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フヴェルゲルミル伝承記 -1.2.7「葬送」

はじめに

 この世界での葬儀について。
 この世界では土葬が一般的で、火葬は最高に不名誉な葬儀であり、死体を焼くというのはそれだけで冒涜行為を意味します。
 その為、火葬は魔物・敵兵・重犯罪者などが対象となります。

 では、どうぞ

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第1章 第2話
第7節「葬送」

「おーい、もう大丈夫だ」

 客間の扉をノックし、声をかける。

「ああ、君か。助かったよ」

 部屋の鍵が開き、ハーヴが顔を出す。

「大丈夫だったか?」

「ああ、おかげさまでね」

「ナナは?」

 後ろからイルムガルトが声をかける。

「ああ、ナナ君ならそこに」

 そう言って、ハーヴはナナの寝ているベッドを指す。
 丁度、ナナが目を覚ます。

「ん……」

 ナナは寝ぼけて、ぼーっと辺りを見回している。

「ここ、は……?」

「おお、ナナ君。目が覚めたかい?」

 ハーヴが声をかける。

「ここ、客室? なんで、私、どうして……」

 ナナは、まだ状況を把握できていない。
 ゆっくりと、ハーヴを、アルフを、イルムガルトを順繰りに眺める。

「あれ、お母さんは?」

 その問いにアルフ達は言葉を詰まらす。
 なんて答えてよいか分からなかったからだ。

「あれ、お姉ちゃん、まだ戻ってきてないの?」

「ナ……」

「アルフ」

 アルフが声をかけようとすると、イルムガルトに呼び止められる。

「ナナには私が話をしておくわ。アナタは彼とあっちを……」

 視線で、扉の外側――リンネルの村を示す。
 村の外は凄惨なありさまだ。
 ナナに見せるのは酷だろう。

「わかった。じゃあ、行こうか」

「そうだね。任せたよ」

「ええ」

「?」

 アルフとハーヴは扉から出て行く。
 ナナだけが状況をわかっていなかった。

 家を出てしばらくすると、遠くからナナの悲鳴じみた泣き声が響いた。

 村の中央の広場。
 アルフはハーヴと二人で村人の亡骸を集める。

「さて、どうするんだい? 魔物の死体は普通、焼くものだけど」

「いや、埋めよう」

 死体を焼くという行為は禁忌だ。
 人は、生き物は、死して地に還る。
 焼き払い、灰になればそれは叶わなくなると考えられている為である。
 死体を焼くという行為は、世界に還す事すら赦さないという意志の表れなのだ。
 だから、人は魔物を焼く。
 二度と現れないよう願って。

 ただ、アルフには、世話になった村の人々を無慈悲に焼くのは躊躇われた。
 たとえそれが、人の形が残っている部分は顔だけだったとしても。

 アルフは瓦礫の山から見つけたスコップで穴を掘り始める。

「わかったよ。手伝おう」

 樹木のようなその体は人より大きく扱いづらくかった。
 穴を掘るのもその分、大きく、広く作る必要があったのだ。
 穴が掘り終わり、村人を一人、二人と寝かせ始める。
 そして、全てを寝かせるには丸一日が経っていた。

 暗雲が垂れ込め、雷が鳴っている。すぐにでも雨が降るだろう。
 最後にセリアン夫妻を穴に寝かせた時、アルフ達に声がかかる。

「アルフ」 

「おう、イル」

「そう、埋めるのね」

「悪い。だが……」

 魔物を土に埋めるという行為は教会の人間としては認めにくいものだろう。
 だから、アルフはイルムガルトに謝った。

「いいわ」

「ありがとう」

 ぽつ、ぽつ、と水滴が地面を叩く。
 ふと、アルフはイルムガルトの後ろにいる少女に気付いた。


「ナナ」


 アルフはナナに無言でスコップを渡す。
 ナナは震える手でそれを受け取る。
 たどたどしい手つきで一山、二山、被せていく。
 涙を拭いながら。
 長い時間をかけ、彼らは土の下に眠る。
 瓦礫を無骨に積み上げ、彼らの墓石とした。

「今は、これだけだ。すまん」

 いまだ止まらない涙を拭きながらナナは頭を振る。
 気付けば灰色の雨が彼らを抱いていた。


 翌朝。

 彼らはナナ達が隠れていた客室で一夜を明かした。
 朝早く、イルムガルトは一通り村の周りを確認し、戻ってくる。

 アルフとナナが作っていた朝食が出来上がった所だった。
 少しでも気を紛らわせようと、一緒に食事を作る事にしたのだ。
 
 全員がそろい、朝食を取る

「状況はどうだった?」

 イルムガルトは静かに頭を横に振る。

「そうか」

「さて、これからどうするんだい?」

「ここを出るしかないでしょうね」

「出れるのか?東の……街道へ向かう橋はあの女に壊されただろ?」

 村への出入り口は三箇所ある。
 アルフ達が薬草を取りに言った南の出口。
 橋をつかって帝都への街道へ出るメインの東の出口。
 そして、今は使われていない西の出口である。

「西の道を使う」

「あそこは随分前に封鎖されていたんじゃないかい?」

 西の道は、他のフラーナングに点在していた村々へと繋がる道だが、リンネルの村以外が廃村となった現在では、殆どが獣道となっている。
 おそらく、村へ通じる道も草木で覆われ辿り着くのは困難だろう。

「でも、道は残っているはずよ。というよりそれしか道がないと言った方が良いかしら」

 獣道とはいえ、道は道という事だろう。
 だが、危険性は高い。
 足場の不安定さもさる事ながら、どんな魔物が潜んでいるか分からないのだ。

「あの橋、直せないのか?」

「誰か直せる人いる?」

「イルの鎖でどうにか向こう岸まで渡れないか?」

「無理ね。距離がありすぎるし、引っ掛けるものが無い」

「帝都に連絡は?」

「どうやってつけるの?」

「伝書鳩」

「ざっと見た限り、この村にはいなかったわ。いたとしても瓦礫の下敷きでしょうね」

「誰か通りかかりの人とか」

「その誰かが来るのはいつになるのかしら?」

「狼煙《のろし》は?」

「この辺りは普段人が通らないわ。見つけてもらえる可能性は低いし、仮に見つけられたとしても、それが狼煙だと分かる人はもっと少ない」

「ダメか……」

「わかった?」

「ううむ……」

「ちょっといいかい?」

「何?」

「ご存知の通り、僕やナナ君は戦えないんだが、君たちの足手まといにならないかい?」

「気にしないで」

「何なら、僕たちはこの村で身を隠してるから、君達が外で誰か助けを呼んでもらうって手も……」

「それはどうかな」

「どういう事だい?」

「今は戦いの後で魔物が寄り付いてないだけだ。もし、俺達がいない時に魔物の襲撃があったらここじゃ逃げ隠れするにも限界があるんじゃないか?」

「なるほど……」

「それに、私達も確かな道を進むわけじゃない。」

「だから、一緒に来てもらった方が良い。魔物に関しては俺達に任せてくれ」

「わかった。よろしく頼むよ」

「ナナ。大変だろうけど、しばらく我慢して頂戴ね」

 ナナは黙って頷いた。

 食事が終わりると各自準備をする。
 とはいえ、アルフもイルムガルトもこの状況では準備するものはあまり無い。
 ハーヴも薬箱と残った薬品をいくつかつめて準備は完了だ。
 ナナは棚のかなから何かを取り出し、懐に入れた。

 アルフ達は家《へや》を出て、西口へと向かう。
 リンネルの村は雨上がりの土色の大地と瓦礫の山そして中央の広場に墓標を残し、村の最期を表していた。
 
 ナナはしばらく村を見つめて、やがて振り切るようにアルフ達の所に走って行った。

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