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フヴェルゲルミル伝承記 -1.3.4「震源の伝承」

はじめに

 今回は北欧神話ネタ回です。

 では、どうぞ。

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第1章 第3話
第4節「震源の伝承」

 洞窟内には暗闇が澱んで、先を見通す事ができない。

「これじゃあ先に進めないぞ」

「松明を点けるしかないでしょうね」

「あんのか?材料……」

「……」

「無いのか」

「洞窟は想定してなかったからね」

「あ、ちょっと待って……」

「どうしたんだ、ナナ?」

「う、うん。もう少し……」

「?」

 見ればナナが何かを手に持っている。
 村を出る時に持ってきたのもだろうか。

「あ」

「ナナが声を上げる」

 パキッと卵が割れるような音がするとナナの手から光が漏れた。
 その光は輝きを増し、光の球体となってにナナの周りを飛び回る。

 ウルドの妖精。

「なるほど、何か持ってきてたとは思ったけど……」

 ナナが持ってきたのは蜘蛛蚕くもがいこさなぎ
 それが、今かえったという事だろう。

 神秘的な光を放つウルドの妖精。

「でも、この光量じゃ……」

 ウルドの妖精は確かに光を放っているが、蛍が灯す光程度だ。
 洞窟を照らすには光が足りない。
 コレを頼りに進むのは危険だろう。

 光が突然消えた。
 気付けばユミリアは無造作にウルドの妖精を握っていた。

「へー、珍しいな虫だな」

 ナナが慌てて声をかける。

「お、お姉ちゃん……!」

「お前、折角ナナが持ってきたものを……!」

「あー、心配すんなって」

 そう言ってパッと手を離すユミリア。
 ふわふわと飛ぶウルドの妖精。
 どうやら何事も無かったようだ。

 宙を舞うウルドの妖精は光を強くし、やがてその輝きは松明よりも明るくなった。

「な?」

「へぇ、凄ぇな……」

「この虫は魔力を喰らってその特性を得るんだよ」

 どうやら、さっき握ったのは魔力を注入する為であったらしい。
 随分乱暴なやり方だと思う三人だった。

 ナナは手にウルドの妖精を乗せてマジマジと観察する。

「へぇ、そうなんだ」

「ま、一般的には薬草を食べて発光するもんだと思われているからな。本当は薬草に混ざってる魔力を食べて発光するんだよ」


「とにかく、これで先に進めるわね」

 ウルドの妖精の光を頼りに洞窟を進む。
 水の滴り落ちる音と足音が洞窟に響く。

 時折巨大なコウモリが羽ばたいているが、光が苦手なのか襲う気配は無い。
 岩に擬態した蜘蛛が襲い掛かってくるが、アルフやユミリアの一撃で倒れる為、たいした脅威ではなかった。
 そんなのばかりなので、ユミリアの言うとおり、たいした魔物はいないようだった。

「まあ、目ぼしいのは大体殺っちまったからなぁ……」

「おかげで俺達は安全に進めるわけだ」

「ボクは物足りない……」

 順調に進んでいったアルフ達だったが、行き止まりに突き当たった。

「あり?」

「行き止まりね」

「ん~……崩落したかな、こりゃ」

「さっきの地震か……」

「おじちゃん大丈夫かな?」

「おじちゃん?」

「ああ、ここ来る途中まで一緒にいた医者の人だ。地震で分断されて俺達が外から助けを呼ぶ事になった」

「ふ~ん。医者ねぇ……」

「ねぇ、こっち」

 イルムガルトが別の道を見つけ手招きする。

「おお、こんな所にも道があるのか……」

「こんな行き当たりばったりで洞窟進んで、出られなくなったりしてな」

 そう言ってケラケラ笑うユミリア。
 怯えたのはナナだ。

「ひっ……」

 ユミリアをぶん殴るアルフ。

「ぅてぇ……」

「少しは慎もうな?」

「へいへい」

「ん?」

「どうした」

「あの先……」

 イルムガルトの指した先に薄っすらと明かりが見える。
 アルフ達のウルドの妖精の光よりは明るく、出口にしては暗い明かり。

「行ってみましょう」

 辿り着いた場所。そこは開けた場所だった。
 頭上から漏れた光が広場を照らしている。

 三枚の大きな平らな岩が並んでいる。
 岩の上には紐の形をした鉄塊が引きちぎられたように横たわっている。
 たくさんの桶がそこかしこに散らばっており、その桶のいくつかには毒々しい何かの澱みが溜まっていた。

「何だ、ここ」

「な、何か、こわい……」

「よーし、よしよし……大丈夫だぞー」

「まるで何かの拷問場じゃないか……」

「まさか、ロキの洞窟?……でも、それは、ただの伝承じゃ」

「ロキの洞窟?」

「いえ、ただの伝承よ。昔話……」

 そう前置きし、イルムガルトは語りだす。

「かつてこの世界にはたくさんの神様がいたそうよ。神様達は日々戦いに明け暮れたり、叡智を競い合ったり、騙し騙され出し抜き合ったり、そんな逸話はたくさんあるけど、それは省くわね」

「神様って随分アグレッシブなんだな」

「本当、今の世の中は神様のツケを払わされてるんじゃないかと思うぐらい」

「お前、教会の人間がそんな事言って良いのかよ」

「いいのよ。うちは『神様』でなく『力』を信奉する教会なんだから」

「そうなのか?」

「別に伏せてないのにあまり知られてないのよね。その大事な所」


 何故かしらねとため息をつく。

「話が反れたわね。で、その神様の中に一際気まぐれで人を騙すのに長けた神様がいたのよ。その神様の名前がロキ」

「で、その神様がどうしたんだ」

「ちょっとした気まぐれで偉い神様の息子を殺しちゃったのよ」

「気まぐれでって、どんな神様だよそりゃ……」

「まあ、人を騙すわ、浮気するわ寝取るわ、そりゃ好き放題やってたみたいで、おかげで今の世じゃ彼は邪神扱いよ」

「そりゃあそんな事やってりゃな……」

「一応、彼は神々の為になる事も色々しているのよ。様々な神器を作ったり、敵の策略を打ち破ったり。命がけで交渉したり……」

「人……ってか、神もいろいろな面があるって事か」

「そうでしょうね」

「で、その気まぐれで殺神した神様はどうなったんだ」

「うまいわね。……まあ、その時は上手くやり過ごせたらしいわ。他の神をけしかけて殺したみたいだから」

「えげつねぇ……」

「だけど、呼ばれもしない酒の席に無理やり参加して酔った挙句、勢いに任せて自分の悪行をバラしちゃったらしいわね」

「馬鹿じゃねぇの!?」

「否定はできないわね。……怒った他の神様は彼を捉えて洞窟にある三枚の平岩に縛り付けたそうよ。とある……『鉄の鎖』で縛りつけ、頭上に蛇を垂らして、その毒をで延々と苦しませてたみたい」

「それが、ここってワケか」

「まあ、この洞窟が本当に伝承の場所なのか、この場所が伝承の元なのか知らないけどね」

「ねぇ、お姉ちゃん。あの桶は?」

「ああ、あれは、そうね。そのロキには妻がたのよ。シギュンって言うのだけど」

「それだけでロクでもない旦那を奥様感が拭えないな」

「まあ、苦労はしたでしょうね。そのロキに垂れてくる蛇の毒をその桶で受け止めて毒を受けないようにしてたみたいだから」

「随分献身的な事だ」

「そうね……でも、桶が満杯になるとそれ捨てる為に離れなければいけない。その時はどうしても毒を浴びてしまう。毒を受けたロキはたいそう苦しんで暴れまわったそうよ。そして、それが地震のもとになったと伝えられているわ」

「うへぇ、て事はここらの地震はその神様の亡霊とやらの仕業かい」

「あー、ゴメン。その話は止めてくれ。ボク亡霊とか怨霊とかそういう、嫌いなんだ」

「あ、そうなのか?悪い」


「怖いの?」

「さっきの返しか?坊。確かにその手のヤツは怖いが、別にビビッてはいないさ」

「でも、手……」

ユミリアの手は硬く握り締められ小刻みに震えていた。

「ああ、悪い。この話、ボクも知ってるんだが、ちょっと胸糞悪くてな……」

「?」

「神様とやらが今もいるなら、ぶち殺してやりてぇよ……」

「おい、ユミリア。今のどういう……」

「なんでもねーよ。さっさと行こうぜ。崩落したら大変だ」


「望むところじゃなかったの?」

「坊と約束したからな。ボクより先に死なせないって。崩落じゃどっちが先に死んでもおかしくないだろ?」

「え、あの、約束?」

「おう、約束だ」

 そう言ってユミリアは頭に手をのせると、ナナは少し力が抜けるような気がした。

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