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フヴェルゲルミル伝承記 -1.3.7「長い長い夜の戦い」

はじめに

 タイトルに反し、バトル回では無いです。
 では、どうぞ。

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第1章 第3話
第7節「長い長い夜の戦い」

 岩の巨人を倒したアルフ達は先に進む。
 力を使いすぎたアルフは歩けないので、イルムガルトにおぶられていた。

「悪いな。情けねえ」

「気にしないで。アナタがいなければ今頃みんな下敷きだったもの」

「そーそー。流石ボクが見込んたバケモノ共だ」

「バケモノ言うな」

「それを言うならユミリアせんも大概だし」

「かもなー」

 そんな話をしていると、先に光が見えてきた。
 正真正銘外の光だ。


 アルフ達は洞窟を抜けた。
 外はすでに日が傾き、空を朱に染め始めている。


「もう、こんな時間か」

「今日はここでキャンプしましょう」

 イルムガルトはアルフを下ろす。

「それじゃあ、診るから」

「ああ」

「んじゃボク達は薪でも拾って来るか。な、坊」

「え、あ」


 そう言って、ユミリアはナナを引きずって行った。

「うん、思った程酷くは無いみたい。これならちょっと『開いて』何針か縫えば問題ないわね」

「そうか。ん? ってちょっと待て!何か不吉な単語が……つーか、何だその針と糸!?」

「何って、縫うに決まってるでしょ」

 アルフは唐突にイルムガルトのある台詞を思い出した。


「『裁縫』は得意なのよ」

「おま、『裁縫』ってそういう事か!?」

 イルムガルトは無言でもう一本、ナイフを取り出した。
 彼女の武器とは違う、ある意味真逆の銀のナイフは、日の光を反射し、キレイに輝いていた。
 だからこそ、触れただけで皮膚も肉も切り裂く鋭さを視覚だけで理解できる。
 確信に近い勢いで嫌な予感が頭を支配する。


「い、いやいや、ちょっと待て、麻酔は?」

「無いわよ」

 ジリジリと近寄るイルムガルト。

「ま、待て、本当、待っ……!」

 逃げようとするも、全身の痛みがソレを許さない。
 ついにアルフは捕まり、大地と木々を揺るがす悲鳴が響き渡った。
 激痛に悶える中、ああ、伝承のロキもこんな気持ちだったんだろうかと思いながら、ついには意識を落とした。

 森で薪を拾ってたユミリア達は思わず悲鳴の方向に振り向いた。


「おー、景気よく叫んでるなー」

「ユミリアさんの時よりも凄いかも」

「言ウナ。アレ、トラウマ……」

 片言になりながら自分の肩抱いてブルブル震えるユミリア。
 ナナは苦笑し、しばらくアルフの悲鳴をBGMに薪拾いに勤しんだのだった。

「よーし、コレぐらい集まれば良いだろ」

「うん」

「じゃ、悲鳴も収まったし、帰ろうぜ」

「大丈夫かな。アルフお兄ちゃん」

「ダメだろな」

「えー」

 ユミリア達が戻ってきた時、そにはイルムガルトに上四方固めされて意識を失っている半裸の男がいた。

「ああ、お帰り」

「一応聞いておくんだけど。何やってんだ?」

「手術」

「どう見ても寝技キめてるようにしか見えないんだけど……」

「暴れるから、押さえ込みながらやったのよ」

「そんなやり方する人間、いないと思うんだけど? もう、『普通』はとか『常識非常識』のレベルじゃなくって、『出来る出来ない』とかいう『可不可』の域で」

「やってみりゃ出来るものよ」

「無理だって」

「う、うん……」

「あら、目が覚めた?」


 目が覚めたアルフはイルムガルトの顔を見て見る見る青褪めた。

「いやあああ! 許して!! 許してください!!!」

「もう、自分の性別忘れる程トラウマになってないか?」

「全く……」


 イルムガルトは軽くアルフを引っ叩く。

「はっ!?」

「目が覚めた?」

「俺は、一体何を……って何でこんな格好してんだ俺?」

「あー、記憶、失っちゃったかー……いや、思い出さないようにしてるなこりゃ」

「お兄ちゃん……」

「お、ナナにユミリア。戻ってきたのか」

「あ、ああ」「うん」

 少し、いや、かなり気まずい空気を残した二人の気持ちなど露知らず、アルフ達は野営の準備を進めるのであった。

「にしても、食うもん何も無いな」

「今からじゃ何も採れないわよ」

「ボクが行って来ようか?」

「こんな暗かったら、はぐれちゃうよ」

「そっか、そりゃ面倒くさいな」

 イルムガルトが缶詰を取り出し三人に渡す。

「何だコレ、缶詰?」

「いざという時の為に作っておいた保存食よ」

「保存食?」

「そんな物まで作れるのか」

「まあ、とりあえず食おうぜ」

 そういって、ユミリアが缶の蓋を開ける。


「ぐえっ!?」


 ユミリアが突然倒れた。

「どうし、うっ……」


 近付こうとしたアルフは漂う匂いに思わず立ち止まった。

 想像を絶する悪臭だった。

 イルムガルトは何食わぬ顔でその缶詰を食べている。

「おぇ……イル、何だコレ……」


 とりあえず、臭いの発生源からナナを遠ざけつつ、イルムガルトの食べているソレを指摘する。

「コレ? ニシンを塩漬けにして発酵させたものにドリアンをすり潰すしたものを混ぜた缶詰」

「ドリアン?」

「南方の果物よ。手に入ったから混ぜてみたんだけど……ダメだったみたい」

「何故イケルと思ったし」


 鼻を押さえながらユミリアが起き上がる。

「お、ユミリア。生きてたか」

「死にそうだよ」

 相変わらずイルムガルトは缶詰を黙々と食べている。

「臭いものに臭いものを足した所で、臭いに差が無いから、あまり変わらないのよね……ドリアンのまろやかさがニシンの塩辛さを軽減して食べやすくなってるし……むしろハッカの方がインパクトが出るかも」

「そっちかよ!……ってかどんな評価だよ、十分食い辛いわ!!」

「食べ物で、遊んじゃいけませんって……言われなかったのか?」

「遊んでないわよ。ちゃんと食べてるし」


そう言って空になった缶詰を見せる。

「マジかよ……」

「おぇ、見ただけで吐き気が……」

「ああ、そうそう。食べ物を無駄にするのが一番良くないと思うのよ。だから、とりあえず空けた以上は全部食べなさいね。残したら朝、お仕置きね」


 イルムガルトはそう言って寝てしまった。

「「え゛っ!?」」

 アルフとユミリアは互いに顔を見合わせる。


「どうするんだ、コレ……」

「どうするって、どうするんだよ……」

「とりあえず、お前の缶詰だろ?食えよ」

「うん。そうだね。とりあえず話し合おうか」


 ユミリアはおもむろに缶詰を拾い上げる。
 アルフが臭いに驚いて、うっかり落とした缶詰だ。
 ユミリアはその缶詰に手をかける。

 開けるつもりだ。

 ユミリアの意図を察したアルフは慌てて止めに入る。

「お、おい、バカ止めろ!!」

「さあ、これを空ければ、ボク達はそれぞれ一個づつコレを食べなきゃならない。でも、今ならこの缶詰は半分づつで済むんだ。いいアイディアだと思わないか?」

「くっ、わかった。話し合いに応じようじゃないか……1:9でどうだ?」

「はは、缶詰に穴が開きそうだ」


「ま、待て!わかった。譲歩しよう3:7だ」

「あ~、も~ちょっと~か~な~」

「すまん。4:6で勘弁してくれ……埋め合わせはするから」

「OK。交渉成立だ」


 二人は缶詰の中身を分けた。
 ちなみにアルフの分はイルムガルトの空き缶を使った。


「あ゛~、分けるだけで吐きそう」

「これ、食うんだよな……」

「食うしかないだろ……」

「あの……」

 おずおずとナナがアルフ達に近付く。
 目の前の衝撃的なブツにかまけてすっかり忘れていた。

「ああ、悪い、ナナ……」

 そう言いつつ、二人とも目の前の缶詰から目を放さない。
 どう攻略しようか必死に頭を回している。

「これ、使う?」


 ナナが薬草を見せる。

「? 何だコレ?」


「臭い消しの薬草。香草の一種で食べられるよ」

 瞬間。二人の目つきが一瞬にして変わる。
 狩人の目だ。

「で、でもあんまり数無いから……この臭いだったら、二尾もいけないかも……」

「「!?」」


 ちなみに缶詰の中には三尾入っていた。

「……一人一尾だ。ナナ、お前はその香草使って食べろ。余った分で俺達は何とかする」

「え、でも……」

「仕方ない。坊だけ何も食わさないワケにはいかないからな」

「そういう事だ。行くぞ、ユミリア!」

「ああ、生きて帰ったら一杯やろうか」

 もちろん、口直し的な意味である。

「よっしゃ、何としてもコイツを攻略してやろうぜ!」

「おう!!」

 この日、アルフとユミリアの間に妙な友情が芽生えた……気がした。


 これから、二人の長い戦いが始まる――

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