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YAMAHA DX7式FM合成の原理


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さて、今回いよいよ“本丸”とでもいうべきFM合成の解説に入ります。

まず最初に押さえておかねばならない前提認識がひとつあって、それはYAMAHA DX7の音作りは「FM」ではないということです。

というのも、「FM」というのは“Frequency Modulation”の略、すなわち「周波数の変調」ですが、YAMAHA DX7の音作りで実際に変化を加えるのは「周波数」ではなく「位相」であり、実のところ“Phase Modulation(PM)”と呼ばれるべき手法なのです。

FMとPMの違い

これに関しては、音と共に確認した方が違いを理解しやすいので、動画で説明してしまいます。

このように、「FM」とは本来的には基本の音色作りに用いるというよりも過激なサウンドを生み出すトリッキーな手段のひとつなのです。

しかしDX7はなぜかPMをFMと呼んで売り出し、それが爆発的にヒットしたため、PMをFMと呼ぶ慣習がシンセ界に出来上がってしまいました。ややこしいことです。おそらく、ラジオの「FM放送」でFMという言葉に人々が親しみを持っていたため、マーケティング的観点からこの語を選んだのではないでしょうか。(言葉の意味をゆるく捉えれば、位相を揺らすことで結果的に周波数も揺れているのだからこれは周波数変調の一種だと、言えなくもありません。)

とはいえこの記事では、以降ここに関する誤読を避けるため、DX7の合成方式はFMとは呼ばず、「PM」と呼ぶことにします。

上の動画で見たように、PM自体はあるOSCのPhaseを別のOSCでモジュレートできる環境なら簡単に実現できます。
この記事がこれから解説するのは、そのさらに中身の部分、数式・演算としてPMは何をしているのか、そして波形が歪む原理、なぜSquare波やSaw波を作ることが出来るのかといった内容になります。

PMとPDの類似点・相違点

PMもPhaseをいじくるという点ではフェイズディストーションと同じなので、前2回を費やして解説したPDの知識は大いに活きてきます。

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PDは位相グラフをカクカクの折れ線にすることで波形を変形するものでした。

PMもこれとかなり似ていて、位相グラフをウニョウニョの曲線にしてしまうことで波形を変形します。

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曲げ方が「折れ線」なのがPD、「曲線」なのがPMという違いがあるだけで、発想自体は完全に同一です。PDがPMの一種であるという言い方もできるでしょう。

▼PM合成の用語

PMでは波形をゆがめる側を「モジュレータ」、ゆがめられる側を「キャリア」、そしてこの2つを総称して「オペレータ」といいます。

モジュレータはあくまでも変形専用の係で、サウンドとして出力されることはありません。

ではいよいよ、実際にモジュレータがいかにしてキャリアを変調するかを具体的に見ていきます。


PM合成の構造

改めまして、PDの時用いた「位相グラフ」という概念はPMでも用います。位相グラフは、時間の象徴です。これがy=xのシンプルな斜め線で進むのが、通常の時間の流れ。その場合、キャリアはシンプルなサイン波のまま出力される。

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これが何もかかっていない状態のスタートラインです。位相グラフのスピードが速く(=傾きが大きく)なれば、波形は左方向へ収縮します。逆にスピードが遅く(=傾きが小さく)なれば、波形は右方向へ膨張します。

(実際には、例えば440Hzのピッチが出したければy = sin(440*2π*p)とするなど周波数を式に入れ込む必要がありますが、式がゴチャつくのでしばらくの間そこは省略します。)

▼モジュレータはどう働くか

では位相をどのようにして曲げるかというと、位相グラフにモジュレータを足し算する形で行われます。

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