ぶくれているのでしょうか。「股間に吹くや」が確かであり、サキソフォンの大きさやズボン越しの冷え切った触感が思われます。

三が日過ぎたる谷中歩きかな/伊佐木蔓
仕事もはじまり人通りが少ない谷中を歩いています。「かな」を句末に据える文体は調子がよく、主体のすずろな雰囲気をかえって引き立てています。

大寒の影踏みあへる橋の下/山口方眼子
初読では登下校中の子どもの遊びを思いました。足音が橋の下でよく反響するように思われるのは「大寒」の効果ゆえか。