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日本政府は強制動員の歴史的事実を認めるべきだ

外村大(東京大学大学院総合文化研究科教授)

 

聞く者を混乱させる日本政府の見解

 日韓間の重要懸案であった「徴用工問題」=強制動員被害の問題について、政府間での決着の見通しについての報道がなされている。韓国の訴訟で確定している被害への慰謝料については、韓国政府系財団が支払う、日本政府は、これまで出された首相談話、日韓首脳の共同声明での植民地支配への反省を改めて確認する――ということらしい。

 「村山談話や小渕・金大中声明について、考え方は変わっていません」というのは悪いことではない。他方、「だから何?」という印象も受ける。別にそれがいったん反故にされているとか、失効していたとかいう話は聞いたこともない。それらは現在でも日本国外務省のサイトに掲載されていて、内容を確認したければ現在でも誰でもできる。

 つまり、「今までどおりです」とわざわざ言うだけに過ぎない。ここで考えるべきは、なぜ、「今までどおりです」と確認する必要が生じたかである。これは「日本政府が本当に植民地支配を反省しているのか」という疑念を、韓国側から持たれていることが一因だと考えられる。

 さらに、村山談話や小渕・金大中声明をもう一度確認したとしても、それが、強制動員問題、つまり炭鉱等への朝鮮人労働者の配置という被害についての日本政府の見解とどう関係するのかも不明である。つまり、日本政府が強制動員について史実としてどう認定しているのかという肝心のことが、この対応ではではよく分からない。

 ここ数年、この問題が注目されるようになってから、これに関連した日本政府の発言はいくつかある。だが、その中には、強制動員の史実について正確に語り、強制動員は反省すべき歴史的出来事だったとする認識は見られない。むしろ、問題はなかったとか、あるいはそもそも何があったのかをうやむやにして、聞く者を混乱させるだけの言葉を繰り返し発して来たと言ってよい。

 重要なのは、強制連行・強制労働があったのかどうかという点と、日本帝国政府が朝鮮人の労働に何らかの関わりをもっているのかどうか、である。もし「強制連行・強制労働はなかった」という認識に立つのであれば、日本政府も、被告企業も謝罪は必要ないことになる。また、1945年までの日本帝国政府の法令や行政施策と朝鮮人の労働の義務、労働条件等の監督責任が「無関係」だというのであれば、「動員をめぐる問題は私人同士、私人と民間企業との関係の問題である」ということになる。とすれば、日本政府は口出しできる立場ではない。
 ところが、これらの点についての日本政府の見解は、一度も整理した形で示されていない。相異なるような見解が断片的に述べられてきた感も否めない。


「強制労働」はあったのか、なかったのか

 まず、「強制労働」が史実としてあったのかどうかという論点を考えてみよう。戦時期の朝鮮からの労務動員については、文科省の官僚も、1990年代には、「募集」を含めて「強制連行」であるというのが学界では一般的だと国会で答弁していた(当サイト内『強制連行』は歴史研究の常識」と文科省が認める https://note.com/katazuketai7/n/n21b388522fc5 )。

 さらに、2015年の「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録に際して、日本のユネスコ大使は、いくつかの関連施設、つまりは炭鉱などで、1940年代に、労働を強いられた朝鮮人がいたという認識を語った。

 となれば、「強制労働」があったというのが日本政府の認識だと受け止めるのが自然だろう。ところが日本政府は、戦時下の朝鮮人労働に関して「強制労働はなかった」「強制労働ではない」という主張を、この間、何度もしている。

 例えば2021年には、「強制連行」「強制労働」という用語についての答弁書がある。これらの用語についての考えを明らかにせよという日本維新の会の馬場伸幸衆院議員の質問書に対して、日本政府は、「強制連行」ではなく「徴用」という語が適切であり、朝鮮人の労務動員は「強制労働」ではなかった、と説明している。

 さらにこれを受けて、日本政府によって歴史教科書の用語の書き換えが勧告され、実際に、教科書会社が「強制連行」「強制労働」を修正するといった動きも起きた。しかし、一方で、「強制連行」がなかったとも日本政府は言っていないし、「労働を強いられた」というユネスコ大使の説明は間違いでしたとも述べていない。

 日本政府が関係しているのか、民間レベルのみの問題なのかという論点はどうだろうか。日本政府は、戦時期の朝鮮人について、日本人と同様に徴用したのである、合法的に動員したのだ、ということもしばしば述べる。教科書記述でも前述のように、「徴用」という語を使うことが奨励されているようでもある。

 「徴用」という法律用語は、国家総動員法第4条に依拠して日本帝国政府が帝国臣民に対してある事業所で特定の業務に就くことを命令するということを指す。したがって就労先での労務管理や待遇についても日本帝国政府は監督することになる。とすれば、民間企業に配置された朝鮮がそこで虐待を受けたことなどについて日本帝国政府は責任を有するという議論が導き出される。当然にして日本帝国政府を継承した日本政府にも責任が生じる、ということになるはずだ。

 ところが、日本政府は一方で、彼らは徴用工ではない、という言い方もしてきた。2018年10月の大法院判決のあと、衆議院予算委員会で、安倍晋三首相は、原告らは「徴用工」ではない、募集に応じたのだ、「徴用工」ではなく、「旧朝鮮半島出身労働者」と呼ぶべきだと言っている。これは岸田文雄議員の質問に答えたものであり、岸田議員は、この答弁について「ありがとうございました」と述べて質疑を終えている。そして今も、日本政府や与党政治家はその語を用いている。


都合の悪い史料や情報には触れない日本政府

 日本政府の見解を調べてみようと考えた人は、混乱に陥るはずだ。強制労働はあったとも言っているし、なかったとも言っている、国家の命令で働かされた動員だとも認めているようであるし、そうではなく単なる私人と民間企業との契約だ、と言っているようでもある。結局、謝罪すべき史実があるのかないのか、日本政府がそれについて責任があるのかないのか、分からないのである。

 しかし、史実がどうであるのかを、アカデミズムの世界の歴史研究者に聞いたならば、強制労働はあったし、それは日本帝国政府と無関係ではない、という回答が返ってくることになる。拉致同様で連れて来られ、監禁され、脅されて労働させられていたケースが多発し、問題となっていたことを裏付ける史料や証言が存在するからである。

 また、「彼らは徴用工ではない」という主張も、岸田文雄と安倍晋三が、法律をよく確認していない、あるいは、あえて無視しているだけに過ぎない。実際には希望して軍需工場等に入った朝鮮人に対しても、ある時点から国家総動員法第4条に基づく徴用とする措置がとられていた、というのが事実なのである。

 さらに、本人の意思とは関わりなく連れて来られて、無理やり働かされていた状況を強制労働と言うのかどうかを、法律家に聞いたならば、それは強制労働に当たると言うはずだ。日本政府が「強制労働ではない」という論拠は、ILOの強制労働条約では戦時中の徴用等は除外されるということのようだが、そのような見解は、ILOの専門家委員会が否定している(当サイト内「朝鮮人の労務動員は『強制労働条約』違反ではない」という主張はなぜ間違いか https://katazuketai.jp/two/pg4309495.html )。

 だが、そうした自分たちに都合の悪い史料や情報に触れない、出さないのが、日本政府である。そしてマスコミでも、そうした歴史的事実はほとんど伝えられない。となれば、日本の市民の多くが「強制労働はなかった」「自分たちで志望して職場に入ったので国家による動員ではない」と誤解するのは当たり前だ。

 では、今回、日本政府が改めて確認するという村山談話や小渕・金大中声明では、戦時動員について何か触れているだろうか。これらの文章では、戦時動員についての具体的な言及はまったくない。そこで述べられているのは、植民地支配が損害と苦痛を与えた、ということだけである。
 村山談話や小渕・金大中声明の文言がもう一回読み上げられたとしても、戦時動員についての日本の市民の認識は変わらない。むしろ、強制動員の問題に関係して、こうした声明が引っ張り出されることに疑問の声が上がるだろう。

 日本政府のこれまでの説明を真に受けてきた人びとが「謝るべき加害の事実がないのになぜ謝るのか」「日本政府の責任などないはずだ」と考えるのは、ごく自然なのである。仮に関係企業が、過去の動員に関連して、謝罪やなんらかの資金提供を検討したとしても、「なぜそんなことをするのだ」という日本の市民の批判が出るだろうから、実行に移すのは難しい。

 そうした日本社会の状況は、韓国にも伝えられるはずだ。となれば、韓国の市民は、「結局、日本人は史実を認めていないし、反省もしていない」と思うであろう。これもまた、当然のことである。かくして、日韓の国民間の対立はむしろ、激化する可能性すらある。


日本政府が強制労働の史実を認めるべき

 これを避ける方策はないだろうか? それは存在するし、実行もそう難しいことではない。
 強制労働はあったし、それは日本帝国政府の政策として行われていたという、歴史研究者や法律家であれば誰も否定しない事実を日本政府が明言すればいいだけである。

 特定の戦時期の被害について史実を述べる必要があるのか、という疑問を持つ人もいるかもしれない。だが1993年には、「慰安婦」の被害について、河野談話という形で、日本政府が確認した史実を明らかにしている。
 それを考えれば、むしろ、閣議決定された計画をもとにした日本内地の炭鉱等への労働者の配置で生じた問題について、何も見解を明らかにしない方が不思議であるし、バランスを欠いているとすら言える。

 「慰安婦」の史実をめぐっては、研究もあまりなされていなかったし、関連する行政文書も少なかったので、調査は困難だった。特にどのように被害者が集められたかは、証言に依拠せざるを得なかった。
 だが労働者の強制動員については、多くの記録がある。戦時下の朝鮮の実情調査に赴いた内務省嘱託が、労務動員について「拉致同様」になっていると記した文書もある。戦後、日本の労働省が刊行した書籍のなかでも、戦前戦中には、土建工事や炭鉱には監獄部屋が多くあり、それは強制労働であったとする文章が確認できる。つまり、これまでの日本帝国政府・日本政府自身の言葉を基に、史実について述べればよいだけなのだ。

 なお、朝鮮人強制動員の問題は日韓間の問題としてのみ考えられ、“反日の韓国人を利するようなことをするな”といきり立つ日本人も多いようだ。だがこの問題は、日本対韓国という枠組みでとらえて、どちらの利益になるとか、相手に譲歩するとかいったようなことで考えるような話ではない。

 そもそも、自らの政策によって酷い人権侵害が起きたことに対して謝罪しない政府を持つ国民、つまり日本人こそ不幸である。ついでに言えば、自国政府が、自らが行って来たことについて場当たり的に支離滅裂な説明に終始し、何が史実か分からない状態を作り出す、都合の悪い行政文書は触れない、説明しない、という態度をそのままにしておいた場合、いいことは一つもない。

 そうした自国政府の態度を改めさせることは、日本国民にとって損ではなく利益につながる。日本国民は、自分たちの置かれた不幸な状態から脱却するために、日本政府に対して、強制労働の史実、それについての日本帝国政府の責任認定、そのうえでの謝罪を、強く求めていくべきだろう。

〈「波の音をきく」編集部から〉
リレーコラム「波の音をきく」は、サイト「『徴用工』問題を考えるために」の特別企画です。「徴用工」問題に対する思いをもつ様々な人にコラムを寄稿してもらっています。
戦時中、日本の戦争遂行のために多くの朝鮮人が日本に強制連行され、労働を強いられました。私たちのサイトでは、朝鮮人「徴用工」問題=戦時強制動員問題をめぐる論議を、研究成果や判例などの「ファクト」に沿って、可能な限り交通整理することを目指しています。詳しくは以下をご覧ください。
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