78. 大動脈解離ってなんだ？

ミュージカル好き救急医の独白 vol.78
- The Monologue of a Musical-Loving Emergency Physician -

はじめに

みなさん, ”危険な胸痛”覚えていますか？覚えていない方は『75. 危険な胸痛とは？』を読んで下さいね. その中で, 大動脈解離という病気が含まれていました. 大動脈解離というのは読んで字の如く, 大動脈が解離してしまう病気なのですが, 大動脈というのは身体の中でも最も大切な太い血管であり, 心臓から出た血液を全身に運ぶ本幹的な役割を果たしています. そこが裂けてしまうと, 大切な臓器へ血液を送ることができなくなり, 意識が悪くなったり, 尿が出なくなったり, さらにはショック状態となり命を落としてしまうこともあるのです.
心筋梗塞は聞いたことがあっても, 大動脈解離という病気はあまり馴染みのない病気かもしれません. 今日はこの辺りのお話を.

今回のミュージカル

レ・ミゼラブル
2015年公演キャストによるレミゼのフラッシュモブ映像をご存じでしょうか. これ感動しますよね. 突然, 吉原光夫さんが歌い出し, パンをかじりながら♪今日も一日を生き延びた〜♬って歌い出し, 笹本玲奈さんや上原理生さんがいたら…, 最高じゃないですかぁ. またやってくれないかなぁ...
https://www.youtube.com/watch?v=_WR_vU6WTvs

救急外来あるある

66歳男性（AWさん）が, 会社からの帰宅途中の運転中に胸が苦しくなり, 慌てて路肩に車を止めました. 症状はしばらくして落ち着いたものの, 運転をして帰宅するのは厳しいと判断し, 救急車を呼び病院へ運ばれました.

Dr.S：「今日はどうされたのですか？」
Pt.AW：「運転してたら突然胸が痛くなって…」
Dr.S：「走行中ですか？」
Pt.AW：「はい. 帰りにスーパーでもよって帰ろうかと思ったのですが, その直前で痛くなって…」
Dr.S：「このような痛みは初めてですか？」
Pt.AW：「はい. 痛みのあまり意識を失いそうになりました.」
Dr.S：「冷や汗はかきましたか？」
Pt.AW：「はい, 嫌な汗をかきました. 今は大分落ち着きましたけど…」
Dr.S：「なるほど…」

大動脈解離とは

大動脈は外膜, 中膜, 内膜の3層構造ですが, この内膜が何らかの影響で裂けてしまうのが大動脈解離です. 心臓から出ている太い動脈が裂けてしまうと, 折角送り出した血液が全身に行き届かず, 身体はマズい方向へと傾きます. さらに解離する場所によっては, 心臓へ直接影響を及ぼすことも少なくなく, ショック状態で搬送される例も少なくありません.

大動脈解離の典型的な症状

医学生時代に必ず習う大動脈解離の症状は, ”突然発症の激しい胸背部痛（胸と背中が痛くなる）で, 痛みは移動する”というものです. 血圧は血の巡り具合から, 左と右の血圧には差が生じ, レントゲンでは縦隔の拡大が認められるというのが典型的なものです. 臨床現場では痛みが軽度のものや移動しないもの, 血圧の左右差もはっきりしないこともいくらでもあります.
重要な点は, 「なんらかの痛みが突然始まる」という点ではないかと思います. 突然胸が痛くなった, 突然背中が痛くなった, 突然首が痛くなった, 突然お腹が痛くなった, どれも大動脈解離を一度は疑います.
みなさんがその場で大動脈解離らしいか否かを判断する必要はありませんが, なんらかの痛みが突然始まった場合には, 例えその痛みが和らいだとしても病院を受診した方がよいでしょう. 重い荷物を持ち上げた瞬間に腰が痛くなった, 転んだ後から痛みがあるというのは筋肉や骨の問題ですから, あまり問題になることはありませんが, 今回のAWさんの様に, 安静にしている状態で痛みが突然始まっている場合には, その時点で要注意なのです.

♪今日も一日を生き延びた 終わることなき罪よ
　男たちは また俺を 追いかける 明日も♬
『One Day More』