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フヴェルゲルミル伝承記 -1.2.1「薬草と製糸の村」/1.2.2「薬草の採取」

はじめに

今回から第二節です。
では、どうぞ

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第1章 第2話
第1節「薬草と製糸の村」

 アルフ達はナナの案内で、リンネルの村に到着した。

 リンネルの村は豊富な薬草とそれを食べる蜘蛛蚕くもがいこという特殊な虫から紡ぎだされる糸を使った製糸産業で成り立っている村だ。
 だからこそ、この村はフラーナングという地で唯一生き残れたのである。
 他の村々は観光業を主産業としていた為に地震と魔物で観光客が減り廃村となってしまっていた。

 ちなみにリンネル特産の薬草を食べた蜘蛛蚕から紡ぎだされる糸で出来た布は常に傷を癒す効果があり、戦いを生業にする者達や貴族の間で高値で取引されていたりする。

 村に入ると、 遠くから松葉杖をついた女性が近付いてきた。
 右足に包帯をしている事から、どうやら怪我しているようだ。

「ナナ!」

 ナナを呼んでいるその女性は、松葉杖を付いてはいるものの随分と凛々しい立ち居振る舞いをしている女性だ。
 どこかナナと似たような風貌をしている。
 両サイドと後ろの三つ編みが動きに合わせてゆれていた。


「あ、お姉ちゃん!」

 ナナがその人物に向かって手を振った。
 松葉杖で移動しているとは思えないほどの速度でナナの所まで来た女性。

「また森に行ったのね!危ないから一人じゃダメって言ったでしょ!!」

 開口一番、ナナを怒鳴りつけた。

「あぅ、ご、ごめんなさい」

 姉の凄い剣幕に怯えるナナ。

「ま、まあまあリンさん。ナナ君もナナ君なりに考えて……」

 リンと呼ばれた女性はその怒りの矛先を緑髪の医者に向ける。

「アナタもですよハーヴさん!ちゃんとナナを見張っててくださいよ!!ほいほい一緒に付いて行ったりして!」

「はは、申し訳ない……」

 そう言って頭を下げる医者。

 ただ、そう言いつつも、ハーヴはナナにアイコンタクトを送る。
 すなわち「魔物に襲われた事は黙っておこう」という合図である。
 ナナも目で頷いた。

 リンと呼ばれた女性はイルムガルトを背負ったアルフに気付くと声をかける。

「? そちらの方は?」

「あ、そうそう、この人達、森で会ったの」

「リンさん。彼らを泊めてもらえないだろうか?」

 そう言われたリンはイルムガルトに視線を移す。
 顔色は相変わらず悪く、顔が青褪めている。

「どうしたの? 随分体調悪そうじゃない」

「見たところ、重度の貧血だ。応急処置をしたから大事には至らないだろうけど、少しでも休める場所が欲しい」

 ハーヴが症状をリンに説明する。
 リンは一瞬逡巡する仕草をして、アルフに向き直る。

「今は、大しておもてなしも出来ないけど、それでもよければ」

「ああ、屋根と寝床があるだけでもありがたい」

「私はリン。よろしく」

「よろしく。俺はアルフだ。で、コイツは……」

「イル、よ……本名は長いから……それで呼んで…………」

 イルムガルトがか細い声で答える。

「お、お前、起きてたのか!?」

「最初から、起きてるわよ。動けないだけ……」

 それはそれでマズイじゃねぇかと喉まで出かかったが、何とか言葉を飲み込んだ。
 イルムガルトは相変わらず息が荒いままだ。

「家はこっちよ。付いて来て」

 松葉杖をつきながら、家までの場所を案内する。

 リンと呼ばれた人に案内され、家に向かう間、村の家々が目に入る。
 所々に補修されたような跡があったり、ヒビが入っていたり、酷い場所は崩れたままになっている。
 どうやら、地震はイルムガルトが言っていた通りかなり規模のでかいものらしい。

 本来なら復興に帝国から軍でも派遣されているのだろうが、近頃の帝国内の情勢から見て、今はこの村まで手を回せてないのだろう。

(この前、城塞都市が陥落したばかりだし、そういえば、あの少し前ぐらいからか?魔王軍の大規模侵攻の話が上がってきてたのは……ああ、だからか。もしかしてイルが魔王討伐に向かってるのもソレが関係してるのか?)

 そんな事を考えながらリンの後を付いて行く。

 村の家々からほんの少し離れた高台のやや大きな家。
 それが、リンとナナの家だった。

 リンが連れてきた家の前に数人の村人が列を作っていた。

「おお、リンちゃん。まだかかりそうかね?」

「ええ、ごめんなさい。作り置きが無くなっちゃって。父さんが今慌てて調合してるから……」

「そうかい。じゃあ、もうちょっと待つとしようかね……」

「本当、ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。」

 そう言って、並んでいる人達に割って家のドアを空ける。
 ドアの近くに立てかけてある家の看板が目に入る。


『セリアン調剤所』

「うちは薬屋なのよ。だから、今ちょっと立て込んでてね」

 我慢してね。と付け加えて、家に入った。

「ただいまー」

「あら、お帰り」

 リンの母親が愛想よく出迎えた。

「ナナ、見つかったわ」

「あらー良かったわー気が気でなかったのよー」

 そう言いながらもテキパキとお客さんの案内をする母親。
 だが、すぐにアルフ達に気付いたようだ。

「あら、お客さん?」

「そ。家に泊める事にしたから」

「あらーそうなの?ついにあなたもイケメンを家に連れ込むようになったのね」

「違うわよ!」

 奥から男性の声が聞こえる。

「おーい、薬が出来たぞ。タルモさんに渡してくれ!」

 覗けば、奥で父親と思われる男性が、いそいそと薬を調合している姿が見て取れた。
 アルフ達に気を向ける余裕もないようだ。

「はーい」と努めて明るく返事をしてアルフ達に振り返る。

「ごめんねぇ。今こんなで、ちょっと手が離せないから、先に上がってもらってて頂戴」

 そうして、バタバタと慌てて奥に引っ込んでいく母親。

 リンはバタンと扉を閉め、左手で家の裏側を指差す。

「ま、そういう事。裏から入りましょ」

 リンはそう言って裏の勝手口に回る。

 そこから家に入ると、そこは随分生活感に溢れていた。
 食べかけのパンと香草と野菜の炒め物がそのまま食卓に残っていた。
 香草の香りが鼻をくすぐる。

「ごめんね。汚くて」

「いや、どことなく懐かしい香りだ」

「もう、お客さんがひっきりなしで、ゆっくり食事も取れないのよ」


 リンはナナを見て軽く小突く。

「そんな時なのに、この子は急にいなくなって」

「ご、ごめんなさい」

「ま、まあまあ、リンさん。ナナ君も役に立とうと思って薬草を採りに行ったんだし」

「まあ、私にも原因はあるし、過ぎた事を言っても仕方ないけどね」


 そう言って、松葉杖で右足をコツンと叩く。

「でも、外は危ないんだから、軽はずみな事はしないでよ?」

「は、はい。ごめんなさい」

「わかればよろしい」


 そのまま奥の客間に通され、アルフはイルムガルトをベッドに寝かせる。


「……迷惑をかけたわね」

「はは、お互い様だ」

「そ」

 そのままイルムガルトは目を瞑り眠りについた。


 やがて、小さな寝息が聞こえてくると、アルフはリンとナナに頭を下げた。

「改めて、ありがとう。本当に助かった」

「いえ、こちらこそ。この子がお世話になったようだしね」

 ちらりとナナを見る。

「え、あ、う……」

 どうやら、ナナがアルフ達に助けられたのは察しているようだ。
 看破されたナナはしどろもどろだ。


「ところで、外の人だかりといい、壊れた建物といい、この前の地震のせいなのか?」

「そうなのよ。ここ数日でだいぶ家が壊れちゃってね。瓦礫の下敷きになったり、逃げる途中に転んだりで怪我した人達が続出したの」

「それで大繁盛ってワケか」

「嬉しくないけどね」

「そりゃそうだ」


「薬草の備蓄も尽きそうなのに、私の足もこんなだし……」

「あ、その、お姉ちゃん」

「ん、どうしたの?」

「えっと、あの、その……」

 ナナは随分と挙動不審だった。出会い頭に叱られたのが相当堪えているようだ。
 おずおずと要領を得ないナナに代わり、ハーヴが助け舟を出した。

「ああ、そうそう。その事なんだが、ナナ君のおかげで多少は薬草を採る事ができたよ」

 ハーヴがタオルで手を拭きながらイルムガルトの寝床から離れていた。

「イルの診察、終わったのか?」

「ああ、このまま何日か安静にしていれば回復してくるはずだよ。まあ、相変わらず輸血は出来てないから、薬はちゃんと飲ませるようにね」

「わかった」

 アルフは薬のビンをしっかりと握りなおす。

「で、薬草が採れたって?」

「そうそう。ナナくん」

「あ、はい」

 ナナはリンに薬草の入った袋を渡す。
 受け取ったリンは袋の中身を確認し、感心したように呟く。

「あら、よくこんなに採れたわね。これだけあれば今日のお客さんは捌ききれそうね」

 リンはナナの頭に手を置いてぐりぐりと撫でる

「よく採ってきてくれたわ。ありがとう」

「えへへ」

「でも、もう危険な事はしちゃダメよ」

「はーい」

 どうやら姉に褒められて嬉かったらしく、すっかりナナも調子を取り戻したようだ

「じゃあ、僕はおじさんの手伝いでもしてくるよ」

「あ、ごめんなさい。疲れてるのに、ありがとう」

「はは、これが僕の仕事だからね」

「ナナ。ナナも母さんの手伝いに行って。今、人手が足りてないから」

「はーい」


 ハーヴはリンから袋を受け取り、ナナと一緒に部屋を出て行った。


 二人が抜けて場が落ち着いたのか、随分静かな空気が漂っていた。
 部屋には眠っているイルムガルトとアルフ、リンだけがいる。

「何とか一段落したな」

「そうね。じゃあ悪いけど、ちょっと話を聞かせてちょうだい」

「ああ」


「アナタ達はどうしてこんな所まで?」

「ちょっとした旅の途中だったんだが、地震で道が塞がれて先に進めなくなっちまってな」

「やっぱり、いろいろな所で影響が出ているのね」

「だろうな。しかも俺は大怪我をしちまって本調子じゃないし、コイツは倒れちまうし、散々だ」

「大怪我?」

「ああ、地震とは関係ないが、ちょっとやっちまってな……」

 コンコンと自分の肩から生えているツノを叩く。

「ふぅん……」

「傷は塞がったが、体が色々付いていかなくて大変だよ」

 やれやれといった具合でアルフがため息をつく。

「あー、よくわかるわぁ~。思い通り動かないって大変なのよね」

「そういえば、その足どうしたんだ?」

「地震の時、倒れた棚に足を挟まれてね」

 改めて見ると、リンの足に巻かれていたのは比較的新しい包帯だった。
 回復するまでにはしばらく時間が必要だろう。
 あの薬草もさすがに治せるのは外傷だけだろうとアルフは思った。

「あの子には心配をかけられたけど、正直な所すごく助かったわ」

 リンは窓の外を眺める。
 日が暮れ始めているのか、西日が眩しい。

「薬草採取は私の役目だから」

「へぇ、アンタ村の外に出るのか?」

「ええ、外じゃないとうちで扱う薬草は採れないから」

「でも、外は魔物が出て危険だろ?」

 外の魔物を思い出して言ってみる。
 アルフ自身だいぶ弱体化したとはいえ、そこらの人間に遅れは取らない自信がある。
 そのアルフでもそこそこ苦戦したのだ。

 村人が、それも何の訓練もしていない一娘が勝てるものでもないだろう。

「甘く見ないで。こう見えても、この辺りの魔物なんか、私の相手じゃないわ」

 そう言ってガッツポーズを取ってみせるリン。

「お、おう」

 前言撤回、相当鍛えてる少女だったようだ。もしくは戦闘の天才か。

「逞しいな」

「でしょ?」

 笑うリン。

 とはいえ、アルフにはリンが空元気、というか少し無理をしているのだろうと思った。
 リンは怪我をした己の不甲斐なさを悔やんでいるように見えたからだ。
 魔物にも後れを取らない自分が足一つやられただけで何も出来ない現実。
 妹に無茶をさせてしまった悔しさがあるのだろう。

 力を失った人間かれらは余りにも弱い。
 その意味において、今のアルフと彼女の境遇は似ているのだろう。
 できる事、できた事が出来ない歯がゆさは何とも、もどかしいものだ。

「よし!」

「?」

「その薬草採取。世話になってる間、手伝わせてくれないか?」

「え? それは助かるけど、いいの?」

「イルが治るまで世話になりっぱなしっていうのも申し訳ないし、俺も少しでも体を慣らしておきたい。いわゆるリハビリってヤツだな」

「そう。そういう事ならお願いしようかしら」

「おう、よろしく頼む」

「よろしく」

 アルフとリンは握手を交わす。


第1章 第2話
第2節「薬草の採取」

「それじゃあ、よろしく頼む」
「こちらこそ」

 翌日、アルフはリンと薬草の採取に向かう。
 アルフは薬草と雑草の違いが分からないので、リンに教えてもらう事になったのだ。

「じゃ、行ってくるわね」

「いってらっしゃーい」

 リンの両親はすでに診察に出ている。
 イルムガルトはまだ床だ。
 相変わらず、調子は悪そうだが、昨日に比べれば随分落ち着いているように見える。

 なので、二人の見送りはナナがしている。

「おう、イルの面倒任せたぞ」

「はーい」


 村を歩いているとハーヴが声をかけてきた。

「ああ、薬草採りに行くのかい?」

「ええ、今から薬草の見分け方を彼に教える所なの」

「じゃあ、ちょうど良かった。レーラズの葉も採ってきてくれないか?」

「レーラズ? どうするの?」

「うん、ちょっと体調を崩す人が出てきててね。一応滋養薬にもなるあの葉が欲しいんだよ」

「風邪?」

「そうなんだよ。ちょくちょく引き始めの人達が出てきてるから、君達も気をつけるんだよ」

「風邪薬は?」

「もちろん飲ませてるさ。予備もたくさんある。でもやっぱり風邪は栄養をつけて休むのが一番だからね」

「そういう事なら。分量は一枝分で良い?」

「十分だよ」

 そう言ってハーヴは近くの家に入っていった。
 どうも巡回しているみたいだ。

「で、レーラズって何だ?」

「さっきも言ってたけど滋養薬になる葉よ。トネリコに似てるから見分けるのが難しいんだけど、まあ、生えている場所は分かってるから大丈夫」

「へぇ……」

「じゃあ、行きましょう」


アルフはリンに案内され、少し開けた場所についた。
前にナナとハーヴが襲われていたあの場所だ。


「やっぱり生えてるのはこの辺なんだな」

「そうよ」

 と言いながら、早速一本採るリン。

「このほうれん草みたいな丸っこい葉っぱが特徴ね。よく見ると葉っぱの表面に雫が付いてたりするから、はじめはそれで見分けた方が間違えにくいかも」

「へぇ……」

 アルフはリンの持つ葉をじっと観察する。
 確かに葉の表面に細かい雫みたいなのが付いている。

「雨の日には使えないけどね」

「確かにな……っと、見つけた」

 アルフは早速、リンの教えてもらった通りの葉を探すと、すぐに見つかった。
 アルフは足元の薬草を茎を掴んで根っこから引っこ抜いた。

「ああ、ダメ!」

「へ?」

「根っこから採るともう生えてこなくなっちゃうから。採る時はこうして茎の部分を折ってから、こうやって……」

 プチと軽快な音を立て葉を摘むリン。
 何とも見事な手際だ。
 その断面もはさみで切ったような鮮やかな切り口だった。

「ね?」

「お、おう……」

 アルフはもう一本の薬草を、今度は恐る恐る言われる通りに摘んだ。

「そうそう、いい調子……」

 なるほど、何とかコツみたいなのは分かったと納得するアルフ。

 次に行こうとしたその時、背後の木が動くのを見えた。


 また、あの時の魔物だ。
 多分、ここら辺に出没しやすい魔物なのだろう。
 その魔物がゆらゆらとリンの背後を狙っている。


「リン!」

 アルフの声で、魔物に気付いたリンは杖を大地に突き刺し、それを支点に体ごと回転。
 魔物に回し蹴りを食らわした。

 魔物は粘土のようにくの字にへしゃげて、そのまま倒れた。

「ふぅ」

 突き刺さった松葉杖に寄りかかりながら手をパンパンとはたく。

 ここで、改めて言うが、相手は『樹』の魔物である。
 それをこの少女は蹴りの一撃で倒していた。

 それを目撃したアルフはあんぐり・・・・と顎が外れたように口を空けていた。
 あのロングスカートでよくもまああんなアクロバティックな動きができたものだし、どんな訓練をつんだらあんな威力が出るのかと思う。

「俺、いらないんじゃないか?」

「そんな事ないわよ。アルフさんが教えてくれなかったら気付かなかったもの」

「にしても、魔物を蹴りの一撃で倒す女の子なんて聞いた事ないぞ」

「言ったでしょ? ここら辺の魔物じゃ相手にならないって」

「全く、頼もしいこった」

「それじゃあ残りの薬草も摘んじゃいましょ」

「よし、じゃあやるか」

 最初こそ順調だったが、意外と見当たらないものだ。
 普段は気にもしてなかったが、植物の葉にもいろいろな形や特長があるのだなという事をまじまじと感じるアルフだった。
 魔物にも何度か襲われたが、アルフもリンも危なげなく撃退していったのだった。


 気が付けば日が傾き、空の朱が崖を染め始めていた。

「そろそろ帰りましょうか」

「ああ、そうだな……って、そういえばレーラズの葉とかいうのは良いのか?」

「あ、そうそう。忘れる所だった」

 リンは一本の木の傍に向かった。

「うん、アレが良いわね」

「? 俺には周りの木との違いが分からないんだが」

「言ったでしょ。似てるって。でもちょっと違うのよ」

 そう言ってリンは木を軽く蹴る。

 パサパサと落ちてきた数枚の葉の一枚を手にとり、アルフに見せる。

「ほら、この葉違うでしょ?」

「?」

 いかにも一目瞭然といった感じで見せてきたが、アルフには何が違うのかさっぱり分からなかった。

「いや、ほらここ、尖ってない」

 通常、トネリコ(セイヨウトネリコ)と呼ばれる木の葉は鋸歯と呼ばれるギザギザした部分があるのにたいし、この葉にはそれが無かった。

「わかるかっ!?」

「確かに木は分かりづらいけど、葉っぱはこんなに分かりやすい形してるじゃない」

「ド素人から見たらほとんど変わらねーよ! 何なら虫食いの跡かと思うわ!!」

「そうなのかしらねぇ……ま、慣れてくれば自然と見分けられるわよ」

「そういうモンなのか?」

「そういうモンなの。さ、早く採って帰りましょ」

 リンに促され、アルフは槍で枝を一本落とす。
 自分の武器でそんな事をしても良いのかという所だが、アルフはあまり気にしない性格らしい。
 落ちた枝を広い、リンに渡す。

 星がうっすらと出始める頃になり、村に到着すると、丁度巡回診察が終わって家から出てきたハーヴに出くわした。

「やあ、君達も帰りかい?」

「さっきぶり。これ、取ってきたわよ」

「おお、ありがとう」

「それじゃあ帰りましょうか」


 家に着いたアルフ達をナナが出迎えた。
 両親も帰ってきているようだ。

「おかえりー」

「おう、ただいまだ」

「ただいま」

「おかえり」

「おかえりなさい」

「お邪魔するよ」

「あらー、貴方も『ただいま』でいいのよ?」

「はは、まあ、そのうちに……それよりも巡回結果の報告をさせてくれないかな?」

「おお、そうか。それじゃあ話を聞こうかな」


 そう言って机について話の準備を始める二人。

 なんとなく、邪魔しちゃいけないような気になるアルフ。
 それに気付いたリンの母親がアルフに声をかける。


「そうそう。イルちゃんが目覚めたわよ~」

「お、本当か!?」

「ええ、見てきてらっしゃいな」

「おう、すまないな」

 そう言って、すたすたとイルムガルトのいる部屋に入る。

「おい、イル。起きたのか?」


「……普通、ノックぐらいしない?」

 勢いでドアを開けた事を指摘するイルムガルト

「あ、悪ぃ、つい」

「いいけどね」

「で、体調は大丈夫なのか」

「まだ、動くとふらふら眩暈がするわね。しばらくは動けないか……」

「全く、俺より無茶してんじゃねーか」

「否定できないのが悔しいわね」

「はは。でも無事ならいいさ」

「ええ。アナタの命の危機でもあるからね」

「そっか、そういえばそうだな」

「……」


 コンコンとドアをノックする音。
 アルフが振り向けば、そこにはリンが二人分の食事を持ってきていた。

「食事持ってきたわよ。今日は二人で食べなさい」

「えー、私も一緒に食べるー」

「ナナはこっち」

「えー」

 リンがナナをつれて出て行った。

「何か、変な気を使わせたか?」

「いいじゃない。存分に気を使ってもらえば」

「はい?」

「とりあえず服脱いで」

「は、はぁ!? 何をいきなり!?」

「診察するから、早く脱いで」

「あ、ああ、そういう事か……」

 そう言って上着を脱ぐアルフ
 イルムガルトが彼の喉、胸、腹と触診していく。
 寝巻き姿の彼女に半裸で触れられていると何とも落ち着かないアルフだった。

「問題ない見たいね」

「そ、そうか……」

 そう言っていそいそと服を着るアルフ。

「じゃあいただきましょうか」

「おう」

 そう言って、アルフ達はリンが持ってきた食事を取る。
 今日の食事は豆と野菜の煮物とパンだ。
 煮物はイルムガルトが食べやすいようにトロトロになるまで煮込まれている。

「おお、美味いな。野菜の甘みが出てる」

「それに、凄く食べやすい……」

「ってか、ちゃっかり今日採ってきたレーラズの葉が入ってるじゃねーか。ダシにも使えるのか、これ……」

「そういえば、どう? 薬草、ちゃんと覚えてきた?」

「何だ、知ってたのか?」

「ナナが話してくれたわ。で?」

「ああ、思いの他難しいが、何とかな」

「そ」

「ああ、そういえば……」

 そうして、セリアン家での初めての一日が過ぎていくのであった。

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