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第1回◆歴史を冒涜する者は「現在」の社会も破壊する

安田 浩一(ノンフィクションライター)


 「そういうこと、話したがる人はいないでしょう」

 うんざりした口調と嫌悪の視線が私に向けられる。面倒な人間に遭遇してしまった時の後悔といら立ちだけが痛いほど伝わってきた。
 無駄を承知で私は抗弁する。

 いや、「そういうこと」に意味があるんです。大事なことなんです。

 相手の表情にさらに険しさが増した。おそらく、私の言葉は重いぬかるみのような感情を引き出す以外に効果はなかったのだろう。
 「特に話すことは何もないんで」
 拒絶の意思と警戒心が、会話の枝をポキリと折った。

 千葉市内の古い住宅地である。私が住民の一人に訊ねたのは、いまから99年前、関東大震災直後に起きた「事件」のことだった。
 東京へ出稼ぎに来ていた3人の地方出身者が震災で家と職場を失い、この場所まで避難した。生き延びるために辿り着いたそこで──殺された。

 当時の記録を確認すると、3人のうちひとりは沖縄出身者だった。沖縄の言葉を理解しない人たちは、助けを求める避難者一行を朝鮮人だと誤認した。こん棒で殴り、刃物で斬りつけ、「顔もわからぬほど、めちゃめちゃ」(当時の新聞記事より)にし、付近の川へ投げ捨てた。

 問題は「誤認」ではなく、殺害の理由が「朝鮮人」であることだ。ヘイトスピーチ、ヘイトクライムの取材を続けるライターとして、そしてこの地域に住む者として、こうした歴史を掘り起こす作業は、大事な仕事の一つだと考えている。

 だが、記憶を継承しているであろう人たちは、一様に口を閉ざす。あるいは何も伝えられることなく、記憶そのものが放棄されている。
 3人が殺された現場にも、「事件」を示すものはなにもない。墓もなければ慰霊碑もない。「事件」のあった日に現場を訪ねても、花が手向けてあることもない。死体を流した川だけが、赤茶けた汚泥をゆっくりと海に運んでいるだけだ。

 たぶん、こうして歴史は消えていく。いや、消されていく。都合の悪いこと、思い出したくないこと、触れられたくないことが、「なかったこと」にされる。古い家屋が壊され、更地に新しいオフィスビルが建つように、記憶も塗り替えられていく。

 「徴用工」にまつわる問題も同じだ。

 第二次世界大戦中、日本の統治下にあった朝鮮や中国から、多くの労働者が連れてこられ、日本各地で労働を強いられた。その事実を否定することはできない。
 だが、政府はこれを「解決済み」だと繰り返すばかりか、労働は自由意思だったのだから、強制性はみじんもないのだと主張している。当時の大日本帝国政府の方針に従って朝鮮総督府が地域ごとに必要人数を割り振り、労働者を確保するという「国策」の存在そのものが、否定されているのだ。そして今、日本社会の一部はこのような言説に飲み込まれている。「徴用工」どころか、朝鮮人の労働力そのものが存在しなかったことにするような流れもある。

 2021年12月、武蔵野市(東京都)では、審議中の住民投票条例をめぐり激しい議論が起きた。いや、正確には、外国人に対する差別と排他の言葉が飛び交った。同市長が住民投票に外国籍市民の参加を認めることを提案したからだ。
 極右議員、レイシストらが市内に入り込み、各地でヘイトデモともいうべき条例反対運動を展開した。
 なかでも私が憤りを感じたのは「チャンネル桜」関係者を母体とする政治団体「新党くにもり」が武蔵野市の吉祥寺駅前で行った街頭宣伝である。
 同団体幹部は、街宣車の上から「(条例に)賛成しているのは、反日国家の影響力にあり、反日教育を受けている者」だとして、「外国籍の者たちの政治活動家は早く逮捕し、素性を調べ、強制送還してください」と訴えた。

 さらに、絶叫口調でつぎのように主張した。
 「日本人が武蔵野市の治水をしてきた。鉄道、バス、道路、橋、水道、電気も、治水工事も私たちの先祖がやってきたんだ。私たち日本人がつくったんだ!」
 無知なのか、詭弁なのか、意図的なデマ吹聴なのかは知らぬ。だが、こうした明らかなヘイトスピーチを容認するわけにはいかない。

 本来言うまでもないことだが、戦前戦中、多くの朝鮮人労働者が様々なインフラ整備のために動員されている。炭鉱で石炭を採掘し、鉱山で金を掘り、ダム工事に従事したのは誰か。各種工廠で旧軍の兵器製造や基地整備に、どれだけの朝鮮人が関わってきたことか。その事実を知らないのだとしても、知っていたとしても、「私たち日本人がつくった」とわけ知り顔で豪語する、その無責任さにあきれるしかない。
 しかも武蔵野市には、かつて国策企業である中島飛行機の工場があり、そこでは多くの朝鮮人労働者が働いていたのだ。

 朝鮮人の労働力を国家が「利用」してきた歴史を無視した言動がまかり通ること自体、私は許せない。
 こうした歴史破壊の潮流が止まらない。主導するのは国と地方行政だ。国の歩みに間違いはなかったのだと主張する者たちによって、侵略戦争の罪過も、差別と排除の経験も「なかったこと」にされる。加害の記憶が改ざんされる。

 その事例は枚挙にいとまがない。
 那覇(沖縄県)では2012年に、第32軍司令部壕跡に設置予定だった案内板から「慰安婦」と「日本軍による住民虐殺」の文言が削除された。仲井眞弘多県知事下の当時の県当局が、「壕に慰安婦がいたこと、住民虐殺があったことなどについては様々な議論がある」として、文案から消し去ったのであった。
 14年、天理市(奈良県)では、「大和海軍航空隊大和基地(通称・柳本飛行場)」跡地の説明板が市によって撤去された。朝鮮半島から労働者らが強制連行されたとの記述に対し、これに憤った人々から市への抗議が相次いだためであった。
 同じく14年、長野市の「松代大本営」地下壕の説明板も、朝鮮人労働者らが「強制的に」動員されたという文言があったことから、市への抗議が殺到。市は当初、案内板に記された「強制的に」の4文字に白いテープをかぶせた「緊急措置」を取ったが、のちに文面を書き換えた。現在は「強制的に動員されたと言われています」と断定を避けた曖昧な表現を用いたうえで、「必ずしも全てが強制的ではなかったなど、さまざまな見解があります」との文言が付け加えられている。
 高崎市(群馬県)の県立公園「群馬の森」敷地内に設置された朝鮮人労働者追悼碑は、「政治的」との理由から県が撤去を求めている。設置した市民団体との間で争われた裁判は22年、県の主張を最高裁が認めたことで、団体側の敗訴が確定した。慰霊の思いすら、政治の波に押し流される。

 ちなみに、県を後押しするように「追悼碑撤去」の運動を展開していた極右集団は、東京都においても、関東大震災における「朝鮮人虐殺」はなかったと主張してきた者たちだ。大震災の被災者を追悼することを掲げて行われる彼らの集会では「朝鮮人虐殺は嘘」「不逞朝鮮人が略奪、強姦などをした」といったヘイトスピーチが行われている。この動きに連動したかのように、東京都は、70年代から続けてきた「朝鮮人犠牲者追悼式典」への追悼文送付をやめてしまったという経緯もある。
 政府や行政が、憎悪と排他の空気を自ら煽ってどうする。

 昨年、京都府宇治市の朝鮮人集住地域「ウトロ地区」で放火事件が起きた。犯人は「朝鮮人嫌い」を公言する若者だった。
 刑事公判で、彼は自らが抱えた差別と偏見を開陳するのみならず、同地区に在日コリアンが生活していることを「明確な領土侵犯」だと言い切った。戦中、軍の飛行場建設のために働いた朝鮮人労働者とその家族が、終戦後、行き場を失い、飯場に住み続けて形成されたのがウトロ地区である。
 このような歴史的経緯を無視し「領土侵犯」なる言葉で自らの行為に何かの理由付けを行おうとしたのだ。
 歴史否定、歴史破壊の意識がもたらしたのは、結局、おぞましいヘイトクライムだった。

 私が恐れるのは、憤るのは、そして絶対に許容できないのは、こうした差別の回路である。
 過去に目をつぶる者は、歴史を冒涜する者は、「いま」という瞬間をも破壊する。人を差別し、排除し、そして消そうとする。
 「徴用工」問題からけっして目を背けてはならないと思うのは、地域や社会、そして人間の営みを壊されたくないからだ。私たちには、歴史を真摯に見つめることが必要なのだ。冒頭でしるした「そういうこと」にこだわらないとだめなのだ。
 悲劇を繰り返さないために。そして、人と地域と社会を守るために。


〈「波の音をきく」編集部から〉
リレーコラム「波の音をきく」は、サイト「『徴用工』問題を考えるために」の特別企画です。「徴用工」問題に対する思いをもつ様々な人にコラムを寄稿してもらっています。
戦時中、日本の戦争遂行のために多くの朝鮮人が日本に強制連行され、労働を強いられました。私たちのサイトでは、朝鮮人「徴用工」問題=戦時強制動員問題をめぐる論議を、研究成果や判例などの「ファクト」に沿って、可能な限り交通整理することを目指しています。詳しくは以下をご覧ください。

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