見出し画像

PD合成の演算 ❶基本設計を知る

前回は、サイン波の「位相」に演算を施して波形を変形させる基本を解説しました。

画像1

今回ようやく、PD合成の本論に入ります。FMより先にPDから始めるのは、こちらの方がやや仕組みとしてシンプルで、理解しやすいだろうからです。FMにしか興味がないという人も、頭の準備運動としてちょうどよいはずです。

PDシンセについて

PD(フェイズ・ディストーション)は、CASIO CZシリーズで導入された波形の生成方法です。

一聴して分かるとおり、デジタルらしい明るさに加え流動性を感じるペコニョンプツィアンとしたサウンドが魅力です。

オーソドックスなシンセではまずOSCセクションでSaw波やPul波のようなギラギラした音を出力し、フィルターでそれを削るというのが基本ですよね。

対してCASIO CZシリーズにはOSCセクション自体にDCWと呼ばれる「コサイン波をちょっとずつ曲げてSaw波やPul波etcにする」ノブがあって、それで直接的に音色を作ります。

画像2

CosとSawの中間の波形は、実質的にローパスフィルタのかかったSaw波と同等です。波形そのものが変形するというデジタルならではのアルゴリズムにより、「柔らかさ」「液体性」を感じさせるようなユニークな印象のサウンドが生まれます。
またこれによってフィルターセクションが必要なくなり、製造コストを大幅に下げることができ、安価ながら幅広い音作りが可能なシンセが誕生したというストーリーなのである!

ウェイブテーブルシンセが当たり前の今となっては波形が変形することの有り難みはゼロに等しいですが、しかし「単一の、シンプルで、数学的な方法論」から生み出された波形群には特有の美と統一性があり、だからCZは「CZのサウンド」というアイデンティティを有しています。

そのCZの“アイデンティティ”である波形の変形演算の仕組みを説明するのがこの記事の主旨になります。

CZの基本波形

さて、CZの基本となるコサイン波は中央に山の頂上があるような形になっていて、これは厳密に言うと y=-cos(x)のグラフです。

画像4

-1をかけているというのはつまり、cos(x)を上下反転したということですね。実際に実機のどの段階で上下反転しているかは不明ですが、ともあれこの見た目からスタートした方が、波形が歪んでSaw波になるさまなどもイメージしやすいので、これで行きます。

▼下準備
ただし、y=-cos(x)だとやはり1サイクルが2π秒というややこしさがありますので、やはり2πを予め掛けた状態で話を進めていきます。

画像4


波形グラフと位相グラフ

前回サイン波の変形としてsin(x+1)とsin(2x)というごくシンプルなものが登場しました。複雑な波形を作るなら、sin()の中身をどんどん複雑にしていく必要があります。

しかし例えば、「sin(x³ + 2x²-1)のグラフを描いて!」と言われたらどうでしょうか? きっと「いや、まずx³ + 2x²-1がどんなグラフか確認しないと、何も分からんわ…」と思うはずです。

つまり、これから位相の部分をどんどん弄くり回していくのなら、その中身だけ切り離して、別のどこかにちゃんとグラフとして描いた方が良さそうですね。

画像8

プログラミング的観点からしても、頻繁に編集する要素がこんな式のど真ん中に生の状態でいるのは設計としてマズいですよね。 別の関数にして切り離した方が何かと都合が良いでしょう。

そこで、中身を切り離して独立した別のグラフとし、二者を並べるとこうなります。

画像5

この「2グラフの連携」こそがPD演算の基礎となるコンセプトです。

「位相グラフ」の方でyじゃなくpの字を使っているのは、単にyが2つあると混同してしまうから別の文字に替えただけです。だから「p=x」は「y=x」のグラフを描いているのと全く同じことで、決して難しい数学ではありません。

グラフひとつだと何が起きたか分かりづらいと思うので、比較用にもうひとつ。

画像6

「位相グラフ」の傾きが急になると、「波形グラフ」は縮みました。

感覚的な話でいうと、左の「位相グラフ」は波形を描くスピードを表現しています。「p=x」が最も標準的な時間の流れであり、コレを元に「波形グラフ」を描くと、いつもどおりのコサイン波が描かれる。
これが「p=2x」となると、波形を描くスピードが倍速化したことを意味する。だから波形グラフも倍速化して2サイクルを描く運びとなった…。

位相グラフは司令塔のようなもので、波形グラフは司令に忠実に従って描かれた出力結果というわけです。

画像9


位相を「歪ませる」とは

フェイズ・ディストーションの「ディストーション」という語は紛らわしいところがあります。PDが実際に行うのは、位相グラフの傾きを途中で変更してカクカクの「折れ線」にすることです。

画像9

これにより出力波形を変形させようというアイデアです。

折り曲げ方や折る回数は作りたい波形次第ですが、1回折るだけで作れる波形もあります。この折れ線を指して「位相を歪ませている」と表現するんですね。きっとマーケティング的観点から、聴き映えのする語を選んだのではないでしょうか。

▼位相歪ませの一例
例えば簡単なところで、グラフのちょうど真ん中まで行ったところで急加速したらどうでしょう。傾き1で進んでくところを、一気に傾き10とかにしてしまう。

画像11

するとこうなります。「傾きが10倍=10倍速再生」なので、一気にグラフが縮んでバネのような波形になりました。

あるいはスタートダッシュだけものすごくて、途中で傾きを0にしてしまったらどうなるでしょうか?

画像11

こうです。一瞬でてっぺんまで登り詰めたのち、そのままあとは横一線。「位相グラフが水平になっている=傾き0=時間停止」です。だから波形グラフもy座標が全く変化しなくなってしまい、波打つのをやめて横棒と化します。

こんな風に、ただ位相を折るだけでも「いつ折るか」「どんな角度で折るか」でかなり多様な波形をアウトプットできそうだなという、そういう予感がします。

時間(再生スピード)を司るグラフをポキッと折る。それによって間接的に波形を変形させる。この仕組みが理解できたらば、次はいよいよ、じゃあこの仕組みでどうやってSaw波やSquare波を作るのかという本論に進めます。

☞CONTINUE



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?