浅草キッド【★★★★☆】

まず僕はビートたけし氏について、極々一般的な知識しか無いし、世代的にも漫才師として活躍されていた時期を全く知らない。
物心がついた頃にはたけし城や、元気が出るテレビで大活躍していた。

今回、Netflixオリジナル映画として劇団ひとり監督によって描かれた「浅草キッド」は、そんなビートたけし氏が浅草で師匠と過ごした青春時代を自伝として出版した小説をもとに描かれている。

同タイトルの歌もあり、作詞作曲そして歌唱までビートたけし氏が担当している。
これがまたとてつもなく素晴らしい。
僕達も1度ライブでカバーさせて頂いたことがあるが、涙無しでは歌えないほどに自分たちにもリンクしてくる内容だ。
特に2番の終わりの

いつか売れると信じてた 客が2人の演芸場で

この部分は芸を目指す者なら誰もが共感し、胸を震わせる部分だと思う。

生まれつきスターかと思われるほど超ビッグな人でもそんな売れない時代を通り、そしてその気持ちを忘れない人だからこそ、「殿」と数々の人達が慕い続けるのだろう。

そんな人柄が垣間見えるエピソードを一つだけ…。

歌や映画にも登場するたけしさんがよく利用していた鯨料理屋さんは実在する店で、多くのファンが訪れ、売れない芸人たちもあやかろうと訪れる事が多いらしい。
そして、そんな芸人が来た時はお金を払おうとすると必ずお店の方が「あんた芸人だろ?もうお代はタケちゃんからもらってるから要らないよ」と断るらしい。
そう、たけしさんが度々店を訪れ「芸人が来たらこれで食わしてやってくれ」とお金を渡しているのだ。
そうして後輩達の面倒を見、お世話になったお店に対する恩も忘れない、まさに人徳者なのである。


さて、前置きが随分と長くなったが本題に戻そう。
今回ご紹介する映画は前述の通り、劇団ひとり監督が描いたNetflixオリジナル映画「浅草キッド」だ。
主演はビートたけし役の柳楽優弥さん、師匠の深見千三郎役の大泉洋さん。
その他にもビートきよし役に本物の漫才師でもあるナイツの土屋さん、深見の妻役として鈴木保奈美さんなど、脇を固めるキャストも超豪華である。

この映画、冒頭からまず圧倒される。
現代のビートたけしのシーンから始まり、これを柳楽優弥さんが特殊メイクして演じているのだが、少し気を抜けば本物かと見紛うほどのクオリティである。
しかも声をあの松村邦洋さんが吹き替えしてるもんだから、いよいよ本物にしか見えなくなってくる。

そうして一気に映画の中に引き込まれ、物語は少しずつ遡りビートたけしが浅草の演芸場で師匠の深見と出会うシーンへと移行していく。

若い頃のビートたけしを一度も見たことはないけど、あぁこんなんだったんだ!と思ってしまうくらい、研究し尽くされた言葉の言い回し、所作が本当に細かく演じられている。

そして、師匠の深見千三郎に関してはさらに知識はないので全く分からないが、さすがの大泉洋さんである。もうほんとに、見事としか言いようがない。
根っからの江戸っ子気質で、「バカヤロー」が口癖だ。
常に感情の逆をいく人で、悲しければ笑うし、嬉しい時はまた「バカヤロー」と悪態をついたりする。

この「バカヤロー」という言葉が劇中たびたび使われ、そしてかなり重要なキーワードとなっている。
特に師匠の深見千三郎は嬉しくても、怒っていても、悲しんでても「バカヤロー」と言うのだ。
つまり、それぞれの感情の「バカヤロー」を使い分ける必要がある。
これを大泉洋さんが見事に演じているのだ。

その中でも印象的なのはやはり、野次を飛ばす観客に対してステージから言い放つ

芸人だバカヤロー!

である。
これも、芸事をしている人間にとって大いに共感し、そして勇気をもらえる一言だ。
きっと誰しも1度は経験したことがあるだろう。

誰も聞いていないどころかステージそっちのけでザワつく客席、途中で席を立つ人、平気で失礼な野次を飛ばしてくる人、、、。

口にこそ出さないが、「芸人だバカヤロー」精神が胸の奥底でフツフツと湧き上がっている。
もちろんこの時代にそんなこと言う人もいないだろうし、多分言ったらダメだろう。
しかしそれを平気で言い放つその姿がカッコイイと思ってしまうし、自分がまたその状況に立った時きっと思い出す一言だと思う。

そんな師匠深見千三郎はテレビの目まぐるしい進化に順応することなく、ついに劇場を畳まざるを得ない状況になり芸人を辞めて普通の仕事に就くことになる。
これがどれだけの覚悟だったかということも想像するに容易い。
そして、そんな深見を献身的に支えていたがついに体を壊し倒れてしまった妻の麻里と自宅で話すシーンがあるのだが、個人的にはこのシーンが1番好きだった。
涙が止まらなかった。

辞めたくて辞めたわけじゃないけど生活のために腹をくくって舞台から降りた深見の気持ち、そんな深見の気持ちを汲んで何とかまた舞台に戻してあげたいと願う麻里の気持ち、2人の状況や心情に自分を重ね合わせ何とも言えない気持ちになった。

長く芸の道を歩み、それが順風では無くなってしまった時、進むことも辞めることも、とてつもない覚悟と勇気を要する。
こんな大師匠と自分を重ねるなど恐れ多いにも程があるが、どうしてもそういう気持ちを抜きにして観ることが出来なかった。


出来損ないのたけしが師匠と出会いそして別れ、漫才の道に進み大スターへと駆け上がる。
一方師匠の深見は時流に逆らい、ついには芸の道から遠ざかって行った。
対象的な二人の運命だったが、変わらなかったのは絆である。
師匠はいつまでも弟子を可愛がり、弟子はいつまでも師匠を慕い続けた。
そんな二人の関係性がとてもあたたかかった。

最後のシーンは、圧巻の演出で劇団ひとり監督のこだわりとこの映画にかける想いというものが十分すぎるほどに伝わってきた。
観終わったあとには、そこまで感じた切なさや憤り、苦悩など吹き飛んでしまうくらいハッピーな気持ちになった。


そして、改めて芸人という仕事の凄さを感じ、尊敬の気持ちがさらに増した。
人を泣かせることより、人を笑わせることのほうがずっと難しいと思うし、笑いというものがどれだけ心にとって特効薬になるか、それを自らの手によって生み出せるこの仕事は本当に素晴らしい。


ということで、「浅草キッド」星の数は

【★★★★☆】(4.6)

是非、Netflixに入会してないよという方は、この映画を観るためだけに入っても損は無いと僕は断言する。責任はとらない。

今後、僕が音楽を続ける上で悔しいことがあった時、きっと胸の中で「ミュージシャンだバカヤロー」と叫ぶ事だろう。

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