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【富山・金沢PR】 越前・越中・越後・・・「越」ってどこよ?

若き天才・藤井聡太八冠が5連覇をかけて臨む、第95期棋聖戦・五番勝負が2024年6月6日に開幕しました。挑戦者が人気棋士・元祖西の王子こと山崎隆之八段であること、また、藤井八冠の史上最年少での永世棋聖資格獲得がかかっていることもあり、大きな注目を浴びています。

将棋のタイトル戦は、各地の古刹や名門ホテル・旅館で開催されることが多いですが、第95期棋聖戦の第二戦は、新潟市岩室温泉にある旅館「高志の宿 高島屋」が会場。タイトル戦に相応しく、格調高い雰囲気が漂っています。

ところでこの旅館、冠に「高志の宿」と付いています。高志の読みは「こうし」ではなく、「こし」。新潟=越後の「越」と同じ読みですが、これは偶々ではありません。

6世紀頃、現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方に至る地域全体を高志国(こしのくに)と呼んだそうです。8世紀に入り、「高志」が「越」と書かれるようになり、現在に至っています。つまり「高志」とは「越」であり、1,500年もの古代から脈々と引き継がれた地名の名残なのです。

ところで、北陸から離れた地域の方から、各県の位置関係がわからないとよく言われます。おさらいすると、関西に近い方から順に、福井県(越前)→石川県(能登・加賀)→富山県(越中)→新潟県(越後)と並んでいます。

ここで皆さん気になると思います。
なぜ、能登・加賀には「越」の字がつかなかったんでしょうか?

7世紀頃、高志国は、高志前国、高志中国、高志後国の3国に分割されました。当時、能登・加賀は高志前国、つまり越前に含まれていたそうです。その後、能登が、次いで加賀が越前から分立。1,000年以上にわたりこの状態が続き、現在に至っています。この分立がなければ、石川県が存在しない現在もあったかもしれませんね。


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