「澤」2024.06

「澤」2024年6月号の主宰作品、季語練習帖、潺潺集、澤集から特に惹かれた10句を選び、1~2文の鑑賞を付しました。

差せば引き込むテレフォンカードひるがすみ/小澤實「気泡」
テレフォンカードが自動的に機械に引き込まれていくことと、季語が立ち上げるただっぴろい空間がどこか響きあうような気がします。「昼霞」は雅な題でありつつ昼ながら見通しのきかない不安感も内包している感があり、変な世界に連れて行かれるような不思議な手触りがあります。言語化しづらい魅力に惹かれた句でした。

犀星を鏡花うとみぬ春の雪/村越敦
実話かどうか知りませんが、ふたりとも同じ金沢出身であることを思うと、なにか険悪な関係があったのかもしれません。「うとみぬ」にはどこかねっとりした粘着質な響きがあり、湿った春の雪ともども内容と響きあいます。

蠟梅を嗅げばちらつく火影なり/千葉典子
蠟梅の匂いを嗅ぐたびに、あるはずのない火をちらちらと幻視するということでしょうか。蠟梅の白に対して幻の火の赤が鮮烈で、「なり」の断定も含めて格好よく、詩心を感じました。

十姉妹餌をよくこぼす春の風邪/鈴木尚子
軽い気怠さに伏せる寝床から、飼っているジュウシマツが餌を食べているさまを気にしている。さりげない句ですが、春の風邪らしさがあります。

二階吹き抜けより掛け大涅槃図やなほ余る/片岡昌子
「二階吹き抜け」なる措辞からは、寺院というよりももっと近代的な建物を思います。涅槃図の大きさにともかく圧倒される主体。中七のや切れは調子がよく、下五のダメ押しも含めどこかユーモラスです。

武蔵野の空や焼藷けぶり立つ/半田羽吟
〈むさしのゝ空真青なる落葉かな/水原秋桜子〉の空。掲出句は割った焼き芋からの白い湯気が真っ青な冬空へ上りゆくさまを印象鮮明に描いています。空から焼き芋へ一気にカットを移すや切れが効果的。

雪柳散り敷きて風強き日よ/水谷り得子
〈風強き日よ雪柳散り敷きて〉では後半が種明かしになってしまいますが、掲出句の語順だとかえって風の強さが鮮明に印象付けられるようです。「よ」の詠嘆は力強く、風に対し凛々しく立つ主体が思われます。

逆立ちで口説く男やうまごやし/信太蓬
ちょっとむかしの小説の端役として出てきそうな男。いかにも調子がよい口説き方ですが、のどかな春の日にあっては許せてしまう愛らしさもあるようです。春の野を見せる季語「うまごやし」が巧みでした。

ベーキングパウダーに膨らむスコーン立子の忌/相沢佳子
スコーンが焼けるのを待ちつつ立子のことを思う主体。例えば〈いつの間にがらりと涼しチヨコレート〉〈しんしんと寒さがたのし歩みゆく〉といった立子のあかるい句を思うと、上五中七の軽やかな措辞には得心がいきます。

晩春の鉱泉宿に山羊の声/北沢豪太
どこを歩いても温泉の匂いがするような温泉町にある小さな宿を思います。ちらちらと桜が咲いているなか、べえと山羊が鳴いた。実に長閑です。


余談として。
今朝氏により毎号連載中の「窓 総合誌俳句鑑賞」、今号は『俳句』『俳句界』『俳句四季』の各4月号が取り上げられています。その引用句から特に好きだったものを。

灯を消して寒夜金魚の水匂ふ/若林哲哉
金魚の水槽だけぼんやりと明るく、ボンベの音も聞こえてくるのでしょう。季語「寒夜」が句中に投げ込まれる語順は調べを緊密にし、加えて灯を消した後夜闇がむんと迫って来るような感覚を喚起します。水槽の生臭い匂いも含め、若いであろう主体の夜の寂寥がうっすらと感じられます。

しめらせて通す縫糸鳥の恋/常原拓
「しめらせて」からくる水の印象、「通す」の持つ潜り抜けるようなイメージ、「縫糸」で繕っているのであろう服の手触り、それらが「鳥の恋」の祝祭性、水温み鳥が囀る春の歓びと響きあいます。ことばとことばが連動し意味内容を超えた情感を生み出しているようです。