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私の最初の記憶

①2歳のワンシーン

実家の居間にて、親戚が集まり団欒。
その際、私と母のおっぱいの話になり、多分大人たちがふざけて

「飲むか?」と即してきたので

私は何も考えず、久しぶりに母のおっぱいを口元に持ってきたのだが、何を思ったのか、噛んだらどうなるんだろう?とよぎってしまい、咥えると同時に噛んでしまった。

当然、母はギャーと痛がり私を遠ざけた。

②3歳のワンシーン

先程の2歳の想い出は、実際その場面も絵として思い出せるのだが、本当に自分の記憶として残っているのか、後々聞いた話から場面を想像してそれが残っているのかは不明であるが、この3歳の記憶は本物だ。

何故なら当時3歳だった私が大人になっても記憶しておこう。と心に誓って忘れないようにしてきたものだからだ。
何故、そう思ったのか。
大人の中で育った私は、大抵の大人は幼き頃の記憶を失くしていることを知っていた。

なので、今は3歳だからもし大人になった時、今の記憶が残っていたら凄いことなんじゃないか、自慢できるんじゃないか?と考えたわけだ。
更には考えついて即、2歳の時に思い付いていたらもっと良かったのに!
と考えていた。

それが今となっても鮮明に覚えているのだから大成功なのではあるのだが、発想は良かったがそこに工夫や素敵さが欠落していたのは否めない。

3歳の何を記憶していたのか。
それが素敵な体験や言葉や親の事だったり何かすれば良かったのだが、それを思いついた時は実家の部屋に1人だった。

確かに何を記憶していたらいいんだろう?と周りを見渡した。
よし、この居間の部屋の配置を覚えておこう。
ここにテレビがあって、その横にローボードが置いてあって…云々。

すごく鮮明に覚えている。
だが、それを大人になって友人や知り合いに自慢げに伝えたとしても、部屋の中の配置なんて珍しくもなんともないし、それが?で終わってしまう。
3歳でなくても何歳でも関係の無い内容だ。

部屋の中の様子を知っている家族や姉妹に伝えたとしても、皆んな忘れているし、その頃の配置事実を知ったところで、ときめく話題でもなんでもない。

生まれてきてたった3年目で考えた壮大な初プロジェクトだったが、こうして花開かないもので終わってしまった。

つづく。

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