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美味しいノンアルコールの世界 〜 謎多きコンブチャを紐解く

美味しい飲み物、ノンアルコールは好きですか。

ノンアルコールが美味しくなれば、飲める人も飲めない人も区別なく一緒の輪で楽しめる。そんな時間を作りたくて美味しいノンアルコールを探求しています。

色々なノンアルコールドリンクがありますが、コンブチャはその中でも特に味覚特性に優れ、フードペアリングや多様な味わいを広げることのできる可能性に富んでいます。

コンブチャとは、発酵によって作られるノンアルコールドリンクで、主に北米を中心に人気を集めています。
元々は家でつくり消費する自家醸造の飲み物でしたが、いまではコンブチャ専業のブリュワリーも登場してマーケットを盛り上げています。
日本でもコンブチャブリュワリーが出来始め、また自家製コンブチャを提供するレストランやカフェも増え、だんだんと人気が高まっています。

ただこのコンブチャ、人気の割にその正体はあまり知られていません。
人にお勧めしたいものはちゃんと知っておきたい。そこで調べ上げてみました。その概要をこちらに公開します。


コンブチャとは

コンブチャは、糖のある液体にスコビーという酵母と酢酸菌の複合物を入れて発酵させた、酸味を特徴とするドリンクです。

自家醸造したコンブチャ

紅茶キノコという名前に聞き覚えはあるでしょうか。
日本でも 1970年頃に紅茶キノコという名前で健康飲料として流行ったようですが安全性を疑問視する声が上がり、ブームは急速にしぼんでいきました。
その後北米、オーストラリアで Kombucha として知られるようになり、いまは逆輸入される形で日本でも再びコンブチャとして広まりつつあります。

発祥は渤海ともロシアとも言われ、一説では韓国を経由してアメリカに伝わり、その途中で韓国語の KOM BUCHA が意味を変えて伝わったとも、コンブチャ醸造に使うスコビーが海藻由来だと誤解されて Kombucha になったとも言われ、諸説あるようです。

コンブチャの作り方

コンブチャの作り方はシンプルです。
一般的には紅茶を作り、砂糖を加え、その甘茶にスコビーと呼ばれるものを加えて発酵を行います。
スコビーが酵母と酢酸菌を含んでおり、一週間程度で発酵が進んで酸味が増していきます。

詳細な作り方はインターネット上で見つかります。
料理研究家の樋口直哉さんの note などがおすすめです。

必要なものは糖で、紅茶やお茶である必要はありません。
フレーバー添加や防腐を目的として、慣習的にお茶がよく使われています。

コンブチャの発酵

スコビーには酵母と酢酸菌が含まれています。
酵母は糖をエタノールと二酸化炭素に変えるアルコール発酵を行います。
酢酸菌はエタノールを酢酸と水に変える酢酸発酵を行います。
この二つの発酵が液体の中で同時に進んでいきます。

酢酸菌は好気性であるため、瓶に蓋はせず、虫や埃の侵入を防ぐために布をかけて行われます。
このようにして作られるコンブチャは、特徴的な酸味を持ったビネガードリンクのような味わいになります。

またここまでを一次発酵として、二次発酵もよく行われます。
密封可能な瓶にコンブチャを移し、糖やフルーツ、ハーブなどを追加します。
そのまま密封して室温で数日から一週間程度置くと、風味の醸成とカーボネーションが進みます。
密封容器の中で発酵が繰り返されることで二酸化炭素が水に溶け、しゅわしゅわと泡立つ炭酸感がコンブチャに加わり、フルーツやハーブの風味とともにコンブチャをより美味しいものに仕上げてくれます。

酵母によるエタノールは酢酸菌に食い尽くされるか自然と抜けます。
結果、コンブチャはノンアルコールドリンクとなり酒税法が規定する 1% を超えることもありません。
ハードコンブチャというアルコールを含むコンブチャもありますが、こちらはまた違う製法になります。

スコビーとは

スコビーを入れてコンブチャを作ると書きましたが、果たしてスコビーとは何でしょうか。

コンブチャを作っていると液体表面に白い膜が形成されますが、これこそがスコビーと呼ばれるものです。

我が家のスコビー

スコビーは英語では SCOBY と綴ります。
Symbiotic Colony of Bacteria and Yeast の頭文字を取ったもので、名前が示す通り酵母と酢酸菌が共生するコロニーです。

白い浮遊物の正体は、酢酸菌が生成するセルロースのマットです。
酢酸菌がこの白い物体を作ると聞くと不思議に思われる方もいるかも知れませんが、ナタデココを思い出してみてください。
ナタデココも発酵食品で、白いぷにぷには酢酸菌が作るセルロースマットです。
スコビーに棲む酢酸菌はアセトバクター・キシリナス(Acetobacter xylinus)で、その仲間はナタデココを作るナタ菌としても知られています。
実際にスコビーを食べてみるとナタデココの食感があります。

だんだん発酵の話になってきましたね。
コンブチャを理解するためにはいくらかの発酵の知識が必要になります。
私も発酵初心者ですが、もし発酵に馴染みの無い方は馴れ初めを書いたこちらの記事も参照されてみてください。

コンブチャに含まれる酵母はサッカロマイセス属(Saccharomyces)、またジゴサッカロマイセス属(Zygosaccharomyces)と言われます。
また酢酸に耐性のある特徴のある酵母が分離できたとして Zygosaccharomyces kombuchaensis として区別した研究もあります。

スコビーは自分では作れない?

この SCOBY ですが、自分で新しく作ることはできません。
誰かから貰う、購入するといった既存株を入手する以外の方法がありません。

例外的に無濾過のコンブチャを購入して SCOBY を培養する方法がありますが、既存の菌叢を引き継いで使っているので購入と違いはありません。

この新しく作ることができず、今あるものを再利用する以外にないというのは、現代からすると不思議な感覚があります。
既に工業化も進み数千億円のマーケット規模のある商品がそれで支えられるのでしょうか。

私も疑問をもって調べましたが既存の株を使って培養を続ける以外に方法がなく、いちから SCOBY を作ったという書籍、レポートは見つけられませんでした。
私も頑張ってみましたが、酵母はどうにかなるのですが、ナタ菌、アセトバクター・キシリナスの調達が難しくて止まっています。

SCOBY は多様な菌から構成されています。
細菌類は変異が早く、結局この共生関係にある酵母と酢酸菌たちをゼロから得るのは難しく、株分けしていく以外に現実的な方法はないと結論付けているディスカッションもあります。
SCOBY 自体、どのような菌から構成されているのかまだ不明な部分も多くゼロからの構築が困難であるのは確かなようです。

伝統的なお酢の製法は「種酢」というお酢の元を引き継いで作りますが、これはまさに SCOBY を引き継いでいくコンブチャの製法と似ています。

歴史を振り返ると近年までは酵母や菌の分離技術が確立されておらず、発酵の世界は近代的なプロセスから遠いものでした。
日本酒でさえ安定的に醸造できるようになったのは分離培養された酵母の利用が一般的になった 1900年代に入ってのことで、それまでは 10%程度の腐造率があったと言います。

私自身はまだ再構築、再現性のコントロール無しに品質管理、味覚調整はできないという感覚にとらわれていますが、微生物や発酵の世界はあるものを使わせて貰うことしか出来ない、人にできるのは微生物のお世話だけ、というのは当たり前なのかも知れません。

安全性を考える

さて安全性はどうでしょうか。
コンブチャは昭和期に紅茶キノコとして日本で流行りましたが健康被害が取り沙汰されるようになりブームは過ぎ去りました。

前述のようにコンブチャは世界で人気を高めつつあり数千億規模のマーケットを形成しています。
安全性に問題のある飲料がここまで広く普及することはないでしょう。

リスクがあるのはコンブチャそのものではなく、発酵中の汚染(コンタミネーション)や SCOBY の変質といった、管理や醸造の問題であると考えられます。
そのため食品衛生の観点からコンブチャを理解することは、特に人に提供するような場合には大事になります。

まず完成品のコンブチャはいわばビネガードリンクであり、酢酸が腐敗を防いでいます。
お酢に防腐効果があると聞くと想像し易いと思いますが、液体のpHを下げることで雑菌の繁殖が防がれます。
実際にコンブチャを計測するとpH 3 から 4 を示します。

製造中のコンタミネーションには徹底して気をつける必要があります。
瓶などの道具類は殺菌が必須です。
また二次発酵中のコンブチャは酢酸を薄めていることから弱りやすく、液面に泡が溜まる、SCOBY が浮くといった、液面から離れた部分が腐敗につながることがあります。

もしコンブチャを購入した、人から貰った場合は冷蔵保管して早めに飲み切りましょう。
市販のソフトドリンクは瓶詰め後に殺菌されていますが、自宅製造されたような非加熱のドリンクは痛みやすいものです。

自宅でコンブチャ製造を続けるときは SCOBY の状態に注意が必要です。
作り続けるうちにやはり雑菌は入るものですし、セルロースマットにカビが生えることもあります。

違和感があった場合はそのコンブチャ、SCOBY は破棄してください。
好転反応だとする意見もありますが、学術的な論拠はありません。
長く発酵食品を楽しむためには、自分の体調、味覚といった物差しを大事にしてリスクを回避することが肝要です。

コンブチャは健康的なのか

健康効果を期待してコンブチャを飲まれる方も少なくないようです。

コンブチャにはグルコン酸や酢酸が含まれ、プレバイオティクスの効果が期待できます。

ときどき誤解も目にします。
例えば非加熱のコンブチャから生きたままの酵母と菌を接種することが健康によいという触れ込みがありますが、私は否定的です。
酵母も菌も多くは胃酸で溶かされ、腸に届く前に死滅します。
仮に多くの菌が生きたまま腸に届くとすると、コンタミネーションやカビの影響をダイレクトに受けることになりリスクの方が大きいでしょう。
生きてようが死んでようが健康効果の観点から違いはありません。

健康のために飲むというのもあると思いますが、過剰な効果がうたわれるものではありません。

健康から少し話がそれますが、コンブチャは発酵食品と付き合う楽しみと不思議さを教えてくれます。
自分で作った発酵食品を通じて自分の体づくりや健康を見つめることは単純な健康効果以上のものがあるのかも知れません。

美味しいコンブチャを楽しもう

コンブチャをイメージした AI 生成画像

最後になりましたがコンブチャの魅力はその味わいにあります。
独特の酸味と二次発酵による細かな炭酸、副原料によるフレーバーは上質のアルコール飲料と張り合えるポテンシャルがあります。
発酵を使って作る飲料は複雑味を伴い満足度を高めてくれますが、その中でもノンアルコールで製造できるコンブチャは貴重な存在です。

引き続き note でも美味しいノンアルコールドリンクとコンブチャの世界を掘り下げていきたいと思います。
ここまでお読み頂きありがとうございます。